第12話「舞うは鋼鉄の翼」前編
辺りから聞こえてくる呻き声。キールに射抜かれた者は腕や腿を押さえながら、その場にうずくまっていた。彼女の放った矢は見事貫通していたのだ。
さて、残りの九人はというと、RSを発光させながら身構えていた。ヘルメット越しから放たれる殺気。戦力差を見せつけられても、抵抗の意思だけはまだ残っているようだ。
「早いとこ容疑を認めて、投降した方が身のためだぞ。これ以上、痛い目に遭いたくなければな」
脅すようにマイティは銃口をちらつかせる。戦闘中に見せた緊張はすでに引っこんでおり、彼は不敵に笑った。それは勝利を確信している笑みだ。
先程三人と戦ってみてわかったのだ。彼らは何の戦闘技術を持ち合わせていない――ただの“素人”であるということが。毎日訓練に明け暮れているだけあって、マイティにはそれが一瞬でわかった。
何も恐れることはない。相手はまともな訓練を受けていない、ただの素人集団に過ぎない。
「格好つけて“決闘”とか抜かしていたが……、この勝負、俺達の勝ちだ。訓練すらまともにやっていない、素人のお前等じゃ、束になってかかっても俺達二人には敵わない。そんなお前等には、二つの選択肢がある。一つは、とっとと武装解除して俺達に大人しく連行されるという選択肢。もう一つは――」
一歩、二歩とマイティの方へ近づいていく一人の影。マイティはその姿を目に捉えつつも、声を張り上げた。
「このまま無意味な抵抗を続けて、一人一人潰されていくという選択肢だ!」
途端、敵の一人がRSを振り上げ、マイティに飛び掛かる! のだが、
「遅い」
銃声、と悲鳴。
橙の光矢が敵の足を貫いたのだ。マイティを狙った一撃は空振りに終わり、敵兵は彼の目の前に倒れた。
すかさずマイティはRSが握られた敵兵の右手を踏みつける。
これで四人目。いや、キールの仕留めた数を合わせると、九人目か。
マイティはRSを取り上げると、電源をオフにし、投げ捨てた。
「さあ、武装解除するか、戦闘を続けるか、どっちか好きな方を選べ、遣闘士共!」
「無論、戦闘の続行を希望します」
突如、、紳士的な青年の声が頭上から聞こえてきた。
マイティは「へ?」と、顔を上げる。
暗い天井に浮かぶ、三角形のような白いシルエット。まるで、海洋を泳ぐエイの白い腹のようにも見える。
いつのまに……。
マイティは銃口を頭上のエイへ向ける。大柄な海洋生物に似たそれは、空中を自在に移動することが出来る、エアライドと呼ばれるボード状のマシンであることがわかった。
すぐさま、エアライド目掛けて光矢が数発飛んでいった。キールだ。彼女の放った矢がエアライドに当たり、爆発する。
やったか?
マイティは目を凝らす。やがて煙が晴れていき、その中から現れたのは、
掠り傷一つ無い、白い腹だった。
「そんな……ッ」
普段無表情なキールが、珍しく驚きの声を上げる。
「無駄ですよ、お嬢さん。あなたの矢では、破壊はおろか、傷一つつけることすら出来ません」
エアライドが前へゆっくりと傾き、声の主がマイティ達へその姿をさらした。陰から現れる、髪一本生えていない、病人のような青白い顔。眼下のマイティ達へ向けられる、鋭い視線。腕組みをしながらマイティ達を見下ろす姿勢。そして何より特徴的なのが、男に全身に装備された純白の装甲。武装棋士の強化ギプスのようにも見えるが、装甲板の数が多すぎる。今までの敵と違い、この男は完全武装していた。
マイティは銃を構えながら、叫ぶ。
「お前、何者だ!」
男は答えない。
その代わりに、エアライド先端にある二つの穴が一瞬光り、
「まずは挨拶代わりにどうぞ」
直後、光弾が発射された。
「くっ……」
断続的に発射される光弾。
突然の攻撃に慌てることなく、マイティは側にあるタンクの陰に隠れた。銃声や、光弾が床を削っていく音を耳にしながら、マイティは反撃の機会を窺う。
「さっきみたいにタンクの上へ移動した後、奴に飛び掛かるか」
地上からの攻撃を無効化する空飛ぶ防御シールド相手に、これしか対処法が思い付かない。早速、実行に移そうとした時、不意に銃声が止んだ。
「エネルギー切れか?」
ならばチャンスだ。
そう思いきや
「!?」
すぐ隣から聞こえた、甲高い音。音源へ目を向けると、水がマイティ目掛け噴き出してきた。
タンクだ。タンクに被弾したのだ。驚く間もなく、次々と他のタンクも狙い撃ちにされ、水が噴き出す。下手な鉄砲でも数撃てば当たる。このままでは自分もタンクと共に撃たれかねない。
マイティは急いでタンクから身を離した。その直後、先程まで身を隠していたタンクが撃ち抜かれ、穴からすごい勢いで水が流れ出す。あっという間に足元の床一面、水が張るまでに至った。
マイティは別の、既に撃ち抜かれたタンクの陰に隠れる。
次々とタンクが撃ち抜かれ、大量の水が流れ出す。
その時、敵兵の一人が男に向かって叫んだ。
「貴様ァ、話が違うぞ!」
え?
頭に疑問符が浮かべ、マイティは敵の様子を陰から覗く。
敵兵の叫びを聞きつけたか、頭上に再びエアライドが現れる。エアライドの向こうから、「はぁ」と男の溜め息が聞こえた。
「心外ですね。せっかく人が助けに来たというのに」
「しかし、限度ってものが――」
「これは武装棋士を仕留められなかった、あなた方の責任です。むしろこの程度で済むことに少しは感謝したらどうです? 口を動かす暇があるなら、早急に撤退してください。私にとってあなた方は足手纏いの他なりません」
「ぐっ……」
敵兵は拳を握る。マイティはタンクから飛び出し、銃口を敵兵へ向ける。
「逃がさないぞ。お前ら全員、ブタ箱にぶち込んでや――」
しかしその言葉は最後まで続かなかった。頭上から急接近してきたエアライドの存在を察知し、マイティは敵兵から飛び退いたのだった。が、男のエアライドが視界に入った瞬間、
「なっ……!?」
彼の顔は驚愕の色に染まった。
颯爽と二人の間に割って入ってきたエアライド。エアライドの上に仁王立ちした体勢で、男はマイティの前に立ち塞がった。
「あの程度の銃撃では、やはり仕留められませんでしたか。これは殺し甲斐がありますね」
男は楽しそうに口元に笑みを浮かべた。脇に人を、――キールを抱えて。
「キール、なのか?」
返事はない。彼女は身体をくの字に曲げ、だらん、と力無く四肢を垂らしていた。いつも見せる無表情な顔は栗色の髪に隠れて見えない。
なぜ彼女があんなところにいるんだ? 戦闘技術や冷静さが自分達の中で秀でている彼女が……。
「安心してください。気を失っているだけですよ」
ぽた、ぽた、と彼女の額から何かが滴り落ちている。……赤い、血だ。
一瞬、頭が真っ白になった。身体中を熱血が駆け巡る。
「……お前」
ショットガンを強く、強く握り締め、マイティは男を睨み付けた。
「俺の部下に、何をしたッ!?」
室内に響くマイティの怒号。周りの敵兵がビクリと身体を震わせる程のものだった。
しかし、そんなマイティとは対称的に、男の反応は冷ややかなものだった。
「部下?」
何がおかしいのか、男は鼻で笑った。マイティは銃口を突きつける。
「何がおかしい?」
「これは失礼。今までのあなたの行動から推測して、彼女はあなたにとってただの手足、駒に過ぎないものだと思っていたもので」
「は?」
「彼女がどうしてこうなったのか、知りたいようですね。何、たいしたことではありませんよ。あなたが一人コソコソと隠れている間に、私が彼女を打ち負かしただけのことです」
マイティは驚いた。タンクの陰に隠れていたのは僅か数秒。あの短い時間の間に彼女を打ち負かしたというのか。
男は憐れむような目を、脇に抱えたキールへ向ける。
「可哀想なお嬢さんですね。上官に逃げられ、あのように一人置き去りにされてしまうとは……」
「逃げた、だと?」
黒い銃身が震えだす。ショットガンだけでなく肩も震わせ、マイティは言う。
「……俺は、逃げてなんかいない!」
男はまたも鼻で笑う。そして「さて、」と未だ立ち尽くしている敵兵達の方へ顔を向けた。
「いつまで呆けているつもりですか? さ、早急に」
リーダー格と思われる、敵兵は悔しそうに「チッ」と舌打ちをし、ヘルメット越しに叫んだ。
「撤退だ! 早急に施設から撤退するぞ!」
命令を受け、そそくさと撤退を開始する敵兵達。動けない負傷者を担いで、彼らは速やかに室内の隅へと消えていった。
すぐに追うべきだった、かもしれない。しかし撤退する敵兵達など、もはやマイティの知ったことではなかった。彼の注意は、男に抱き抱えられた彼女の方へ注がれていた。
「キール……」
銃口を男へ向けてはいるが、キールがいる以上攻撃できない。下手をすれば彼女に当ててしまう。ただでさえ射撃の腕が無いのだから、尚更だ。
どうすればいい?
必死に頭を働かせるが、何も思い付かない。そうこうしている内に、彼の目の前で、突如エアライドが上昇を始めた。マイティは慌てる。
「待て! キールをどうするつもりだ!」
意味が無いとわかっていながらも、銃口を男へ向ける。
「屋上で、待ってますよ」
上昇を続けるエアライドの上で男は言った。
「屋上?」
「私はあなたと違って逃げも隠れもしません。屋上に来てください。そこで決着をつけましょう、
武装棋士」
男が言い終わると同時に、エンジンが轟き、エアライドは闇の中へと消えていった。
「……くそッ!」
何も出来ず、ただ見送るだけで終わってしまった。 水浸しの薄暗い室内にマイティは一人立ち尽くていた。二人の部下の内、オルカは何処かへ消え、キールは敵に連れ去られた。オルカはともかく、キールに関しては自分に非があったかもしれない。あの時、隠れるだけでなく、何らかの指示を出しておけば……!
マイティはふと足元の水面に、立ち尽くす自分の姿が映っているのに気付いた。暗くて顔はよく見えない。今、どんな情けない顔をしているのだろうか?
「……いや、こんなこと言っていたってしょうがないな」
噛み締めるように、マイティは呟く。
後悔するのは後だ。自分は屋上へ行かねばならない。任務のためにも、キールのためにも。
マイティは足元の水面を強く蹴る。水飛沫が飛び、無数の波紋が水面上に広がり、像を消し去る。
「屋上へ」
そこで奴が待っている。
若干息を切らしながらも、マイティはようやく屋上に辿り着いた。
施設突入時、どんよりとしていた空模様は、今では雲が減って、朱色の夕焼け空となっていた。その光を浴び、屋上全体が橙色となっていた。
コンクリートの床が広がっているだけの屋上の縁に、一本のポールが設置されている。
そのポールの中腹には、彼女が縛り付けられていた。
「キール!」
ポールへ駆け寄るマイティ。しかしすぐに人の気配を察知し、立ち止まった。
「遅かったですね」
ポールの根元から、あの男の声が聞こえてきた。
マイティはショットガンを構える。夕陽の光を浴びながらゆっくりと上昇してきた、エアライドと男の姿を捉えた。
「楽しみにしてましたよ。あなた方武装棋士と戦える時をね」
マイティと目線を合わせるかのように、エアライドの上昇が止まる。
「キールを返してもらおうか」
「私に勝てたら、いいでしょう。その時は彼女だけでなく、この施設も返します」
「お前に勝つ、つまり力づくで撃退しろという事だな。反対に負ければ、命を取られるってわけか」
「その通り。言ったはずですよ。これは“決闘”であると」
「決闘、ね」
マイティはチラと視線を横へずらす。ポールに縛り付けられたままの彼女は、未だに意識を取り戻していないようだ。
ここで負ければ、自分だけでなく彼女の身も危ない。
覚悟を、決めないと……!
「さぁ来いよ、遣闘士とやら。国家に楯突くことがどれだけ愚かなことか、その身に教えてやる!」
柄にも無いことを言って、無理矢理自分を奮い立たせるマイティ。
「望むところです」
笑みを浮かべながら、男は身構える。その両眼は獲物を狙う猛禽のような、鋭さと狂気の両方を併せ持っていた。
二人の間を一陣の風が吹いていった。
マイティは両足に力を込め、男はエアライドのエンジン音を轟かせる。
「私は遣闘士が一人、パルヴァティ。あなたの力、見せて貰いますよ!!」
今、夕陽に紅く彩られた空に鋼鉄の翼が舞う。




