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美柑

 今日は四月二九日、何の日だろう?

 美柑は朝起きるとすぐネットを開く。

「昭和の日かぁ……なるほわぁ~ふわぁ~んあぁ~」

 長い欠伸をしてまた寝る。今日は祝日で学園に行かなくてもいいこともあり体が怠ける。

 ――今日は昭和の日か、昭和……昭和?

 ドリフでもみようか。駄菓子オンリーデイにしようかと考えながらベットの上をゴロゴロする。

「ん? 休み? 休みって最近あったっけ?」

 学園生活は日曜日しか休日がなかった。

 今日は日曜日以外の平日の休み。

「超レアじゃん!」

 早速、美柑は背伸びをしてカーテンを開けた。太陽をその身に浴びてオレンジの髪に光を与える。

 寝ていられなかった。こんな日は外に遊びに出かけてストレス発散したり、散策をして学園都市を探検するに限る。

 今日は冒険デイなのだ。

 朝食は焼いた食パンにバターを塗るだけの質素なもの。

 顔を洗って、短パンとフード付きのトレーナーという私服に着替えて特に持ち物らしいものを持たないで外に出る。冒険に行く時はいつもこの動きやすさ重視の格好だ。

「今日はどこにいこうかな!」

 美柑の家は一軒家のプレハブ住宅でワンフロアの物件。

 最初に学園都市に入る時に自由に決められるのだ。入居料はもちろん無料タダ

 マンションの一室かシェアハウスの部屋とか。中には倉庫という場所もあった。

 特にマンションは人気で入居者が多かった。

 そんな中でこの物件を見つけた。

 一人暮らし用の一軒家だ。これなら壁から隣の声が聞こえないしマンションのように高いところじゃないので上り下りが楽。走れば時間が短縮するので遅刻する危険性が少なくなるのだ。

 だけど、不便なことは部屋が狭いことだ。元々勉強小屋として作られていたらしくあまり大きな家具は置けない。

 だがそれも美柑には関係なかった。

 元々持ち合わせの私服はあまりないし学園の外に大切な物は置いてきた。卒業をするまでお目にかかれないのは残念だけど。

 美柑は必要最低限の物だけでこの学園にやってきた。

 全ては夢を叶えるため。

 世界を救う冒険に。


 ゴロゴロゴロ。

「うわ、雷が鳴ってるよ……雨降るのかな」

 外に出ると空には曇り模様が広がり雷がなっている。まだ雨は降っていないようだ。

 それでもせっかくの休みなので出かけなくては損だ。

 美柑はそんな気持ちで、もう何年も使っているお気に入りの水玉模様の傘を持ち歩いて長靴装備で出歩いた。

 学園は都市の中心に建っている。その規模は魔法で作られた夢の国のようにでかい。

 学園の正門前にマンションのエレベーター口があって、両端には幅広い踏み面が階段状ではないベルトコンベア方式のエスカレーターが二つ。

 東エスカレーターの先は一軒家に住む人やプレハブ住宅に住む人の道だ。

 美柑のプレハブ住宅ももちろんそこにある。統括して東地区と称される。

 学園の教師もここから通ってるみたいでよくこのエスカレーターで出会ったりする。

「あ、国語の先生」

 今日は教師も休みの日なのかエスカレーターに国語の教師が乗っている。

 美柑は一応な挨拶として「おはようございまーす!」と教師に元気よく言うと後ろを見返して「おはよう」と返してくれる。

 それ以上は何も起こらない。先生の先を歩くのも気が滅入るので後ろに並んだ。

 学園都市の世間は狭いのだ。

 しかし、世界は広い。

 学園では生徒が暇を持て余さなさいように祝日でも授業や部活が行われる。強制ではないので行くのは自由だ。

 もちろん買い物も出来る。美柑も今日はそれが目的の一つ。

 住宅地が広がっている東地区とは反対の西地区にはショッピングエリアと称される場所がある。

 そこでは服や食料、雑貨が売ってある。他にはスポーツジムや水泳のプールに温泉、果てはテレビやパソコン、ゲーム機とそのソフトまで。なんでもあるのだ。

 しかもそれが全部無料という。

 店には店員がいるのだが、店員のほとんどがこの学園の卒業生と聞いている。

 美柑に与えられてたカリキュラムは三年間。高校一年生から三年の意味だ。

 その間は学生証を提示するだけでこの学園に売ってあるもの全てが無料になるのだ。

「あ! 今日は雨降るんだった! 先生じゃーねーー!」

 今日は雨が降りそうなことを思い出して教師を追い越してエスカレーターを走っていく。

 学園正門前にたどり着いた。そこには祝日なのに制服姿やジャージ姿で学園に向かう生徒がたくさん居る。

 それはほとんどが先輩たちのようだ。美柑は印象が強いのか知っている先輩がいると声をかけてくれる人が多い。

 マンションがあるエレベーターからやって来た一年上の先輩が近くにやってくる。

「おはよ、日陽! 今日はどこか行くの?」

「おはようございます! はい! ズバリ冒険です!」

「冒険? あははそうだね、この学園は広いからね~」

「それでは雨が降るので!」

「でも買い物はほどほどにしなさいよぉー!」

「分かりましたー!」

 美柑は時間が無いように急ぐ。話しかけてくれた先輩は手を振る。

 そこで気になることが一つ思い浮かぶ。もう大分離れてしまったが大声を出せば届くはずだ。

「そういえばー! 先輩は今日何するんですか~!?」

「私? 私は野球部だから野球だよ~!」

 ――野球か。先輩って野球部だったんだ。

 女子で野球部は意外だなぁ。と思いながら先を急ぐ。

 目の前には滝のような人の川。マンションから学園に向かう人で溢れていた。

 美柑の目的を果たすためにも東から西へ行きたいのでこの人の川を通らなければいけない。

 失礼! 失礼! とその中を泳ぐようにかき分けていった。

 途中で西へ向っている波があり、そこに合流。後はこれに乗って進むだけだ。

 ショッピングエリアに向かう道も階段状じゃないエスカレータで進んでいく。人が多いので右側に歩く人用の通路が空く。

 波にいる人たちはほとんどが同じ一年生だった。自分と同じ考えの人たちがいたのだろう。

「お? 日陽さん、どっかいくの?」

「おはよう、今日はねー冒険なんだぁ~」

「おはよう、俺もそんな感じ。冒険だ」

「俺も冒険、それじゃ一緒にいかない?」

「あん? 俺が最初に話しかけてたんだぞ、てめぇ」

「なんだよ、べつにいいじゃんか」

 波の中で争いが始まった。どっちが美柑と一緒に学園を冒険するか揉めているようだ。

 美柑的にはどっちでも良かったが男子と一緒なのは少しはずかしい。

「あーでも雨が降ったらすぐ帰るよ?」

「そうなの? なんなら俺んちこない?」

「は? 日陽さんがお前ん家にいくわけないだろ!」

 その間に美柑は走って逃げてしまうことにした。右側の空いている道を走る。

 ゴロゴロゴロ。

 雷が鳴る。雨音が近い。

 ショッピングエリアは都市の主要区画となっているのか地図で見ると小国のように広い。

 路線バスで移動をして目的の品物が揃ってあるお店が集まる場所に向かえる。

 終着点には山があって冬はスキー、夏は山登りができるようだ。

 今日は流石にそこまでいけないがいつか行ってみたい。

「まずはお菓子買おー」

 冒険に一番必要なものはエネルギーだ。そのエネルギーをお菓子で蓄えることにした。

 路線バスで三回ほど停車したところにお菓子専門店がある。

 そこではケーキやクッキー、菓子パンなどのお店がある。どのお店もおしゃれな外観でついつい入りたくなって味見をして行きたくなる。

 しかし、その誘惑を我慢して美柑はその洋風のお店を通り越して駄菓子屋に入った。

 今日は昭和の日。駄菓子を食べることにしたのだ。

「いらっしゃーい」

 のんきな声が店内に響く。客が入ったことを知らせるセンサーではなく、昔ながらの引き戸を開けると鈴がなることで気づいたようだ。

「駄菓子くださいな~」

 店内の駄菓子はすべて無料だ。この学生証を見せれば。

「あいよ、好きなの全部もってきな!」

 店主はヒゲを生やしていたがまだ若いように見える。学園の卒業生だからだろう。でもおっさんに見える。

「じゃあこれとこれとあれとそれと」

「袋に詰め込んでけぇい! てやんでぇい!」

 お菓子取り放題だ。飴玉をいっぱい詰め込んで麩菓子を入れて、煎餅を砕いて圧縮した。

 とても一日じゃ食べられないような量を袋にいっぱい詰め込んで棒つきの飴玉を口に加えた。

「おっさんあんがとねー」

「おーまたきてくれよー」

 さながら海賊かサンタクロースのように袋を担ぐ。

 まるで泥棒みたいな行動だったが無料なのだから別にかまわない。おっさんも気前が良かった。

 次はウィンドウショッピングでもしようかと雑貨を見て回ることにした。

 あくまでも買うことはない。なぜなら、この学園のルールの一つにこんなのがあるからだ。

 捨てられないゴミの存在。

 お菓子の殻や使い終わった瓶や缶などは捨てることが出来るのだが、雑貨屋で買った服やパソコンなどの多くは捨てられないのだ。一部の物は捨てられるというがその基準は不明だ。

 ある生徒は雑貨屋で買いすぎて捨てられないものが増え過ぎて、二つ目の部屋を用意しそこを倉庫にしているとか。

 美柑は他人事ではないと思う。だって、卒業したら学園の外に出てその荷物を持っていかなきゃいけない。

 そう考えるともったいないのである。あの駄菓子屋のおっさんみたいに学園で働くのであれば大丈夫なのだろうが。

 とにかく、そんなルールがあって雑貨屋ではあまり物は買えない。先輩にもそう言われている。

 だからウィンドウショッピング。ただ見るだけで楽しむのだ。それだけでも十分楽しい。

 バス停にたどり着くと一人先客がいた。

 背の高い男の人。髪が長くてどんな顔をしているか分からない。

「あ、リンちゃんと一緒にいるあの人だ」

 火箸凛といつも一緒にいるあの人がそこにいた。服は制服ではなくスーツ姿。学園でもこの格好だ。校則違反ではないのか気になるが誰も突っ込まないので大丈夫なのだろう。

 あの人はたくさんの包み箱を手に持ってバスを待っている。

「おはよう、えーと……君の名前は……なんだっけ?」

「…………」

「君、名前は?」

 あの人は喋らない。美柑は何度か話しかけたりしているのだがあの人は一向に喋らない。

 でもいい機会だ。今は二人きりなのだから美柑が諦めなければ口を開いてくれるかも知れない。

 珍しく凛はいないのだから。

「私ねーさっきそこの駄菓子屋で買いすぎちゃったー、んー? 持ってきすぎた? かな? だからね食べる?」

「…………」

「これからどこ行くの? 私は冒険なんだけど、あ、冒険って言っても散歩みたいなもの」

「…………」

「むー、よし! それじゃあ予定変更! 今日は君の正体を暴いてやる! 君は凛りゃんのなんなのさ!」

「…………」

 あの人は相変わらず黙っている。話しかける美柑に見向きもしない。

 耳栓をしているようだ。

「そっか! 音楽聴いてるの? 私にもきかせろぉー! ふしゃー!」

 ついにキレた美柑はこの人の体をよじ登り、自分の頭二つ分あるくらいの頭に手を伸ばした。

 長い髪を掻き分けると耳には何もなかった。

「んー? そっち?」

 片方も調べる。この人は右も左も耳に何もつけてなかった。

 それでいて、美柑が頭に近づいても何も反応を示さなかった。

 そして、路線バスが来る。その乗車口に向かって黙って歩いていく。その背中には美柑が乗っていた。

「おー、なんか便利?」

 その状態であの人は無人の路線バスに座りもせず棒立ちになる。

「わっ! 君バランス感覚強いね! すごいすごい!」

 両手には大小さまざまな包み箱、肩には小柄な体をした美柑、座りもせずつり革も使わず揺れる車内で棒立ち。

 まるで大道芸人のようだ。

 それが面白くて美柑はその肩に乗ったままになっていた。

 路線バスに乗り込む生徒は驚きの目で見て、それに対し美柑は手を振り返す。気分はパレードの主役だ。

 ショッピングエリアに来る時の波に乗っていた男子がやってきた。

「サイレントフェイス!? ど、どうしたのこれ?」

「んー? なんだろ?」

 美柑にもよくわからないのだ。でもなんだか楽しい。

 この人は食料品が売っている場所で路線バスを降りた。美柑も肩に乗ったままなので必然そこで降りる。

「君、まだ買うの?」

 両手にはたくさん箱、歩く先はロッカールームだった。

「あーそりゃそうだよね」

 ロッカールームは小から大まで様々な大きさがあるが、この人が選んだのはロッカールームとは言えないクラスの一室の部屋だった。物置部屋というべきか。

「こんなところもあるんだ……」

 そこに荷物を置くと携帯を出す。誰かにメールをしているみたいだ。覗くとネットをしているみたいで宅配業者を使っていた。

「は、ハイテク……!」

 確かにこれだけの量を持ち帰るのはキツいもんね。それも美柑を肩に乗せながら。

 美柑もそれを習い、お菓子の袋から食べたい分だけポケットに入れて袋を投げ入れる。

 それからこの人は食料品が売ってある施設に入り、カゴカートがいっぱいになるくらい品物を詰め込む。

 その時に気づいたが、このままだと美柑の荷物はこの人の住むところに届いてしまう。

 やっちゃったねーと思った。後で取りに行けばいい話だ。

 美柑が見たところ、サラダ油にごま油、オリーブオイルを何瓶も買うのが気になった。

「君、油好きなの?」

 その次は肉、レバー系が多い。豚ではなく鳥や牛を買うところが学園の無料システムを使いこなしていた。

「料理得意なんだ、いいなぁ~わたし、キッチン汚したくないからしたくないけど」

 ただ後片付けがめんどくさいだけなのだ。美柑は食事をパンや冷凍食品で済ます。

 その肉を焼いてご飯と一緒に食べるこの人の姿を想像すると、美柑も食べたくなってくる。

 焼肉屋でも行けばいいんだろうが、どこにあるか分からない。まだ冒険の途中なのだ。

 最後に野菜。春が旬の採れたてキャベツや玉ねぎ、そら豆などを取る。

「栄養バランスは大事だね~うんうん」

 美柑は自分の好きなものしか食べていないのでそういう家庭的料理を食べたくなる。

 肉を食べて野菜を食べる。学園の外の家族との生活を思い出す。

 レジに行くとそこは駅の改札口のようで、学生証をかざすと精算が終わった。

 美柑も一応かざしたが無反応だった。買っていなからだろう。

「なんか主婦だね、とても一人で食べる量じゃないけど……まさかパーティでもするの!?」

「…………」

「もーなんかいってよー、じゃないとこのままどこまでもついてくよ! いいのっ?」

「…………」

 何も言わないということはOKらしい。美柑もこの材料を見る限り焼き肉パーティーのようなのでご同行することにした。焼肉はお家派なのだ。

 食料品の売っているお店を出ると、雨が小降りしていた。

 まだ小降りの段階だが相変わらず空は曇天模様なのでやがて本降りが来るだろう。

 この人は近くのベンチに食料品を置いた。それから、自分の肩に乗る美柑の方に首を動かした。

「ん? どうしたの?」

 美柑から見れば初めて興味を示してくれたみたいですこし嬉しくもあった。

 この人は自分の肩に座る美柑の腰に手を回す。

「え? え? なになに?」

 そのまま掴んで地面に降ろした。美柑は急な事に驚いて顔が真っ赤だ。

 それから、この人はスーツの上を脱いで買った食料品に被せた。濡らしたくないのだろう。

 それを持って雨の中を歩いていく。美柑を置いて。

「え? ちょっとまってよー」

 美柑を肩から下ろしたのはスーツを脱ぎたかったからだろう。

 美柑はそのワイシャツ姿の大きな背中を追った。

 何も言わずに女子の身体を触るなんて……、とも思ったが後から考えれば邪魔だったのかもしれない。

 いくら無口でも美柑を肩に乗せながら行動するのは迷惑だったのかもしれない。

 でも一言ぐらい言って欲しい。じゃないと勘違いをしてしまう。

 その後、その人は路線バスから帰路に着いていた。

「雨だねー、わっ!」

 雨音が強くなる。美柑の指している傘に雨が強く打ちつける。

 その人はずぶ濡れになりながらも走ることもせず黙って歩いている。手に持つ袋はスーツが防水製なのか水を弾いて守っている。

 そんなその人が可哀想だから傘を指してあげることにした。水玉模様の小さな傘だ。

 精一杯手を伸ばして背の高い頭に傘を届かせる。雨が自分の長靴を打ちつけるが別に構わなかった。少し靴底に水っぽさを感じる。

「ねー急ごうよ? このままだともっとひどくなるよ?」

 そんなことを言ってもその人はただ黙って歩く。早歩きでもないマイペースないつもの速度。濡れることは厭わないようだ。

 そうしていると、その人が急に立ち止まり両手の袋を片手に持ち変える。空いた片手で美柑がつま先立ちをして頑張って指すその傘を持つ。

「え? 持ってくれるの?」

 その人は何も言わずに傘を掴むので美柑は手を離した。優しいな、そう感じた。

 その傘を受け取ったその人は傘を閉じて、

「ん?」

 槍投げのように曇った空に一直線に投げ込んだ。

「えぇー!」

 その直後、視界に光が広がって白が支配し物が見えなくなる。

 ドッシャーン!

 耳に凶暴な音が届いて雷だと気づく。

 雷はその人が投げた空中の傘に当たり地面にたどり着くことはなかった。

 パラパラ……、ビチャン……

 と、向こうの水たまりに落ちる美柑の傘。

「お、お気に入りだったのに……ぐすっ」

 水玉模様の傘は美柑が小さい頃から使っていた大事な傘だった。

 小さくても、鉄骨にサビが入っても、大事に使っていたのに雷に打たれてボロボロになってしまった。

 美柑はそれを拾い上げて目頭を擦る。雨に紛れて涙が流れていた。

 結果からしてみれば、その人は美柑を守ったように見える。

 でも、その人はそんな美柑を見向きもせず歩き去っていこうとする。

「うぅ……待って……まってよぉ……うぅ~ぐすっ……」

 だから涙を拭って傘を両手に抱えてその人を追った。

 傘の代わりにフードを被った。それでも申し訳程度なので頭が濡れる。

 その人の大きな身体を盾にして歩いていくとマンションのエレベーターに入り込んだ。

「ぐすっ……うぅ……」

 その人と一緒に登っていく美柑。

 頭の中は悲しみでいっぱいで頭は働いていない。ただ、その人についていっただけ。

 エスカレーターにいる時間は五分ぐらいで長かった。キーンと到着の音が鳴る。

 その時に美柑はやっとこの状況に気づいてその人がエスカレーターの外に歩いていくのをまた追った。

「君……ここに住んでるの?」

 そこは一室しかドアがなくて床は豪華な絨毯、窓張りの壁。

 マンションの最上階らしく空が近い。雷の音がコロコロ聞こえる。

 その人は何も言わず、目の前のドアを開けた。鍵はかかっていないらしい。

「……お、お邪魔します……」

 とりあえずお邪魔することにした。小さい声でその人に聞こえるようにつぶやく。

 部屋の中は真っ暗で何も見えない。奥にテレビでもあるのか青白い光が広がっている。

 その人は電気も付けずキッチンに買ってきた物を置く。上着のスーツは畳んで洗濯籠に。

 それに習い、美柑も壊れた傘を玄関の隅に置いて着ていたものを洗濯籠に。

 下着姿になってしまったが濡れたままよりはマシだ。

 その人は何も言ってくれないが自分を迎え入れてくれるのだろう。

 やがて、部屋を出て玄関を閉める。包み箱を取りに行ったのだろう。美柑も自分の荷物があったがこの格好では外に出られない。

 待っていろ。ということかもしれない。

 真っ暗な部屋に取り残された美柑は電気も付けずに部屋の奥へ向かう。目指すは青白い光が広がり場所。

 ――テレビをつけっぱにして部屋をでてるんだ。

 電気がもったいないお化けだよ。と思ってしまうのは美柑だけだろう。電気代も無料なんだから。

 壁に埋め込まれたように掛かっていたテレビには映画が流れていた。SF系でアメリカ産なのか宇宙人や戦艦などがたくさん出てくる映画。

「しかも最新作っ!」

「きゃっ!」

 そこに誰かがいた。聞き覚えのある女性の声。

「凛ちゃん?」

「だっだれかいるのっ!?」

 そこで部屋の電気が付いた。部屋は広くてホテルのようだ。

 テレビの前にあるソファからこちらを覗くように見ている女性がいた。

 赤毛の髪を伸ばしたパッツン前髪の綺麗な女の子、火箸凛だ。

「あなた……日陽さん、それに濡れているじゃない」

「えへへ、どしゃ降りに当たったんですよぅ~」

 凛は薄い赤色のネグリジェ姿でお嬢様ぽかった。富豪のオーラ? そんなものが漂っている。

 そのせいで変に緊張してしまう。

 凛は手にスマホを持っていて、なにやら文字を打ち込んでいた。

 すると、美柑の隣に新品のスーツを着たその人がいてバスタオルを持っていた。濡れた様子はなくて少し驚きながらバスタオルを受け取った。

「あ、ありがと……」

 それが初めて優しくしてくれたみたいで感動を受ける。

「それから、暖かいものをすぐ作ってあげるわね、好きなものはある?」

「ちょっ、ちょっと凛ちゃんっ! 見てみて」

「え? なに?」

 美柑は渡されたバスタオルを掲げる。

「さっき手渡されたのっ、えへへ」

「……だってあなた濡れてるじゃない」

「えぇー? でも彼からだよ? 無口だけど優しんだねっ」

「そう、じゃあはやく体を拭きなさい、風邪をひかれたら困るの」

「うん! あ、好きなものはね、んーと……なんでもいいや」

 美柑は嬉しそうにバスタオルで身体を拭き始めるが凛は首を傾げている。

 美柑の嬉しさが伝わらないようだ。

 そのバスタオルも高級品なのか肌触りが良くて匂いを嗅ぐと爽やかで甘い匂いがする。

「ところで、凛ちゃんはなんでここに?」

「それは私が聞きたいことよ、あなたこそどうやって私の部屋に入ったのよ」

「私の部屋? ここって凛ちゃんの部屋なの?」

「ええそうだけ、ど……ああそっか……」

 そこで凛は自分の頭を小突いた。何かしくじったような顔をしている。

「それじゃあ、なんで君はいるのー?」

 キッチンで料理を始めたその人に聞く。トマトとコンソメの合わさった匂いが鼻をくすぐる。

「無駄よ、彼はなにも答えない」

「んー? なんで?」

「……あまり大きな声で言えないけど、彼ってロボットなのよね」

 ――ロボット? ロボット……ロボット?

「その映画に出てくるみたいな?」

 テレビに映る戦艦を指差す。戦艦の中で人間とエイリアンが白兵戦を繰り広げていた。

「うーん、ちょっと違うけどそんな感じ、ほらこれ見て」

 そう言って凛は握っているスマホの画面を見せてくる。

 コマンドプログラムと英語で書かれた文字の下に空白の入力欄、その下にコマンド実行のキー。

「もしかしてこれに書けば彼は動くの?」

「ええ、そんな感じ」

「んー? それほんとー?」

 信じられないといった目で見る美柑。

 でも、その人がロボットならば自分を無視したことも雷から身を守ってくれたことにもなんとなく説明がつく。

「本当よ、別に隠し事でもないし一部の生徒や教師は気づいてるみたい、ほら」

 凛がコマンドプログラムに『味見をさせて』と打ち込んで命令を実行。

 すると、その人は小皿にスープを掬いこちらに持ってくる。それを受け取り飲む凛。

「本当だ……でもわたし知らなかったよ?」

 もしそんなものがあるならば今頃有名になってニュースにも乗るはずだ。

 それくらいその人の姿は人間の姿、格好をしていた。

「開発されたのは五、六年前で世間には公表されなかったのよ」

「そんな前に!?」

「それに父が私にくれた物だから……」

 ――たぶん大事なんだ。だからこの部屋に凛ちゃんと君がいるんだ。

 そんな前からその人と凛は一緒だということを知って、美柑も水玉模様の傘を思い浮かべる。

 あれもそれくらいの頃にもらったっけ。懐かしさを共感していた。

「それじゃあ、名前! 名前ってあるの?」

「名前……いいえまだ無いわね……機体名というのならあるけど」

「機体名?」

「機械人形『シルト』そう呼ぶのよ」

「へー変だけどかっこいいね」

 やがて、テーブルに料理が置かれる。トマト成分が濃いコンソメスープやあの大きなお肉がいっぱい。

「すごいご馳走~!」

「もう夕食の時間だから食べていくといいわ」

「そういえば君はなんか食べるの?」

「聞いても答えてくれないわよ」

 美柑は「いただきます!」と言って肉を食べた。ステーキ風でとっても美味しい。牛肉のようだ。

 お弁当とかに添えられていたり、冷凍食品にある牛肉の何倍も美味しかった。歯ごたえが違った。肉汁がすごい溢れていた。

「おいしいよぉ~」

「おおげさね、これくらい普通よ材料が無料なんだし」

「それでも、料理する人の腕がすごいと思うな~」

 これを作ったのはその人なのだが、その人は相変わらず無表情だった。美柑がせっかく褒めているのに。

 夕食が終わると外は真っ暗だった。ガラス張りの通路の窓に激しく雨が当たって恐怖を感じる。

「今日は泊まっていったほうがいいわね」

「うん、でも迷惑じゃない?」

「いいえ全然、でも明日は学園なんだから朝はいそがしいわね」

「えへへ、そうだね」

 かくして美柑は凛の部屋に泊まることになった。

 凛は映画の続きを見ていて美柑はその間にお風呂に入る。

 でかいバスタブを一番風呂で借りて約三〇分間、お嬢様気分を堪能して浴室を出るとその人がそこにいた。

 洗濯をしているらしくこちらには見向きもしないが男なので気にはする。

 美柑のバスタオルと凛の着ているものであろうネグリジェが置かれていたので、それを素早く着て外に出た。

 キッチンを見るとあの包み箱。美柑の駄菓子が入った袋もあってひと安心する。

「何が入ってるんだろう?」

 悪戯心ではないが、包み箱の中が気になった。開けるとクッキーや紅茶の茶葉があった。やっぱり凛はお嬢様なのだと思う。

 その後に凛が入れ替わりでお風呂に入って、美柑は棚にあった本を読んで待つことにした。

 この本が難しい内容の本で感動系なのだが美柑にはギャグに捉えられる。

 その間もその人はキッチン周りを掃除したり床を拭いたりしている。それが少し申し訳ない。

 ネグリジェは結構薄い素材で肌触りはいいが、履きなれているパジャマの方が美柑には性が合うようだ。すこしそわそわする。

 その人が目の前を通り過ぎる度に意識してしまうから。

 いつもなら夜遅くまで起きている凛だったが、明日が早い美柑のことを思って今日は早めに寝ることにした。

 大きなベットに二人。

「急でごめんね、凛ちゃん」

「いいのよ、それにウチにはベットは二つなんてないんだし」

 大きなベットで大きな毛布と大きな枕が一つだったので粗相の無いようにしないと、と美柑は少しベットの端に寄る。

 室内にはその人も一緒らしく、こちらに背を向けるように立っている。

 二人を守っているようにも見えた。日夜守り続けてくれるボディガートのようだ。

「君は寝ないの?」

「……言ったでしょ、ロボットだって」

 凛はこの場面に慣れているのかリラックスしたように答えるが、美柑はそうじゃない。

「でも……なんか可愛そうだよ」

 暗闇で立ち続けるその人を美柑はそう思っていた。

 今日一緒に買い物をして、雨に打たれて、バスタオルを渡されて、洗濯をして、掃除をして、一日中働いてくれたのに寝ることもない。

 それがどうしようもなく可愛そうだ。ロボットなのだからそれくらい平気なのかもしれないけどそれでも休ませてあげたかった。

「仕方ないわね」

 ため息混じりにそう言って、凛はスマホを手に取る。

 コマンドプログラムに『横になりなさい』と命令を書いて実行。

 その人は立った状態からうつ伏せの状態になってベットの下の床に寝る。スーツ姿なので面白可笑しく見える。

「これで大丈夫でしょ」

「でも、寒そうだよ?」

「……室内は常に平均気温を保っているから大丈夫、ね?」

「……うん」

 まるで妹を諭すように説得した凛は眠りに落ちた。

 それを追うように美柑も眠る。毛布を握り締めて。


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