ジーク・ザイフリート・シグルズ
私は15歳となった。この国では女性は16、男性は15で成人とされる。
私は成人を迎え、師弟より祝いの言葉を頂いた。
「おめでとう。スズキ・リョウイチ」
鈴木遼一? あぁ……私の事だった。そうだ、私は鈴木遼一。
グレッタ村で師匠に拾われて今に至る。そこからの記憶は鮮明に思い出せる。
だが、それ以前の記憶が曖昧で、思い出そうとすると頭が白くなり混沌としてくる。そのため、私は過去の記憶を積極的に思い出そうとはしなかった。
……この日が来るまでは。
胸騒ぎがするんだ。思い出せと、心の底から湧き上がる焦燥感が溢れてくる。
少年の記憶もはっきりと持っているが、なぜか違和感を覚える。
何かが違う、何かがおかしい、その何かが分からなかった。
村の人々は魔物に斬り殺された、目の前で……。
私の父さんと母さんと妹は、殺された。あれ? 誰に殺されたんだ……。
私に家族はいない、殺されたのだから……どこで?
それで私は床下の保存庫に隠れて、生き延びたんだ……何時?
だが、首を吊った記憶も持っている……前世の?
そして、その記憶は突然襲ってきた。
まるで、真実を隠す「何か」が壊れたかの様に。
◇
頭が痛い、胸が苦しい……。
あの時の記憶が蘇り始める。
私が異世界に飛ばされて、目を覚ましたあの時を。
「「いいえ」「理想なのですね?」」
若い女性の声がする、子供の頃に聞いた声だ……いや、少し違うな。
私が前の肉体を持っていた時に聞いた言葉だ、言葉が少し変わっている気もする。
それで私は少年になって……頭が痛い。
「「成功しました」「自殺した事により」「呪いを受けました」」
あぁ、そうだ、私の前世は日本人だったんだ。
それで、気づいたらこの世界で目が覚めた。
そうだった、忘れていた。そうだったはずだ。でも違和感がある。
何故、今更思い出しているんだ……。
「「その子の姿と」「環境が貴方の」
「人生をお過ごしください」「では、新たな」」
頭が痛い、女性の声がする。こんな言葉だったか? 何かがおかしい。
あの頃は、混乱の中で焦っていたので深くは考えなかった。
そして師匠に拾われて、私は何もなかったかの様に人生を歩き出した。
なぜ今更、思い出すんだ。なぜ……体が動かないんだ。
―――何かが溢れてきた
「「では、新たな」魔石が完成したのですね?」
「ああ、お前の要望通りに作ってやった。だが、こんなモノを何に使う?」
「その子に埋め込み、実験したいのです」
「魔人に滅ぼされた一族にか……? 皮肉が過ぎる」
―――記憶が蘇る
「300年も眠らせて、破棄するよりはいいでしょう」
「復讐の可能性を作るつもりか?」
「昔に滅びた国の幼子に何ができると? 殆ど覚えてもいないでしょう」
「可能性の話だ」
―――よく分からない話をしている
「それで実験とは?」
「「その子の姿と」は相反する姿を持つ、架空の記憶を魔石に刻み込みます」
「それで?」
―――あぁ……私が眠っていた時に聞こえた会話だ。
「この架空の記憶は、「自殺した事により」人生を終える記憶となっています。
その記憶を持った魔石を子供に埋めることによって、自身の記憶と架空の記憶、その両方を持つことになり、記憶の不一致から著しい混乱に陥るでしょう」
「だろうな……それで?」
「幼い子供であれば、柔軟な脳が記憶と記憶を都合のいい様に繋ぎ合わせ、
混乱が収束していくはずです」
「ふむ、可能性は高いな」
「どこまでの記憶の差を脳が繋ぎ合わせられるのか、それが知りたいのです。
相反する記憶だからこそ良いデータになるでしょう」
「データは何に使うのだ?」
「……息子のためです」
―――嫌な予感がする
「この世界には死んだ人間を完全に蘇らせる魔法はありません。
人の願望により夢想された戯言に過ぎません」
「肉体は回復しても、死んだ脳細胞の記憶は元に戻らないからな」
―――何が言いたいんだ
「私は死んだ息子を生き返らせたかった。でも、このままでは無理です。
それでも、忘れられないのです。息子と過ごした幸せな日々を……」
女は沈んでいくような暗い声色で言葉を紡いだ。
彼女は息子を愛し、忘れる事ができない愚かな女だった。
「300年前の事を、まだ引きずっているのか? 完全な蘇生は不可能だ、諦めろ」
「「いいえ」、諦めません。そのための新しい魔人の実験なのです」
「魔人は魔石で蘇生できるが、生前の記憶までは回復できないぞ」
「確かに、肉体では記憶や人格は回復できないでしょうね」
彼女の声色が強いものへと変わった。
決意や確信を持った人間が放つ気配を感じる。
「……まさか、魔石自体に息子の記憶と人格を?」
「その通りです」
「馬鹿がッ! そんな物は、お前の願望で作り出された架空の人格の息子でしかない。肉体は保存されている本物でも、中身が別物ではないか!!」
男は激昂した。その愚かな執着に、死んだ者を完全に蘇らせようとする願望に。
まるで、過去の愚かな自分に向けて放った言葉の様に……。
「オリジナルの記憶と人格しか認めない。それが貴方の「理想なのですね?」」
「当たり前だ! 己の解釈で作られた人格など、自分自信でしかない」
「それでも、それでも私は息子と暮らしたいのです」
「……苦しみと後悔の呪いを背負うだけだぞ、私の様に」
「息子が死んだ時に、私はすでに「呪いを受けました」」
―――記憶、人格、まさか。
「……あれから、実験はどうなっている?」
「「成功しました」。
記憶の混乱はありますが、辻褄が合うように記憶を解釈しますね」
「予想通りだな。だが、この実験は息子の蘇生に役立つのか?」
「はい。息子の肉体は死んで、ほとんどの記憶と人格は戻らない状態です。
そこに新しい魔石を埋め込むことで、私が作り出した記憶と人格を忠実に再現させます。しかし、息子の肉体にも脳は残っており、死んでいない脳細胞に記憶もあります。すると、記憶が刻まれた魔石との間で、情報の差異から混乱が生じます。
その差異を少なくし、記憶の辻褄を早急に合わせるための実験なのです」
「……なるほど。それで、此奴はどうする?」
「この子も哀れな境遇です。
一人だけ生き残り、300年の眠りの末に実験体にされたのですから」
「生かすのか? ここの記憶を持ったままにはできんぞ」
「わかっています」
―――そうか、私は……。
「貴方の協力のお陰で息子が生き返るかもしれません。
本当にありがとうございました」
彼女はそう言うと、魔石の影響で佇む少年の頭に手を乗せた。
「そして、ごめんなさい。救ったとはいえ、実験体にしてしまい。
今から貴方に埋め込んだ魔石の力で、ここでの記憶は全て消します」
―――あぁ、せめて魔石は取って欲しいけど無理なのかな。
「魔石に刻まれた記憶は消せませんので辛いでしょうね。
再び2つの記憶による混乱が起きますが、
辻褄が合うように記憶が作られるはずです」
佇む少年は静かに彼女の声を聞いている。
「いずれ、新しい「環境が貴方の」記憶を安定させるでしょう。もしかしたら、
大人になった時に本当の記憶を取り戻せるかもしれません。
さぁ、グレッタ村に行きましょう。そこで、新しい「人生をお過ごしください」」
◇
「どうしたの!? しっかりしてください」
「リョウ! どうしちゃったの!?」
「あっ、目を覚ましましたわ」
「あらあら、本当に心配をさせますわね」
先程まで重かった瞼を開けると、そこには慣れ親しんだ顔があった。
私は心からの安堵のため息を吐き、彼女達の顔を見る。
師匠とプリシャの目には涙が浮かび、ハリティの表情には笑顔が浮かんでいる。
セドナさんは、いつも通りのすまし顔をしている。
良かった……私はここにいる。
「ごめんなさい。心配をかけました」
「もう! 驚いたよ~、もう大丈夫?」
「はい、もう大丈夫です」
「本当ですか? 具合は大丈夫なんですか?」
プリシャと師匠が心配そうに訪ねてくる。
本当に私は愛されているな、そう思うと嬉しくなる。
いや、突然の事で私が一番驚いたけどさ。
「本当に大丈夫ですの?」
今ではハリティも不安そうな顔になってしまった。
下から私の顔を覗き込んでくる。
そんなに顔が近いと照れるから、離れて欲しい。
「大丈夫です。あと、皆さんに言うべき事ができました」
そう、言わなければいけない。私の本当の事を……。
今では気分が落ち着いている、何時も感じ続けていた違和感が消えていた。
記憶を巡らせると起こる、漠然とした不安と混乱が今では嘘のように無くなってしまった。
「言うべきこと? 何かしら」
セドナさんが不思議そうな顔をしている。
そりゃ、そうだ。私も不思議だしね。
少し本当の事を言うのが怖いけど、知ってほしいんだ。
本当の仲間になるために、知って貰いたいんだ。
もっと皆に伝えたかった俺の思い……。
「何を言うのですか?」
師匠が顎に手を添えて、何時もの様に可愛い顔で聞いてくる。
首を少し傾げるそのポーズ、ずっと好きでした。ずっと言いたかった。
私はずっと貴方が好きだった。
「私の本当の名前を思い出しました」
「え!? リョウは、スズキ・リョウイチという名前でしょう?」
「確か、日本から来たと言っていましたわね」
ハリティと師匠が驚いた様子で私に尋ねる。
「私は……いや、もう辞めにしたいです。本当の自分のまま話がしたい。
ずっと皆と打ち解けたかった! それがやっと、できそうなんです!」
彼の突然の変化に、彼女達は愕いた。彼の目からは涙が溢れている。
初めて見せる彼の涙に、どうしていいのか分からなかった。
そして、泣いている本人もどう伝えればいいのか分からず、
支離滅裂ではあるが、今まで見せられなかった本心を吐露し始める。
彼は真実の記憶を取り戻し、自らの真名を口にした。
「俺の名前は、ジーク。ジーク・ザイフリート・シグルズと言います
皆には信じてほしい。今までの事、これからの事、本当の俺を知ってほしい。
やっと、それが伝えられそうなんだ!」
―――俺は、異世界の人間などではない。
今、真実の記憶を話そう……。
次回、ジーク




