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千歳4

◆ 

 パスタを食べ終わり、教室へ急ぐと千歳の席に凛が座り、凛の席に美柑が座っていた。

 二人はパンを食べながら談笑している。とても笑顔だ。

 それを眺めているだけで幸せな気持ちにしてくれる。

「あ! 君! 君もこっちに来なよー」

 美柑が教室の扉前で立っていた千歳を見つけて、凛がうなづく。

 どうやら、千歳は凛に近づいていいらしい。そうじゃなくても近づくつもりだったが。

「誤解は打ち解けたみたいだな」

「あ! そうだよーなんで私より先に学園に向かっちゃうのさーメールしてって言ったじゃーん」

 ――打ち解けてないのかよ……

「それは先生たちに連行されたからよ、スマホでメールを送ろうとしたら取り上げられたわ、今は職員室ね」

「あーそういえば学園内って禁止されてるよね」

「全くよ、学園内なんて曖昧すぎるわ」

 それでー、と頷く美柑。それで一応は打ち解けたみたいだ。

 学園正門前も学園内なことが凛は驚いているようだ。

「それじゃあ凛のことだ、卒業ってなんだよ? どうしてそうなったんだ?」

 千歳がそう聞くと、凛は食べるのをやめて俯く。

「ごめん、あまり話したくないの」

「先生が家庭の事情っていってたよ?」

「ええ……その通りよ」

「家庭の事情で卒業なのか?」

 やっぱりそれ以上は分からない。

「まだ卒業するかどうかは決めてない」

 確かに卒業というのは先生が言っていたことだ。

「でも……外に出るには卒業するしかないの……」

 結局、凛はなにも言ってくれなかった。

 ただ、学園の外には出たいようでそれを叶えるには卒業をしなければいけないのであった。

 凛は一時限目から四時限目の間、学園長とお話していたようで卒業は学園長が凛の言う文を聞いて詳細を決めるそうだ。

「それじゃあまだ卒業はしないんだね」

「そうね、でも早くしないといけないわ、近いうちにね」

「そうなったら、あの部屋とかどうするんだ?」

 社長とか王様クラスが住んでそうなあの豪華な部屋。

「あんなの捨てていくわよ、清掃業者に頼んで綺麗にしてもらおうかしら」

「えぇー!? そんなのもったいないよ!」

「それじゃあ、美柑にあげよっか?」

 凛の部屋は普通の生徒では借りられない部屋なのだ。

 それは凛の家の財力があるからこそ住める部屋。

「え、そうなのか?」

「君? どうしたの?」

「いやさ、頭の中で凛の部屋って普通の人じゃ借りられない部屋だって」

「ええ、その通りよ、だってマンションの最上階ですもん」

「「さ、最上階!」」

 それはスゴイを通り越してヤバイの域だ。どんだけお嬢様なんだ。

「そんなにすごいのかしら?」と呟いている。

「それじゃあ、なおさら捨てるのがもったいないね……」

「……だな」

「君がもらったら?」

「俺が?」

「だってあの部屋は君が作ったようなものだもん、買い物した物を冷蔵庫に入れて、料理をして、掃除をして、そこで寝てたんだもん、やっぱり君が住むのが一番だと思う」

 でも、千歳にはその記憶はない。

「ええそうね。私もそのほうがなんか安心するわ、ありがとう美柑」

「わたし?」

「だって、美柑が言ってくれなかったらそんなに大事に考えなかった、物を大切にしようなんて思わなかった」

「そ、そう? えへへ」

 褒められて鼻をくすぐる仕草。

 凛が卒業したらあの部屋は千歳が住むことになった。

「じゃあ、今日は凛の部屋に行ってもいいのか?」

「ダメよ、他を当たりなさい」

 だそうだ。千歳が男だからだろう。

「あ! これピザパン?」

 美柑が見た目がカレーパンだと思っていたのか最後にのこしていたピザパンを齧ってそう言った。

「ああ、食堂でオススメされて二個ももらったんだ」

「へー、わたし食べたかったんだーすごいおいしいね」

 その笑顔を見るとよほど美味しいらしい。凛は首を傾げてどこかで食べたことのある顔をしていた。

 部屋は事務室の人に相談すれば用意してくれるみたいで、帰りの時間に寄ることにした。

 三人は五時限目も六時限目もその調子で一緒に時間を過ごした。

 周りの生徒が不思議そうに見るが気にしなかった。

 もしかしたら、これが凛にとって最後の学園生活なのかもしれないんだから。


 帰りの時間になると凛は学園長のところへ行って卒業することを伝えるそうだ。

「あなたたちのおかげで、卒業する勇気をもらったわ、本当にありがとう」

「ううん、友達だからね、それより卒業してもメール頂戴ね」

「……メールね」

「どうしたの?」

「いいえ、何でもないわ、絶対メールするわ、なんだったら電話もね」

「当たり前だよ、暇だったら私もかけるからね」

 あと何回か会えるのに長いさよならをする二人。

 千歳は部屋を借りるため事務室に行かなければいけない。

「じゃーねー」

 赤い赤毛に手を振る。

 職員室は二階にあるのでここでお別れなのだ。まずはケータイを取り返しに行ってしまった。

 それから千歳は事務室までの道を美柑が案内してくれてたどり着く。

「ここだよっ!」

「ははは、ここかー」

 千歳は頭の中で解説してくれるソフトがあるので道には迷わないのだが美柑が得意気だったので乗ってやった。

 事務室を開けると、一〇人程度の人たちが忙しく紙にペンを走らせたり、電卓を打ってたりしていた。

「一年の……」

 そういえば、千歳は自分の名前を言ってもいいのか気になった。 

 学生証には『NONAMEノーネーム』と書かれているがその名前も変えて欲しいものだ。

「千歳です、住むところを貰いに来ました」

 なんと図々しい発言だが、この学園ではそういうのが当たり前なのだ。

「千歳……聞かない名前だな、学生証は?」

 学生証を見せるとたじろぐ男性事務員。その顔は若い。せいぜい二十二か二十三くらいだ。真面目に生きているようでメガネに染めていない髪。

「……それじゃあ、今から住むところを検索するね、君はえーと……ここかここ、二つだけだね」

 事務員の操作するパソコンの画面に表示されたのは犬小屋か、小麦の藁が積まれた納屋。

「ってなんでこんなボロいんだよ!」

 千歳はそれがジョークに見えたのだが事務員は至って真剣だった。

「こんなことはあまり言いたくないけど、君ってノーネームだろ?」

「ノーネームって?」

 美柑が聞いてくる。千歳は学生証を見せて自分の名前の欄を指差す。

 ノーネーム。学生証に書かれている千歳の名前のことだ。

 おそらく、千歳は凛の使用人でロボットなので名前が決まっておらず無いようだが、学園でもそういう階級制度みたいなものがあるようだ。 

「ノーネームの人に与えられる部屋は最下級なんだ、君はあの火箸凛と一緒に住んでた人だろ?」

「は、はい、そうですけど」

 あの火箸凛と言った。従業員にも凛の優遇性は通じているみたいだ。

「だったら部屋はそのままの方がいいんじゃないかな、犬小屋も納屋も寒いぞ」

 確かにそうだ。でも千歳にはそこしかない。

 まぁ、機械の体だから寒いのはあまり不都合はないが人としてそこに暮らすのはどうかと思った。

「あ、あのさ!」

 それを隣で聞いていた美柑が声をあげた。

 従業員に聞かれたくないのか手でスピーカーを作って千歳の耳にくっつけてくる。

「……よかったらさ、私の部屋、をね、借りてもいいけど?」

「……いいのか? でも――」

 それだと美柑が迷惑するんじゃ、そう言おうとしたのに美柑は千歳の体を引っ張って、

「それじゃあ決まったので失礼しまーす!」

「えー? あーありがとうございました、失礼します」

 事務室の外に出て美柑が走る。すぐそこの生徒玄関に向かったようだ。

「早くしないと置いてくよぉー!」

「えー? どうしたんだよー? 待てってー!」

 美柑の様子がおかしい。背を向けて走っていくのでその表情は伺い知れないが楽しんでいるように聞こえる。

 千歳はその勢いに乗せられて美柑を追っていった。


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