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九月に入り長袖が恋しい季節になってきた頃、以前から計画していた事を実行に移すことにした。
まず初めは何にしようか。本屋で手に入れておいた花言葉図鑑を開く。
あいうえお順で写真とともに掲載される花言葉を順に見ていく。数ページ捲った所で、「楽しい恋の訪れ」という花言葉を目にする。花の名はアスチルベ。細かな花が集まってふわりとした見た目の花だ。この花なら、あの店に売っていたのを覚えている。花言葉も今の俺の気持ちを表している気がするし、最初に買うには持って来いのものだ。後は買う時に花言葉をあの人に訊ねれば良い。うんうん、と一人で頷いてみるも、あの人が必ずしもこちらの意図した花言葉を答えてくれるとは限らないという事に思い至る。いや、でも、毎回訊いてたらいつかは気が付いてくれるだろうか。ああでもない、こうでもない、と同じ事をぐるぐる考えている内にいつの間にか日が暮れてしまっていた。とりあえず、やるだけやろうと俺はあの人のいるあの場所へと向かうことにした。
店の前に着き中を覗く。通りの看板が賑やかに光を放ち、客を集める時間帯。それとは反対に、花屋に客の姿はない。
扉を開け店内へ入ると、少し驚いた様子が感じられた。それでもすぐに満面の笑顔でいらっしゃいませと言い、俺に近づいて来てくれた。
「作業中でしたか」
作業台の上にある作りかけのアレンジメントと店員の片手に持たれた花を交互に見る。急ぎではないからと、店員は俺の接客をしてくれようとする。でも、俺としては少しでも長くこの場所に、この人と過ごしたい。
「見てても良いですか」
それ、と作りかけのアレンジメントを指さすと店員は少し照れくさそうに笑って頷いてくれた。
「見られてると少し緊張しますね」
そうは言いながら、その手は迷うこと無く花を持ち、茎を切り、そこにあるのが自然とでも言いたくなる場所へと花を刺していく。相変わらず花を扱うこの人の顔はとても楽しそうで、見ている俺もなんとなく心がふわりと浮上する。
「出来ました」
まるで俺が注文主であるかのように、出来上がったアレンジメントを目の前へ持ち上げ見せてくれる。なんでも、ホストクラブの常連さんへの誕生日プレゼントとしての注文らしい。
「これから配達ですか」
一人で大変だろうなと思っていると、配達は父が行くんです、アレンジメントにラッピング用のセロファンを掛けながら教えてくれた。店舗の奥と二階が住居になっているそうで、ご両親と三人で店の事をやっているらしく、俺が来店するタイミングが偶然この人が店に立っている日だったらしい。曜日が決まっている物はとにかく、今度から月初めの榊は店を覗いてから買う事に決めた。
「お待たせしました」
配達品を居住部の父親の元へ預けて戻ってくると、すぐに笑顔で接客してくれる。
「いつもと違う曜日に来られたので驚きました」
アレンジ作ってるところも見られちゃったし、と少し照れたように笑みをこぼす。ああ、かわいいな。素直な気持ちが俺の顔も笑顔にする。
「今日は何をお探しですか」
照れたような笑顔はそのままで花を見る横顔が、何時もより明るい様に見える気がする。
「えっと・・・花を一輪、欲しくて」
花屋で花を買うのは当たり前のことで、それを口にしたのが何だか恥ずかしくてつい視線は下へ。そんな俺の姿が可笑しかったのか、ふふっ、と笑った声が聞こえる。
「変、ですよね・・・」
心持ちしょんぼりしてしまい、視線はさらに下へと降りる。
「すみません、変じゃなくて・・・何だか嬉しくて」
店員の言葉に視線を上げると本当に嬉しそうにふにゃっと笑う姿が目に入る。
「いつも、仏花と榊だけだったからつい」
花を見てる時の姿がとても楽しそうだなと思っていたので、とまた笑顔になる。あなたと一緒にいられるのが嬉しくて、とはとてもじゃないが言えないけれど、ここにいる時は楽しいと分かってもらえるだけでも喜ばしい。
並んで花を眺め、目的の花を密かに探す。どれにしようかと迷うふりをして、バケツに活けられたアスチルベを見つけ一本手に取る。
「この花の花言葉、って・・・教えてもらえますか」
何と答えてくれるだろうか、どきどきしながら言葉を待つ。今調べますね、と店員は植物図鑑をぱらりと捲りだす。
「えっと・・・、自由、気まま・・・ですね」
にこりと笑って本から視線を俺に向ける。答えは俺の求めていたものとは違ってはいたが、当初の目的の会話が出来ているのでとりあえずは満足だ。じゃあ、これをください、と手渡すとプレゼントですかと訊ねられる。気持ち的にはあなたから受け取るプレゼントというつもりではあるが、実際はただ購入するだけ。曖昧な笑みだけでごまかし、いつもの簡易包装でお願いした。会計をし、どうぞと両手で渡される花を本当にプレゼントされる様な気分で受け取った。
「ありがとう」
たとえ自己満足な事であっても、俺は嬉しくて自然と笑顔になった。
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