第8話「破られた沈黙。そして――」
エデナ国家直轄の治安維持組織、PNP。非戦闘職員も含め、PNPには四段階のランクがあり、武装棋士には各々のランクに応じた強化ギプスが支給される。
ある時は最高幹部としてPNPをまとめ、ある時は元老院議員として議会でPNPの方針を代弁する最高ランク――「金将」
武装棋士の実行部隊や非戦闘員の職員達の部署をまとめる幹部――「銀将」
銀将の下で、実行部隊や部署を率いる指揮官――「桂馬」と「香車」
彼らに従う一般隊員、または職員の「歩兵」
その中で武装棋士は区役所からの要請に出向く形で派遣される、少数精鋭型の最強のエリート集団――ということになっているが実際は違う。
単に“なりて”がいないため、結果として少数でやっていくしかない、というのが実態だ。その理由の一つが負傷率の高さだ。
エネルギー不足が日に日に深刻になりつつある現在、エデナの都市部から離れたブロックでは、ときたま暴動が発生する。最近はその暴動の鎮圧のため、本庁から現場へ派遣されることが多いわけなのだが、派遣先の大抵は自警団が踏み込めない危険な前線。そして派遣される人数は、一小隊だから、三人から六人ほど。本庁の戦力を分散させないために、それ以上は派遣されない。暴動の鎮圧以外にも、立て籠りやテロ、といった危険な仕事は皆、武装棋士がすることになっている。
こうした背景もあって、他の職場に比べて負傷率は高く、たまに殉職者も出るという有り様だ。そのため志願者は少なく、志望すればそのまま入隊できる。現在は武装棋士よりも区役所の自警団の方が人気があって、実際競争率も高い。自警団は武装棋士と違って、進んで手を汚す必要はない。自警団からしてみれば、武装棋士は都合の良い“駒”に過ぎないのだ。
それでも、例え“駒”であったとしても、強化ギプスを装備した彼ら武装棋士に敵うものは、このエデナにおいて存在しないだろう。だからこそ、今日までなんとか治安を維持することができたのだ。
今日までは――
「どーしてこう当たらないんだ……」
いらいらと呟くマイティ。強化ギプスを装備した状態で、彼は専用武器であるショットガンの引き金を引き続けた。
ここは、破棄された工場跡をシミュレートしたVR空間。所々に配置された、直立不動の|的(白タイツ)に向かって、マイティは撃ち続ける。水平に並んだ二本の銃身から光弾が交互に発射される。
が、いずれも的に直撃どころか掠りもしなかった。そんなマイティを嘲笑うかのように、白タイツは直立不動したままだ。
彼は溜め息をつくと、銃口を下ろした。
「隊長がこんなザマじゃな……」
あの日以来、キールからは「隊長」と呼ばれている。はじめは嬉しかったものの、徐々に「果たして自分は“隊長”と呼ばれるのに相応しい人間なのか」と自問自答するようになってきた。
理由は簡単。部下達の方が仕事ができるからだ。二人ともマイティと違って要領がいい。それもあってか、オルカには相変わらず「お前」と上から目線で言われている。もう慣れてしまったが……。
せっかく「隊長」と呼ばれるようになったのに、このままではキールにまで軽蔑の眼差しで見られてしまう。(オルカに見下されているのは、もはや言うまでもない)
これではいけない。早急に「隊長」として部下に頼られるような上司にならなければならない。「まずは戦闘技術から」と思い立ったはいいものの、格闘技術に関してはオルカの下を行き、射撃技術に関してはキールの下を行っているのが現状だ。合同訓練を通じて、それを思い知らされたマイティはこうして昼休みに射撃のトレーニングをしている。
射撃は格闘よりも体力を使わないので、昼休みにお手軽に訓練できる。だが、今のところ、これといった成果は出ていない。
「訓練終了」
シミュレートされた風景が、溶けるように消えていく。数秒後には格子状のパネルが敷き詰められた、だだっ広い空間へと戻った。
ガックシ、と肩を落とすマイティ。命中率は、おそらくゼロだろう。近距離でしか命中させることが出来ないとなると、弾幕としては使えるだろうが、射撃戦では役に立たない。
強化ギプスが光の粒子となって、彼の掌に手帳として再構成された。手帳をしまい、マイティは腕時計を見る。針は一時半を指そうとしていた。そろそろ昼休みが終わる時間だ。VR訓練室は本庁内の一施設だから、職場まで十分はかからない。
「気を取り直して、午後からのお仕事、頑張りますか……」
マイティはトボトボと訓練室の扉へ向かう。自動扉が開くと、マイティの目に彼女の姿が目に入った。
「昼休みも訓練なんて、張り切っているわね」
開いた扉の向こうでは、グレイスが立っていた。まるで待っていたかのように……。
「あれ? グレイスじゃないか。どうしたんだ、こんなところで?」
マイティは歩み寄りながら訊ねて、はたと気付いた。今の彼女にはいつもの陽気さが無く、表情は険しかった。
昼休みがもうすぐ終わるというのにVR訓練室を訪れるということは、彼女自身は訓練をしに来たわけではないことがわかる。
なら、何のためにここに来たのか?
「大変な事になったわ」
グレイスは、彼女らしからぬ静かな口調で言った。
「大変な事? それってどういう」
「とりあえず、情報処理室に行くわよ。話はそれから」
それだけ言うと、グレイスは廊下へ駆け出していった。マイティも慌ててその後を追う。
情報処理室へ向かって、廊下を走っていく二人。途中、行き違う職員達の顔には動揺が浮かんでいる。いったい何があったんだ?
「失礼します!」
情報処理室の扉を勢いよく開けるグレイス。彼女の後に遅れて室内に入るマイティ。
モニターが壁一面に敷き詰められた、暗く、広い室内。赤や黄色のランプがチカチカと点滅を繰返している。室内にはただならぬ雰囲気が漂っている。
そして扉を開けたその先では、あまり顔を見たくない上司がモニターを眺めていた。
「サー・メイヴィス。マイティを連れてきました!」
グレイスの声に、ゆっくりと振り向くメイヴィス。
「ご苦労。香車・グレイス」
メイヴィスはマイティを一瞥すると、またモニターへ目を戻した。辺りを見渡すと、他にも数人、銀将の上官や桂馬や香車の同僚の姿が見られる。そして、情報処理室専属のオペレーター達が手元のコンソールをせわしなく操作している。
「なあ、何があったんだ?」
マイティは小声でグレイスに訊ねる。
「さっきから本庁の通信回線にハッキングをしかけてくる輩がいて、通信機器が皆、一斉にダウンしたのよ」
「一斉に?」
「そう。おかげで庁内じゃ通信端末が使えなくなったから、直接あなたを呼びに行ったのよ」
通信が使えない。マイティは、ここへ来る途中に見た職員達の顔を思い出す。皆、動揺していた。
「で、俺を呼んでどうするんだ? 俺は武装棋士だぞ。コンピューターに詳しいわけでも、修理が出来るわけでもない」
「それはわかっているから、安心して。私達がすべきことは強行捜査よ」
「強行捜査……、要は突入か」
「ええ。今、非常回線を使って発信源を逆探知しようとしているわ。これで発信源がわかり次第、拠点を一気に叩こうとサー・メイヴィス達が私達を呼んだというわけ」
なるほど、とマイティは納得する。
「公務執行妨害で逮捕しろ、ということか。それにしても本庁にハッキングしかけるなんて大した野郎だな。逮捕した後、PNPにスカウトしたらいいんじゃないのか?」
軽口叩いた直後、周りの隊員や職員から冷たい視線がマイティに向けられる。ばつが悪くなって、マイティは俯いた。グレイスは呆れ顔で「馬鹿」と呟く。
突然、オペレーターの一人が叫んだ。
「本庁の通信回線に、発信源不明の通信が割り込んできます!」
「繋ぎなさい」
メイヴィスが指示すると、オペレーター達は素早くコンソールを操作していく。が、途端、全てのモニターがプツン、と消えた。
静まり返るオペレーター達。皆、困惑した表情を浮かべている。
「何が起きたのですか?」
「わかりません。もしかしたら、ウイルス……」
「ウイルス?」
「はい。通信すると見せかけて、繋いだと同時に侵入してきたのだと思います」
何人かの職員達がメイヴィスの方を見る。しかし、当の本人はどこ吹く風と言わんばかりに涼しい表情を浮かべている。
「復旧させることは可能ですか?」
「なんとかいけま――、え?」
オペレーターは手元のディスプレイを凝視した。
「どうしましたか?」
メイヴィスが訊いた次の瞬間、全てのモニターに一斉に映像が映し出された。その場にいる者全員がモニターに視線を釘付けにする。
モニターに映し出されたのは、全て同じ映像――
“林檎に巻き付いている蛇”
「これは、まさか……ッ!」
銀将の一人が言うと、それは始まった。
「久しぶりだな。PNPの諸君」
スピーカーから発せられた機械的な音声。ヴォイスチェンジャーでも使っているのだろう。
どよめく職員達を余所に、それは続く。
「あれから五年が経ったというのに、まるで変わっていないな。相変わらず人民を真実から遠ざけようとしていると見える」
嘲笑ともいえる笑い声がスピーカーから流れる。武装棋士達はモニターを睨みつける。
ハッキングの主はよりによって、危険な反政府組織だった――。
「我等はMALUS。五年の沈黙を破り、今、ここに宣戦を布告する!!」




