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正月三が日の間は歓楽街は静かなもので、花屋も休み。初売りは四日らしく、俺も新年最初の榊はその日に買うことにした。その間の二日間は特にこれといった用事もないので自身の研究資料でも読もうかと書斎へ足を踏み入れる。
正直、綺麗とはいえない書斎。年末の空いた時間に大掃除をしようと思ってはみたが、資料の山のどこに何を置いたか把握しているこの状態、つまり、自分の中では完全に整理されているのだ。下手に触りたくない。そうして結局空いた隙間の埃を払う程度に終わった。
目当ての資料を迷わず手に取り開く。中身を斜め読みしながら頭の中で内容をまとめていく。二冊、三冊と手当たり次第読み進めて行くと、いつの間にか昼飯どころか夕飯時をも過ぎていたようで空腹で資料から顔を上げる。ふと、時計を見ると針は九時を過ぎている。さてどうしようかと頭を巡らせるが、今、家の冷蔵庫は空に近いというか、少量の調味料くらいしか無い。となれば何か買いに行くか、外食するか。とりあえずは外に出ないことにはどうしようもない。
外へ出るため、朝起きてそのままだった部屋着を着替えコートを羽織り、マフラーを巻く。財布と家の鍵を手に玄関へと向かう。靴を履きながら何を食べようかと考え、結局片付けの面倒さに負けて正月の間くらい外食でも良いかと結論付ける。どうせ明日も今日のように夜まで資料を読みあさることになりそうなのは明らかでもあるし。歓楽街へ行けばどこか開いているだろう。開いていなければ、それはそれでコンビニにでも行けばいい話。
靴を履き扉を開くと、冷たい外気が一気に侵入して来る。少しでも家の中の気温が下がらないようさっさと外へ出て扉を閉じた。家から歓楽街への馴染んだ道を歩くも、今の時期と時間のおかげかいつもよりもひっそりとしている。冷えた空気がそれに拍車をかけているようにも感じる。指先から冷えていく両手をこすり合わせてもちっとも温まらないのに諦め、手をポケットへ突っ込む。
少し歩くと歓楽街の花屋の側まで来る。花屋はCLOSEの板が掛かっているものの中は薄暗く明かりが点けられ、作業台の所だけ明るく光っている。光の下では店員が何やら作業をしているようだった。思わぬ偶然に心が弾む。真剣な面持ちで作業を行う姿にしばし見惚れ、このまま見ていたいとも思うもここで立ち竦んでいるままでは怪しいことこの上ない。声を掛けようか、このまま立ち去ろうか悩んでいると、俺の視線に気付いたのか店員の顔がこちらに向けられる。しまった、と思うも逃げるわけにもいかず軽く頭を下げる。店員はにこりと笑ってわざわざ入口の方へ来てくれ、ガラス越しに裏へ回ってくれと身振り手振りで言ってくれる。申し訳ないとも思うも、好きな人に会えたという嬉しさが勝り、店員の態度に甘え、店の裏へ回る。裏口から店内へと入れてくれた店員は、いらっしゃい、寒かったでしょう、とお茶を入れに行ってくれる。
いつものように作業台の側に腰掛けると、店員がそれまでしていた作業の内容が見える。どうやら、店頭用のポップや飾りを作っていたようで可愛らしい札や値札が作業台にいくつか並んでいる。こんなものまで作れるのかと、こういうセンスが全くといっていいほど無い俺は感心して見ていた。
「恥しいからそんなに真剣に見ないでくださいよ」
温かいお茶を作業台に並べながら店員が照れ笑いを浮かべる。
「ありがとうございます」
お茶の温もりがじんわりと手に伝わり体の力が抜ける。カップに口を付けてみるとこの間とは違った香りがする。
「前とは違うハーブティーなんですね」
俺が尋ねると、エルダーフラワーというインフルエンザの特効薬と言われている花のお茶だと教えてくれた。そして、店員が自分で初めて作った物だとも教えてくれた。ハーブティーとはいえ、初めてを貰ってしまったことに少し興奮してしまう。
「今日はどうされたんですか」
定休日のこんな時間に訪ねてしまったにも関わらず、嫌な顔せず相手してくれる。優しい人だなと考えながらことの経緯を話した。すると、良かったら一緒に行かないかと申し出てくれた。もちろんこんな時間だ、店員はもう夕飯を済ましてしまっている。俺が夕飯を食べる横で酒を飲むようだ。じゃあ、いつもの店へ行きましょうかと俺が言うと、店員はすぐに準備してきますねと席を立った。飲み終わったカップは置いておいてください、と付け足して。
カップの温もりと、この店の雰囲気に緩まる気持ちと、これから店員と一緒に食べる夕飯にわくわくと心躍る気持ちに体が自然と温まったような気がした。
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