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第15話「伏兵」

「……というわけで、早急に護送部隊をこちらにやってください。あと、この辺の自警団も。……はい。当初の目的は達したも同然です。後は、オルカの捜索だけです。彼には何度か通信を試みているのですが、一向に連絡が取れません。え? それはちょっと大げさでは……。はい、わかりました。それではサー・メイヴィス、よろしくお願いします」

 端末をしまうと、マイティは苦々しい表情を浮かべ、足元に転がっていた破片を蹴っ飛ばす。

 戦闘開始からそんなに時間は経っていないのだが、日はすっかり暮れて、夜空には星が瞬いていた。隅に設置された照明が、屋上の白いコンクリートを照らす。

銀将(シルバー)の方は、何と?」

 様子を窺っていたキールが訊ねる。

「拘束せよ、とさ。敵前逃亡の容疑で。クソッ、あの野郎、面倒なことしてくれる」

「やれやれ。人望の無い上官は大変ですね」

 人を小馬鹿にする発言に、マイティは振り返る。

 コンクリートの上に座った、片耳の遣闘士(アンバサダー)はにやにやとこちらを見ていた。その頬には、かつて耳があった場所から口にかけて横切る黒い傷がある。キールの光線(レイ)ボウによるものだ。傷口は焼かれたとはいえ、耳の辺りはダメージが深いようで、ちろちろと血が滴っている。

「耳持ってかれた割には随分と元気なんだな。もう一つ、もぎ取ってやろうか?」

 マイティはパルヴァティの、今だ健在している左耳を睨み付ける。汚物を見るような目を向けられた相手は「ククク、」と腰を曲げて笑った。

 彼の両手は後ろに回され、その手首には頑丈そうな手錠が嵌められていた。身動き取れないその姿は、何とも惨めなものだ。

 のはずなのだが、その顔には笑みを浮かべており、どこか余裕を感じさせる表情だった。

 薄気味悪い野郎だ。

「……隊長、相手にするだけ時間の無駄です。それよりもオルカの件をどうにかしませんと」

「それもそうだな」

 マイティはパルヴァティからキールへと視線を戻す。

「よし。じゃあ、早速……、早速、」

「どうかしましたか?」

 言葉が続かず、「あー」とマイティは頭を掻いた。

「その、すぐにでもオルカの捜索を始めたいところなんだがな。ちょっとした問題が」

「もしかして――」

 キールがパルヴァティを一瞥する。マイティは頷いた。

「その通りだ。護送車が来るまで、容疑者をほったらかしにするわけにはいかない。俺達はここを離れられないんだ」

 少人数制の故の欠点といったところか。少数精鋭は大人数で動くよりも目立たず素早く行動できるという利点がある。その一方で、こうした数が必要な場面では行動が制限されてしまう。今、二人はその壁にぶち当たっていた。

 当初、遣闘士(アンバサダー)の逮捕を目的とした三人チーム。予め上司に警告されたとはいえ、そのうちの一人が欠け、こうして捜索する羽目になるなど、マイティは思いもしなかった。

「……メイヴィス(あいつ)は予想してたってわけか」

 端末で彼女と話していた時のことを思い出す。やっぱりな、という口振りで淡々と指示を下していた上司に、マイティは反感を覚えはしたが、現実は彼女の予測した通りになった。

 さてと、どうしたものか。

 自警団や護送車が来るまで、のんびりと待っているわけにはいかない。かといって、せっかく捕えた容疑者を放置していくわけにもいかない。

 となれば、一人がここに残り、もう一人が捜索に行くしか……。

「私が、行きます」

「ん? どうした、突然」

「一人がここに残り、もう一人が彼の捜索に行く。今の状況では、これしかありません。それを隊長は考えていたのでしょう?」

 マイティは驚いてキールを見る。

 何て勘の鋭い奴なんだ。エスパーか、こいつは。

 マイティは感心しつつも、すぐには了承しなかった。

「でも、一人じゃ危険だ。あの時連中は“撤退”とか言っていたが、奴等が施設内から去ったとは限らない。むしろ今も潜んでいる可能性だってある。それにオルカが――」

「心配性ですね」

 顔を青くする上司に、キールは微笑む。

「ですが、このままでは何も解決しません。どちらか一人がやらなくてはいけないんです」

「だけど……」

「危険は承知の上です。ですが、私も武装棋士(アームド・ナイト)です。ちょっとやそっとでは負けません。それに――、

 彼のことは私の方がよく知ってますから」

 最後に、キールはそう付け加えた。

 自分が行く、と頑として譲らない部下にマイティはついに折れる。

「わかった。じゃあ、俺はここで待機しているから、キールはオルカの捜索を頼む。危機に陥ったら、すぐに連絡しろよ。いいな」

「了解です。では――」

 ふわりと舞う栗色の髪。彼女はマイティへ背を向けると、右手に持つ光線(レイ)ボウのグリップに左手を添え、施設内への扉へ向かっていった。

 背中の「歩兵」の二文字が扉の向こうへ消えてから、マイティは面白半分に言う。

「私の方がよく知ってますから、か。妬けるなあ」




 キールが出掛けて十分が経過。

 マイティは苛ついていた。

「遅いな」

 停止したエアライドの上であぐらをかきながら、彼は屋上から望む光景と腕時計を交互に確認する。

 もうそろそろサイレンが聞こえてきてもよさそうな頃なのに、一向に来る気配が無い。護送車の方は本庁から直接出動するため、その時の交通状態によって遅れることもあるから別に気にしてはいない。問題は自警団の方である。現地の自治体で組織されている彼らなら、すぐに駆けつけてもよさそうなのだが……。

 彼はため息をついて、パルヴァティの方へ目をやった。片耳の遣闘士(アンバサダー)は頭を垂れており、微動だにしない。照明の灯りを受け、青白い頭頂部がぼうっ、と浮かび上がっている。

 なんとなくだが、キールがオルカの捜索を志願した理由がわかったような気がした。自分を傷付け、そして自分が傷付けた相手と二人っきりになるのは、気まずい以外の何者でもない。

 ただ待つ事にイライラしてきた彼はショットガンを取り出し、銃口をパルヴァティへ向けてみる。聞き出したいことはいくらでもあるのに、何言っても相手は返事の一つもせず、ただにやついているだけだった。いっそのこと銃で脅してみるかという考えが彼の頭をよぎるが、すぐに小型カメラが装備されたチョーカーの存在を思いだし、銃口を下ろす。

 遣闘士(アンバサダー)の監視以外することがない彼は、部下達の事が気掛かりだった。

 キールはオルカと出会えたのか。そして、オルカはどうして姿をくらましたのか。

 彼女からの連絡が来ないということは、まだオルカとは会えていないのだろう。あるいは、とても連絡出来るような状況ではない、か。

 最悪のケースを考えれば考えるほど、じっとしていられなくなる。だが、すぐにでも施設内へ戻りたい衝動をマイティは何とか抑えた。下手に動いて遣闘士(アンバサダー)を逃がすようなことになれば、それこそ洒落にならない。ここは部下(キール)を信じて、待つべきなのだ。

「そう、待つべき――、ん?」

 ピタリ、とマイティは息を止める。

 今、視界の隅で何かがちらついた。

 ショットガン片手に彼はゆっくりと立ち上がる。

 目を凝らす。

 照明に照らされていない暗がりから、何かが出てきた。

 球だ。

 ゴルフボール大の黒い球体が、遣闘士(アンバサダー)の元へころころと転がっていくのが見えた。

「お前、何してるッ!?」

 すぐさまパルヴァティへ跳び寄り、マイティは銃口を彼の頭へ突き付ける。

「……ク、ククク」

 パルヴァティは肩を震わせる。

 何が可笑しいッ!

 マイティが怒鳴ろうとした、まさにその時、

 転がってきた球体から真っ黒な煙が、一気に噴き出した。

「煙幕ッ!?」

 マイティは咄嗟にパルヴァティから距離を取る。だが、着地と同時に「プチリ」と何かが潰れる感触が……。

 直後、足元からも煙が噴き出した。煙の噴き出す勢いは思いの外凄まじく、マイティはあっという間に煙に呑み込まれた。視界は全方位を煙によって塞がれる。突然の事に彼は慌てるが、すぐに平静を取り戻して、ゴーグルのレンズを下ろした。

 これで少しはマシになった。

 突き飛ばされた瞬間、マイティは確かに見た。 マイティはショットガンを握り締めると、モクモクとした黒煙をかき分け、遣闘士(アンバサダー)の姿を必死に探した。おそらくこれはMALUSの仕業。危機に陥った同胞を救うために行ったと考えて間違いはないだろう。

 ここは全力で阻止しなければならない――、といきたいところだが、煙が次から次へと噴き出し、彼は右も左もわからなかった。

 彼が右往左往しているところ、

 斬ッ

 突如、金属を焼き切る音が後方から聞こえてきた。

「まさか……!」

 振り返る暇は、与えられなかった。

 突然煙の中から飛び出してきた何かに、マイティは突き飛ばされる。

「ッ……!?」

 この、突き飛ばされた瞬間、マイティは確かに見た。煙から現れ、ふたたび煙の中へ消えていった――


「歩兵」の文字を。


 そのまま尻餅をつくマイティ。そして、そのすぐ後にエアライドの起動音が空気を震わせるのが聞こえた。遣闘士(アンバサダー)だ。

 すぐに立ち上がり、耳を頼りに敵の位置を特定しようと試みる。せっかく捕らえた敵をこんな所で逃がすわけにはいかない、のだが、視界の取れないこの状況ではどうしようもなかった。闇雲にショットガンを乱射するものの、いたずらに体力を消費したに過ぎなかった。

 自分以外の気配が消えてからだろうか。煙が徐々に晴れていき、視界が元に戻る。遣闘士(アンバサダー)の姿はどこにも見当たらない。屋上には、マイティが一人ポツンと取り残されていた。

「さっきのは、武装棋士(アームド・ナイト)、……か?」

 誰もいない屋上を眺め、マイティは呟く。

 任務前に上司と打ち合わせていた作戦――“遣闘士(アンバサダー)の捕獲”は、失敗に終わった。しかし今、彼の頭は作戦の失敗よりも別の事で大半を占めていた。

 煙の中で見た、「歩兵」の背部装甲。自分と遣闘士(アンバサダー)しかいなかったはずのあの場に、なぜ歩兵(トルーパー)武装棋士(アームド・ナイト)がいたのか?

 今回この施設に派遣されたのは自分、とキールとオルカの三人だけ……。そして歩兵(トルーパー)の強化ギプスを持つのは、彼ら二人だ。

 上司の言葉が頭に甦る。

『単刀直入に言います。歩兵(トルーパー)・オルカに気を付けなさい。“内通者”の可能性があります』

『留置区域と同種のウイルスを用いての通信回線の改竄。このことからして、Oブロックでの殺害事件もMALUSが関わっていると判断してもよいでしょう。そして、ウイルスは明らかに本庁内部から持ち込まれたものでした』

「やっぱりメイヴィス(あいつ)の言う通り、って事なのかよ……」

 正義感が強く、しかし傲慢無礼な部下の後ろ姿をマイティは思い出す。

『ったく、わかったよ。お前の指示に従ってやる』

『え? ……それ、本当か?』

『ああ、本当だ』

 そう言ってくれたにも関わらず、彼は任務中に姿を消した。おかげで自分達二人は生きるか死ぬかの窮地に陥った。それから彼とは一向に連絡が取れない。そして煙の中から現れた、あの「歩兵(トルーパー)」は……。

 マイティの彼への疑惑は膨れに膨れ、留まるところを知らない。まして遣闘士(アンバサダー)を逃がしてしまった今では……。


 ようやく待ちに待ったサイレンの音が聞こえてきても、マイティはその場を動けずにいた。

 何故、自分は上司に対して、あんなに反発していたのだろうか? 部下一人、ろくにコントロール出来てないくせに……。

「どうしよう……、これから」

 途方に暮れ、呆然と立ち尽す彼を、白色光の照明が容赦無く照らす。


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