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正月三が日が明け、花屋の初売りの日、俺は今年初めての榊を買いに開店時間に合わせて花屋へと向かう。
年末からほぼ毎日のようにあの人と会っている。それでも、こうしてあの人と会える花屋へ向かう道はうきうきと楽しいもので、気を抜いたらスキップでもし始めそうである。気を引き締め、そう長くもない道のりを足早に進んで行く。元来、感情が表情に出にくい俺が、あの人の前では自分でも分かるほどに表情が緩んでしまう。こんな俺を今は亡き父母が見たら腰を抜かすんじゃないだろうかというくらい、きっと俺は変わった。でもきっと、これは悪いことでは無いはずだ。人を好きになって、幸せを感じることが出来る。
今まで付き合ってきた相手にこんな感情を抱いた事は無い気がする。いつも、もっと凪いだ気分でなんとなく付き合い、別れることをしていた。ほとんどの場合が俺の研究が忙しくて自然消滅や振られることがほとんどだったが、相手と関係をやり直し繋ぎ止めたいと思う事はなく、一緒にいるだけでこんなにも幸せを感じることも無かった。
花屋へとたどり着き、ガラス越しに店員の様子を探りながら店内への扉を開く。仕事始めという事もあってか、店内に新鮮な花々が並び、さながら花畑のようになっている。いつもより多いその量に圧倒されながら、花の隙間を縫うように進むと俺に気が付いた店員も同じように近付いてくる。
「いらっしゃいませ」
そう言った店員の手には作りかけの花束が握られている。
「すごい量ですね」
あたりを見回していると、今日と明日は花の福袋を売るらしい。福袋と言っても、店員の好みで作った花束をいつもより安く売るという事らしいが。この福袋がなかなかの好評らしく、歓楽街のキャバクラやホストクラブ、バーやスナックの人々がこぞって買いに来るらしい。しかも、店員も好き勝手に花束を作れ、幸せなのだそうだ。俺も後から一束作って欲しいと頼むと、とても嬉しそうに返事をしてくれた。せっかくだから、楽しそうな店員の姿を見ていたいと思い、しばらくここで見ていても良いかと店員に許可を求めると、快い返事がもらえた。椅子を勧められるままに座り、店員の姿を眺める。店員はたくさんのバケツに入れられた花の間を行ったり来たりしながら、着々と花束を作っていく。バケツに種類ごとに分けて入れられた花がたくさん並んでいるだけでもそこそこ見ごたえのある様子だったが、店員の手で花束になって並ぶとさらに綺麗だった。計算されたものか、それとも感性のみで作られた物か分からないが、見るものを惹きつける何かを感じる。
ぼんやりと、店員が行ったり来たりする姿を眺めていると、突然花が視界いっぱいに現れる。カラフルな花々、甘い香り、その奥に店員の笑顔が見える。
「好きなように作るのも楽しいんですけど、誰かの為に作るのもやっぱり良いですね」
簡易ラッピングされた花束を受け取る。三千円均一という花束の福袋はどう見ても五千円超はするだろう花束の数々で。中でも俺に手渡された物はかなり立派かもしれない。赤いガーベラをメインに、薄ピンクのスプレーバラ、薄い黄色のスプレーカーネ、かすみ草、差し色のグリーンにアイビーを使っている。バラとカーネのふわりとした雰囲気がメインのガーベラを際立たせ、差し色のアイビーがアクセントになっている。
誰かの為に、それは俺の為と受け取ってもいいのだろうか。少し照れて見えるのは惚れた欲目か、それとも本当に照れているのか。それを尋ねる勇気は俺には無かった。
店内に並ぶたくさんの花束を眺めていると、ちらほらと客がやって来る。目当てはみんな福袋の様子で、楽しそうに選んでいる。店も混み合ってきたし、俺もそろそろ当初の目的であった榊を購入しようと、作ってもらった花束を手に椅子を立つ。
「あら?そんな素敵なのがあったの?」
店内をのそりと動く俺の腕の中にある花束を見た客に声を掛けられた。譲って欲しいとも頼まれたが、先程聞いた店員の言葉、誰かの為、が万が一俺の為であったことを考えるととても譲るなんてことは出来ない。丁寧に断り、榊を購入すると忙しそうに接客する店員に軽く頭を下げ、店を後にした。
当初の予定通りの榊と思いがけず買うことが出来た花束を手に家路へと着く。外は寒いが腕に抱える花束が心を温かくしてくれるようで、俺の足は思った以上に軽かった。
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