第10話「浄水施設へ」
「これから俺達はMALUSが制圧している浄水施設へ向かい、施設を奪還する。以上だ」
「……それだけ、ですか?」
ミーティングにしてはあまりにも短い説明に、キールはポカンとした表情を浮かべる。そもそも説明と呼べるかどうか怪しいため、彼女がそう反応するのは無理もないだろう。そう思うマイティではあるが、彼自身、現在PNPを取り巻く状況をはっきりとは把握していないため、「それだけです」としか返しようがなかった。
情報処理室を出てから、まだ十分ほどしか経っていない。詳しい情報など知る由もなかった。
「MALUS、遂に動き出しましたか」
いつも通り、ゆっくりした口調で言うキール。隣にいるオルカと違い、マイペースな彼女には緊張感というものが見られない。
「まったく、人騒がせな連中だな。何が“決闘”だ。薄汚いテロリストの分際で――」
「決闘?」
首を傾げるキールに、オルカは言う。
「そうだ。確か、遣闘士とか言っていたな。奴等の話からして、俺達武装棋士と同等と思われる、戦闘に特化した組員がいるそうだ。そして、少ない実戦経験を補うため、奴等は訓練相手として俺達を指名してきた。浄水施設を制圧して、こちらが出動せざるを得ない状況にしてからな。だよな、マイティ?」
「そうなんですか、隊長?」
オルカにつられ、キールもマイティの方を見る。
マイティは頭を掻く。自分が説明すべきことを部下に持っていかれてしまい、複雑な気分だった。
「オルカの言う通り、大体そんなところだな。連中は浄水施設の他に、発電所や食糧備蓄庫を押さえているそうだ。いずれも首都機能を麻痺させるには十分な所ばかりだ」
やや視線を反らしてマイティは言った。
「それって、首都圏そのものを人質に取られているのと一緒ですね。そこまでしてその、遣闘士というのを私達と戦せたいのでしょうか?」
「そのようだ。他には宣戦布告くらいしか言ってなかったな」
「宣戦布告……」
呟くキール。何かを考える素振りを見せる彼女を、オルカは鼻で笑う。
「これ以上、ここで時間を潰していたってしょうがない。考えたところで、どうせ何も解決しないんだからな。考えるよりもまず行動だ。俺達は今すぐに浄水施設へ向かうべきなんじゃないのか」
「確かに、その通りだな」
オルカの小馬鹿にするような態度にやや不快になるも、マイティはそれに従う。一瞬、「彼の方が自分よりリーダーに適しているのでは」と頭のどこかで思ってしまうも、すぐにその考えを頭から振り払う。
「車だと交通渋滞とかに引っ掛かる恐れがあるから、バイクで行くぞ。二人は先に車庫へ向かい、出動の準備をしておけ。俺は一度サー・メイヴィスの所へ行かなくちゃならないから、後で行く。それまで待っていてくれ」
メイヴィスからは「準備が整い次第自分の元へ来るように」という通信が情報処理室を出た直後に届いたのだ。恐らく、彼女の用件とは「小型カメラ」についてだろう。
マイティの指示に二人は「了解」と頷き、車庫へと向かった。マイティは二人の背中を見送ると、彼らとは正反対の方向へ――。
が、上司の元へ向かう途中、はたと足を止めた。
「……あいつ、何で遣闘士のこと知ってるんだ?」
振り向くが、既に二人の姿は無かった。
「失礼しました」
部屋の前で一礼すると、マイティはすぐに車庫への向かう廊下を走る。彼の首には、先程まで見られなかったチョーカーが身に付けられていた。チョーカーは真っ黒なゴム製で、中央に金属製のバックルのようなものが取り付けられている。そのバックルには黒いレンズが一つ。ここで記録した映像がリアルタイムで本庁へ送られるそうだ。
メイヴィス曰く、 「そのカメラ内蔵のチョーカーは防水性、耐熱性、伸縮性に富んでおり、任務に支障が出ないように設計されています。安心して任務に臨んでいって下さい」とのことだ。
走りながら、マイティはチョーカーのバックルを指で擦る。
「……まるで首輪だな」
苦笑するマイティ。しかしすぐにその表情は曇る。
膨れ上がる、オルカへの疑惑。
あの時、情報処理室にいたのは数人のオペレーターと、「銀将」、「桂馬」、「香車」のいずれかのランクを有する職員、武装棋士のみ。しかも、ウイルスによって本庁内の全ての通信回線が遮断されていたため、あの場にいなかった者が犯行声明の内容を知っているはずがない。
となると、退室してから会うまでの数分の間に、オルカは情報処理室にいた誰かから聞かされたことになる。だが、あの短時間で、しかも彼より上のランクの人から聞き出せたとは思えない。むしろ、初めから知っていたような……。
「もしくは、オペレーターに知り合いでもいたのかな?」
頭のもやが解消されることの無いまま、マイティは車庫へと入った。
一面雲に覆い尽くされ、どんよりした曇り空。首都圏を走る高速道路を疾走する、三台のオートバイ。
三台とも同規格の車体で、ボディカラーだけが違う。
先頭を走っているのは、いぶし銀の車体――マイティの専用車だ。
そのすぐ後ろを走る紺碧のオートバイ、さらにその後ろの紅いオートバイは、それぞれオルカとキールの専用車だ。
マイティは普段着けているゴーグルを両目に装着しただけであるが、オルカとキールはフルフェイスのヘルメットを被っている。
三台のオートバイは一列に並び、速度制限ギリギリのスピードで走っていた。何台もの車を追い抜かしていく内に、トンネルへと入っていく。
ネオンライトのオレンジ色の光を浴びながら、マイティ達はトンネル内でエンジンを轟かせた。
「……さすがに、ここでは何もしないか」
チリチリと吹き付ける風を頬に受けつつ、マイティは横のバックミラーを見る。
ミラーにはすぐ後ろを走るオルカが映っている。ヘルメットを被っているので当然のことながら、彼の表情はわからない。
バイザーの向こうで彼は今、何を考えているのか。
後方の彼に気になりつつも、すぐに前方へ意識を集中させるマイティ。不注意で交通事故を起こしてしまう、なんてことになれば洒落にならない。
やがてトンネルを出て、インターチェンジに入る三台。緩やかなカーブを曲がっていき、一般道へと降りる。
現在向かっている浄水施設は、首都圏ではあるものの、都心からやや離れた郊外に位置している。そのためか、目的地へ向かって走れば走るほど街並みは次第に寂れていった。
「あれか」
真っ直ぐ突き進んだ先に見える、灰色の箱を複数並べたような建造物。目的地である浄水施設だ。
MALUSに占拠されているはずのそこは、まるでこちらを招き入れるかのように、ゲートを全開にしていた。看守のようなものは見当たらない。
不審に思いながらも、マイティ達はオートバイのスピードを落として、ゲートをくぐる。
人が見当たらないことを除けば、至って日常の風景だ。とても占拠されているようには見えない。
オートバイを適当な場所に停めるマイティ達。マイティはバイクから降りると、二人に言う。
「既に敵地だからな。気を抜くなよ」
こくんと頷くキール。オルカは、返事らしい返事もせずに浄水施設を射殺すように睨み付けていた。
それは彼の強い正義感ゆえの行動か、もしくは、
『歩兵(トル―パー)・オルカが内通者だとすれば、彼をMALUSの支配下にある現地へ送り込むことによって、何かしらの動きが見られるかもしれません』
その前兆か。
一旦オルカへの疑惑を頭の片隅に追いやると、マイティは次の指示を出す。この指示が、今回の作戦の肝でもある。
「オルカ、キール。これから俺達は施設へ突入するわけなんだが――」
ちら、とマイティはオルカを見る。オルカは施設の方へ目を向けたままだが、おそらく聞いているだろう。これから出す指示は単独行動を好むオルカにとってあまり面白くないだろう、とマイティにはわかっている。
「三人で隊列を組んで行動する」
「何?」
案の定、オルカが不愉快な表情を浮かべた。
「仕方ないだろう。施設が敵の手にある以上、何が待ち構えているかわからない。罠だってあるかもしれない。となると、ばらばらに行動するのは危険過ぎる」
「ふざけるな。まとまっている方がよっぽど危険だ。それに俺達の目的は遣闘士を見付け出すことだ。これだけの施設を回るのに、まとまって動いていてはいくら時間があっても足りない」
「それは、そうだが……」
「俺は好きにやらせてもらう。ターン・アップ!」
素早く強化ギプスを装着するオルカ。瞬時に彼の両手にRSが現れた。蒼白く光る二本のRSは高圧電流を流し、周りの空気を震わせる。
装着を完了したオルカは、「歩兵」と書かれた背中をこちらに向け、一人施設へ入ろうとした。
「おい、オルカ! 勝手な行動は――」
「私に任せてください」
「任せるって何を……ッ」
次の瞬間、マイティの目に入ったのは、光線ボウの銃口をオルカの後頭部へ押し付けるキールの姿だった。いつの間にか彼女は強化ギプスを装着していた。
「何のつもりだ?」
足を止めるオルカ。
「別に。少し頭を冷やしたらどうかな、って思ったから」
そう冷たく告げる彼女は、引き金に指をかける。
このままオルカがキールに撃たれるのか、それともキールを振り払ってでも単独行動を貫こうとするのか。あるいは、考え直してくれるのか。本来この場をまとめる立場であるにも関わらず、マイティは内心ひやひやしながら二人を見ていた。
「……ったく」
やがて数秒程した後、オルカは観念したかのように溜め息をついた。
「わかったよ。お前の指示に従ってやる」
「え?」
思いがけないオルカの言葉に、マイティは一瞬耳を疑った。
「……それ、本当か?」
「ああ、本当だ」
そう言ってオルカはゴミでも叩くかのように、光線ボウを払い除けた。キールは何も言わない。
まさかオルカが折れてくれるなんて……。
よかったと安堵しつつも、マイティはすぐに別の可能性を考え、表情が暗くなる。こいつ、何か企んでいるのではないか、と。
「あの、隊長」
「ん?」
「強化ギプスを装着してください。敵地なので」
キールに言われるまで気付かなかったが、三人の中で強化ギプスを装着していないのは自分だけだ。
マイティは慌てて手帳を取り出し、
「ターン・アップ!」
強化ギプスを装着した。
「それで、隊列を組むと言っていたがどうするつもりなんだ?」
「隊列は、オルカが前衛、キールが後衛、そして俺が――」
「遊撃。いつもの訓練通りってことですね」
わかってるなあと感心しながら、右手にショットガンを出現させるマイティ。
これで全員の準備は整った。
緊張か、恐怖か。高まる鼓動を抑えて、マイティは二人に視線を送る。オルカ、キール――二人の部下は頷いた。
「――じゃあ、行くぞ」
三人は施設へと足を踏み入れた。
施設内にある、複数台のモニターが設置された部屋。モニターはそれぞれ浄水施設内に設置してある監視カメラの映像を映していた。
その内の一つには、三人の武装棋士の姿が見られる。
「派遣されたのは一小隊だけ。……情報通りですね」
モニターを見ながら、白いタキシードを着た男は優雅にティーカップに口を付ける。
「今回はただのデモンストレーションに過ぎませんが、楽しませてもらいましょう」




