第13話「舞うは鋼鉄の翼」後編
最初に動いたのは、パルヴァティと名乗った男だった。彼はエアライドを駆り、マイティへ急接近する。
マイティはすぐさま引き金を引く。光弾がエアライド目掛け飛んでいく。
「フッ」
自身に向かってくる光弾を避けようとはせず、パルヴァティはエアライドの裏面を光弾の方へ、くるりと向ける。防御シールドとして機能する面に光弾が当たり、弾かれる。そしてその体勢のまま、マイティの方へ向かってきた。
こちらへ腹を向けながらの突進。敵のエアライドはまさに攻防一体の武器だ。
正面からの射撃が無意味とわかると、マイティは撃つのを止め、真上へ跳ぶ。マイティは何とかギリギリ敵の突進を避けることに成功する。彼はそのまま空中で上手くバーニアを制御しながら振り返り、パルヴァティの無防備な背目掛けて、光弾を撃ち込む。
「そう来ますか」
パルヴァティは自身を軸に空中で半回転し、後ろから迫っていた光弾をエアライドで尽く防御した。
なんて操縦技術だ……。
マイティはバーニアのスイッチを切り、素早く着地する。さすがに遠距離主体のキールを打ち負かしただけの技量はある。遠距離からの攻撃では決定打にならない。
エアライドが再び元の体勢、すなわち裏面を地面へ向けた通常体勢に戻る。そして砲門から光弾が発射された。
施設内と違い、今回は辺りに身を隠せるような障害物が無い。マイティは右に跳んで、銃撃をかわす。
だがパルヴァティの攻撃はそれでは終わらない。彼は光弾を発射しながら、エアライドを回頭させる。光弾の列がマイティの後を追うようにして迫ってくる。
マイティはパルヴァティを中心に、円を描くように走り出した。光弾の列が彼を追う。螺旋を描くようにして徐々に中心部へと近づいていき、
「今だ!」
マイティはバーニアを全開にし、パルヴァティへ飛び掛かった。その勢いに乗せて、ショットガンの銃身をパルヴァティの頭頂部目掛け振り下ろす。しかし、
「おっと危ない」
銃身が触れるか否かのところで、瞬時にパルヴァティの身体が横へ動いた。緊急回避用の噴射装置でも働いたのだろう。銃身は標的の頭部には当たらず、肩をかすった。
「チッ」
そのままパルヴァティの横をマイティは素通りしてしまう。着地したマイティは振り向き、パルヴァティへ銃撃する。無駄だと言わんばかりに、パルヴァティの駆るエアライドは宙を舞って、光弾を防いだ。
すぐマイティは場所を変え、パルヴァティ目掛け光弾を放つ。パルヴァティはまたも防ぎ、お返しとして砲門から光弾を放った。マイティはそれを避け、またパルヴァティ目掛け……、というのが繰り返し続いていく。
一瞬も気が抜けない攻防、のはずなのだが、マイティがワンパターンな攻撃を繰り返してばかりいるためか、パルヴァティの表情に苛つきが現れてきた。
「いい加減諦めたらどうです?」
パルヴァティはエアライドで突進する。が、マイティは跳躍して、これをかわす。そして空中で一回転して、降下しながら光弾をまばらに発射する。
上空からの攻撃に、パルヴァティはエアライドの腹を向けることで対処する。今までにも何回も繰り返されてきたこのパターン。武装棋士との戦いを楽しみにしていた彼の顔に、失望の色が出てきた。
「こんなものですか」
エアライドから伝わる光弾の衝撃を両足で感じながら、パルヴァティは呟く。
「そろそろ終わらせてあげま――」
しょう、とは続かなかった。
エアライドを元の体勢に戻した彼の目に飛び込んできたのは、
銃身を勢いよく振り下ろすマイティの姿だった。
「なっ……!?」
咄嗟にパルヴァティは右腕で顔を防御する。あまりに突然であったため、エアライドを動かすより早く、反射的に手が出てしまったのだ。
彼の右腕に漆黒の銃身が容赦なく振り下ろされた。
純白の装甲が悲鳴を上げる。破壊されるには至らなかったが、衝撃までは防ぎきれない。結果、彼の身体は仰け反り、エアライドのバランスが大きく崩れた。
これはチャンスだ。
マイティはそのまま銃口を相手の腹部へ押し付ける。
「俺の、勝ちだ!」
引き金を引いた。
銃声と共に、銃口と腹部装甲との接着面から光が溢れる。
「がはっ……!」
パルヴァティの目が見開き、衝撃が彼の身体をエアライドから叩き落とした。同時にマイティの身体が反動で後ろに押される。
操縦者のいないエアライドはきりもみしながら、屋上を飛び出していった。
屋上に降り立つと、パルヴァティが仰向けに倒れている姿が目に入る。
「桂馬」の脚力で、敵へ急接近してからのゼロ距離射撃。暴徒鎮圧用に出力は抑えてあるから、命を奪うには至らない。しかし超近距離での射撃はたとえ装甲越しであったとしても、かなりの衝撃になったはずだ。
「これで終わりだな」
肩で息をしながら、マイティはパルヴァティに歩み寄る。先の一撃が効いたせいか、パルヴァティは四肢を痙攣させたままで、起き上がる気配を見せない。
後は本庁に連絡して、留置場に入ってもらうだけだ。「決闘」などと向こうは言っていたが、MALUSの情報を握る重要人物を「撃退」という形で逃がすわけにはいかない。
早速、通信端末を取り出したところ、カリッと地面を掻く音が聞こえてきた。
見ると、パルヴァティが首だけを僅かに動かし、こちらを見上げていた。
「油断、してましたよ……。まさか体勢を戻す間の僅かなタイムラグを突いてくるとは、ね。さすがは武装棋士。自警団とは格が違います」
苦しそうだが、どこか満足している様子だ。
パルヴァティを黙って見下ろしていたマイティだったが、聞く価値無しと判断したのか通信端末へ目を戻す。
「――ですが、やはり詰めが甘いですね」
突如聞こえてきた、猛スピードで空を突っ切る音。
マイティは端末片手に振り向くが、その時には既に目の前まで迫っていた。
無人のエアライドが。
「え?」
声を上げることなく、マイティは弾き飛ばされる。胸部装甲がエアライドとぶつかり、甲高い音が辺りに響く。弾き飛ばされた身体は屋上を二、三転し、俯せに倒れる。この時、鼻を思いきりコンクリートと激突させてしまい、思わず涙目になってしまった。
「くそッ……、エアライドか」
情けない話だが、エアライドの存在をすっかり忘れていた。この件はもう解決したものとばかりに完全に油断していた。
口でも切ったのか、鉄の味がジワッと広がってくる。
マイティは起き上がろうと息を吸い込むが、胸にズキズキと痛みが走り、身体に力が入らない。装甲のお陰で骨が折れることはなかったとはいえ、不意を突いてきた一撃はかなりのものだった。
全身が一斉に麻痺したみたいだ。マイティは俯せになったまま身体を動かせずにいた。
「形勢逆転、ですね」
顔を何とか上げると、エアライドの上からパルヴァティが勝ち誇った目でこちらを見下ろしていた。まだ回復していないからか、表情がぎこちない。
「背後から不意討ちを仕掛けてくるなんて。何が決闘だ。卑怯だぞ……!」
パルヴァティを睨みながら、マイティは吠える。
「卑怯?」
パルヴァティは眉を潜めるが、すぐに表情を戻す。
「私はただ、最善を尽くしただけですよ。自身を取り巻く状況の中、いかに力を最大限に活用できるか。それをやってこその決闘であり、そしてそれが私の存在意義を示すことになるのです」
「……意味がわからない」
「わかる必要などありません。どうせ、あなたはここで死ぬのですから」
パルヴァティはエアライドの砲門をマイティへ向ける。
「それにしても本当に憐れですね、あなたは。同情しますよ。部下の一人には見限られ、もう一人は敵である私に捕らえられてしまっている。孤立無援とはこの事。この状況、全てあなたの無能さから来るのでは?」
「……ッ!」
マイティは唇を噛む。
「無能」、まさか敵からその言葉を直接言われるとは思わなかった。部下一人の行動も把握出来ず、戦闘中はまともに指揮も取れない。そして部下を危険に晒した上、今、自分は敵の足下にひれ伏している。
相手が言うように、これを「無能」と言わずして何と言うのだ?
次第に戦意喪失していくマイティを見て、パルヴァティは「あっ……」とわざとらしく言う。
「失礼。お喋りに時間を取りすぎましたね。では、これにて終わりです」
あえて狙いを定めるパルヴァティ。確実に自分を葬ろうとしているのが、マイティにはわかった。
砲門に光が集束していく。
何とかして逃げようとマイティは身をよじるが、身体は已然として動かせないままだ。幾分かはマシになったものの、自由に動かせると言うにはほど遠いかった。とても逃げられるような状態ではない……!
「万事休す、か……」
マイティの視線がゆっくりとパルヴァティからエアライドへ、そして目の前のコンクリートの方へと下りていく。
こんなところで終わるのか。オルカの真意もわからず、キールを助けることも出来ず、何もかも中途半端。これでも自分なりに精一杯やっていたつもりなのに……。
精一杯?
「さようなら……、武装棋士」
直後、鋭い銃声と共に、砲門から光が放たれた。




