廻ル世界
少年はいつもと変わらない自分の部屋でいつもと同じように目を醒ましました。
つい自らの身体をペタペタと触りましたが、どこにも異常はありません。
ほっとしたのも束の間、少年は遅刻するのだけは拙いと急いで身支度をします。
するとある異変に気付きました。
昔よく着た、失くしたはずの愛用していたダボダボTシャツがポンと箪笥を開けたすぐ目に入るところに置いてあったのです。
少し小さくなったとしてもまだ着れるし、何より久しぶりに着てみたかったという郷愁を胸にそのTシャツに袖を通しました。
すると、するりと、まるで違和感なく着こなしてしまいました。
逆に服に着せられているといった具合にダボダボです。
さすがにこれには少年も驚きどういうことかと、最悪身長が縮んでしまったのかと慌てふためいていましたが、そんな折さすがにうるさく騒ぎすぎたのか階下から親愛なる母親の怒声が響き渡ります。
『母さん、母さん!大変だよ、背が縮んじゃったよ!?』
少年は見たまま、感じたままに母親に泣きつきます。
しかし、当の母親はまるで意にも介せず何を馬鹿なことをと言葉を紡ぎました。
『何を馬鹿なこと言っているの、まだ二桁も歳食ってないのに身長のことなんか気にするんじゃないよ』
その言葉に少年は固まりました。
母親の言を信じるなら、今自分はまだ、10にも満たない幼子になってしまうからです。
『お母さん、今年は何年だっけ』
少年は震える唇でたどたどしく、今の年号を尋ねました。
母親は少し考えるそぶりをして何でもない事のように返します。
『今は確か、200X年の○月×日よ?何かあったかしら、今日って』
それはくしくも、以前悪夢を見た同じ年同じ月同じ日でした。
◆
少年は怖くなりました。
もしあの時の悪夢が、ただの夢ではなく正夢だとして、それ以上にあれが一回目だとしたら、今から約十年先には、また何かに殺されるのではないか。
それともこんなことがこれから先ずっと続くのではないかと、その体に見合わない思考で考えてしまいます。
結局、少年は状況に飲み込まれて右も左も前後不覚に陥りながら家を飛び出しました。
それはひとえに少年の最後の抵抗でもあり、現実逃避でもあったのです。
少年は走りました、早くただただ疾く。
心臓がどくどくといつにもまして大きい鼓動が鳴りやみませんが、それでもかまうことなく少年は走り続けます。
まだ何かわけもわからない事を叫んでいないだけでも上出来だといえるでしょう、もしそんなことをしていたら、すぐにお巡りさんに捕まって家に帰されていたはずです。
それでも幸か不幸か少年は、誰にも捕まることなくとある空き地に差し掛かりました。そこには別の一人の少年が佇んでいました。
空き地に差し掛かったところで少年は転んでしまいます。
転んだ時点で胸のあたりがとても痛くなるのを感じました、単に今まで無理をおして走り続けたため体に負担がかかっただけでしたが、少年にはそのまま死んでしまうのではないかと思うほど痛かったのです。
「どうしたの?」
声が聞こえました。
突然目の前で転んでそのまま激しく息を切らしながら動かなかったのだから当然と言えば当然です。
たとえ、それが義務感で出たものであっても、その言葉が自分のためじゃなくても今の少年には掬いの言葉にも思えました。
それは心のどこかで、誰かに止めてもらいたかったと思っていたからなのか、それとも別の理由からなのかは今の少年にはわかりませんでした。
そして少年はついなんでこんなことしたのか空き地にいた少年にこぼしてしまいます。
いつもなら、信じてもらえないと話すことはないはずなのに、その時はよほど動揺していたようです。
しかし聞き手であるほうの少年はそんな世迷言と言ってもいい話を真剣に聞き届けます。
ただ、この時の利き手の少年がどこか暗い表情をしていたことはついぞ、語り手の少年は気づくことがありませんでした。
「なるほどね、それはさぞ怖かったろう。不安になっただろう。」
『僕、これからどうすればいいんだろう。また、あんな痛い思いしたくないよ』
先程まで走っていた少年は、言葉に合わせてぽつぽつと感情が零れ落ちていきます、それは涙だったり体の震えだったり様々です。
その様子を見てか聞き手にまわっていた少年はわらいかけながら語りかけました。
「そうだね、でもそんなに落胆することはないよ。だってそれは、何度でもやり直せるってことだから」
『やり直せる?』
泣き声を上げていた少年がゆっくりと顔をあげます。わらっている少年は尚も続けました。
「そうさ、いつまで続くかわからないけど、その間までいろんなことが試せる。将来の夢だって叶うかもしれないんだ」
『でも、また大人にならないうちに死んじゃったら?』
「子供のままでも叶えられる夢はあるさ。少なくとも君の夢はそういった類のモノだろう?」
確かに少年の言う通り少年が持ち続けた、前回はしまっておくしかなかった夢は、技術と才能さえあれば大人である必要はありません。
その言葉を聞いて今まで泣くだけだった少年は、希望を持ち始めました。
才能はまだしも技術に関しては最悪幾度の生を使えばあるいは、無駄に思考の発達した少年はそう思ってしまったのです。
『そう、だね。僕頑張るよ!』
「ああ、がんばれ青少年、応援しているよ」
こうしてはいられないと、家に帰ってすぐにでも練習に没頭しようと駈け出しました。
これ以降空き地の少年とは出会いませんでしたが、これがいわゆる運命の出会いだったのかもしれません。
不安で泣きじゃくっていた少年も今では一つの夢に向かって前を向いて歩きだします。
そのおかげもあって、少年が青年となる一歩手前のころには相応の技術が身に付きそこそこ有名になっていきました。
しかしそれに反比例するように友人の数は減っていきました。
何故なら、少年は自らの修練のためいくつかの誘いを蹴って没頭していたからです。
奇しくもその生では、大成することはなく前と同じで、大人になる前にその一生を終えることになりました。
その時の死因は孤独死、だったそうです。
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そして少年はまた同じ年、同じ月日に目覚めました。
当初混乱はあったものの、以前に比べれば雲泥の差です。すでに三度目、もしくは四度目の生だからか、もしくは前生で出会った少年の助言が聞いたのかもしれません。
ともかく少年は今度の生も自分の夢のためにも頑張ろうと決意しました。
確認したところ前生で得た経験と技術はいくつかは今生にも引き継がれるようで、少年の夢に必要な技術も多少の劣化はあったもののしっかりと引き継がれていました。
これなら今回のうちに夢がかなうかもしれない、そう思うだけで少年の胸は希望に満たされてより一層修練に励みました。
その甲斐あって、前回の約半分の期間で元の技術を上回りましたが、それでもなかなか多くの人に認められません。
きっといまだに技術が足りないのだろう、もしくは才能が不足しているのだろうかと少年は訝しみましたがそれでも少年はただ一人で歩むことをやめません。
結局前回と同じ結末を辿ることになるのでした。
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さすがに少年は一度考えることにしました。
前回はほとんど自分の技術は完成されていたというのに結局大成することなく、終わったことに多少の焦りと不安を覚えたからです。
こういっては何ですが、少年よりも程度の低い人間はざらに居ました。
それもそのはずです、彼らはたった一回の生で精一杯努力したうえでの技術に対して、少年のそれはまさしく人生を二回使い捨てにして手に入れたものだからです。
それが悪いことだと、ましてやズルだなどと言わせる気は少年には毛頭ありませんでした。
もし同じ状況に陥ったとしても人生を使い捨てにするほどの気概と胆力を少年は持っていると自負していていたからです。
少年はそれだけ頑固で、不器用な生き方しかできなかったのです。
そして、一つの結論にたどり着きます。
自分が認めてもらえなかったのは、周りに認めてもらえる人を作らなかったからだ、と。
その結論に達した少年はすぐに行動に移ります。
そういった関連の人たちと接触して、関係を作ることにしました。
でも、そのころには二回目の様な心の強さは持ち合わせていなかったのです。
すっかり口下手になってしまった少年は、少しでも直そうと努力しました。
その努力が結んで、人と無難に話すことができるようになります、しかしいくら人と接しても以前感じた温かさを味わうことはありませんでした。
そしてついに、少年は大成します。いろいろな人から認められ、称賛の言葉を贈られました。
そのことに少年は大変満足しましたが、それでもどこか納得していない自分がいることも心の中では気づいてました。
いくら作品を生み出してもそれらを愛することができなかったのです、そして、それらはどこか他の人の作品とは劣ってみえるようにもなりました。
様々な人が称賛を送る中、当の少年何かやりきれない感情を持ったままその短い生に幕を閉じました。
今回の原因は嫉妬に狂った同業者による他殺、だったそうです。
■o■lo■■di■■■…
そして少年はまた目覚めます。
しかし今度はこれといってやりたいことが思いつきません、どうしようかと悩んだあげくいつぞやの青年の言葉がよみがえります。
『いつまで続くかわからないけど、その間までいろんなことが試せる。』
そう、いつまで続くかわからないのです。そして最後のいろんなことが試せるという言葉が今の彼の行動指針を定めました。
-ならやりたいことを虱潰しにやっていこう―
もうすでにモノづくりへの情熱は冷めていました、それは自らの作ったものに魅力が見いだせなかったからかもしれません。
それでもいいかと少年は次のやりたいことを考え始めました。
◆
そして時が流れます、過去から未来へ時には未来から過去へ。
少年は次々とやりたいことを考え出してはそれに没頭していきます。
時に優等生ぶって秀才を目指したり、時には自らの容姿をできるだけよく見せるように心がけたり。
変わったものでは一度極めようとして断念した武術の昇華、なんてこともした時期がありました。
ただ、彼はどの生でも本当に親しい人を作ることはしませんでした。
それは、もし仲良くなっても次にはリセットされてしまうことへの諦めだったのか、それとも自らが死んだときに少しでも悲しむ人が少なく済むようにとの配慮だったのかは今となってはわかりません。
そして幾度もの同じ生を繰り返してきた中、あることを考えるようになりました。
少年が今でも好んで続ける趣味の一つである物語鑑賞に今と似たような状況があったことをふと、思い出したのです。
そのことを考え始めた少年は思考の海へと身を投げ出します。
-もしも、この世界が物語を中心に動いていて、その中に主人公と呼ばれる人がいたとしたら―
-もしも、その主人公の物語が無事に成就したとしたなら、この世界は終わるのか?-
少年としてはそろそろやることが尽きてきたので繰り返される日々に飽き飽きしてきたところです。
ちょうどその主人公と思わしき人物には心当たりがありました、ついでにそのヒロイン達と思わしき綺麗な人物達も。
彼はどの生にも登場してそれはそれは楽しそうに日々を過ごしています。
その人物は印象が違うこともありましたが、大半は明朗快活で人に愛されそしてその人物もヒトを愛する、まさしく主人公然とした人物像でした。
少年はその姿を見ると、二度目の生の自分と重ねてみてしまうためか胸のあたりが痛くなり、あえて避けて生きてきたのです。
―でもこの世界が物語の中で廻っているのだとしたら、もしかしたらこの生き地獄にも終止符が打たれるかもしれない―
幸いなことに、その主人公さんの周りにはいつも騒がしく姦しくも、美男美女が集まっていきます。ヒロイン達がその輪に入っていることもよくありました。
これなら、まだ幾分か楽ができそうです。
これがヒロイン全員とくっつけるなんて暴挙に出ないといけなくなった際には、難易度が跳ね上がること間違いなしですが。
その時はその時と、自らの経験にモノを言わせて成就させてやればいいと気楽に考えていました。
この時からすでに、まともな思考ができていなかったのかもしれません。
そして、少年は行動に移します。
ひとまず彼らと同じ高校に入るためそこそこ勉学をたしなみ、次に彼らと親しくするために身なりを整え今のトレンドを随時調べつくして話題に乗っかれるように話のタネもたくさん用意しました。
どんなに努力しても自らの身長を伸ばす方法は見つかりませんでしたが、それで下に見られないように武術の勘も少しばかり取り戻して、ようやく準備が整いました。
あとは、成功させるだけと少年は意気込み次の段階へと足を進めるのでした。