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第9話「MALUS ――反逆の狼煙」

「は?」

 まず初めに声を発したのは、一人の隊員だった。

俺達武装棋士(アームド・ナイト)相手に宣戦布告だあ? ふざけやがってッ!」

「命知らずな連中だな」

「一体何考えてるんだ!」

 呆れや罵りの言葉を口にする隊員や職員達。いきなりの宣戦布告。半信半疑ではあるが、皆の表情にはどこか余裕がある。自分達が負けることなどないという自信に満ち溢れている。……一部の人を除いて。

「なあ、グレイス。MALUSの今の言葉、本気だと思うか?」

 ひそひそと声の音量を抑えて、マイティはグレイスに意見を求める。心のどこかで嘘だと信じたいのだろう。自分を安心させるために、「何かの冗談でしょ」とでも言ってもらいたかったのだ。しかし、グレイスの視線はモニターに注がれたまま。

 彼女は静かに言う。

「まだ、続きがあるみたいよ」

 マイティは顔を上げると、モニターに新たな映像が映し出された。何かの地図のようだ。

「行政首都ソドムと経済首都ゴモラ、及び、その周辺のブロックのようですね」

 メイヴィスが言った直後、地図の向こうからまた機械の音声が流れてきた。

「そろそろ気づいたのではないだろうか? そう、これはこの国エデナの首都圏の地図だ。そして――」

 地図に光点が三つ、浮かび上がってきた。赤い光を放つ光点は点滅を始めた。

「国家の治安維持を建前とする諸君なら、この光点が指し示す位置が何だかわかるだろう」

 一見、無作為に配置されているように見える、三つの光点。これらは、一体……。

「食料備蓄庫に浄水施設、発電所。いずれも首都圏の主要施設ですね」

 メイヴィスは的確に三つの光点が指し示す場所を答えていった。

「その通り。そしてこれらの施設は、既に我々が制圧した」

 直後、どよめく室内。寝耳に水、とはまさにこのことだ。

 今、挙げられた施設はいずれも首都圏における重要な施設。そのため現地の自警団の、対テロ訓練を積んだエリート達が防衛にあたっているのだ。そうやすやすと占拠できるものではないはずだが……。

 オペレーター達は詳しい情報を入手しようとするが、そもそも通信回線がやられていてはどうしようもなかった。

 モニターに再びMALUSのマークが映し出された。

「驚いているようだな。だが、別に驚くようなことではない。思想を持たず、安寧に飼い慣らされた狗など、我らMALUSが誇る“遣闘士(アンバサダー)”率いる部隊の前では相手にならない」

 安寧に飼い慣らされた狗、というのは自警団のことを指しているのだろう。それよりも気になる言葉が――。

「ア、遣闘士(アンバサダー)?」

 銀将(シルバー)の一人が言った。

「そう。もはや強化ギプスはお前達PNPだけの物ではない。我々も武装棋士(アームド・ナイト)に対抗しうるだけの闘士(ファイター)を造り上げた」

 途端、室内にいるほとんどの者が驚愕し、隊員達の顔からは余裕の色が一気に失せた。今まで武装棋士(アームド・ナイト)が最強の名を欲しいがままにしてきたのは、強化ギプスの力があってこそだ。だが、その強化ギプスと同等の力を敵が手にいれたとなると、話は変わる。敵は自分達と同じ土俵に上がってきたのだ。重要施設の自警団達を退けたというのも頷ける。これまでのように、強化ギプスの圧倒的な力で敵を一方的にねじ伏せていく時代は終わったと言ってもよい。

「今や首都圏は我々の手中にある。その気になれば、首都機能を麻痺させることが出来る。だが、それでは面白くない!」

 一旦、間が空く。

「我々の造り出した遣闘士(アンバサダー)武装棋士(アームド・ナイト)相手にどこまで戦えるか――シミュレーションではほぼ互角と結果は出たが、現実はわからない。実戦投入して初めてわかることだ。我々が今後の活動していく上で、彼らの実戦データは作戦を立てる上で極めて重要だ。また、いつまでも自警団ごときを相手にしているようではスポンサーに示しがつかない。そこで、だ。ちょっとした決闘をやろうではないか」

「決闘?」

 あまり聞き慣れぬ単語に、何人かの職員が怪訝そうに眉をひそめた。

「そう、決闘だ。正々堂々と戦わなければ、正確な実戦データを得られないのでな。それに、遣闘士(アンバサダー)がどういうものか、お前達PNPに知ってもらいたいという理由もある。したがって、このような形を取らしてもらう。

 では、説明しよう。

 先程挙げた三つの施設には、遣闘士(アンバサダー)率いる部隊を一つずつ配置させてある。遣闘士(アンバサダー)率いる部隊を一つずつ配置させてある。そこへお前達武装棋士(アームド・ナイト)が攻め入る。そして最深部で待ち構えている遣闘士(アンバサダー)を見事撃退できれば、その施設からは手を引こう。ただし、そちらが負けた場合についてなんだが――、悪いが“消えて”もらう。今後のことを考えると、武装棋士(アームド・ナイト)は一人でも消えてもらった方が都合が良いからな」

 撃退、もしくはこちらの死。室内に緊張が走った。不安、恐怖、怒り、――様々な感情を浮かべる職員、隊員の面々。その中で、体格が大柄な方の隊員が一人、鼻で笑った。

「馬鹿な連中だな。こちらがそんな見えすいた罠に突っ込むわけが無いだろ。遣闘士(アンバサダー)だの、施設の占拠だの、ハッタリかましやがって。五年も音沙汰無かった連中にそんなこと出来るわけないじゃないか。大方、嘘の情報でも流して俺達を混乱させようとしているだけだろ!」

 モニターに向かって叫ぶ隊員。何人かの隊員も頷くようにしてモニターへ視線を向ける。が、モニターから聞こえてきたのは、紛れもなく嘲笑だった。

「馬鹿はお前だ。施設が反政府組織に占拠されているというのに動こうとしない――職務怠慢もいいところだ。ますます世論のそちらに対する風当たりが強くなるだろうな。それに、そちらが動かなければ、こちらは施設を停止させるだけだ。そんなことになればどうなるかぐらい、お前達の頭でも容易に想像できるだろう」

 どうなるも何も、そんなことをすれば首都圏は大混乱に陥る。

「お前達に選択肢など無い。武装棋士(アームド・ナイト)を現地へ派遣するという選択肢以外はな」

 先の隊員は何も反論出来ず、押し黙った。メイヴィスが「完全に向こうのペースですね」とつまらなそうに呟く。彼女の言う通りだ、と皆が思った。

 その時、モニターに映し出されているマークがちらつき始めた。

「五年、五年だ」

 噛み締めているように話す機械の音声。全員が注目する中、感慨しているかのような話し方で音声は流れる。

「お前達のような正義を騙り、権力者に媚びへつらう“駒”に対抗するため、我々はこの五年、準備を重ねてきた。人民に真実を啓示するために……。

 さあ、PNPの諸君。

 国家の駒と、我々MALUSの駒。どちらが優れているのか、ここは勝負といこうではないか」

 モニターの向こうから響いてくる高笑い。張り詰める室内で、隊員達はモニターを睨んでいる。

 これは謂わばMALUSからの挑戦状。例え罠だとしても、重要施設が向こうの占拠下に置かれている今、国の治安を維持する者として挑戦状(これ)を受けて立つ以外に道はなかった。

 直後、モニターの画面が唐突に真っ暗になった。


「通信回線、回復しました!」

 オペレーターが叫ぶ。

「緊急通信が三つほど入っています。場所は、首都圏内の主要施設――食糧備蓄庫に発電所、浄水施設です!」

「つまり、先の発言はハッタリではなかった、ということですか」

 メイヴィスはチッと舌打ちをすると、呆然としている銀将(シルバー)の面々へ言う。

「さて、時間もあまり無いことですし、早速この件について話し合いましょう。私としては、今すぐに武装棋士(アームド・ナイト)を送り込むべきだと思いますが」

「それには賛成だ。そのための武装棋士(アームド・ナイト)なのだからな。ただ、問題なのは送り込む人数だ」

「全小隊を三ヶ所に分けて向かわせればいいのでは? 奴等の話では、敵は遣闘士(アンバサダー)“率いる”部隊と言っていた。遣闘士(アンバサダー)はもちろん、その部隊とやらの力は未知数だ。ならば、数の力で圧倒すべきだ」

「それは賛成しかねますね。それでは任務中、現地以外の場所で非常事態が起きた場合、何も対処できなくなります。また、罠である可能性もゼロではありません。例えば、遣闘士(アンバサダー)もろとも施設施設を爆破、なんてこともあるでしょう。そうなれば武装棋士(アームド・ナイト)は全滅。ソルトタワーで近々行われるパーティの警備に回せる人材がいなくなります」

「そんなこと」

「無い、とは言い切れませんよね。どんなに僅かな可能性でも見逃すわけにはいきません。ですから、様子見としてそれぞれの施設に、一小隊ずつ派遣することを提案します」

「一小隊? 少なすぎるのではないか」

「確かに少ないかもしれません。ですが、その方がリスクが低く、“損失”を最小限に留めることが出来ます。そうですね、小隊長には小型カメラでも付けておけばいいでしょう。それなら本庁(こちら)も敵の詳細がわかりますし、例え消されたとしてもこちらに情報が送られるので、後続部隊の為にはなります」

 人を使い捨ての道具のように見なす発言。室内の桂馬(ナイト)香車(ランス)の隊員が揃ってメイヴィスへ射殺すような視線を送る。彼女の直属の部下であるマイティやグレイスも、上司の今の発言は不快に感じた。

「あの、サー・メイヴィス」

 グレイスの声にメイヴィスは僅かばかり振り向く。

 マイティは小声で「よせ」と言うが、彼女は思い止まる様子を見せない。

「今の“損失”という言い方は、どうかと思います。私達は、道具ではありません」

 銀将(シルバー)のみが発言を許されると錯覚させるようなこの空間で、意を決して、グレイスは桂馬(ナイト)香車(ランス)の隊員の心情を代弁した。だが、メイヴィスは呆れたような表情を浮かべた。

「何を言っているのですか、香車(ランス)・グレイス。彼らも言っていたでしょう。我々PNPは国家の駒である、と。まさにその通りなのです」

「ですが、」

「では、武装棋士(アームド・ナイト)であるあなたが強化ギプス装着時に背負うもの、あれは一体何なのですか?」

 メイヴィスの問いに、彼女は言葉に詰まった。

 強化ギプス装着時に背負うもの――それはランクが刻まれた背部装甲だ。その背部装甲、「将棋」と呼ばれる盤上遊戯の“駒”をモチーフにしている。その為、武装棋士(アームド・ナイト)は国家の駒であることを暗示しているとも言われている。

 口を閉ざすグレイス。

 メイヴィスはそれ以上は続けず、銀将(シルバー)達へ視線を戻した。

「取り合えず先程の私の、『施設に一小隊を派遣し、小隊長に小型カメラを設置することで敵の情報をリアルタイムで入手していく』という案でどうでしょうか?」

「私は賛成しよう。この状況では、おそらくあなたの提案が妥当だと思われる」

「私も賛成、だな」

 桂馬(ナイト)香車(ランス)の隊員から不満の声が上がるものの、彼らの上司である銀将(シルバー)が賛成しているのでは、どうしようもなかった。

「ご理解いただきありがとうございます。それでは早速――」

 メイヴィスは振り返ると、マイティとグレイスを「ふむ」と見比べる。そして、

「私の直轄からは、……そうですね、桂馬(ナイト)・マイティ。あなたが行きなさい」

「ぅえっ……」

 まさかの指名にマイティは顔をひきつらせた。


「では、これにて解散。指命された三名は直ちに出動してください」

「りょうかい」

 気が進まないと言いたげに、他の二人よりも適当に返事をするマイティ。彼に割り当てられたのは浄水施設。人口の多い首都圏に水を供給する、一見地味だが重要な施設だ。水の供給がストップすれば、一般家庭、工場、飲食店等々、与える影響は計り知れない。

 MALUSの作戦立案者は痛いところを突いてくるな。きっとメイヴィスみたいな嫌な性格をしているんだろうな、とマイティは思った。

桂馬(ナイト)・マイティ、ちょっとよろしいでしょうか」

「何でしょうか?」

 嫌そうに顔を歪めるマイティに、メイヴィスはなるべく声を抑えて話し出した。

「オペレーターから聞いたのですが、先程、本庁の通信回線に侵入したウイルス――あれはOブロックの留置区域の物と同じタイプのものでした」

「へえ、そうですか」

「留置区域と同種のウイルスを用いての通信回線の改竄。このことからして、Oブロックでの殺害事件もMALUSが関わっていると判断してもよいでしょう。そして、ウイルスは明らかに本庁内部から持ち込まれたものでした」

 上司が何を言おうとしているのか、この時点でマイティは大体察した。

「……だから何です?」

歩兵(トルーパー)・オルカの仕業の可能性があります。任務中、彼の動向には気を付けてください。くれぐれも目を離さないように。以上です」

「ちょっと待ってください」

 用は済んだとばかりに立ち去ろうとする上司を引き留めるマイティ。

「可能性がある以上放ってはおけない、と言いたいのはわかります。ですが、それならば何故、危険因子が紛れていると思われる私の小隊を指命したのですか?」

歩兵(トルーパー)・オルカが内通者かどうか見極めるためです」

「やけに“それ”に拘りますね。まあ、彼を疑いたくなる気持ちもわからなくはありませんがね。ですが、今はそれどころではないと思いますが?」

 嫌味っぽく言うマイティ。だが、メイヴィスに不快に歪む様子は見られない。彼女は淡々と続ける。

「今だからです。私としては遣闘士(アンバサダー)の件よりも、MALUS(あちら)側の人間がPNP(こちら)に潜り込んでいるという事実の方が重要です。とても見過ごせるようなものではありません」

 確かにその通りだ。敵がこちらに潜んでいるということは、敵にこちらの手の内が常時暴露されているに等しい。

「歩兵(トル―パー)・オルカが内通者だとすれば、彼をMALUSの支配下にある現地へ送り込むことによって、何かしらの動きが見られるかもしれません」

「……自分はそのための囮、ということですか」

 メイヴィスは、マイティへ背を向けた。

「内通者は、一人残らず、あぶり出さねばなりません。我慢してください」

「我慢、ですか。で、もし怪しげな動きとかいった類が無かったらどうするんです? 勿論その場合は、彼の疑いが晴れたと考えても構わないですよね」

 根拠もないのに「そうなるに決まっている」と、妙な確信を抱きながら、マイティは言った。が、

「その時は遣闘士(アンバサダー)の件に集中してもらいます。あれも無視するわけにはいきませんので」


 釈然としない顔で、上司の背中を見送るマイティ。

 先程から様子を窺っていたのだろうか。メイヴィスが退室した後、グレイスが声を掛けてきた。

「……マイティ、気を付けてね」

 心配する同僚に、マイティは「心配するな」と、無理矢理笑みを作る。

「成るようにしかならないさ」

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