第17話「二人三脚」
「一週間とはいえ、武装棋士の俺が留置所に入るなんて夢にも思わなかったな」
大きな欠伸と共に留置所を出た彼は、雲一つ無い青い空を仰いだ。
朝陽が眩しい。
ガンガンと頭に響く眠気に抗いつつ、マイティは七日振りに外の空気を堪能する。その時、彼はふと、視界の片隅に入ってきた人影を捉えた。
「おつとめ、ご苦労様です」
目に入ってきたのは、こちらへペコリと一礼する部下の姿。彼はしばし呆気に取られ、そして少しばかりやつれた頬を僅かに緩ませた。
「……それ、なんか違う気がする」
情報が遮断された生活を強いられたマイティ。この七日間、留置所の外で何が起きていたのか知る術が無かったため、自分だけが世間から置き去りにされたような、寂しい感覚に悩まされていた。そこで彼は現状を把握するため、まず上司の元へ向かうことにした。
まだ出庁時刻前のはずだが、本庁内には既に多くの職員がいた。宣戦布告を受け、七日が経過した今でも本庁は未だ非常体勢下にあった。元老院やメディアへの対応にも追われるためか、慌ただしく走る職員もちらほらと見られる。キールに訊いたところでは、我らがPNPは四日程前にMALUSに占拠された三つの施設をすべて奪還し終えたようで、今は事後処理に追われているとのことだ。
通路を歩いていく途中、職員とすれ違っては奇異なものを見るかのような視線が向けられる。不愉快以外の何物でもないが、顔色一つ変えない部下の横顔を見て、マイティはそれらの視線をなるべく気にしないようにした。
「留置所での生活、いかがでしたか?」
隣を歩く上司を見上げて、キールは訊いた。彼女は実は自分よりも背が低いのだということに、マイティは今更ながら気付いた。
彼は苦笑した。
「……楽しくはなかったな。独房のベッドは固すぎてよく眠れないし、食事も栄養価は高いんだろうが味がなあ……。後、監査部の職員が来ては、昼も夜もお構い無しに質問攻めしてきたな。訊いてくる内容は、決まってオルカのことばかり。ありゃ、事情聴取というよりも尋問だ」
「すみません。私が彼をしっかり見張っていれば、こんなことには……」
申し訳なさそうに謝る彼女に、マイティは慌てる。
「気にするな。これは、俺の、責任なんだからさ。それに――」
と、ここでマイティは口をつぐんだ。あれからだいぶ経っているにも関わらず、彼はまだ助けてもらった礼を言っていなかったのだ。任務終了後、すぐに留置所へ行くことになったから仕方がないとはいえ、お礼の一つも言わないでいるのは決まりが悪い。しかし今更遅すぎるだろう、と考える自分がいるのもまた事実である。
今、自分は彼女と肩を並べて一緒に歩いている。今この時に礼を言わないで、いったい何時言うんだ?
マイティは腹を括った。
「キール、あの時は本当に」
だが、いざ「ありがとう」と言おうとしたその時、はたと彼は足を止めた。
急に立ち止まった上司を、キールは不思議そうに見上げる。マイティは通路の突き当たりの一点を凝視して、呟いた。
「グレイス……」
留置所にいる間もずっと考えていた、同僚の姿がそこにいた。
今すぐ駆け寄って、一週間前の非礼を詫びたい――その衝動に突き動かされそうになるマイティであったが、彼女の隣に立っている男の存在に気付いて、踏み止まった。
誰だ、あれ?
二メートルはあろうか。ジャケットを窮屈そうに着ており、いまにもはちきれそうだ。まるで熊のような図体の、大男だ。情けなく背を丸めたその大男と、グレイスは何か話し込んでいる。彼女は腕を組んでおり、険しい表情を浮かべていた。
見ていてあまり面白くはない光景だ。チリチリと胸が痛む。
あの男は何なんだ?
「彼の名はジョウズ。グレイスさんの部下で射撃主体の武装棋士です」
心を読んだのかと思わずにはいられない、絶妙なタイミングでキールが言った。彼女の勘の鋭さに内心で感心しつつ、マイティは訊ねる。
「知り合いなのか?」
「ええ。私達の同期では一番の力持ちで、光線砲の使い手です。また、外見とは裏腹に繊細な心を持ち合わせていることでも有名です。ただ、一つ欠点がありまして……」
「なんだ?」
「彼、病弱なんですよね」
キールが言い終わらない内に、そのジョウズという男は泣きそうな顔つきになり、片手で腹を押さえだした。やれやれとグレイスが側で溜め息をついているのが見える。
「あの図体で病弱か……。大変な部下を持ってるんだな、あいつも」
人の心配をするより自分の心配をしたらどうだ、とマイティは呆れる。しかし口に出してみて初めて、彼はある事に気付いた。――彼女がどんな部下を抱え、どのように彼らと過ごしているのか、詳しく話してくれなかったのを。彼女に「どんな感じだ」と訊ねれば、返ってくるのは大抵「まあまあ」や「ぼちぼち」といった曖昧な返事だけだった。本当はいろいろあるだろうに、そういうことは一切顔にも出さず、いつも笑顔でこちらの相談に乗ってくれる。
自分の苦労は人に話さず、それでいて人の心配はする。それに比べ、自分はというと――
「……」
むかむかと不快な何かが込み上げてきた。
マイティは彼らから目を反らすと、それまでと逆方向に歩き出した。
「隊長?」
急に方向転換した上司にキールは戸惑いを隠せない。
「なに、ちょっとコーヒーを飲みに行くだけだ」
頭だけを振り向け、マイティはキールに言う。その際、ちらりと視線をずらす。彼女らはこちらには目もくれずに大男と話し込んでいた。
「少し遅かったですね」
部屋に入ってきたマイティとキールに、メイヴィスは非難するような目を向けた。いや、どちらかというとその目はマイティの方へ集中しているようにも見える。まるで「どうせあなたのせいだろう」と言わんばかりだ。
「申し訳ありません」
軽く謝罪の言葉を述べ、マイティは上司の机の前に立つ。その隣に、キールも並ぶ。二人が揃うと、メイヴィスは椅子の背もたれにふんぞり返った。
「留置所はどうでしたか?」
先程キールが訊いたことを、彼女は訊ねる。マイティは忌々しげに答える。
「……彼らに面接の時間を教えてやってください。ああもしつこく質問攻めをされては、こちらの身が持ちません。参ってしまいますよ」
「その参った状態ならば、素直に吐いてくれると期待していたんですがね。どうやらあなたは最初から馬鹿正直に答えていたようです。無駄骨に終わりましたよ」
「当然じゃないですか。嘘ついてこちらに何の得が……って、まさか監査部にあのような事をさせたのは、サー・メイヴィスが?」
「ええ。私がそう指示しました。何か問題でも?」
問題も何も……、と言いかけたところで彼は黙った。なるほど。この人なら、この性悪上司ならばやりかねないだろう。
「早速ですが、お訊ねしたいことが幾つかあります。まず、自分が留置所にいる間、MALUS、いえ遣闘士相手に、PNPはどのように対応していたのですか? 出来れば、詳細を教えていただきたいのですが……」
本題を切り出すと、メイヴィスは「そうですね」と椅子から背を離す。
「私からもあなたに知らせておく事があります。おそらく、それがあなたの知りたい事でしょう。
まず、あなた達が浄水場を奪還した時と同時刻――別動隊が食料備蓄庫の奪還に成功しました。こちらの部隊にも遣闘士の捕獲を命じたのですが、あなた同様失敗に終わりました」
「それは、残念でしたね」
「中継映像を見る限り、あなたと違って、彼らは標的を拘束することすら出来ませんでした。備蓄庫からネズミを追い出すのに精一杯だったようです」
何だ、自分だけが失敗した訳じゃないのか。
マイティは少しホッとした。
「浄水場と食料備蓄庫。宣戦布告から一日も経たない内に、MALUSから二つも奪還できたわけですね。三つ目の、発電所はどうなったんですか?」
ここでメイヴィスの片眉がピクリと動く。
「……発電所は奪還に最も時間が掛かりました。向かったのは桂馬一人と歩兵三人の四人小隊。待ち受けていたのは、接近戦を得意とする遣闘士でかなりの強敵でした。しかも対峙した場所は火気厳禁の危険地帯。射撃にいささか偏った小隊構成であったため、彼らにとって分が悪かったですね。結果、小隊長と彼女の部下一人が斬殺され、残り三人の部下は何とか撤退しました」
「ッ!? 死人が出たんですか?」
「殉職」の二文字が彼の頭に浮かんだ。マイティは思わずキールへ顔を向ける。だが、既に知っていたからか、彼女は表情らしきものを見せなかった。
メイヴィスは呆れる。
「そんなに驚くことですかね。あなたも歩兵・キールがいなければ、間違いなく葬られたでしょう?」
「それはそうですが……」
死ぬような危機に陥るのと、実際に死ぬのとでは訳が違う。
天下の治安維持組織に殉職者が出るのは別段珍しい話ではないように聞こえるかもしれない。だが、強化ギプスの配備された現在、負傷することはあっても殉職はまず無いと言われるほど、武装棋士の生存率は高いのだ。実際、以前からたびたび勃発している、郊外でのデモやテロの鎮圧任務において、「重傷」はあっても「死亡」は指で数えられるほどしかなかった。
つまりPNP内において、「殉職」とは極めてイレギュラーなことであるのだ。驚くなと言うこと自体、無理がある。
「我々PNPに損失を被らせた遣闘士。それが、こちらです」
彼女は机上のディスプレイを回して、二人に見せる。
「“ウーマ”――彼女はそう名乗っていました」
ディスプレイに映っていたのは、桃色の髪を後頭部でまとめた女性の静止画だった。彼女はパルヴァティと名乗っていた、あの遣闘士と酷似した白い装甲を纏っている。挑発的な笑みを浮かべており、好戦的に見えるその顔は、どこにでもいそうな至って普通の女性のものだ。歳は自分とほとんど変わらないだろう。
ただ、一つだけ目を引くものがあった。
「……これは、恐いですね」
それは彼女の武器だ。彼女が装備しているのはエアライドではなく、両手に固定された金属製の、長い鉤爪。鉤爪の長さは一メートル近くもある。
こんな物騒なもので引っ掻かれたらたまったものではない。マイティは身震いした。
「恐ろしい武器ですよ。一人は文字通り八つ裂きにされましたからね」
「文字通り、ですか。そんな奴からどうやって……発電所を?」
「先行部隊が退却したそのすぐ後に、香車・ランドルフの部隊が出動を命じられ、結果、発電所を奪還することに成功しました」
「ランドルフさんが?」
思い寄らぬところでかつての上司の名前が出てきたため、マイティは驚く。
「ですが、ランドルフさん自身、射撃寄りの武装棋士です。今の話を聞くと、発電所は光線銃の類いは使えないはず。いったいどうやって?」
「緊急だったためカメラを付けることが出来なかったので詳細はわかりません。彼曰く、“リボルバーで撲っていたら何とかなった”、だそうです。それでも遣闘士を逃がしたことには変わりは無いのですが……」
「何というか、さすがですね」
マイティは感嘆を漏らす。するとキールが横から訊ねてきた。
「お知り合いなんですか?」
「ああ。俺の上司だ。昔の、な」
かつての上司が今も活躍しているのだと思うと、何だか嬉しくなってくる。何となく、マイティは誇らしい気分になった。
一方、メイヴィスはどういうわけか機嫌を悪くしていた。彼女はディスプレイを戻すと、次の話題に入った。
「次に、食料備蓄庫にてMALUSのものと思われる予備の装備数セットが隠されているのを発見しました。それがこちらです」
メイヴィスは机の下からジュラルミンケースを取りだし、机上に、二人の目の前に置いた。二つの留め金を外すと、彼女はケースの中身を見せる。
「これは、あのヘルメット達の装備ですね」
中を覗き込んで、キールが呟いた。
ケースの中に入っていたのは、蛇柄の白いケープとヘルメット、白濁色のRS、ゴムひもの束のような何かの四点セットだ。どれも浄水場で見た覚えがあるものばかりだ。
マイティをゴムひもを手に取ってみる。弾力性に富だ、半透明のケーブルだ。握ってみると、あっさり押し返される。
「強化ギプスか、これ?」
「そのようですね。とはいっても粗悪な模造品に過ぎませんが……」
「模造品?」
「ええ。彼らが使用していたものは、我々PNPの装備の劣化版です。ご覧の通り、強化ギプスは装甲が無く、パワーケーブルのみのものでした。また、RSに至っては、プラズマモードが搭載されていない、ただの電気棒。しかも水晶体の強度は我々のより数段下です」
「見たところ、二種とも現地で装着する仕様のようですね。手帳に召喚してもらうのに比べて、手間がかかりそうです」
手に取った劣化版RSを見て、キールはそう分析した。
「彼らの技術力ではこれが精一杯なのでしょう。単体では恐れるに足りません。単純なスペック比較では、あなた達武装棋士に分があります。しかし、この装備、確かに性能的に劣ってはいますが、“低コストで量産しやすい”という利点があります」
「つまり数で圧倒される、ということですか」
「そうです。少数精鋭の私達への対抗策でしょうね。MALUSがこのようなものを用意している以上、五年前と違って今回は本気で反政府組織として全面戦争を仕掛けるのでは、と上層部は考えています。二人とも、この事は頭の片隅に入れておいてください」
「了解」
「了解です」
マイティはケーブルをケースに戻す。遅れてキールもRSを丁寧にしまう。
さて、とメイヴィスはついでにといった感じで付け加えた。
「次に歩兵・オルカのことなんですが――」
「失礼しました」
上司の部屋を出ると、二人は暗い顔を見合わせる。一人は純粋に仲間を心配しているためだ。そして、もう一人はというと……
「あいつ、何考えてるんだ……」
“かつて”の部下へ、怒りを再燃させていた。
「……大丈夫なんでしょうか」
心配そうに訊ねるキールに、マイティは「わからん」と素っ気なく答えた。
彼は上司の言葉を思い出す。
『現在、歩兵・オルカは留置所にて黙秘を貫いたままだそうです。歩兵・キールの報告では、彼は管制室にて誰かと連絡を取っていたとの事ですが、その相手が誰なのかという情報は今のところ入手できていません。監査部は“なかなか口を割らない”とぼやいていました。多少の尋問では声を上げないようです』
上司の話によれば、自分が謎の歩兵の襲撃を受けている間、もしくは襲撃後、キールがオルカを発見したらしい。オルカは特に抵抗を示すことなく、敵前逃亡であっさりと逮捕。留置所へ護送するのに手間はかからなかったそうだ。
「彼、どうしてるんでしょうね」
ポツリとキールが呟く。
「あれから私、何度か留置所へ行ったのですが、いつ来ても面会謝絶でしたので……。隊長は彼に会えましたか?」
「いや、会ってないな」
「……そうですか。残念です」
キールは表情をますます暗くした。
留置所に来たのなら自分のところにも来て欲しかった――マイティがそう思ったのは言うまでもない。改めて自分の人望の無さを痛感した。一人で。
二人は俯く。
そして数秒後、
「こんなところで立っているのもなんですし、どこか座れる場所へ行きましょう」
部下の気の利いた提案に、マイティはただ頷いた。
通路の脇に位置する休憩スペース。プラスチックのベンチと自販機が一台ずつ置かれた狭い空間に二人はいた。
マイティは壁に寄りかかったまま、ベンチにちょこんと座っている部下を見下ろす。
「新メンバーの件、どう思う?」
「歩兵・ジョウズの事ですか? そうですね。射撃の腕は確かなので、病弱である点を除けば、彼は十分な戦力になると思います。性格は比較的穏やかで、協調性を持ち合わせているため、隊が乱れたりすることは無いでしょう」
「ただ、その場合、三人とも射撃ってことになるんだよな。バランスが悪い」
「ですが、隊長は確か接近戦もこなせましたよね?」
「いや。あれは単に銃身でぶん殴ってるだけだから。こなせると言えるのかどうかはちょっとなあ……」
マイティは溜め息をついて、「あーあ」と天井を見上げた。
上司から告げられたのは、オルカの除隊、そして彼の入れ替わりとして、新しいメンバーを一時的に預かれとのことだった。そのメンバーとは、同僚グレイスの部下――歩兵・ジョウズ。
『香車・グレイスは、明日からしばらく郊外のブロックへ出向します。ただ、部下の一人が体調を崩したため、やむを得ず彼を本庁に残していくことになりました。というわけで、彼女が不在の間、しばらくあなたが預かってください。ちょうど一人、欠員が出たばかりですからね』
これ幸いと言わんばかりの上司の言葉を思いだし、マイティは不快感を現す。
「なんで俺が他所の奴を預からなきゃいけないんだ? しかもあいつの部下を」
ようやく慣れてきたと思ってきたところに、また新たな異物が入ってきた。面倒な事この上ない。しかも、今度は新卒ではない。他人の下にいたことのある奴だ。そんな奴がうちの隊に入ってくれば間違いなく、自分と上司を比較するだろう。
それを考えるだけでもう頭が……。
「納得できません」
ふと、キールが言う。
「どうして彼が隊から外されなければいけないんですか? まだ何もわかっていないのに」
「どうしても何も……」
怪しいから。そうとしか答えられない。しかしキールのどことなく不安げな表情を見て、マイティは言うのをためらった。
やはり同期としては彼の無実を信じたいのだろう。だが、任務中に姿を消した上、事情も話さずにただ黙っているだけのような奴を一体誰が信じるのか?
誰も信じるわけがない。自分も含めて。
「まあ、もし無実ならその内解放されるはずだから、あんまり心配するな。心配したところで状況が変わるわけではないんだからな。だから、あいつが戻ってくるその時まで、やるべき事を一つずつやっていくしかない」
「そう、ですね」
心にもないことを言ってみたが、どうやら効果はあったようだ。彼女はいくらか安心したようで、クスッと笑った。
「隊長、まるでグレイスさんですね」
「え?」
予想していなかった言葉に、マイティは目をぱちくりさせる。何故、今ここで彼女の名前が出てくるんだ?
「グレイスさんもよく言ってました。どんな状況に置かれても、目の前のすべき事を片付けていく――その姿勢が大事なのだ、と。本庁に配属されたばかりの頃にそう教わりました」
少し元気を取り戻した彼女はそう言った。その尊敬の眼差しは、今この場にいない同僚の姿を映している。
「確か、隊長もグレイスさんと同期でしたよね? お二人とも、やはりそういう風に教えられてきたのですか?」
「……まあ、そうだな。うん、そうだ」
上の空で、マイティは適当に返事をした。
……あいつ、本当に世話好きだな。昔からそうだ。訓練生時代も、頼まれてもいないのに新入生相手にいろいろやっていた。今や香車の地位にあるのだから、自分の部下の面倒だけを見ていればいいものを。
「……身体、壊したって知らないぞ」
思わずそんな言葉が口から出てきた。
「はい?」と、キールが目を丸くする。
「あの、隊長?」
「ん? ああ、すまない。そうだな。じゃ、取り合えず……、」
我に返った彼は、ふとこんなことを思った。目の前の部下とはこれから先、長い付き合いになるだろう、と。
彼は拳を握りしめる。
やってやる……。俺だって、グレイスと同じ隊長なんだ。オルカは失敗したが、彼女だけは……。
スゥッ、と息を吸って、マイティはゆっくりと、しかし落ち着いた声で言った。彼の口から出てきたのは、極めてありきたりな言葉だった。
「今日も一日、頑張ろう」
「はい」
相変わらず表情らしきものを見せないキールだが、その目はマイティへ真っ直ぐと向けられていた。
上司と部下――。
二人は一緒に足を踏み出した。
第壱章 遣闘士編《了》




