第7話「“隊長”」
「とはいえ、歩兵・オルカ一人だけというのも考えにくいでしょう。故障した監視カメラ――あれらは留置区域の入り口から被害者の独房まで一直線に機能停止に陥ったそうです。一台だけならまだしも複数、それも被害者の独房へ続くようにして故障するとは、いくらなんでも都合良すぎとは思いませんか?」
「むしろ故意に機能停止させたと見るべきでしょうね。ただ、自警団に気付かれずに破壊工作と暗殺の両方をやってのける――単独で行うには難しいですね。時間もかかりますし。オルカを犯人と決めつけるのは無理があるのでは?」
「先程こう言いましたよ。歩兵・オルカは内通者の可能性がある、と。誰も犯人が一人とは言っていません。先の推論で犯人が一人ではなく複数だと仮定すれば、一連の犯行を時間をかけず効率的に実行できることがわかります」
思わず「確かに」と納得しかけるマイティ。だが、ある考えが頭によぎった。自分は何故、今の話が本当であることを前提にして聞いているのだろうか?
「自分にはオルカがそのようなことに手を染めるとは、思えません」
俯いたままマイティは言った。
「グレイスの話では、彼は確かに被害者を殺そうとはしたそうです。けれどもそれは彼の強い正義感によるものです。自分勝手で傲慢なところがいくらかありますが、彼の正義感は本物です。その彼が仲間と組んで、留置区域にいる犯罪者を殺すとは、考えられません」
「考えられません、か。では、桂馬・マイティ。あなたは深夜三時頃、歩兵・オルカが現場に行っていないことを証明出来ますか?」
「それは……」
証明なんて、出来ない。午前一時半に本庁へ着いた後、オルカやキールとは別れて、本庁内にある自室へ向かったのだ。だからその後彼らがどうしたのか、マイティは知るわけがなかった。
メイヴィスは呆れたように溜め息をつくと、椅子に座り直した。
「あなたの言う通り、歩兵・オルカは単に激情に駆られただけ、と済めば簡単なんですがね」
「……」
「犯罪に対する憎しみが強すぎたがゆえに容疑者を殺してしまったケースは過去に何件かあります。あなたの知り合いだと、香車・ランドルフがその一人ですね」
「ランドルフさんも?」
聞き返すマイティに「まだ私も彼も歩兵だった頃の話ですけどね」とメイヴィスは付け加えた。マイティが記憶している限り、かつての上司であるランドルフはいい加減な性格で、“犯罪を憎む”、ましてや“容疑者を殺した過去がある”、といった風には見えなかった。
「香車・ランドルフの時は殺害してしまったから、彼の、そして私の上司は後始末に追われて大変だったようです。ですが、今回運の良いことに、歩兵・オルカは被害者を殺害することはなかった。もし殺害してしまっていたら、あなたには後始末に追われる日々が訪れたでしょうし、被害者はただの狂人ということで片付けられ、そして今回の事件の真相は闇に葬られたことでしょう」
「さて、」とメイヴィスはマイティを見据える。
「犯人かどうかはともかく、歩兵・オルカが怪しいということはわかりましたね?」
マイティは「まあ、それなりに……」と答えた。
「あの、」
「何でしょうか?」
「あくまでも可能性の話、憶測に過ぎない話ですよね?」
何を期待したのか、そんな言葉がマイティの口から出てきた。それを予測していたのか、待っていましたとばかりにメイヴィスは言う。
「そうですよ。考えられる“数少ない”可能性の一つです」
わざわざ“数少ない”を強調してきた上司にマイティは反論を試みるが、言葉が見つからない。
自分の部下が疑われている――。そう考えただけで胸くそ悪くなってくるが、今の話を信じてしまいそうになっている自分にも嫌気が差した。
「くれぐれも注意してくださいよ。もしかしたら、ということもあるかもしれないので。ま、その時はあなたに責任の大半を押しつけますがね」
メイヴィスは項垂れるマイティを他所に、再びディスプレイの方へと目を向け、コンソールに手を這わせた。
「話は以上です。もう戻っても構いません」
こちらに目をくれずに言い放つメイヴィス。マイティは言い様の無い不快感を抱えたまま、
「失礼しました」
とその部屋を後にした。
非戦闘員の職員達が使用している、ディスプレイ付きの机が整然と並べられた部屋。午後八時を回っているため、部屋の人口密度は昼間の半分以下だ。所々に座っている制服姿の職員達に混じって、一人ジャケットを着たマイティは書類仕事をしていた。
先程、グレイスの報告書がメイヴィスから送信されてきたが、あまり良い報告とは言えなかった。
まず留置区域の故障した監視カメラは、映像をセキュリティ室へ送信する通信系統のあたりがやられていたらしい。カメラ自体に物理的な損傷は無かったようだ。原因は、“コンピューターウイルス”。これに通信系統のプログラムはすっかり食い荒らされていた。メイヴィスとの話では単独での犯行は厳しいと仮定していたが、これで単独でも犯行は可能だとわかった。
次に被害者ウィリアム・トロイの死因について。被害者の内臓には深刻なダメージがあり、皮膚や髪の毛の一部が焼かれていた。また、辺りに排泄物が撒き散らされていることから、おそらく電気ショックのようなものをかけられたようだとのこと。
電気ショックと聞いてマイティはすぐさまRSが頭に思い浮かんだ。あれも使用時、水晶部に高圧電流が流れるように設計されている。
「RS、そういえばオルカも使うな。……、あ」
ボソリと口に出して初めて、マイティは気付いてしまった――自分も部下を信用していないことに。
くそっ、とマイティは舌打ちをする。
「そもそも、あいつが被害者を殺そうとしなければ――」
何事も無かったってのに……。
マイティは席を立つと、ディスプレイ横にあるスイッチを乱暴に叩くようにして押した。近くの職員が驚いて彼を見るが、すぐに自分達の仕事に戻った。
画面が真っ暗になる頃には、マイティは部屋を退出していた。
ジャケットのポケットに両手を突っ込み、食堂へ入るマイティ。注文のラッシュアワーを過ぎているためか、中は空席ばかりだ。
入ってすぐに彼は室内を見渡した。
「グレイスは、まだ来ていないか」
報告書が届いたので、調査を切り上げて戻って来たのだろうとてっきり思っていたが、食堂に彼女の姿は見えなかった。今頃は自室で休んでいるか、本庁への帰路の途中か、あるいは現場で調査をまだ続けているのかもしれない。
水の入ったコップとカレーライスを乗せたトレイを店員から受けとると、いつも座っている壁際のカウンター席へ。彼は適当な席についた。
壁に設置されている大型ディスプレイからは、見慣れた顔の女性アナウンサーが今日のニュースを報じていた。
マイティはスプーンでカレーを掬い、口に運んでいく。ピリッとした辛さが舌を刺激してくる。黙々と食べている間、マイティはメイヴィスの部屋を出た後のことを思い返していた。
……毎日やると宣言していた合同訓練は、今日はやらずじまいに終わってしまった。「昨日は夜遅くまでやってくれたから今日は訓練は休みだ。各自休憩するなり自主練するなり好きにやってくれ」と二人には言っておいたが、本当のところ今日のことを一旦整理したかったため、サボったのだった。二人は特に何も言わなかったが、不思議に思ったことは間違いないだろう。
カレーを口に運ぶ途中、ふと皿の隅に居座っているらっきょうの姿が目に止まった。
『くれぐれも注意してくださいよ。もしかしたら、ということもあるかもしれないので。ま、その時はあなたに責任の大半を押しつけますがね』
上司から言い渡された“ありがたい”お言葉。思い出しただけで頭が痛くなってくる。
「あのクソババアめ……」
マイティはらっきょうの一つをスプーンでグサリと突き刺す。カンッ、と高い音を立てて、らっきょうは二つに切断された。
半分ほど食べ終えた所で、マイティは水を飲もうとコップへ手を伸ばす。と、その時、右隣の席に誰かが来た。
グレイスだろうか? トレイを持ったまま立っているその誰かへ、マイティは顔を向けた途端、息を呑んだ。相手はトレイを持ったまま、こう尋ねる。
「隣、よろしいでしょうか?」
キールだった。
相変わらず何を考えているのかわからない、無表情な顔の彼女にマイティは「あ、どうぞ」とワンテンポ遅れて答えた。
すぐ隣にキールのトレイが置かれると、マイティの目は自然と彼女のトレイに向けられた。中央に置かれた一枚の皿には、サンドイッチが二つ。狐色に色づいたパンとパンの間にはレタスやハム、トマトなどが挟まれている。所謂クラブハウスサンドというやつだ。
「好物ですので」
見られていることに気づいたのか、キールは素っ気なく言った。慌ててカレーに目を戻すマイティ。
キールは静かに席に着いた。マイティは横目でちらと彼女の顔色を窺うが、表情に変化は無い。それはそれで逆に恐いとも感じた。席に着くと彼女は「いただきます」と小さく呟いて、サンドイッチに手をつけた。マイティも半分程残っているカレーにスプーンを突っ込んだ。
キールが隣に来てから五分は経っただろうか。その間何も話さず、ただ黙々と食事をしていた上司と部下。最後のサンドイッチを食べ終えると、キールはマイティの方へ顔を向けた。彼女と目が合い、マイティは圧迫されるような感覚を覚え、視線を脇へそらした。
キールは言った。
「今日、何かあったのですか?」
スプーンでらっきょうと戯れていたマイティは、危うくらっきょうを場外へ飛ばしかけた。
それを訊くために、わざわざ隣に座ってきたのか!?
「どうしてそんな事を?」
動揺を悟られないように、マイティは冷静に聞き直す。
「何と言いますか、ソワソワしていたと言いますか、落ち着かない様子でしたので」
マイティは苦笑するしかなかった。なるべく冷静に努めたつもりだったが、少なくとも彼女には見抜かれていたようだ。
今、ここでオルカのことを言うべきなのだろうか?
マイティは水を飲む。熱くなった口内が水に冷されていくのを感じながら、彼は考えた。
正直、誰かとこの事については相談したい。本当はグレイスと相談したいところだが、彼女がいない今はキールに相談してもいいかもしれない。キールはオルカと同僚だから、この件についての相談相手としてはうってつけでは……。
「キール、実はな――」
と、言葉が喉から出かかったところで、はたとマイティは話すのを止めた。
今、話して本当に大丈夫なのか? まだオルカが内通者と確定したわけではないのに。余計なことを言って、却って自分の立場を無くしてしまうことだって――
「どうかしましたか? ……“隊長”」
「え?」
こいつは今、何て言った?
「……た、たい、ちょう?」
マイティは目を丸くしてキールを見た。いつも通り、無表情な顔をした彼女を。呆気に取られるマイティに、キールは「あ、」と思い出したように声を上げた。
「驚かしてしまってすみません。ただ、上司の事を何と呼べばいいのかわからなかったので、昔の同僚に聞いてみたんです。そうしたら――」
「“隊長”と呼んでいるのか」
「はい。他のチームでは上司をそういう呼称で呼ぶみたいです」
そう言う彼女の表情は……、ほんの微かだが、はにかんで笑っているようにも見えた。
「そっか。“隊長”、か……」
噛み締めるようにして、マイティはその言葉を呟いてみた。
“隊長”、と。
不思議な言葉だ。何だか、身体の奥底から力が湧いてくるような感じがした。
よし……ッ!
「大したことはない」
「え?」
今度はキールが目を丸くした。
「大したことは、ないんだ」
心配する部下に、そして自分に言い聞かせるようにして、マイティはきっぱりと言い切った。
せっかく纏まりつつあるチームを、お互いの不信感で潰すわけには……。隊長としてチームを混乱させるわけにはいかない……!
マイティは勢いよく席を立った。突然立ち上がった上司に驚いて、キールは少し身を引かせる。
この時、彼の顔は、何かが吹っ切れたような表情をしていた。
「じゃ、キール。また明日な!」
「は、はい……」
どうしてよいかわからず、困惑しているような表情を浮かべる部下に背を向け、マイティは自分のトレイを持ち運ぶ。
“隊長”か。何だか不思議な感じだ。根拠は無いけれども、何でも上手く行きそうな気がしてきた!
「何だか知らないが、みなぎってきたぞ!」
トレイを返した後、マイティは晴れ晴れとした気分で食堂を後にしたのだった。
マイティが去った後、食堂は再び静けさを取り戻した。
「……」
「どう? 上手くいったでしょ?」
カウンター近くにある厨房から聞こえてきた声に、キールは我に返った。
「それにしても、あんなに喜ぶとはね。男って単純ね」
陽気な口調で話す相手。
「単純かどうかはわかりませんが……。少し意外でした」
マイティが出ていった出口の扉へ、キールはちらっと目をやった。
「……彼のこと、よろしくね。あれでも頑張っているから」
「はい」
「あ、そうだ! 何かあったらいつでも相談しに来て! うちのチーム、男ばかりだから女の子と話す機会がなかなか無いのよね。ハハハ」
笑い声と共に、ふ、と厨房から姿を現したのは、紺のジャケットを着た、紫の長い髪を垂らした女性。
キールは相手に言った。
「ありがとうございます、グレイスさん」




