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千歳3

「あなたやっぱりサイレントフェイスよね?」

「髪切ったのか、なんかいろいろ衝撃的だぜ……」

 千歳が席に着くと周りに人だかりができる。

 みんな千歳の様子に驚いているようだ。

「俺、千歳っていいます、あの、これからお願いします」

 そんな人だかりに囲まれると緊張してくる。言葉もいつもより丁寧になってしまう。

 そして、千歳が一言声を出すたびに周りが「おぉ……」と感嘆する。

「そんなことより、凛……火箸さんはまだ来ていないのか?」

「あの子なら今朝のトップニュースになっていたわね」

 そう言って女子が千歳にスマホの画面を見ている。

 どうやらこの学園には独自のニュース網が組まれており、出来事や事件をウェブサイトまとめているようだ。

「それちょっと見せてくれないか?」

「え? あ、うん」

 千歳は周りの人たちから気味がられていたということだったがなんか親しげだ。

 その画面には凛と五、六人の先生が映った写真が載ってあり、場所は東地区の学園正門エスカレーター前。

 見出しの文は、

『在籍日数僅か二六日。学園異例の速度で他に類を見せないスピード卒業!?』

 と大きく書かれていて内容は、

『先生たちに学園内に連れて行かれる一年の火箸凛。周りで聞いていていた生徒によると卒業や学園長とのワードが出てきたようだ。もし仮に火箸凛が卒業すると学園の歴史の中で一番早い卒業生になるだろう』

 それを読んで凛は美柑を待たずに学園に向かったわけではないことに気づき安心する。

 でも、いまいちわからない。どうして凛が連れて行かれるのだろう?

「なんか信じられないわよね」

「ていうか、それじゃあここに何しに来たんだよっていう話」

「もしかしてこれってあなたが関係してたり?」

 女子の内の一人が千歳に聞いてくる。

 千歳が急に前髪を切って話すようになったから聞いてきたんだろう。

 さらに言えば、無意識だった千歳は凛といつも一緒だったという。

「いや、たぶん関係ないと思うけど……」

 もしかしたら関係あるのかも知れない。

 彼女の周りの世界に変化があったとすれば、それは千歳のことなのだから。

「そういえばさ、あなたと凛さんはどんな関係だったの?」

「あーそれ私も気になるー」

 たくさんの女子がそう聞いてくる。千歳と凛の関係。

「よくわからないけど……俺は凛に仕えていたっていうか……」

 千歳は凛の使用人としていたのだがそれも昔の話。

「聞いた? やっぱりそんな関係なんだね」

「スーツ着てたもんね、そうだと思ってたけど」

「それじゃあ今は?」

「……辞めたんだ、なんかいろいろあってさ」

 言えなかった。千歳がロボットだったことも、凛がお嬢様だったこと。二人は切っても切れない関係だったことを。

「来ないね、凛ちゃん……」

 もう一時限目が始まろうとしている。

 それなのに千歳の隣の席、凛の座る席には美柑が座っていた。

 周りの生徒が自分の席に帰っていくのに美柑はいつまでもそこにいた。目線は窓の外、校庭を見ているかもしれない。

「あのさ美柑、俺は凛に命令を受けた訳でもなく、自分の判断で凛から離れてるんだ」

「いいよぉ~だ、そういう話は……」

 すこし膨れたような怒っている感じで喋る。

「だからさ、凛とは一旦距離を置いてから改めてだな……」

「でも、凛ちゃん卒業するんだよ? だったら今すぐにでも話しておかなきゃじゃん」

 確かにそうだ。凛は千歳を捨てたが、もし今すぐ卒業するなら千歳も凛に挨拶ぐらいはしなくてなるまい。

 黙ってそれを見過ごすことは出来ないのだ。

 そして、いつものように国語の教師が教室に入ってきた。

 朝のHRはいつも無くていきなり授業が始まる。国語の授業を受けない生徒は他の授業を受けるために行ってしまう。

 科目別自由授業制度。

 千歳はなんとなくそれを理解していたが自分は何の授業を集中的に受けていたか分からない。

 凛といつも一緒だというのだから凛の科目に合わせればいいのだが凛はここにいない。そもそも、今までの授業の内容を覚えていないのだからどれでも良いのだ。

 空いている凛の席に美柑が座る。だから千歳もここで授業を受けることにした。

 生徒の雑踏が止むと美柑は立ち上がった。

「先生ー! 凛ちゃんはどうしたんですかー?」

 教師に質問した。この学年に担任の先生なんてものはいないので他に聞く人がいないのだ。

 その問いに教師は首をかしげる。たぶん「凛ちゃん」という人がわからないのだろう。

「火箸さんはどうなったんだ?」

 だから、代わりに千歳が聞くと教師は驚いたようにこちらを見る。

 千歳が喋ったからだろう。昨日まではずっと黙っていたのだから仕方ない。

「……あ、ああ。火箸さんは午後からの出席だね」

 午後。凛にはそれまで会えないのだ。

「先生たちが朝、凛ちゃんを連れて行ったて噂なんですけど、それってなんでですか?」

 教師はあまり口を開きたくない顔をしていたが、いつもより真剣な美柑の声音に負けたのかため息をついた。

「卒業だよ……」

「それは知ってます!」

「家庭の事情らしいから私からはあまり大きく言えないんだ……」

 家庭の事情。

 だからもうそれ以上、凛のことを聞く人は誰もいなかった。

 先生は授業を始めるがその内容は頭に入ってこなかった。

 だから千歳は生徒手帳の校則を読んでいた。ここのことが分からなかったので情報が欲しかったのだ。おかげでこの学園のルールを知った。

 一時限目が終わり四時限目までずっと同じ教室だった。

 隣にの席に凛の帰りを待つように美柑が座っていたからだ。

「美柑は凛のことが心配なんだな」

「うん、だって友達だもん……」

 美柑と凛は友達だ。

 でも、周りの人たちは友達という関係ではないらしい。

 凛について騒いでいたのは朝だけで、今は千歳のことを気にしたり授業の内容、昨日のテレビの話をしているからだ。

 誰も凛のことを特別に思っているわけではなかった。

 唯一、美柑が凛のことを待っていた。


 やがて、昼休みになって食堂でご飯を食べる時間となった。

「お昼はどうするんだ?」

「凛ちゃん待つよ、先生が午後からっていってたもん」

 午後からってことは五時限目かもしれない。

「ご飯はどうすんだよ?」

「我慢する」

 そんな訳にはいかない。

「じゃあ、俺がなにか持ってくるよ、何がいい?」

 食堂ではパンも売っている。それなら教室でも食べられるだろう。

「それじゃあ、クリームいっぱいの甘いやつ!」

「わかった」

 頷き、千歳はなるべく早足で食堂へと向かった。

 早くしないと、教室に凛が戻ってくるからな。

 食堂へ行くと三〇〇人近い人が居てその中でもパンは行列を作っていた。

 やはり手持ちで手軽に食べれるパンは人気らしい。

 千歳も並んで待つことにした。前には二〇人ほど並んでいるので売り切れないようにと願う。

 ふと、自分は朝食を食べていないことに気づく。そして、今のおなか具合は、

「……腹へってないな」

 そもそもおなかが減る、空腹というのはどんな状態だったろう? 昔、そんな気分を死ぬほど味わった気がするがもう覚えていない。

 だから、自分の分は一つだけ買うことにした。美柑はたくさん食べそうだから五つくらい買っていこう。

 千歳はもう並んでしまったので食堂の柱に飾ってあるメニュー表を見る。常人ならば確認することはできないだろう。

 だが、千歳にはそれが確認できる。視力の倍率を上げることにより画像を鮮明にしそれを縮小したような高解像度でメニュー表を確認する。

 メニュー表は文字ばかりでパンの画像が載っていない。そこが学生の食堂らしい気がする。

 美柑が欲しいと言ったのはクリーム系の甘いやつ。メニューにはカスタードクリームパンとクリームパンとホイップクリームパンと……。

「そういやチョコはクリームなのかな」

 全部白や乳白色のクリームパンだろ飽きるだろう。チョコはチョコクリームとか言うからクリーム系だろう。

 だからチョココロネとクリームメロンパン、生クリームパン、宇治抹茶くりーむぱん、栗だけにクリームパンという品名を覚えた。

 商品名が凝っていたのもあって学生の遊び心があるのを感じる。

「ていうか、クリーム系結構とり揃えてるんだな……」

 千歳はなんでも良かった。おすすめでも聞いて選ぼう。

 メニュー表では値段が書かれていたが、カウンターでは学生証を提示することによって無料で買えるみたいだ。

 それならわざわざ値段を書かなくてもいいのにな。

 カウンターの人はこの学園の制服を着ていて赤色ではなく青色の制服なので先輩なのだろう。

 千歳の番が近づいてきて学生証を掲げる。その学生証を見たカウンターの先輩は何度も写真と千歳の顔を見比べて首をかしげる。

 写真の千歳は髪が伸びていたからだ。それに名前の欄には『NONAME』と書かれていた。名前が無いということだ。そんな状態でこの学園を通っていたのか。

 そのことに今更気づいたが掲げたものは仕方ない。先輩は、まぁいいかという顔をして商売を始めた。

「なににするんだ?」

「チョココロネとクリームメロンパンと生クリームパンと宇治抹茶くりーむぱんと栗だけにクリームパン、それとあと一つオススメのパンをください」

「オススメか、いいね、そういう職人さんみたいなリクエスト大歓迎だぜ」

 先輩はノリノリに惣菜パンをオススメした。ピザソースを中に詰め込んだカレーパンみたいなやつだ。カレーは入っていないが外見がカレーパンなのだ。

「このピザパンにつかっているソースは全部イタリア産のベーコンとトマトにオリーブオイル、バジル、ローリエなんだ。だから少し酸味が強く感じるけどそれが本場の味っていうか、何よりの魅力はパン生地だね、パン生地で包んでいるからもちもちの感触が温かいピザソースとマッチする、おっと食べるときは熱いから気をつけなよ? ピザソースはこぼれやすい、そんな時は静かに――」

「あーじゃーそれ二つください」

「二つもだと! いいかい君! これは学園でも屈指の人気を誇るんだ! 一個は取り置きのものだが二個目は――」

「あーじゃー一個でいいです、友達待たせてるんです」

「なんだその目は!? もしかして嘘だと思っているだろう! 君はこのピザパンの価値を分かっていない! その友達の分も入れて特別に二つ用意してやる! よく味わって食べることだな!」

 長くなりそうなのでパンを受け取り次第、お辞儀して急ぐ。教室には美柑を待たせているのだ。

 自分より後ろの列の人が千歳を睨んでいた。これからはオススメを聞くのはやめよう。そういうのは混んでない時に聞くものだ。

 合計六つのパンが入った袋を持って食堂を出ようとすると見覚えのある赤毛の髪がチラリと視界に入った。

「ん?」

 再び食堂を見回すとやはり見間違いではない。

 赤毛の少女に近づく。食事中のようでパスタを巻いている。赤いソースを見るとミート系なのかもしれない。

「凛じゃねーか! なんでここに!?」

「きゃっ!」

 凛はビックリした様子でこちらを見る。迷惑そうな目だ。

「あなた、話しかけるなって言ったわよね?」

「いや、そうだけど、それでもこんなところで会ったんなら話しかけないといけないじゃないか」

 凛もそれを考えてパスタをかじる。頼んで間もないのか皿にはまだたくさんある。

「美柑は……怒っていたかしら?」

 気まずそうに聞いてくる。凛がまず先に教室ではなく食堂に向かったのはそれが原因だろう。

「いや、凛を待っていたぞ、先生が午後になるって言ったのに四時限目までずっと凛の席に座って待ってた」

 それを聞いて凛は頭を抱える。

「まさかあなた、私があなたを捨てたこと話した?」

「……そこまでは話してないが少し怒ってた、捨てるっていうのが命令だって」

「そうね……あの子ならそう思うわよね」

 そして立ち上がり、パスタの皿をこちらに寄せる。

「なんだよ?」

「これ全部食べて、それからそのパンをよこしなさい、交換よ」

「はぁー?」

「代わりに私が教室に持って行ってやるのよ、それじゃあね」

 千歳の持っていたパンを奪い去り食堂の出入り口へ行ってしまう。

 随分と勝手な性格だ。もしかしたら、まだ千歳を使用人だと思っているのかもしれない。

 仕方なく、皿のパスタをズルズルすすると舌がそれを解析。

『パンチェッタ、トマト、オリーブオイル、バジル、ローリエ、小麦粉、水』

 パスタソースやパスタに使われている材料が分かってくる。

 それはあのオススメを話していた先輩の言うとおりの材料だった。ピザパンのピザソースはパスタのミートソースと同じということが分かった。

「…………」

 しかし、味が分からなかった。先輩は少し酸味が強いと言っていたが酸味は感じなかった。

 もしかしたら、パン生地が足りないのかもしれない。もちもちとした感触が。


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