第1話「怖いもの知らずの新人達」前編
午後九時。
ネオンカラーの看板が彩る、夜の繁華街。
しとしとと降る雨の中を行き交う傘の数は、ラッシュアワーを過ぎたためかあまり多くはない。
人通りの多い道からやや離れた所にある、テナントビル。人目を引く、ピンク色の蛍光看板には「クラブ・スパイラル」と黄色のネオンで描かれている。
この幻想的に彩られたビルの前に一台の車が停まる。
開かれるドアから降りてきたのは、ライトグレーのスーツを着た、三十代の男――クロード。
金のネクタイピン、金の腕時計など、全身に渡って金のアクセサリーを身に付けている。一本だけだが、歯も黄金色の輝きを放っている。
霧雨を気にする素振りさえ見せない彼の後ろに、四人の屈強な男達が付く。窮屈そうなスーツを着ている彼らはサングラスを掛けており、人を寄せ付けない雰囲気を出していた。
クロードは頭だけを車に向けると、運転手に言った。
「それじゃ、しばらく遊んでくるから適当な所で待っていてくれ。帰るときに呼ぶから」
中にいる初老の運転手は黙って頷き、車を静かに発進させた。
車を見送ると、クロードは黒服達に言う。
「では、行こうか」
黒服達は無言で頷き、五人はビルの中へ入っていった。
「いらっしゃいませ、スミス御一行様」
ビル七階にあるクラブ・スパイラル。
露出度の高い服装をしたホステス達に、クロードは笑みを返す。白いドレスを着た案内役のホステスに連れられ、彼らはいつもの部屋部屋へと案内される。
カラオケでも歌っているのだろう。お世辞にも上手いとは言えない中年男性の歌声とホステスのコールが聞こえる。他の客とホステスの笑い声を聞きながら、彼らはいくつもの部屋の前を歩いていく。
ここはやや複雑な構造になっているため、目的の部屋へ行くのに時間がかかる。狭い空間を広く感じさせるためであり、より有効に活用するためでもある。そして彼らが予約している部屋はその迷路のような空間の奥にある。 何度も角を曲がり、ようやく扉の前に辿り着く。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、このクラブ一番の高級ルーム。
ホステスのしなやかな手が部屋の扉にかかる。刹那的な快楽への期待にクロードは胸踊らせる。
これから始まるのは、女性達との楽しい一時。日常の疲れを忘れさせてくれる、つかの間の娯楽。
ホステスが扉を開ける。
照明の暖色系の明かり、こ洒落たインテリア、座り心地の良いソファ等が三人の目に飛び込んでくる、はずだった。
「ようやく来たか、クロードさん」
扉を開けて真っ先に目に入ってきたのは、ソファに腰掛ける二人の男女の姿だった。
思いもしなかった先客の出現に、クロードは目をぱちくりさせる。ここは彼ら自身が予約した部屋だ。当然のことながら、その部屋に予約した当人達以外の客がいるなど普通考えたりはしない。
「いったい、どういうことだ?」
突然の事態に困惑しつつもクロードは、二人の先客を交互に見た。
先客は二人とも紺色のジャケットを着ていた。クロードに声をかけてきたのは、男の方だ。歳は十代後半か二十代。室内だと言うのに、頭にゴーグルを着けている。リラックスしているように見えるが、クロード達を見る目は笑ってはいない。
もう一人は、薄紫色の美しい髪を腰まで垂らした、若い女性。こちらも年齢は十代か、成人になりたてか。あどけなさが残る顔立ちで、男とは逆に背筋を伸ばして座っている。
二人の姿を確認すると、クロードは側にいるホステスを「おい」と睨み付ける。
「何だ、これは。この部屋は俺が予約したんだぞ! それなのに俺達以外の奴を招き入れるとは、一体何を考えている!」
怒鳴るクロードにホステスは俯いて、ただ一言「申し訳ありません」と頭を下げる。
なおも怒鳴ろうとすると、ゴーグルの青年は「おい、おっさん!」と声を上げた。
「あまりその人を責めんな。俺達が無理言ってこの部屋に入らせてもらったんだからな」
この一言でクロードの怒りの矛先はホステスから青年へと向けられる。
「お前、ガキの分際で何なんだ? 一体どういうつもりでこの部屋に居座っているんだ?」
彼の問いに青年はすぐには答えない。代わりに隣の少女がゆっくりとジャケットから何かを取り出した。
「私達は、こういうものです」
見せつけるかのように掲げたのは、黒い手帳。
手帳の黒い表紙に輝くのは、金色のロゴ――どっしりした印象を与える、変わった五角形のマークだ。そしてその上には、黒文字のアルファベットがはっきりと記されている。
“PNP”
「PNP……!」
黒服の一人が顔を引きつらせる。クロードは苦虫を噛み潰したような表情をして、手帳のロゴを睨んだ。
治安維持組織PNP――正式名称はPieces for National Peace。この国、エデナにおける治安を維持するための行政機関だ。
照明の光を受け、ロゴから反射光が放たれる。国家の威光とも呼べる、金色の光に黒服達が僅かに気圧される。
「――で、PNPが俺に何の用だ?」
クロードはなるべく平静を装って訊ねる。
少女は手帳を再びジャケットへ入れると、にこりと笑って言った。
「クロード・スミス。国家反逆の容疑であなたを逮捕します」
直後、黒服達が動く。彼らはクロードを庇うようにして、二人の前に立ち塞がった。
視線が互いに交差し、静かな空間を凍りつかせる。双方とも身動き一つ取らない。いつまでも続きそうなこの状況、中断されるのにそう時間はかからなかった。
「反逆? 俺が?」
先に沈黙を破ったのはクロードだった。彼は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「平民の倍の税金を払っていて、この辺の有権者から支持されている、エデナの為に身を捧げると誓った元老院議員である、この俺がか?」
クロードは笑いだした。笑い声が室内に響き渡るも、少女は眉一つ動かさない。貼りつけたような冷たい笑みを浮かべているだけだ。
一旦、笑い終えるとクロードは今度は二人を威圧するかのように叫んだ。
「ガキの癖にふざけた事言ってんじゃねーぞ。一体、何様のつもりだ! 誰に向かって口訊いてるんだ! お前らの飯は俺達の血税から出ているんだぞ! 下らねーことやってないで、ちゃんと仕事やれ、この税金泥ぼ――」
「反政府組織MALUSへの投資、そして彼等への重火器の提供!」
突如割って入ってきたゴーグル青年の声に、クロードは言葉を中断される。一瞬呆気に取られた彼を見て、青年はニヤリと口元を歪める。
「心当たり、あるよな? クロード・スミス!」
ぐっ、とクロードは息を詰まらせる。
心当たりあるなんてものではない。大当たりだった。
冷や汗を額に浮かべるものの、クロードは肩をすくめてこう答えた。
「子供が何言っているんだか……。さっぱりわからないな」
「ほーう、惚けるつもりか?」
青年はやや身を乗り出す。
こいつは厄介なやつだ。
クロードは内心で舌打ちした。
青年の、こちらの反応を面白がる様子が気に食わない。
「自分のしたことがよくわからないなんて前代未聞だな。仮にも元老議員なんだろ? もう子供じゃないんだからさ」
青年はクックックと意地悪く笑うと、隣のソファに座っている少女へ振り返る。
「グレイス、バトンタッチ」
グレイス、と呼ばれた少女はソファから立ち上がると、黒服達の向こうにいるクロードを見据える。
「あなた達が流した武器で大勢の人が亡くなりました。それについてはどうお考えなのですか?」
「あ?」
「先日の無差別テロに使われた爆弾はあなたが流した物ですよね? 後、テロリスト達が使っていた光線銃も。人殺しの手伝いをするとは、どんな気分なんでしょうね。他人の血で利益を得ようとする人種の考え方はよくわかりませんが」
微笑んではいるが、目が凍てついたように冷たい。
クロードの背筋に寒気が走る。しかし、すぐに「こんな子供相手に……」と自らを奮い立たせようと、虚勢を張った。
「嬢ちゃん、いい加減なことを言ってんじゃねーぞ。そんな根も葉もねーデタラメを人様に押し付けて、挙げ句の果ては悪党呼ばわりするなんてよ。そーゆーことは証拠を見つけてから言え!」
「と、ここで誠に残念なお知らせです!」
ここぞとばかり、青年が勢いよく立ち上がった。
「な、何だ、いきなり」
「さっき俺達の上司から連絡があってな。どうやら見つけたみたいなんだよ」
まさか……!
クロードは恐る恐る聞き返した。
「……見つけた、って何をだ?」
「何って、そりゃあもちろん――、お前がMALUSの連中と仲良くやってる証拠に決まってるじゃないか」
ぐらりと視界が傾いた。それが足から力が抜けたためだと、すぐには気付かなかった。
「そ、……そんな馬鹿な。いったいどうやって!?」
「俺の上司がさ、お宅に邪魔したんだよ。そしたら、いろいろ見つかったってさ。例えば、お前が使っていた投資、武器の闇ルートのデータとか。MALUSの組織の構成図とか。……あと、お前が組織の数多いスポンサーの一人だってこともはっきりした――って言ってたな」
「……ッ!」
クロードはわなわなと身体を震わせる。
「か、勝手に、人の家に上がったって言うのか……。不法侵入だろ、それは!」
「いいえ」少女が否定する。
「ただの合法的な家宅捜査ですよ。それに、あなたには逮捕令状も出ているので問題ありません。容疑者の家を捜査するのは、ドラマでもお馴染みでしょう?」
クスッと彼女は笑った。
対して、クロードはすっかり顔を青くしていた。
逮捕、令状だと?
この俺にか?
「そういうこと。まあ、前置きはこれくらいにして、俺達とご同行願おうか」
にやにやしながら青年は手帳を取り出した。東洋のチェスを象ったロゴが強烈に光輝いている。どう見ても照明の光を反射しているだけとは思えない。
「あ、あ」
まずい。
かなり、まずい状況だ。人生最初にして最大の……。
「ちょうどいい機会です。この際、ゆっくり頭を冷やしたらどうでしょうか? あそこは考え事をするには絶好の場所ですよ、独房の中は」
少女の手帳もロゴを輝かせる。
一歩、また一歩とクロードは後ずさる。
逃げないと、早くここから逃げないと。
「お、お前ら……」
黒服達が袖から金属製の棒を取り出す。
少女と青年の二人は手帳のロゴを黒服達に見せつける。
掠れるような声でクロードは黒服達に命じた。
「そいつらを、やっちまえ!」
と、その時だった。
「「ターン、アップ!!」」
パスワードと同時に、二人の手帳から光が洪水のように溢れだした。
強烈な眩しさにクロードはもちろん、サングラスを掛けた黒服達までもが腕で目を覆った。
光はすぐに弱まっていき、クロード達は顔から腕を下ろす。するとそこには、
鈍色の装甲を纏った、二人の姿があった。
「強化ギプス装着、完了!」
上半身へ胸―肩―小手―拳、下半身へは腹―ベルト―膝―脚へ、と、ジャケットの上から局所的に装着された装甲。その各々を繋いで走っている、動脈のような黒いケーブル。そして背部装甲に書かれた『歩兵』の二文字。
その姿は紛れもなく、“国家の駒”とも言われるPNPの特殊戦闘員のものだった。
その名も――
「武装、棋士……」
クロードは息を呑んだ。
「さて、と」
いつのまにか青年の手には、ソードオフの水平二連ショットガンが握られていた。
彼は銃身をポンポンと叩きながら言う。
「かかってきな、ドブネズミ共」




