一話 母の思い出1
最近学生の間で噂のWebサイト【Child Records】
高額な料金で問題を解決してくれる便利屋があるらしい。
解決率100%を謳い文句に、今日も何処かで子供相手に探偵ごっこ
とある伝手から仕入れた情報を元に、恐る恐るネットで検索をかける。
半信半疑で調べてみると、検索結果の13番目に噂のサイトがあった。
【相談料1万円 着手金10万円】
法外な値段だとは知りつつも、このサイトが最後の砦だと思った。
解決率100%の何でも屋、謳い文句としては大層だが、今の自分にとっては解決率も法外な値段もどうでも良かった。
他に頼る所が無かった。
ただそれだけだった。
一月前、俺は高校を辞めた。
半年前から通っていなかった分のツケだ。
別に不良という訳でもない。
通う暇が無かったのだ。
母子家庭だった俺は、家計を助ける為にバイトをしていた。
高校を卒業したら、母を楽させる為に就職するつもりだった。
バイトの影響で学校を休む日があったが、進級に響かない程度には通学していた。
学校が終わってから、自分の年齢で働ける時間までは働いた。
土日はもちろん終日働いた。
そんな俺に母は真面目に勉強しろとよく怒っていた。
ある日バイトが終わり帰宅すると、母の姿は無かった。
その日は仕事が長引いているのかと気に留めなかったが、どんなに遅くとも夜11時過ぎには帰宅するはずなのに連絡も無かった。
携帯にかけてみるが、電源が入っていない。
気になって母の仕事場に連絡をしてみた。
仕事先からは、すでに帰宅したと言われ電話を切った。
嫌な予感ほど当たるものだ。
知らない番号からの不在着信。
母が仕事先から帰宅する時間と一致する。
普段なら無視するが胸騒ぎがした。
電話の向こうは警察だった。
途中から話した内容は覚えていない。
病院につくと、そこには母だった物が横たわっていた。
帰宅した俺は、昨日の残りのおかずを食べた。
「冷たいや。」
涙がこぼれたのに気づいたのは、隣の住人の怒号のあとだった。
母の為に葬式すらしてあげる事は出来なかった。
物心がつく頃から住んでいる母との思い出の場所の維持と、自分自身が生きて行く為には、バイトに打ち込むしかなかった。
そんな生活にも慣れ、寂しさが薄れた頃、高校から連絡が来た。
出席日数が足りないとか、社会に出るためにあと一年頑張ればとかなんとか言われたが、母との思い出の詰まった場所を守る為ならどうでも良かった。
学校を辞めてから数日経った頃、来客があった。
玄関先には綺麗な身なりの男性が立っていた。
「お話があります。」
今時、こんな漫画みたいな話があるのかと思ったが、俺の父親はとある財閥の代表だったらしい。
執事を努めていると言う男性の話によると、父親は母が事故に有った直後に病気で死んだらしい。
隠し子と言う事も有り、遺産の相続権の放棄を頼みに来たのだ。
俺は相続権の放棄を断った。
別に遺産が欲しかった訳では無かった。
ただ、母の事を放って置いきながら、今まで何の一言も無く、今更現れた存在が気に食わなかった。
財閥の代表なら、女子共を養う余裕も有っただろう。
一番気に食わないのは、死ぬ間際に言い遺した内容だ。
放って置けば俺だって気がつかないのに。
俺は弁護士事務所を手当り次第にまわった。
結果は、何処も手を引いたほうがいいの一点張りだった。
財閥お抱えの一流弁護士と強大な圧力が相手では、俺の雇えるレベルの弁護士では戦えないのだろう。
途方に暮れた俺は、バイト先の店長に相談してみた。
どうにかなると思った訳では無かったが、誰かに話さなければ収まらないほどどうかしていたのだろう。
俺の話を全て聞き終えると、店長は数秒ほど考えた後に口を開いた。
【Child Records】それがサイトの名前だった。
解決率100%の怪し気な謳い文句に、高額の料金。
店長は俺に遠回しに諦めろと言っているのだと思い、パソコンを閉じようと思った。
だがサイトを見るだけならと思い、ページをくまなく読んだ。
料金の割にシンプルな作りのサイトには、メールの投稿フォームと利用規約が載っていた。
冷やかしでメール投稿して見たが、3日待っても返事は来なかった。
サイトの事は忘れかかった頃に家のチャイムが鳴る。
玄関先には例の綺麗な身なりの男性がいた。
話す内容は同じだった。
俺はろくに返事もせず、玄関のドアを閉めた。
数分後にまたチャイムが鳴る。
「しつこいな。」
そう言って玄関のドアを開けると、知らない人が立っていた。
黒いシャツに黒いズボン、白いネクタイに銀のネクタイピンが印象に残る男性が立っていた。
「依頼、拝見しましたよ。」
笑っているが、笑っていない。
そんな表情の男性が続けて話す。
「君は運が良い。立ち話も悪いので、詳しい話は部屋の中でいいかな?」
そう言いながら男性は図々しく肩に手を回し、指で俺の視線を促す。
まだ外には例の執事が立っていた。
「・・・どうぞ。」
俺はなし崩し的に見知らぬ人を思い出の詰まった部屋に招き入れた。
見知らぬ男性はよく喋る人だった。
それと同時に癇に障る人だった。
俺のここ数ヶ月の出来事と、現在の問題を事細かに調べ上げた挙句、独自の解釈を交えながら話した。
「君は本当に運が良い。」
どうやら彼の口癖は(運が良い)なのだろう。
「条件は揃っている。すぐにでも本件に着手したい。」
間髪を入れずに切り返す。
「お金は無いですよ。」
「今は無くても構わないさ。解決後に成功報酬込みで頂くよ。」
「勝機が有るんですか?」
少なくとも弁護士では無さそうだ。
弁護士バッチを付けていない事は服装から分かった。
言動からも、常識的な人とは思えなかった。
「少なくとも、今まで君の見て来た弁護士連中以上の働きを約束するよ。」
そう言って笑顔を作る男性は、やはり笑ってはいなかった。
一通り詳しい経緯を話したが、男性は聞きたい情報が無く、少し残念な顔をした。
俺が話し終わると、立ち上がって部屋をぐるりと一周し、急に大声を上げた。
「これだよ!」
「何がですか?」
「君の鍵、いや君達の鍵だよ。」
そう言って男性が持ち上げたのは、母が大事にしていた絵だった。
その絵は額縁に入れられた風景画だった。
そのまま男性が額縁を地面に叩きつける。
「おい、何してんだよアンタ!」
常識外れの行動に、反応が遅れる。
「出て行け、ここから。今すぐ!」
母の形見に乱暴をされ、思わず声を荒らげる。
「見てみなよ、絵の裏側を。」
割れたガラスで手を切らぬように、そっと絵を拾い上げる。
薄い水彩画の裏側を見てみたが、裏には古ぼけた文字が書いてあるだけだった。
「Dear・・・A?」
母のイニシャルではなかった。
「今日の所は帰るとするよ。」
そう言って、男性は名刺を机の上に置いた。
「君が全ての過去を知る覚悟が出来たらでいい、連絡待ってるよ。」
そう言い残し、男性は帰って行った。
名刺にはWebサイト名とメールアドレスが載っていた。
嵐ほどでは無いが、ゲリラ豪雨が去った後の部屋を見て、溜息をつきながらガラス片を片付ける。
その日の晩に、母との思い出が溢れ出し、ゲリラ豪雨はところにより嗚咽を伴った。
明くる日、バイト先に辞表を出した。
まとまった休みが必要になったのだ。
自称探偵の言い分では、しばらく自由な時間が必要なのだとか。
バイト先の店長の心遣いで、休職扱いにしてくれるみたいだ。
「・・・待ってるぞ。」
口数の少ない店長は、精一杯の頑張れで見送ってくれた。
家の大家さんにしばらく家を空けるおおよその事情(嘘)を告げ、非常識な男性のもとへ向かった。
電車で四駅、何度か訪れた事のある駅で降りた。
改札を抜けると、すぐ商店街が在った。
小さい頃、訪れた事のあるような懐かしさがあった。
「絵は持って来たかい?」
急に背後から声がした。
「・・・持って来てますよ。」
「それは良かった。重要な絵だからね。」
挨拶も無く、正面から話し掛けないような非常識な男性は、今のところ一人しか心当たりが無い。
「今日は天気も良好だ。君は運が良い。では、まずは調査と行こうか。」
そう言って男性はひらりと俺を追い抜かす。
商店街を抜けて、路地裏に入って行く。
「・・・さて、この辺で良いかな。」
人気の無い路地裏で、男性はくるりとこちらに身を返した。
その表情はやはり笑っているが、笑っていない。
慣れない土地で、ましてや人気の無い路地裏という事もあり、少しばかりの恐怖感が背筋を走った。
警戒心からか、押し黙っていると男性は見透かしたようだった。
「大丈夫、君が心配するような事は無いさ。」
そう言うと、男性はポケットから何かを取り出した。
「ただこの後の君の姿を、人目に晒す事は避けたいからね。」
男性の右手からは、銀色の金属片がギラっと鈍い光と共にチラついたが、少し遅かった。
ちょうど心臓の辺りで、強い衝撃が走ったと同時に、記憶が遠ざかって行く。
「さあ、ゆっくり眠るといい。」
その声の後、記憶は途切れた。
気がつくと、公園のベンチに寝そべっていた。
「目が覚めたかい?出来れば起き上がってくれないかな。」
視線を上げると男性の顎が有った。
「周囲の目線が少しばかり痛々しいんだよ。」
指差す先を見ると、まるでボーダーレスな愛を分かち合う人を見るような目で見ている視線がチラホラとある。
すぐ起き上がり、正気に戻ると同時に男性を問いただす。
「あの時俺に何をした?」
傷口が無いことは、起き上がった時に確認済みだ。
「一度死んで貰ったんだよ、文字通りね。」
無邪気な狂気を帯びた口元が続ける。
「そんなに心配しなくても良いよ。もう傷口は無いからね。」
男性のは右手の指をクルクルと回しながら、理解不能な言動を続ける。
「あの絵だけでは不完全だったからね、どうしても追加で情報が欲しかったんだよ。」
そう言うと男性は立ち上がり、空を見上げて言い放った。
「それじゃあ行こうか。」