彼
唖然・呆然・自失。
開いた口が塞がらず、とはよく云うが、今の私は口どころでは無く。全身の穴という穴が全開開口、といった感じ。
汗は異常に冷たい物が。まるで、冬の岩壁に染み垂れる結水のごとく、皮膚を滑り、肛門は緊張の余り、力みを通り越し、ゆるゆる、へなへな、理想的な脱力。尿道、同じく。鼻、上唇を前歯の裏側に押しやっているため、上下に伸。実にまぬけな面、完成。
稲妻が、落ちたため。
そして、眼。
眼は、たった今現れた、上半身サイケデリックカラー、赤と黄色と緑と茶とピンクと緑と暗いブルーのカラフルな羽毛に覆われているやつ。眼がカメレオンのようにドーム状に露出、索敵に優れたフォルム。大きな、極楽鳥型のくちばしは、前でサブマリン流線型に曲がっている。背丈は、私より大きい。形容する言葉がこれしかない。「オウム人間」そのオウム人間を、凝視している。分析中。対面して、無言のまま。二人。
下半身は、まさしく人間のそれなのである。全裸。ぶら下がる、もの。あり。男性オウム。
はじめ、普通の人間が悪ふざけで。または、被り物を装して大事か部分は露出という変態的な仮装をし、怪しげなランプ回廊を徘徊する奇妙な趣味に耽っているのでは、と思ったが、 そうでは無い事は彼が放つ雰囲気というか、理屈ではない何かで解ってしまい、私は完全に脳がブレイクした。つまり、冷静。もう慣れたこのブレイク感。
私はなかなかじっくり、彼を観察していたが、なぜか彼はピクリとも動かない。
生物はここまで静止できるのか、と、不思議になるほど動かないのだ。
豪邸にいる、首だけ鹿のよう。生きているように、生きていないよう。
私は「おはようございます」と、言ってみた。
すると、オウム人間は
じっと硬直したまま。
何も言わなかった。
私はなぜだか、安心と恐怖が混じりあったような感覚が、脳と精神がメルトしていくような状態を少し、感じていた。
もう、これでいい。
しかし。
しかし、突然。なんと。オウム人間は凄まじいスピードで、私の右手辺りの皮膚を、ほんの1ミリほど、啄んだのだ。
しかも、寸分狂わぬ元の位置にすかさず、帰還。驚異的な動き。異次元の啄み。発狂。
私はうわあっ!と叫び声を上げる。驚愕して、流石にその場に、尻餅をついてしまった。
痛みは、さほどでもないけれど。出血。
オウム人間を甘く、見ていた。やはり、肉食。
私は食われるのは嫌だと感じたし、逃げようと思ったが、余りにも恐ろしすぎて、立ち上がれず、ただ、ガタガタと震え、オウム人間を見つめる。半泣きで。死を感じながら。
やはり、人間でない人間のような物体は、人間ではないのだ。と、思った。
もうもう、もう。
すると、オウム人間が、言った。
あれほど無言を貫いていたのに。突然。
「御馳走様」
オウム語じゃなく、人間語。
アレで満腹になるのか。オウム人間は。食が細い。
私は驚きすぎて、まだ驚いていた。
穴は塞がりつつ、も。
思えば、最初の「会話」。