表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

プロローグ、千歳

 千歳が死体になったのは一九〇〇年に入る頃だった。

 寒い寒い真冬の深夜一時に家の前で雪かきをしていた。

 特にこの地域は雪が降るのはあっという間なので三時間おきに雪かきをしないと玄関から出られない、なんてことがよくある。

「あーさみい……なんでこんなさみんだよ……」

 その時の千歳は一〇歳。小学校に通っていた時だ。親は共働きで深夜まで仕事で今日も家に帰ってこない。

 というより、仕事をしているのかも定かではない。千歳の親はまだ三十路も越えてない。

 父親はいつものようにパチンコだろうし、母は知らない男の家? そんなこと考えたくもなかった。

「あ……」

 バキッ、とスコップの先端が右と左に亀裂が入り割れた。

 雪かきのスコップはプラスチック製で一か月もしないうちにすぐボロボロになってくる。

 千歳の使い方がうまくないのか、プラスチックの耐久度が悪いのか。

 雪を集めやすい幅広のプラスチック製スコップはすぐ割れてしまう。

 それでも、先端が割れたスコップで雪かきをしなくてはならない。これしかないのだから。

 寒い体に鞭を打って心を動かす。口から吐く息が白いのはそれを動かしている証拠。

「早く帰ってきてくんねーかな……」

 そんなスコップを使っているとやっぱり完全に折れてしまった。こうなるとスコップは使い物にならない。

 両親に頼んで買い直してもらおう。使えなくなったスコップを雪山の近くに置いた。

 そして、やっと終わった雪かき。駐車場の隣に積まれた雪の山を見ると達成感が湧いてくる。

 それは、千歳が両親を迎え入れるためにしていた。こうすることで駐車場に車を入れやすくなる。

 そうすることで早く帰ってきてくれる。そんな気がしていたのだ。

 もう夜なので千歳は寝ることにした。雪かきで疲れていたし、三時間寝たらまたすぐ雪かきをしなくちゃいけないからだ。

 二重の玄関を開けるとそこにはゴミの山。

 本当はここにスコップを置きたかったのだがそれだとゴミとして扱われてしまう。

 いつ片づけるんだろうな。そう思いながら、二階へ続く階段を上る。階段を上った先はドアも襖の戸もない広大な一室。

 そこが、千歳の部屋だった。二階丸ごと、全部だ。

 床は申し訳程度の硬い絨毯。それでも冷たい木面よりはマシだ。

 壁には漁なんかに使うのであろう網や釣竿が飾られるようにあり、夏に使う虫かごや花火のドラム缶が立て置かれ、今は冬なので雪が付かないように外しておいた網戸が立てかけてある。

 いわゆる倉庫だ。中央にはでかい石油ストーブ。それを付けて部屋を暖める。

「はやく寝よう……」

 そう呟いて、布団を用意する。石油ストーブが付くまでには五分程度かかる。かなり古いものだからだろう。デジタルで表記する腕時計を目覚まし時計代わりにして時間を設定する。

 そして、石油ストーブが赤くなる前に布団に顔ごと潜る。顔が寒くて凍りそうだからだ。

 お腹がなって空腹を我慢する。両親が帰ってきたらなにか食わせてもらえるだろう。

 ストーブをつけっぱなしで眠る。どうせ、三時間後には起きるから。

 そんな理由で千歳は眠りに落ちた。

 そしたら、数分もしないうちに夢の世界が千歳を迎え入れる。

 夢の中では両親が千歳をほめてくれる。テストでいい点数を取ったからだ。

 あるいは、どこかに遊びに行ったりした。遊園地や水族館、なんだったらすぐそこの公園なんかでも最高に楽しめた。一緒にキャッチボールとかサッカー、他には花火もした。

 全部夢の中だけど、千歳にはそれが幸せだった。いつかそんな日が来ればいいと思った。

 夢から覚めると息が苦しかった。咳こんで目が覚めたくらいだ。

 目を開けると黒がたくさん。その黒は千歳の体を取り囲んでいる。

「ごほっごほっ……なんだよ……これ」

 どうやら黒は煙で、それを吸い込むと息が苦しくなるみたいだ。まるで、父のタバコじゃないか。

 千歳はその黒い煙から逃げるように歩いた。しかし、前が見えないのだ。視界が悪い。

 西に行っても、東に行っても、北も南も全部壁。壁には網があって花火があって網戸がある。

 自分の部屋なのに階段が見つからない。煙が邪魔をするんだ。

 窓があった。それを急いで開けて黒い煙を追い出し換気する。

 部屋の中は少し暑かったので窓から流れ込む空気は涼しく感じる。

 黒い煙が幾分か晴れるとどこからやって来ているのか分かった。

 一階だ。

 未だ稼働を続けている石油ストーブを止めて千歳は階段を用いて一階に向かった。

「なんだ……これ?」

 一階に降りると車が玄関を突き抜けゴミ山に突っ込んでいた。よく見る白い軽トラ、父の乗っている車だ。

 黒い煙は車の周りのゴミ山が燃えて出ているようだった。それがひどく臭う。

 何が起きたのだろう? 千歳は寝ていたので車がなぜここに突っ込んでいるのか分からない。

 しかし、急がなければいけないことは分かる。

 車内に父が乗っていた。冬にも関わらずタンクトップのTシャツだから気づけた。

「おい! 何やってんだよ! どうしたんだよ! おい! おいったら!」

 呼びかけても無反応。気絶しているようで動かない。

 どうやら千歳が近くに行って体を揺すらないと起きないようだ。

 火は軽トラの前と左側で起こっていたために助手席から乗り込めば父親を助けられるだろう。

 千歳はゴミ山をかき分けて、軽トラに近づく。こんな状況で焦っているのか汗が出て指が震える。冷や汗が体に染み渡る。

「クソッ……」

 怖い。怖い。怖い。

 すぐそこに燃えている火を見るとそう感じてしまう。

 助手席は運良く鍵なんて掛かってなくて助手席に乗り込めた。

「おい! 起きろよ! なに寝てんだよ!」

 ドアを開けるとそう言ってやった。近くで見ると父は額から血を流していた。

 その顔は赤くて酒臭かった。ゴミ山が燃える異臭より臭う。

 揺すっても起きなかった。

 だから、千歳は父の体を引っ張り出して車内から出そうとする。

 そこで気づいた。後ろ、つまりは助手席も火に囲まれてしまったのだ。

 火は熱くてとても出られそうにない。

「親父! とっとと起きやがれ! この野郎!」

 父の顔を殴る。死にたくないからだ。

 親父と呼びたくなかった。優しくしてくれたら呼んでやってもよかった。

 変なプライドだったが死ぬよりはいい。父の目が開いた。

「あん?」と睨み返され、もう一発その赤くてとぼけた顔を殴った。

「なに寝てんだよ!」

 殴られた父は千歳に殴り返してきた。千歳の胸ぐらを掴む。

 それからこの状況に気づいて、車内から外を覗く。

「ここから出ないと死ぬんだよ!」

 千歳は今のこの状況がいかに危ないか伝えようとした。

「ああ、そうだな」

 父はそう言って運転席に座って車を動かせないか試みる。鍵を回してもエンジンなんて動かなかった。

「何やってんだよ! 外から出ないと――」

「千歳、もういい加減諦めて死のうや」

「は?」

 なにいってんだこいつは?

「生きても希望なんてない、借金がある中で生きなくちゃいけない、ここが燃えたら住むところもない、だったらここで死んだほうがマシじゃ、お前もそうだろう?」

 同感を求められる。千歳にはわからない。

「なにがそうなんだよ?」

「こんな情けない親のために働いて、馬鹿だなぁ、お前は」

「なにが馬鹿なんだよ?」

「……気づいてないのか? くははは……」

 俯いて笑い出す父。顔が見えなくて気味が悪かった。

「だからなにがなんだよ?」

「俺が、お前をとっくに見捨てていることだよ、くははは、馬鹿だなぁ……」

「…………」

 千歳はもう怒る気もしなかった。助手席のドアを開ける。

「だから……俺と親父が同じだって?」

 燃え盛る火が車内に飛び込んでくる。熱くて目を瞑って顔をそらしてしまうけど我慢した。

「んなわけねぇよ……俺はまだ生きてぇー!」

 千歳はその火に身を乗り出した。

 体が熱いとか感じる前に痛くて痒かった。

「千歳! 千歳ぇぇ!! 俺を、俺を置いてくなぁぁ!!!」

 後ろから父の声が聞こえる。自分の名を呼んでいるようだ。

 ――死にたいんじゃなかったのかよ。

 千歳は火を我慢して火の届かない場所に行こうと考えていたが、それは叶わない。

 そのまえに皮膚が焼かれて、呼吸が止まって、地面に倒れた。

 倒れた千歳の体に父がのしかかってきた。その小さな体を抱いてくれた。

 重くて邪魔だなぁと感じて千歳は死んでしまった。

 直後に家は跡形もなく吹き飛んだ。


 その後のニュースで報道される現場検証によると白い軽トラは雪山に突っ込んで、その雪山の近くにあったスコップのプラスチックの破片にタイヤが乗り、そのままの状態で滑って民家に激突。

 民家の中はゴミ山のようで発火物らしきスプレー缶が火元になり、燃え上がった火は二階の花火の入ったドラム缶に着火、よって大きな爆発を起こしたのであった。

 死亡は男性一人と男児一人。死因は男性が焼死体、男児が窒息死。

 二人は親子のようで、父が子をかばったとも言える状態で見つかったとの模様。

 死体は身元が分かり次第、遺族へと渡されることになった。

 それを聞いた千歳の母は家に帰らなかった。いや、家の近くに来て引き返したのだ。

 関わらないほうがいい。

 だから、千歳とその父の遺体は誰も引き取らなかった。


 それから、千歳が機体になったのは二〇〇〇年に入ったあたりだった。

 いつまでも引き取り手が見つからない遺体は県が保管するより国が保管することとなって、中でも身元がない遺体は研究用としてミイラ化したり、標本化する。

 その中でも一〇歳だった千歳は子供の遺体として価値があった。

 パッと見れば焼死体ではないかというほど火傷の跡があったが、窒息死だということで千歳の遺体は研究対象として運ばれた。

 研究に用いる前に千歳の臓器をドナー用に提供された。本当は本人の同意が必要だがそれも死んでいては関係あるまい。

 そして、研究が始まった。

 テーマは人間の体を外殻に、内部は機械で動かすといった機械人形マシンドールの制作だった。

 本当は大人の体を用いたほうがいい評価をもらえるのだが、その分パーツ量やそれを動かすシステムのメモリ不足などによる都合で小さい子供の体は非常に使い勝手が良かった。

 出来た体は血と電気を燃料にし、鉄骨シャフト発条ぜんまいで動き、研究所のメインコンピューターに搭載されているAIによって命令を聞く。

 かくして、人類初とも言える機械人形は開発されたが世間に公表されることはなかった。

 世間に公表する、というにはまず政府に研究工程や制作費、材料を言わなければいけないからだ。

 死んだ遺体を使った、それだけならばいいが一〇歳の体を使ったとなればそれは非合法になってしまう。

 だから、この研究は結社の娯楽によって提供され多額の報酬と引き換えに引き渡されたのであった。

 この時、千歳はもう死んでいたのだがなぜか研究のことを覚えていた。

 気づいたのは千歳の頭が機械化された時だ。メインコンピューターにプラグが差し込まれた時。

 研究所の監視カメラや重要ファイルの暗証番号、果ては休憩室のテレビ番組まで頭の中で再生される。

 その中でもショックなことは、自分の体が肉体から無機質な機体に移り変わるところだった。

 目は逸らせなかった。それが体がなかったからなのか、そう命令されているのか分からない。

 ただ、千歳には自分はまだ生きているということが分かった。


 そうして、結社に運ばれた機械人形――千歳はメインコンピューターと機械の体がセットになっている。

 命令をコンピューターに打ち込むことで体はその任務を全うするために動くようだ。

 千歳にはそう理解され、早く動きたいなと心を躍らせていた。

 まだ研究段階だ、と言われ続け可動テストもしてなかったのだ。

 それに、裸だったので何か着せてやりたいと思っていた。

 結社という所は船も飛行機も移動の際に使われていないので国内にあるのだろう。

 大きなビルだった。その最上階に運ばれ豪華な客室を通され、披露宴のような会場に運び込まれた。

 そのビルの監視映像から見る千歳にはこの場の状況がよく分からないがとりあえず見ていた。

 会場の人たちはみんな仮面のようなものをつけていた素性が分からない。

 美味しそうな料理が運ばれる。どんな味なんだろう。笑う声が聞こえる。千歳も話の輪に入りたかった。

「ご紹介します! これが我社が誇る最高の機械人形『シルト』でございます!」

 そんな中でついに千歳の体が公開された。引き渡された時の裸ではなく立派なスーツを着ていた。

 機体名『シルト』、その名を呼ばれると会場の至るところから惜しみない拍手が聞こえる。

 まるで、ノーベル賞をとったみたいだ。みんなに褒められているようだった。

 やがて、列を作って動かない体に手を置かれたり撮影をされた千歳の体はビルの最上階あたりに向かう。

 そこに待っていたのは高そうなスーツを着てヒゲを生やしたおじさんと、千歳と同じくらいと見えるドレスを着た幼い女の子だった。

「リン、これが今日から君の専属の使用人だよ」

「……男の体をしているわ」

「仕方ないじゃないか、素体はこれしかなかったのだから」

「できれば女の人が良かったわ」

 女の子は悪態をついて、千歳の腕を持ち上げブラブラする。胸を触ってきたりもした。

 その顔はがっかりとしている。

 そんなことをしても千歳には感覚もないのだが、自分の体がされるがままにされているところを見ると少しドキドキする。

「これの名前はリンが決めないさい」

「わたしが?」

「これからずっと仕えるんだからな、よく考えなさい」

 そう言い残しておじさんは部屋を出て行った。女の子と千歳の体が残される。

 女の子は千歳の体、特に顔を見つめて目なんかを開けたりしている。どうやら、機械の部分を探しているようだった。

 千歳の体は外部から見えない部分が機械化されているので喉に手を突っ込むとか、目を取り出すとかしない限り機械の部分は見えないだろう。

「……気味が悪いけど、仕方ないか」

 やがて、顔をいじるのをやめて女の子も部屋を出た。

 ――なんだよ、気味が悪いって……。


 翌日、千歳の体は可動テストを受ける。千歳が待ちに待った時だ。

 白くて何もない部屋に寝かされた千歳の体に千歳の意識が入り込んだ。

 メインコンピューターから無線接続された千歳は目の前が真っ暗になる。音もないし腹も空かない。

 何が起きているんだろう? 全然わからない。考えだけが広がる。

 それがずっと続く。

 メインコンピューターの中にいた頃は周囲の監視映像から人の観察をしていたり、人が操作するコンピュータ画面やテレビ画面を見ることが出来ていたがずっと真っ暗でシステムに干渉もできない。

 それがまだまだ続く。

 でも、待っているのは得意だった。あの家にいた頃もひたすら両親の帰りを待っていた。

 両親が千歳を愛してなくても、産んでくれたり、あの部屋をくれたり、家に帰ってきてくれる。

 そうしてくれるだけで千歳は嬉しいのだ。

 しかし、父は言った。

 馬鹿だなぁととっくに見捨てていると。

 ――それならさ、なんで俺のこと抱きしめたんだよ。

 千歳にはまだわからない。でも、あれは愛情だったと思った。

 そんな愚考が続く。

 やがて、この疑問に答えが出た。

 ――一緒に死にたかったのかな。

 だから、千歳を追うように死んだのだ。世間には美化されているがきっとそうだ。

 気づけば夢を見ることもなかった。父の顔ももう覚えていない。

 母なんてとっくの前に思考から消えていた。どんな人かも忘れた。

 今、千歳には暗闇しかなかった。その暗闇の中でずっと考え、待ち続けていた。

 期待とも言うべきか。

 これからの自分のことを。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ