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緑茶

眼が覚めると私は、薄暗・じっとり・至極静寂な一室に、居た。


インテリアンなデザインのベッド隣にポロシャツジーパン裸足寝癖の所謂、お外行き帰宅即倒起床姿にて転がり。


四股・胃周辺臓器群は酷くダルいが、頭はウィルキンソン炭酸をどぶどぶシュワシュワ注がれたようにスッキリ蒼く冴え渡り、されど、どこか空気間というものが釈然としない、ような感じ。



部屋全体に怪しさ・不安が臭い、吐き出す息が部屋壁面に粘り付く。得体の知れない妖気のような物がどこからともなくこの部屋に流れ込んで来ているような気がして、目の前にポツリと有る、紫色の有機的なオーラを放つ灰色のドアから、安易にルームアウトできない自分に、ハッと、自分で気付く。


まず、それらの恐怖的認知が全身、特に脳髄を、漏れた電気エネルギーのように烈しく駆け巡ってしまったので、心は爆散し、此処にあらず、戦慄。思考は停止し、体は冷たく、眼は冷凍。グクッ、と生臭い息を飲み込めば、渇いてひび割れた喉の粘膜が錆びたハーモニカのように痛く震えた。散り散りになった自我という私を両手でかき集めて、パズルのように「自分」に嵌め込む作業を完遂するまで、どれくらい時間を使ったのか、分からない。3分ぐらい。



自我が形を取り戻すにつれ、解った事。自己のなりゆき・変遷・極つまりは昨日の朝方ぐらいから現在に至るまでの自分の過去最近という物が、どれほど正気に近づこうとも、一向に現れない事である。


これは非常に不安だった。私は一体なんなのか。そもそも、ここはどこなのだろう。自宅だと思っているけれど。



一息、そこになぜかあった「おいしい緑茶」と自ら唱っている飲みかけ缶入り緑茶様をぐいりと飲み込み、無理矢理平静奪還を加速させれば、あぶり出しのごとく、じわりじわりと何らかの記憶が頭内で煌めきだし、自分が「マサミ」という名の男だ、という事が不幸・幸いにもようやく解ったのである。


次に、幼少から青年期の記憶、すなわち誰もがあるであろう「大雑把な人生これまで」というやつが、夏の花火のように私の中で現れては消え、現れては消え、した。それはなぜだか記憶から消えていない5才のある日の晩飯だったりとか、小学校の花壇、名前が出てこない友人、地蔵、滝、殺した蝉、行った事の無い峠、怖い本、ヤマアラシ、くたばってしまった母親、布団、洋館、野球、春、とか、そんなもの。



ようするに、私がなんとか昨日の朝辺りから現在に至るまでの経緯を思い出そうと、脳においしい緑茶をぶちこみ、記憶を茶でドリップしたにも関わらず、摘出されるのはまったくうま味・色彩・意味をなさない烏合の衆、烏合記憶、コモン記憶、雑魚ばかりあった。あまりに切なく、震える溜め息。


なんという事か、結局。名前と遠い遠い記憶しか私の頭には甦らなかったのである。あまりに悲惨惨裂かつ不思議な状況かと思われるのだが、それは意外にも絶望にカテゴライズされなかった。

記憶喪失は切ないけれど、ともかく私はこの不気味な雰囲気を一番になんとかしたかった。この奇妙なオーラを断ち切りさえすれば、記憶など無くてもなんとかなるような予感がしたからである。



一か八か、ドアを開けてみる。

おいしい緑茶、右手に。 不気味なやつの胎内へ。

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