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第3話「そして桂馬へ」

「まず初めに言っておこう。これは始まりである、と」

 現れるは禍々しさ際立つ紋章――林檎に巻き付く蛇。

「我々はMALUS。見えざる真実を啓示し、神の支配から人民を解放する者である。

 そして、今回の無差別テロの主犯者でもある。我々が政府へ要求することはただ一つ、情報の公開である。

 知っての通りこの国(エデナ)は今、繁栄の一途を辿っている。

 人口はかつてないほど膨れ上がり、都市はその規模を広げ、二つに分割された。経済首都ゴモラと行政首都ソドム。今や国の財政は二大都市、及びそれらを取り巻く郊外地区に集中していると言ってよい。

 しかし、一方でその楽園から一歩外れた外部地区(アウターエリア)では今も飢えと貧困、エネルギー不足で苦しむ人々が大勢いる。にも関わらず、政府は彼らから都市部と同程度の税を押収している。しかも興味深いことに、押収した税の全てが国家財政に使われているかというと、そうではない。特にエネルギー税がそうだ。こちらの計算によれば、押収したエネルギーの内三十パーセント近くが“何処(いずこ)か”へ消失している。この消失した余剰エネルギー、一体どう利用されているか、我々は是非とも知りたい。他の税も同様である。

 政府はこれらの情報を国民に開示する義務があるはずだ。

 我々は可能であれば犠牲者をあまり出したくはない。しかし、政府の態度が依然として現在の状態でいるのであれば、我々の抗議活動はこれからも続くだろう。

 政府が情報を“真に”公にしない限りは……。

 早急に公開願いたい。

 政府の、“貴君”の、賢明な判断を求む」


 プンッ、


「お前達も見たとは思うが、これは五日前に全国放映された犯行声明の映像だ」

 モニターの画面が消え、暗い室内に白色灯の光がゆっくりと戻ってゆく。と、モニターのすぐ側に腕組みをした男の姿が現れる。男は紺色のコートを羽織り、ベレー帽を被っている。

 彼の名はランドルフ。「香車(ランス)」の称号を持つ武装棋士(アームド・ナイト)だ。

「さて、私から見せたいものは以上だ。何か質問はあるか?」

 そう言って彼は、広いテーブルを占拠している二人の部下を見下ろした。

 ここはPNP本庁内にある会議室。クロード逮捕から一夜明けた今日、ランドルフは、現場で活躍した二人の部下を会議室(ここ)へ呼び出した。

「いつも思うんだが……」

 部下の一人が言う。

「なーにが“神の支配から人民を解放する”、だ。スローガンからして狂ってやがるな」

 小馬鹿にするような発言をしたのは、ゴーグルを頭に乗せた青年マイティ。最低ランク「歩兵(トルーパー)」の称号を持つ武装棋士(アームド・ナイト)だ。背もたれに体重を掛けているため、彼の椅子からはキシキシと耳障りな音がたつ。

 端から見てあまり真面目とは言えない態度をとる彼に、隣に座っているグレイスは呆れつつも注意する気にはなれなかった。彼女もまた「歩兵(トルーパー)」の武装棋士(アームド・ナイト)であり、マイティとは同期である。

「連中の頭ん中は一体どうなっているんだろうな、本当に」

 消えたモニターを睨み付けるマイティ。その同僚に彼女は言う。

「そうね。ただ……」

「ただ?」

「ただ、向こうの言い分も少しはわかるわ。彼らの言う通り、都市部周辺と外部(アウター)じゃ扱いが全然違うもの。不満を持つのは当然よ」

 彼女の言葉にマイティは面白くなさそうに「けっ、」と鼻を鳴らした。

「それで、ランドルフ隊長。あれから彼らに関して何か進展ありましたか?」

 グレイスが訊くと、ランドルフは「いや」と、天井を仰いだ。

「残念だがクロード・スミスの自宅から押収したデータには、あまり大したものは入っていなかった。せいぜい、MALUSがかなり前から組織としての形が出来上がっていた、のがわかったくらいだな。クロード以外のスポンサーも存在することだけは判ったが、彼らの詳細までは記されていなかった」

「それって、結局何もわかっていないのと同じじゃ……」

 マイティの一言に、ランドルフは黙った。一瞬にして室内が気まずい雰囲気に包まれる。

 ランドルフは二人に背を向け、部屋の隅へ向かう。静かに回転している換気扇の下へ行くと、彼は煙草を取り出し、口に加えた。

「隊長、ここ禁煙ですよ」

 グレイスの注意に耳を貸さず、ランドルフはライターを取り出し、煙草に火を点けた。


 しばらくして、重苦しさに耐えかねてか、グレイスが口を開いた。

「しかし何故クロードはMALUSに援助していたのでしょうか? 彼は根っからの都会人ですよ?」

「さあな。奴等の理念に賛同したか、あるいは加担することでの見返りを期待していただけ、か。残念ながら当の本人は今も黙秘を貫いているから、何とも言えないな」

「もうひとつ気になることがあります。彼らの言っていた“消失したエネルギー”とは何なんでしょうか? 三十パーセントが何処かへ流出しているとは、いったい……」

「見当もつかないな。国は全ての情報を公開しているはずだ。大昔に情報公開法なるものが元老院で採択されたからな。となれば、MALUS(あちら)の言い分がおかしいことになる。恐らく、向こうの計算が狂っているか、嘘の情報をでっち上げることでこちらを混乱させるためか。あるいは、単にテロの口実を作りたかっただけかもしれない

 ――ところで、だ」

 ランドルフは吸殻を握り潰すと、二人へ鋭い視線を向けた。思わずマイティは後ずさる。

「昨日の初陣、何なんだ、あれは。私がタクシーで駆け付けたからよかったが、下手すれば容疑者を逃がしていたぞ」

「何なんだと言われても、な」

 マイティの目が宙を泳ぐ。強化ギプスで実際に悪党をねじ伏せてみたかった、とはとても言えなかった。

「やるべき事をやった、としか答えられないぞ。まさか相手が人質を取るとは思わなかったけど」

「まさか?」

 ランドルフの目が一瞬光ったように見えた。その次の瞬間、マイティの左頬に鉄拳が飛んできた。

 マイティは何とか踏ん張る。彼の口元に血が滲んだ。

「何するんだ!」

 ぶたれた頬を左手で押さえマイティは上司を睨む。ただ、ランドルフの方が彼よりも頭一つ分背が高いため、マイティはすでに気圧されていた。

 ランドルフは静かに言う。

「何が“まさか”だ。自分の失態を“まさか”の一言で済ませるな」

「だけど……!」

「だけど、何だ? 自己正当化のための言い訳でも言うつもりか?」

 うっ、とマイティは言葉を詰まらせる。「やっぱりな」と言わんばかりにランドルフは鼻を鳴らすと、今度はグレイスの方へ視線を向ける。

「あそこのホステスから聞いたんだが、お前達容疑者相手に説教じみたことやってたらしいな?」

 途端、グレイスの顔がひきつった。

「いや、あれはその、容疑者達に自分の犯した罪の重さを……」

「そんなことをしているから人質を取られるんだ。正義の味方ごっこしてる暇あったら、とっととやるべきことをやれ」

「はい……」

 項垂れるグレイス。

「マイティ、お前もだ」

「……ッ、わかったよ」

 口ではそう言いつつも、マイティはランドルフを不服そうに睨み付けていた。

 最後にランドルフは二人に言った。

「二人とも、自分の行動に責任を持て。いいな」




「自分の行動に責任を持て、か」

 あれから五年。

 五年の月日が経った。

 雲一つ無い空は怖いほど真っ青で、日光は真っ直ぐとオフィス街へ降り注いでいる。今日も社会人が行き交うこの地域にて、事件が起きていた。

「ゴモラ中央銀行 Eブロック支店」――低面積が広い、二階建ての建物の周辺では数台のパトカーが警光灯を光らせ、制服姿の自警団員達が身構えていた。彼らは「武装集団が銀行を占拠した」との報を受けて、この場にやってきたのだ。

 だが、現場に着いたはいいものの、職員を人質に取られているため、迂闊に動くわけにはいかない。そして武装集団(むこう)からの要求といったものは、これといって無い。結果として彼らは「周辺の包囲」よりも先の行動に移行できないまま、時間だけが経っていく。

 頭を悩ます団員達をよそに、銀行(そこ)から少し離れたビルの陰にマイティはいた。いつも通り、頭にゴーグルを乗せている彼は壁に寄り掛かりつつ、初任務のことを思い出していた。

 ふと手にした端末の通信ランプが点滅しているのに気付いた。慌ててマイティは端末に耳を傾ける。

「こちら、マイティ」

「私です」

 返ってきたのは、抑揚の少ない静かな少女の声。彼の部下である。

「キール、そっちはどんな感じだ?」

「別行動に移ってから状況に変化はありません。現場を自警団が取り囲んでいますが、それだけです。武装集団は人質をとったまま、立て籠っています」

「たぶん人質とれば何とでもなるとでも思ってるんだろうな。MALUSの手下、て事は」

「無い、と思います。団員達のやり取りから見て、おそらく銀行強盗の類いではないか、と」

「そうか。……あれ、オルカはどうした?」

「オルカですか? 彼ならすぐそこにいます。正面突破したくてウズウズしているみたいです。代わりましょうか?」

「いや、そこにいるならいい。……当初の作戦通り、お前達は表から行け。ただしあまり入りすぎないように。俺が上から不意討ちを仕掛けるためにも、あくまで相手の注意を引くことに専念してくれ。オルカにも言ってくれると助かる。あいつは猪突猛進なところがあるから」

「……善処します」

 通信を切ると、マイティはため息混じりに呟いた。

「端末越しなら、何とか話せるんだよな……」

 端末をしまうと、彼はジャケットから手帳を取り出す。ロゴが輝きを放つと、彼の背に「将棋の駒」の紋章が浮かび上がった。

「せっかくの初任務だ。頼れる上司ってところをあいつらに見せないとな。

 ターン・アップ!」

 認証コードを叫んだ瞬間、手帳全体が光輝き、粒子レベルで分解した。瞬く間に黒いケーブルが衣服を走っていき、胸部、四肢、最後に背中、と鈍色(ダークグレー)の装甲が装着されていく。そして背部の装甲に漆黒の文字が浮かび上がった。装着者の組織内におけるランクと、強化ギプスの能力を表す文字だ。

 ただ五年前と違い、彼の背に表れた文字は「歩兵」ではなく、

「桂馬」

 彼は目の前にあるビルを見上げる。銀行の裏手の方角にある、このビルからなら、二、三棟伝っていけば銀行の屋上へ辿り着きそうだ。敵にも気付かれにくいだろう。

「待ってろよ、小悪党ども!」

 瞬時にショットガンが彼の右手に現れる。マイティはそれを強く握り直すと、ビルの屋上へ“跳んだ”。


 渦巻く不安を胸中に秘めたまま――


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