千歳
◆
千歳の世界に光が差し込んだ。
最初は眩しかったけどだんだんとそれに慣れてくる。
光の中には二人の女性の顔があった。
それもぼやけているので明確ではないが赤い髪とオレンジの髪。どちらも長いので女性だろう
二人が誰なのか口を開こうとする。でももう何年も喋ったことはないので喋り方を忘れている。
二人は何かを喋っているようだったが聞こえなかった。
頭上に声が響く。体の中といったほうがいいかも知れない。
『メインコンピューターの自意識を確認、直ちに脳神経をオートからマニュアルに切り替えます』
それは機械質な声で、そういえば自分は機械化されたんだったと思い出した。
最後に覚えているのは可動テストで自分の体にこの自意識が入ったこと。
その前はビルの最上階で幼い女の子が千歳を専属の使用人にしたこと。
その前は研究と開発の日々。その前は、もう覚えていない。
声が聞こえた。耳に聴力が宿ったようだ。目の周りに圧迫感がある。痛覚感覚が体全体に浸透してくる。
「あなた聞こえる? 私の声が聞こえたら目を右に寄せなさい」
――右に?
そう言われたのでぼやけた視界の中で右側に目を寄せる。
目は片目だけ開いているようでぼやけていたことに気づく。それと、目が開かれているのも強引に開けられているようだ。
そうすると、二人は驚いたようにたじろいでいた。
「やっぱり生きてるんだよっ!」
――生きている? 俺のことか?
「ええ、もしかしたら人工知能なのかもしれないけど、それならそれで不思議だわ」
――人工知能。ああ、学習機能が付いたシステムのことか。
してはいけないことを覚えるのは優秀だが犯罪に使われることが多いと研究所では言っていた。
純粋なシステムは柔軟性がないとかなんとか。だから千歳が使われたとか。
あまり思い出したくないけど。
でも、重要なことは覚えている。それは俺がまだ終わっていないこと。千歳の人生はまだ終わっていないこと。
「イキ、テル?」
口から声が出た。声を出したのは何年ぶりだろう? ひどく低い声だった。
「しゃっ、喋った!」
「しっ……」
「ココ、はどこだ?」
やっとひらがなを口に出せた。
「ここはトラオム学園の寮よ、私の名前は火箸凛、あなたは?」
トラオム学園? 聞いたこともないところだ。
目の前の赤い髪の女性は火箸凛というらしい。
「俺は千歳……」
苗字は思い出せなかった。研究所より前のことも。そもそもどうしてここにいるのか分からない。
「やっぱり名前があったんだ!」
「一つだけ問いたいわ」
「……なんだ?」
「あなたはロボット? なの? それとも……」
そんなの決まっている。
「俺は人……じゃないのか?」
これで一部終わりです