ピンク人間と仲良くできたらいいな。
灰色のドアは驚くほどすんなりと、私を胎内に飲み込む口を開けてしまい、なんだか普通。もう一度、私は自分が目覚めたルームを振り返り、その景色を眼に焼き付けていた。
なんとなく、この旅立ちは儚くも壮絶な物であり、下手をすれば、この部屋には二度と戻ってこないような気がしたからである。
と、刹那に思ったけれどしかし。仮にここが私の自宅で、さらに自室だった場合はこの部屋でプライベートタイム、すなわち本を読んだり、緑茶を飲んだり、なにやらエヘエヘ空想をしたり、日々を営むわけなのであるから、案外すんなりと舞い戻る可能性も十分、というか、大分ある。ので、私はあまり何も考えないようにした。
ドアがスンナリと開いた事は、それほど私に多大な安心を与えていたのかもしれない。
もしくは、私はあまりに不思議なこの空気感に思考回路を破砕されていたのかもしれない。
あまりに掴みがたい現状に開き直った、のかもしれない。
とにかく、その。「灰色のドアを14センチほど開いて、その先を視認せず。先ほど目覚めた部屋を見ていた間。私は恐怖や不快感を喪失していた。」のである。
奇妙だが、エヘエヘ空想と自身で思った事で、少し笑ったりもしていた気がする。
そして振り返り、つまり部屋側から視点をドア側にスライドさせ、廊下らしき空間へ移動し、再び。混乱・衝撃。インパルス。
脳髄に緑色の王水が流れ込み、頭蓋骨を焼き尽くされるような、戦争味の感痛。
離室した右手、おそらく、この場所は廊下の突き当たりに位置するのだろう。
正面は壁で。コの字型、廊下。
コ
↑
こういう視点から。設計。の右手に窓。
窓がある。
そして、空らしき広がりがあるのだが。
奇妙極まりない事に。この空というやつは海外の甘ったるいケーキのような。夏場、田んぼの稲にこびりついている、羽化と共に稲を食い荒らす田螺の卵のような。プランクトンの死体の山、赤潮カラー。人体に有害チックな、ヴィジュアル系バンドのヴォーカリストのヘアマニキュアで染色された頭髪、の、ような。ショッキングピンク色に、色づいていたのである。
しかも、それにキラメキはまったく無く、光の濃淡、陰陽が皆無。生き物ではない、のっぺらぼうのように、一律のノーグラデーション、ノーコントラスト。死の予感。狂気の色彩。乱れた女の子宮。狂い咲き。異次元という表現が的確。宇宙桜。猿の脳。パラノイア色。
「リコーダーが巧いクソガキを生きたまま、グチャグチャに砕き、机に捻り込む。」
インスピレーションの拷問。
私はあまりの鮮烈な衝撃に、逆に。
手に持っていた、おいしい緑茶を「ああ、おいしいな」と、いった風に飲んでしまった。
そして、ピンクの空も、悪くないな、と呟く。
脳の開花。正常に発狂。
まばたきも出来ないまま、窓に近づき、外の様子を確認しようとしたけれど、やや高い位置に設置されていた事もあって。ピンクのスカイしか見えなかった。
私は残念に思ったが、もうヤバい場所に身を置いているのはピンクさんのお陰でわかっていたので、今さら窓の外など知ったところで、せいぜいピンク人間がピンクのコーヒーでも飲みながらピンクたばこを吸い、ピンクの家に住んでいるくらいだろう、と、状況を把握するより、何がピンクでも驚かない努力をしよう、と、無意識に考え方を変えた。
書類までピンクでインクもピンクだと、文字を認識できないし、自分の手足は人肌色なので、ピンク人間に差別されたり迫害されたりしないか、心配にはなったけれど。
あと、個人的にピンクライスは食したくないな、と思った。
振り返り、廊下を見ると、視覚的錯覚か真っ暗な回廊が余計、暗く、暗く見えた。
時々、ピンクが焼き付いた目玉に黄色い残像が現れる。
それにしても、暗く、暗く。見えた。