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恋の花し  作者: 犬犬太
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翌々日の第四火曜日、一輪挿し用の花を買おうと仕事帰りに花屋へ向かう。

歓楽街を歩いていると、あの人と飲みに行った店の常連らしき人が俺を覚えていたらしく軽く挨拶される。今までならこんなこと絶対に無かったことだが、俺も自然と笑顔で挨拶を返すことが出来た。きっとこれもあの人のおかげ。あの人と居ると、今まで体験したことないような事が体験できる。しかも、良いことばかり。それからも、花屋までの道すがらいつの間にか顔見知りになってしまっていたキャッチの男やホステス、キャバ嬢達にも気軽に声を掛けられその度に俺も軽く手を挙げ挨拶をした。これまで人付き合いなんてただ面倒だからと、一部を除きほとんどしたことがなかった。しかし、こういうのも案外良いかもしれない。顔しか知らず、名前も詳しい素性もお互い知らないけれど、あいさつを交わす関係。意外と心地よい状態もきっとあの人のおかげなんだ。

花屋に着いて中を覗くと、クリスマスから一転、店内は正月仕様になっている。千両に万両はもちろん、松飾り、注連飾り、さらに小さな門松まである。とは言え、どれもデザイン性が高い物で俺が知っている物と少々違う気もするが。まあ、正月飾りをするという気持ちが大切だよな。俺は飾りすらしないから。

店内へ入ると花の匂いとともに香水の香りが漂って来る。どこかのクラブのママだろうか、着物姿の女性が正月用の飾り花などの注文をあれやこれやとしているところだった。店員はその注文にうんうんと頷きながら、メモを取っている。大きさや形のイメージ、使う花材に花器。どんな物を作ろうかと考えているのだろう、店員の顔はとても楽しそうだ。

しばらくして、それじゃあよろしくね、と着物姿の女性が店を出ていく。

「忙しそうですね」

いらっしゃいませ、と言って近付いて来てくれた店員に声をかけると、稼ぎ時ですから、と笑って返してくれる。でも楽しそうですね、なんて笑ってみると、普段よりたくさんの花材でいろんなアレンジや組み花が作れて楽しいんです、といたずらっ子のような顔でにかっと笑う。珍しい子供っぽい様子に、こんな表情もするんだなと心がほわっとする。

それからも二人で並んで店内を見て回りながらとりとめもない世間話をした。他に客がいないのを良いことに、のんびりとする。

「先生、お茶飲みませんか」

外よりは暖かいが、花の鮮度を保つために少し涼しい店内。そこへ来て温かいお茶はありがたい申し出。そして何よりも、まだここにいて良いのだと言ってくれているようでとても嬉しい。いただきますと言うと、じゃあ、ちょっと店番しててください、と笑って店員は奥へと入って行った。

クリスマスのあの夜から店員は俺を先生と呼ぶようになった。そして、俺に対する態度も、客から友人へと少しづつ変化しているように見える。ほんの少しの変化だけれど、その変化を見せてもらえる幸せをひっそりと噛みしめていると、店内への入口が開く音がする。そういえば、店番を頼まれたなと反射的に入口の方へ顔を向け、いらっしゃいませと口にした。

入口には若い黒服の男が不思議そうにこちらを見ている。

「いつもの店員さんじゃないの」

おそらく常連なのだろう、今呼んできますと言って背を向けると慣れたように作業台のそばの椅子に男は腰掛ける。

俺は居住部の方の扉を開き、お客さんですよと奥へ声をかける。すると少し慌てたように今行きますと返事とともに、ぱたぱたと小走りの音がした。

「お待たせしました」

ご注文の品ですね、とフラワーキーパーからカサブランカを使った大きく立派な花束が出てきた。後で聞いた話だが、オリエンタルリリーではなくわざわざカサブランカを用意して欲しいと頼まれたらしい。滞り無く花束の受け渡しは終わり、男が店を出ていく。どうやらホストクラブの常連の上客の誕生日のプレゼントだったようで、カサブランカもその上客の好きな花らしい。ホストってのはつくづく大変な仕事だなと思う。客の誕生日やら好みやらを一々覚えるなんてよく出来るな。俺なんて、この目の前にいる好きな人のことすらあまり分かっていないのに。そんな事を考えていると、接客ありがとうございました、なんてぺこりと頭を下げられる。お役に立てたなら何よりですと笑って言うと、お茶入れてたんだ、とまたぱたぱたと小走りで奥へと戻って行った。

かわいい人だなと、俺にとってカスミソウのような人だと考えている間にカップを持って戻って来てくれた。温かいカップを両手で包み手を温めるとじわりと熱が染み込む感じがした。思った以上に冷えていたらしい。レモンリーフとローズマリーがブレンドされたハーブティーで体を温める効果があるらしい。母上殿が趣味で育てているらしく、どちらもグリーンとして店で売っている物で言われてみるとピンときた。

「味、大丈夫ですか」

レモンとローズマリーの香りにほんのりした甘さがある。

「はちみつの味がして美味しいです」

もっと味が無いと思ってましたと言うと、はちみつを入れないとほとんど香りの付いたお湯ですと言われてしまう。でも香りが好きなんですとも言われ、なんとなく、この人に合う香りだと納得した。

「俺も、この香り好きです」

遠まわしな告白のつもり。そんな俺の心のうちを知らない店員は嬉しそうに微笑んだ。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

楽しんで頂いていると幸いです。


次回もよろしくお願いします。

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