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学生達のテスト期間も終わり、少し長めの夏休みが始まる。
あれから花は歓楽街のあの花屋で買い続けている。そして、月初めに神棚へ供える榊も買うようになった。仏花は置いていないのに榊が売っていることに初めは驚いたが、よく良く考えてみると古くからある店などは普通に神棚を祀っていると思い当たった。罰当たりではあるだろうが、いつもは神棚の手入れなんかが少々所ではなく面倒だとは思っていたけれど、その面倒な手入れのために月初めに榊の購入という言い訳の下こうして花屋へ赴くことが出来るのだ。今までの手入れのお陰か、こうして神のご加護を授かっている。神仏ってのも馬鹿にならないものだと、今年の墓参りは丁寧にやろうと心密かに勝手に誓った。
「こんばんは」
まだたった数回しか来たことのない花屋なのに、俺は常連客の様に店員と会話するようになった。それもこれも二回目に店に行った時、店員が俺を覚えていてくれたからだ。曰く、歓楽街の花屋で仏花を買い求めた客は俺が初めてだったかららしい。どんな理由だろうと嬉しいと思う。
「そろそろ来る頃だと思ってたんです」
それまでしていた作業から顔を上げ、俺に向かってにっこりと微笑んでくれる。ああ、好きだなあとさも当然のように思う。たとえその笑顔が客へ対する愛想笑いだとしても、だ。相手の何を知っているわけでもない。ただこの花屋という小さな空間で、俺に笑顔を向けてくれる。そういう時間が好きだと感じた。
「今日はオレンジ色のマムがあるんですよ」
夏らしいでしょう、と俺が何も言わなくとも慣れた様子で花を組んでいく。出来上がった束を掲げいかがですか、と問われる。オレンジが明るく可愛らしい組花に俺としても満足で、ありがとうとゆっくり頷いた。俺の反応に安心したのか、店員の顔に良かったと安堵の笑が浮かんだ。会計を済ませると、また綺麗なマムがあったら用意しておきますね、となんとも嬉しい言葉をもらう。
「よろしくお願いします」
自分の為だろうか、と自惚れと照れと嬉しさで硬い返事を返してしまう。それでも、はい、と店員は嬉しそうに笑って頷いてくれ、またどうぞと言って手を振ってくれた。
出来れば、もう少しだけで良いから、あの店員と話してみたい。あの心地の良い空間で、僅かな時間を共有したい。俺はそんなささやかな事を願う様になった。
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