美柑4
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「ふーこれでいいかな?」
美柑が細かいところまで芳香スプレーをして、掃除をすると今度は布団だ。
「あれ? そういえば二つあったけな?」
押入れを調べると布団はなんと一組。
「ひ、一つだけ!?」
ここに来るときは必要最低限のものしか持ってこなかったために一組だったのだ。
とりあえずそれを広げてどうしようか悩む。
この部屋は広さはあるがソファはない。毛布はあるのでそれにくるまって寝てもらおうか。
いろいろ考えているうちに千歳が上がってくる。
その顔にはやや陰りが見える。なにか悪いことがあったかのような空気だ。
「君、どうしたの? なんだか暗い顔してる」
「暗い顔? そうかごめん、これからのこととか考えてたんだよ」
「そっか、お風呂に使ってるとそんなこと考えるよね、それより布団どうしよう」
「布団?」
「布団が一つしかないんだよ……」
それはまた困ったな、と息をつく千歳。
「じゃあ俺は床で寝るよ、この体じゃ寒さも関係ないし」
「……それじゃあ君が可愛そうだよ」
「美柑?」
昨日の千歳を思い出す。ベットの下の床にただ仰向けに寝た千歳。
そして今日の朝、美柑は布団ごとベットから落ちて千歳に覆いかぶっていた。
起きてから気づいたが、きっと布団をかぶせてやりたかったんだと思う。
「一緒に寝よ、それが一番だよ」
「いや、でもそれっていろいろ……」
「明日布団を買おうよ、今日だけ、今日だけは一緒に寝ていいから、ね?」
だから今日も床に寝る千歳を思うと、心が痛くなる。
千歳は抵抗していたが最後には仕方ないと承諾した。
「それじゃあ明日買いに行こうな」
「うん、あ、どうせならソファ買わない? それに君が寝るの」
「別にいいけど……」
それならソファを置いておくことに意味がある。
明日が楽しみだ、と美柑は布団に潜る。
千歳はもう寝るのか、という顔をしていた。
「明かり消すぞ」
「うん、真っ暗でいいよ」
あっちを向いて寝る。千歳がボタンをパチンっと切り替えて明かりが消える。
その後からもぞもぞと毛布が動いて後ろで千歳が布団に入ってくる。
なんだか緊張する。背中に当たったたらどうしよう。
お互い背中を向けているのか気になって美柑は少しだけ首を動かして千歳の方を見る。
千歳の後ろ頭がすぐそこにある。背中を向いている。
それを確認してあっちに向きなおして目をつぶる。
でも、眠れるわけがない。緊張してしまい目が冴える。
少し話をすることにした。テーマはそう、これからのこと、学園の過ごし方。
「……ね、君は夢とかあるの?」
「夢?」
反応はすごく早く返ってきた。いきなり聞いたのにそれを返すために構えていたようだ。
「叶えたい夢だよ、この学園は夢を叶えてくれる場所なんだ」
「そういえば……生徒手帳にもそんなことが書かれていたな、そうだな……」
千歳は今日の朝に目覚めたのだから夢などあるわけもない。
美柑に急にそんなことを言われるので真剣に考えている。
「あーでもね、ここは見つけられる場所でもあるんだって、だから君も探しなよ」
「夢を見つけるのか、それはいいかもな自由で」
この学園は夢を見つけて叶える場所なのだ。
「それじゃあ逆に美柑はどんな夢を持っているんだよ?」
「わたし?」
聞き返された。
美柑はこの学園に夢を叶えに来た。もう見つけているのだ。
「世界を救いに、かな?」
「なんだそれ?」
「世界を救うんだよっ? 分からない?」
「……よく分からん、もしかして大統領になるとか、ノーベル平和賞をとるとかそんなのか?」
「違う違う、そうじゃなくて人を助けるの」
「……助けるねぇ」
千歳はまだ分からないといった感じだ。そのまま流す気でいる。
「例えば、君。君は今日、一日中困ってたでしょ?」
「……困ってたなぁ」
千歳は今日いきなり目覚めてここがどこなのか分からないまま学園に向かって、授業も何を受ければいいのか分からなくて、住むところも衣服も食事だってどうしてどうなっていくか分からなかった。
「そこにわたしがいて、助かったでしょ?」
「……助かったなぁ」
そんな千歳に凛がいてある程度の説明をしてくれて、美柑がいて住むところもこれからのことも決まっていった。
「だから君は救われたの。君の世界はわたしによって救われたんだよっ!」
得意顔になる。千歳には見られないだろうがそれでもえっへんと胸を張るのだ。
「そっか、じゃあ改めてありがとな」
「うん、もっと褒めてもいんだよ?」
「美柑がいて本当に助かった、んじゃなきゃ今頃野宿だもんな……」
「そうだよ、しかも焼肉に参加できなかったんだからね」
焼肉楽しかったな、と思い出し笑い。凛は無事に帰れただろうか。
「そうだな、でもそろそろ寝ような、明日も学園があるからな」
「うんもう寝る……くかー」
「え、寝たのか?」
そのまま美柑は夢を見る。この学園で凛と千歳と一緒に学園に通う日常の夢。
深夜一時くらいだった。
千歳も眠りに落ちて、美柑は寝相で千歳に体を寄せてそのシャツを掴み、足を絡ませくっついて寝ていた。
そんな状態から千歳が起き上がる。くっつく美柑を起こさないように静かに剥がす。
美柑はもちろん寝てしまっていたが、千歳が丁寧に毛布をかけて布団の真ん中に寝かしつけると美柑は違和感がして目を開けた。
「……君? ……どうしたの?」
「…………」
千歳は無言だった。
美柑はきっとトイレなんだな、と思ってすぐ寝てしまった。
千歳は制服を着て玄関を出る。
その目は開いてなかった。