凛檎3
◆
数分前、凛檎は千歳を家に残して一人学園正門前へと向かった。
美柑との約束を守り(千歳とは一緒ではないが)一人東地区のエスカレーター前で美柑を待っていたのだ。
そのエスカレーター前には先生の姿がちらほら見える。必然その先生たちは学園に向かうために凛檎の前を通る。
学園で働く先生は百人ほどおり、そのほとんどが東地区に住んでいるという。
目があったりすれ違ったら挨拶をされるがどうということはない。
「おはよう」
「おはようございます……」
それ以上はなにも言われない。
それがすこし変に思う。ただ、義務的に挨拶をしているような感じ。挨拶をしろと命令を受けて、仕方なく挨拶をしている感じだ。
挨拶をした後の先生は前を見て次の生徒に挨拶をする。
「精神病の一種なのかしら?」
そう思ってしまう。
そんな挨拶をしながらエスカレーター前で美柑をひたすら待っているとこちらに向ってくる足音が聞こえた。
そこにはたくさんのスーツ姿の先生たち。数は五、六人。いつもよりきっちりしてる雰囲気だ。
「火箸凛さんですね?」
「……ええ、そうですけど」
先生たちは挨拶もせずに話しかけてきた。一体どうしたのだろう?
凛檎は不安になるとカバンの中に手を入れて武器を掴む。そうするだけで安心してくる。
周りにはたくさんの生徒が輪を作って囲っている。
「つい先ほど、あなたのお父上から家に戻ってくるようにと通達を受けました」
――父様から?
でもそれはおかしい。
「……何を言ってるんですか?」
凛檎はカバンの中で握っていた武器を手放し代わりに生徒手帳を取って掲げる。それには国立トラオム学園の規則が書かれてある。
その規則の終わりにこう書かれている。
『国立トラオム学園から外に出ることは禁止されている。いかなる状況、事象が起きてもそれは揺るがない不変の決まり事である』
これがある限り、例え父にそう言われても家に戻る、つまりは外に出ることは叶わないはずだ。
「はいそのとおりです、あなたは卒業扱いとしてここから出ることになります」
「……卒業扱い?」
「詳しい話は学園長がしてくれます、今はご同行をお願いできますか?」
そう言われ、凛檎の有無も聞かないまま五、六人の先生に囲まれ学園へ続く道の端を通って連れて行かれる。
「連れのノーネームはどうしたんだ?」
ノーネーム、それは千歳のことを呼んでいた。
「いないわ、解雇したのよ」
「……そうか、それでは行くぞ」
――関係ない?
千歳のことを聞いたということは、さきほど千歳が自意識を取り戻して父の命令を破棄したのと関係ないということだと推理する。
教師たちの連行は暴力ではないので凛檎はついてくことにした。
それに、このおかしな話に興味を持っていた。学園長が直々に話をしてくれるというのも凛檎には興味深かったのだ。
――そういえば美柑が……
スマホを取り出してメールを打とうとする。しかし、隣の教師がそれを取り上げた。
「学園内での携帯電話の使用は認められていない、帰りに取りに来なさい」
それは少し乱暴で強行的な態度だと思ったが正門前は学園内だったので凛は渋々引いた。
「……わかったわ」
どこまでも規則に則った先生の行動は正しいのかもしれない。でも、それを的確に全うする行為は気味が悪い。
だから手持ち無沙汰になって手に持っていた生徒手帳を開く。
生徒手帳の最後にはこう書かれていた。
『卒業をすれば進路を設定しここで働くこと、もしくは外に出ることが選べる』