第4話「奇遇」
マイティは脚部のバーニアを駆使して、飛ぶようにして目的地――サクライデパートへ向かっていた。サクライデパートとは、雑貨店だけでなく、レストランや映画館も備えているOブロック最大の商業ビルのことだ。
屋根や屋上を蹴って移動していく途中、マイティはふと思った。「オルカは容疑者をもう捕らえたのだろうか?」と。クラウドの報告を受けてから十分は経っている。武装棋士がたかが殺人鬼に殺されるようなことは無いと思うが、その逆はあり得る。特にオルカの場合は――。
今まで接してきてわかったのは、彼は人一倍正義感が強いことだ。感情的になりやすい彼は、今回のようなケースを特に憎む。
そんな彼が容疑者と直面したら――
「オルカ、頼むから殺すようなことはしてくれるなよ」
マイティは祈るようにして呟いた。
住宅街のど真ん中に悠然と構える、大きなデパート。アナウンスの効果か、建物はライトアップされているが、各出入口は全て閉鎖されている。殺人犯を入れないためだろう。
マイティは道路に降り立つと、デパート側に整然と並ぶ街灯のてっぺんに跳ぶ。そして隣の街灯へ、その隣の街灯へと順々に跳び移っていく。途中から、けたたましいサイレンの音が後方より聞こえてきた。
地下駐車場へ向かうゲート前の街灯に着くと、マイティは飛び降りる。同時にパトカーもゲート前に二台やって来た。
先にやって来たパトカーの助手席側の窓が開くと、クラウドが顔を出した。
「先に行ってるぞ」
マイティは「了解だ」と目で合図を送ると、パトカーは彼の横を通り過ぎようとした。その時、後部座席にちょこんと座っている部下の横顔が見えた。
「野郎……」
マイティも負けじと脚に力を入れる。脚部を走るケーブルにエネルギーが流されていく。
ゲートをくぐると、強化ギプスにより強化された脚力で、地下駐車場へ向かう下り坂をマイティは駆け抜けていく。パトカー程の速さは出せないが、常人のそれよりは速い。
地上の華やかさとは比較にならない、殺風景な駐車場へたどり着く。駐車場はガラガラで、店内に残っている従業員の物と思われる自家用車が数台並んでいるだけ。
「あそこか」
マイティは駐車場の隅に視線を向けた。
明らかに本来の駐車場所から外れている、二台のパトカー。その側で数人の自警団員が何かを取り囲むようにして身構えている。
嫌な予感がした。
まさかあいつ……ッ。
気づいた頃には既に走り出していた。マイティは着くや否や、自警団員一人を横に押し退けた。強化ギプスが装着された彼の腕力に、自警団員はあっけなく地面に転んだ。
「おい、何をするッ!」
尻餅をついた自警団員が叫ぶが、彼の声はマイティの耳には届かなかった。
マイティはしばし立ち尽くした。ただ一言、漏らした。
「――え、なんで?」
他の自警団員達やクラウドもどう動けばいいか判断が下せないらしい。光線銃を構えたまま、突っ立っている。キールは光線ボウの銃口を下ろして、ただ目の前の光景を無表情に見ているだけだ。
彼らのすぐ前では、オルカがこちらに背を――「歩兵」と書かれた背部装甲を向けたまま、RSを構えている。
そのオルカの鋭い視線の先には、一人の女がいた。女は鈍色の装甲――オルカと同じ強化ギプスを装着しており、右手には紫に輝くRSが握られている。オルカのトンファー状のものと違って、こちらは剣状だ。
ふと視線をずらすと、彼女の足元にはスーツ姿の男が横たわっていた。男はぐったりとのびていて、動く様子が見られない。
なぜあんなところで倒れているんだ? 酒の飲みすぎか何かか?
と、ここで自警団から見せてもらった顔写真と、浮浪者の証言が彼の頭によぎった。
「待てよ、あいつは――」
あの顔、あの黒ずんだ染みだらけのスーツ……、自分が見たり聞いたりした手掛かりに合致している。
間違いない。あの男は、自分達が追っている容疑者――ウィリアム・トロイだ。
そして、その容疑者を庇うようにして、女はオルカの前に立ち塞がっていた。治安を守るはずの武装棋士が、もう一人の武装棋士から容疑者を護っている?
お互いにRSを構え、対峙している二人の武装棋士。彼らのRSからはバチバチと、放電の音が聞こえてくる。
蒼白く輝く棍と、紫に輝く棒。
張り詰める空気の中、マイティは女を凝視していた。
見覚えのある、紫のロングヘアーの彼女を。
「――あら? もしかして、マイティ?」
途端、女のRSの光が薄らいでいく。警戒を解いたかのように、彼女はRSの剣先を下ろした。
突然出てきたマイティの名前に、自警団員達は驚き、一斉に彼の方へ向いた。
マイティは女に言った。
「何してるんだよ、グレイス」
二十一時四十三分。サクライデパートの地下駐車場にて、容疑者ウィリアム・トロイは殺人の容疑で逮捕された。ウィリアムはPNP所属の武装棋士グレイスと乱闘の末、彼女のRSにより動きを封じられた模様。
殺人による精神的なショックのためか、ウィリアム本人は既に正気を失っており、容疑を確認できるような状態ではなかった。ただ、遅れてやって来た護送車に担架で運ばれていく途中、彼はしきりにうわごとを呟いていた。
「……空が、落ちてくる」
Oブロック区役所の待合室。
マイティ、オルカ、キール、グレイスの四人はイスに座って身を休めていた。いや、オルカだけはイスに腰掛けずに、腕組みをして壁に寄りかかっていた。
「――で、お前はあそこで何していたんだ?」
マイティは前に座っているグレイスに訊いた。グレイスは缶コーヒーを片手に答える。
「その、ちょっと買い物」
「買い物?」 「そう。服とかカーペットとか、日用品をいろいろとね。そしたら、突然アナウンスが鳴ったからさ。早いとこ戻らなきゃと思って、車に荷物詰め込んでいたら――」
「あの殺人犯が襲い掛かってきた、と」
運悪くね、とグレイスは頷く。
「びっくりしたわよ。いきなり斬りかかってくるんだもの。ほんと格闘技の訓練、真面目にやってて良かった。でなかったら今頃、病院のベッドね」
「あるいは、あの世だな。ただ、お前の場合、天国より地獄の方がお似合いだと思うけど」
クックッと笑うマイティ。しかし、グレイスはまるで聞こえなかったかのように彼の軽口を無視して、「そうそう、」とキールとオルカの方へ向き直った。
「あなた達、たまには訓練生時代に習った基本を見直すことも大切よ。いざ、って時に役に立つから」
自分達より五年ほど年配の上官からのアドバイス。
「わかりました」
一瞬の間を開けて、キールは答えた。
一方のオルカは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向いただけだった。彼の態度が気に障り、マイティは立ち上がった。
「おい、いくらなんでも失礼だろ、その態度」
マイティが注意した途端、オルカは彼を睨み付けた。だが、当のマイティはオルカの視線に屈することなく、睨み返す。
睨み合う二人。室内の雰囲気が張り詰めていく。
マイティは手を強く握り締めて、身構える。オルカは威圧的な態度はそのままで体勢を崩さない。
「はい、そこまで!」
膠着状態になった二人に見かねて、グレイスが声を上げる。何だよ、と振り向くマイティをグレイスは片手で制すると、オルカの方へ向く。
「オルカ、だっけ。参考程度に聞いて欲しいんだけど、いいかしら?」
黙ってグレイスの方を向くオルカ。それを肯定と見たのか、グレイスは話しだした。
「二、三度斬り結んで思ったんだけど、あなた、隙が大きいわよ」
「……なに?」
眉をひそめるオルカ。
「ちょっと待て。斬り結んだってことは、やっぱりそいつ――ッ!」
「マイティ、少し黙ってて」
話に入ろうとするマイティを黙らせると、グレイスは話を続けた。
「えーとね、勇敢なのはいいことだけど、あれだと思わぬ反撃を食らうわ。もう少し隙の少ない型に変えるか、もしくは組み込むかした方がいいと思う」
「……」
あからさまに不服そうな表情を浮かべるオルカ。グレイスは「あくまで参考だから」と付け加えた。