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花を一輪選び、花言葉を訊ねる。そういう事をもう三度程繰り返した。その間に月初めの榊と毎週末の仏花を買いに行く。
始まりはアスチルベ。花言葉は「楽しい恋の訪れ」。訊ねると「自由、気まま」と教えてくれた。
次はカカリア。細い花びらが筆の様で絵筆菊とも言うらしい。花言葉は「秘めたる恋」。返された答えは「技術、戦い」。
三度目はブローディア。ユリ科の花で蕾が順に開いていく姿が目を楽しませてくれる。花言葉は「淡い恋」。教えてくれたのは「守護、目立たせて、嬉しい便り」だった。
ブローディアであれば「淡い恋」以外にも「好意」や「愛の訪れ」なんて恋やら愛やらの花言葉がいくつかあったのに。やはり、わざとなのだろうか。俺の気持ちを分かった上ではぐらかしているのか。それともただ単に、いい歳をした男に愛だの恋だの言いたくないだけなのだろうか。でもどうしても確かめたい。どうしてそこまで避けられるのか。こうなったら最終手段を使うしかない。本来ならもうこれで最後にしようと思った時に選びたかった花、深紅のバラの花。これなら一般的にも愛を象徴する花であるし、大概の人がそれを理解してプレゼントなどに使っている。それでも、花言葉を訊ねてはぐらかされた場合は今までの態度がわざとだったのだと諦めよう。とはいえ、気持ちを諦める気はさらさら無いのだけれど。
四度目の火曜日、いつもの様に店内を少し覗くとあの人が花の手入れをしているのが見えた。丁寧な手付きで傷んだ部分を切り取り、水切りをし新しい水の入ったバケツへと切花を移していく。大切に扱われる花達が少し羨ましい。そっと店内に滑り込むように入り店員の後ろ姿をしばらく眺めていた。店員は花の手入れに夢中なようでこちらには一向に気付きもしない気配だ。楽しそうに花の手入れをしているのを見るのは俺的には楽しいので有りなのだが、後でなぜ一言声を掛けなかったのかと言われてしまうのもほんのの少し悲しくなる。だって、あなたが幸せそうだったからとも簡単には口に出せないヘタレなので。
「楽しそうですね」
花に夢中になっている所を邪魔するのはもったいないが、思い切って声をかける。後ろからの突然の声に驚いた様で、いつもより目が真ん丸になっていた。驚かせてすいませんなんて言ってみたが、心の中では初めて見る表情に喜んでいた。
「いらっしゃいませ。気付きもせず申し訳ないです」
ほんの少ししょんぼりした声。やっぱりすぐに声をかければ良かったかな。気にしないで下さい、と、黙って見ていた俺も悪いのだ、と伝える。それでも申し訳なさそうな様子が消え去ることはなく、こちらも悪いことをしたと思ってしまい、つい本音を告げてしまった。
「花の世話をするあなたが、なんだか幸せそう、だったから声をかけるのが・・・、もったいない、と思って・・・」
自分でもいきなり何を言っているのかと、言葉が尻つぼみに小さくなった。顔も赤くなっていたかもしれない。少なくとも体温が一気に上がった様に感じた。そんな俺の様子が移ったのか、店員の顔がほんのり朱に染まった様に見えた、気がした。気がしたのは、お互いに顔を背けてしまったからで。それでも場の空気は少しは明るくなったと思う。しばらく花を眺めているので手入れを続けてくれと 言うと、はにかんだ様な笑顔でごゆっくりどうぞと言われた。
ぼんやりと花を眺めながらも、視線の先や端に花の手入れをする店員の姿を映す。水に濡れる手が綺麗だなと思う。今日の目的の花はもう決めているので花を選ぶ振りだけしていた。
「いらっしゃいませ」
店員が顔を上げ扉の方へ声をかける。視線の先を追うと、自分が受け持つ学生ほどの歳の男がいた。そこまで広くもない店内、聴こうと思わなくても聞こえてくる会話。どうやら彼女へのプレゼントの花束を作って欲しいとのことだ。出来れば愛を象徴する花言葉を持つ花で。店員は笑顔で頷き、彼女の好きな色やイメージを訊いていく。
「カーネーションは愛を信じる。リモニウムは永遠の愛」
花の名と花言葉を言いながら花を簡単な束にしていく。そして、店員は最後に赤と黄色の二色のチューリップを手にした。
「フレーミングパーロットのチューリップは愛の表現です」
三種類の花がバケツから無造作に数本ずつ取り出されただけなのに、あの人が持つだけで、全く別の物へと変わってしまったみたいだった。選ばれた花に客は満足したようで、すぐに丸いブーケの様な可愛らしい花束が作られていく。
「ありがとうございました」
出来上がった花束を大事そうに持った客の背を見送る店員はとても幸せそうに見えて。この花屋は幸せを売る店なんだろうな、なんて事を真面目に考えて、そんな自分に笑ってしまった。そこをちょうど振り向いたあの人に見られ、どうかしましたか、なんて言われてしまった。なんでもないですよ、と言おうと思った時、さっきの客と店員の会話を思い出した。
『 フレーミングパーロットのチューリップは愛の表現です』
今日はバラの花言葉を訊くつもりだったが、急遽変更だ。ここではぐらかされればわざと愛とか恋とかの言葉を避けている事になる。俺は思い切って赤と黄色の二色のチューリップを一輪手にした。
「この花の花言葉を教えてもらえますか」
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