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第5話「エントランスにて」

「PNPの諸君、今回は本当に助かった。Oブロック自警団を代表して礼を言う」

 待合室に入ってきたクラウドに、マイティは「いえいえ、これも仕事ですから」と笑って答えた。本当は、ただの通りすがりであるグレイスの功績が大きいのだが、クラウド達からすれば同じPNPの隊員でしかないので特に問題はない。

 グレイス自身、そう考えているのか、この事については何も言わなかった。

 ところで、とマイティは話を切り出す。

「クラウド団長、容疑者の様子はどうなんだ?」

「彼は、もう駄目だな。すっかり壊れている。一応取り調べはしているが、何一つまともな返事は来なかった」

 やっぱりか。

 マイティは浮浪者の証言を思い出す。

“……笑ってた”

“……子供みたいに口を半開きにして、ヘラヘラと笑ってたよ。気味が悪かった”

「そうか。そいつ、下手したら病院のお世話になるかもしれないな」

「ああ。それにしても、あの彼が殺人を起こしたとは……。未だに信じられないな」

 ぽつりと呟くクラウド。

 資料によれば容疑者であるウィリアム・トロイは、品行方正な職員として知られていた。それ故、今回の事件は普段の彼を知る者に大きな衝撃を与えた。クラウドもどうやらその一人のようだ。

「――その事なんだが」

 唐突に話に割り込んできたオルカ。クラウド含め、周りの四人の視線を集めて、彼は壁から離れた。

「真面目な職員として知られている彼がなぜ狂ってしまったのか――その原因は判明したのか?」

 高圧的な態度で尋ねる彼に、クラウドは首を横に振る。

「……済まない。それは今、私の部下が調査しているところなのだが、これといって収穫はない。それに私自身、見当もつかない。彼とは今まで何度か会ったことはあるんだが、とても人を殺すような人間には見えなかった。職場で嫌がらせを受けているといった類いの噂も耳にしたことはない」

「では、今回のような事態はあなた方にとっても予想外だったわけか」

「そういうことになるな」 オルカは「なるほどな」と呟いた。

「……何かわかったの?」

 イスから見上げるキールに、オルカは「いや」と答えた。

「少し気になっただけだ。スーツを返り血で盛大に汚すような、殺人鬼が一体どんなやつだったのか、な」

「まだ“殺人鬼”って決まったわけじゃ」

「殺人鬼だろ」

 異論は受け付けない――オルカの強烈な視線がキールに叩きつけられた。

「お前だって見ただろ、資料に掲載されていた犠牲者の死に様を。いくらなんでもひどすぎる。遺族に見せられたものじゃない。あんなことするような輩が殺人鬼じゃなくて、何だって云うんだ!?」

 拳を強く握りしめるオルカ。それに臆した様子を見せずに、キールは言う。

「今回のケースは普通の真面目な職員が何らかの原因でおかしくなってしまっただけ。殺すことに快感を覚えるような、ただの快楽殺人者達とは違う。彼は正気を失っているから」

「仕方が無いとでも?」

 小刻みに震える、彼の拳。

「壊れているからどうした? あんな人間の屑なんぞに同情することなんてない。頭がイカれているからといって、殺人の、それもあんな……、あんな幼い子を手にかけておいて罪が帳消しになるわけがない!」

「オルカ、ちょっと落ち着け」

 マイティは彼をなだめようと立ち上がる。が、それよりも先にグレイスがオルカの前に歩み寄る。

 グレイスは厳しい口調でオルカに言った。

「憎いのはわかるけど、だからといってあなたにその人の命を奪う権利はないわ」


 時刻はとっくに零時を過ぎていた。受付嬢のいないエントランスホールに、マイティ達はいた。

「後は我々自警団に任せてくれ。諸君らはもう戻ってくれても構わない。ご苦労だった」

 それだけ言うと、クラウドはまた奥へと戻っていった。彼ら自警団には、取り調べやら事情聴取やら処理やらと仕事がまだ山積みだ。徹夜になるだろう、とマイティはクラウドから聞いた。

 クラウドの姿が見えなくなると、「さて――」とマイティは部下達に顔を向ける。

「俺達も、戻るとするか」

「そうですね。もうOブロック(ここ)に用はありませんし」

「……」

 少し冷静さを取り戻したためか、あれからオルカは一言も口を開かない。グレイスの言葉が効いたのかどうかはわからないが、釈然としない様子ではあった。

「そうだ!」と、不意にグレイスが声を出した。

「あなた達、本部に戻るんでしょ。なら私が送っていってあげようか?」

 グレイスの提案にマイティは「そりゃ、助かるな」と乗りかかるも、自分達も車で来たことをはたと思い出した。

 あー、とマイティは頬をポリポリと掻く。

「実はな、俺達も区役所に車で来ているから、その必要は無いんだ」

「あら、それは残念。じゃ、あなた達とはここでお別れね」

「……いや、少し待ってくれないか」

 マイティは部下達へ振り返ると、次のように指示をした。

「キール、オルカ、お前達は先に車に戻ってくれないか? 俺は少しこいつと話すから」

「了解だ」

 特に何も言わず、オルカはあっさりと従ってくれた。一瞬遅れで「わかりました」とキールも短く答える。オルカはマイティに背を向け、出入口の自動ドアへと歩き出す。その後をキールが追いかけていった。

 二人がいなくなると、マイティは「ふぅ」と息を吐いた。

「その様子だと、まだ緊張しているみたいね」

「まあな」

「で、話って何? まさかデートのお誘い?」

 グレイスのからかうような口調に、マイティは面倒臭そうに鼻を鳴らした。

「馬鹿言うな。なんでお前みたいな女に……。俺が話したいのはな、オルカの事だ」

 念のため、もう一度出入口を見て、二人が出ていったのを確認する。その様子を見て、なるほどとグレイスは納得した。

「だから先に戻らせたのね。彼には聞かれたくない内容ってことかしら」

「確かに聞かれて欲しくはないな。えっと、そうだな……。単刀直入に訊くが、お前――、本当は容疑者と戦闘していないだろ?」

 無言――マイティの言葉に、グレイスは何も返さない。

 そのまま探り合うようにして二人は相手の目をじっと見る。  

 それから十秒、いや二十秒は続いたか。沈黙に耐えかねたのか、グレイスはまいったと言わんばかりに肩を竦めた。

「……やっぱりわかっちゃうか」笑って誤魔化そうとするグレイス。

「当然だ。訓練生時代からの腐れ縁だ。嘘ついているかどうかくらい、見りゃわかる。――で、本当は何があったんだ?」

 マイティの追及に観念したのか、「実は……」とグレイスは話し出した。


 グレイスの話を要約すると以下のようになる。

 アナウンスが発令した時刻、買い物を終えた彼女は荷物を車に入れるべく、デパートの地下駐車場へと向かっていた。生活必需品以外にいろいろと衝動買いをしてしまったためか、荷物は当初の予定の倍になってしまった。量的に手で運ぶのはいささか無理があったため、店内にあるカートを使用。車に荷物を何とか入れ、彼女はカートを戻しに再び店内へ戻った。そしてカートを戻した後、いざ帰ろうと、自分の車に向かう途中で、

「見たのよ。彼が容疑者の胸ぐらをつかんで、すごい剣幕で怒鳴っているところを」

 どうして殺した?

 そんな言葉をオルカは口にしていたそうだ。しかし、容疑者はへらへらとただ笑っているだけ。会話はほとんど成り立っていないように見えたそうだ。

「そしたら、彼、これ以上は無駄だと判断したのか、突然容疑者を殴り飛ばしたの。その時容疑者は頭を打って気を失うのだけれども、彼は頭に血が上っているせいか、こんな言葉を吐き捨てていたわ。『お前みたいな社会の屑は、俺が直接駆除してやる』って」

 そしてジャケットからPNPの手帳を取り出し、強化ギプスを装着したオルカ。このままでは殺されてしまうのは明白だった。ここで彼女は止めに入ることを決意。同じ武装棋士アームド・ナイトとして、一時の感情で人を殺させるわけにはいかない――そう判断した彼女は、自身も強化ギプスを装着し、オルカの前に立ち塞がったのだ。


「……で、RSライオット・スタッフでチャンバラやっている最中に、俺たちが駆け付けた――ってわけか」

 天井を仰いで、マイティはつぶやいた。

 まったく、聞いているだけで頭が痛くなってきた。

「オルカの奴……」

 苛立ちで顔を歪めるマイティ。グレイスは「まあまあ」と笑いながら言った。

「無事だったんだから、いいじゃない。何より(オルカ)が容疑者に手をかけなくて本当に良かったわ」

「その点は本当に感謝している。危うく一線を越えてしまうところだった」

「ええ。それにしても、あんなに正義感の強い人があんたの部下だなんて……。ちょっと信じられないわね」

 感心するように言うグレイス。マイティは内心、「“強い”というより“強すぎる”だな」と思った。容疑者に必要以上に負の感情を抱いたり、待合室(あそこ)で感情を爆発させたり――。あまり褒められたものではないが、それでも少しは彼の気持ちはわかる。容疑者を殺してやりたくなる気持ちも……。

 でもそれは自分達の立場では許されることではなく、それ以前に“人”として許されることではない。一時の感情で人を殺してしまえば、それこそ取り返しがつかない。

「俺達の任務はあくまでも治安の維持であって、悪者を裁くことじゃないんだよな」

「そうね。裁くのは裁判官の仕事だものね。上司として、その辺のことをしっかり彼に教えないと」

 わかってるよ、と言いかけたところで、気が抜けるような大きな欠伸が、マイティの口から溢れ出た。

「そろそろ半(零時半)になるわね」

 グレイスは腕時計の針を見て、言う。

「いい加減、帰るとしよう。車にあいつら待たせてるし」

「そうね。私もシャワー浴びたいから、早く帰らないと」

 気が楽になったからか、二人は互いに笑った。


 エントランスを出ると、ひんやりとした冷気が肌に伝わってきた。二人は他愛のない話をしながら、駐車場へ向かった。

 駐車場の手前はパトカーや自警団員達の車が整然と並んでいる。車体が淡い乳白色の月光を反射している。

「そういや、お前はどこに停めたんだ?」

「向こう」とグレイスが指差す。その方向は、マイティ達が停めた場所と正反対の方向だった。

「じゃあ、ここでお別れね。それじゃ、おやすみなさい」

 にこりと笑う、グレイス。

「ああ、おやすみ」

 欠伸しながら軽く手を振るマイティ。

 その時、風が吹いてきて、彼女の髪がはためいた。月の光が透き通る、紫色の髪。グレイスは慌てて髪を押さえると、そのまま駐車場の奥へと歩いていった。

「俺もしっかりしないとな」

 彼女の姿がパトカーの陰に消えるのを見届けて、マイティも部下達が待つ車へと向かった。




 その翌日、容疑者ウィリアム・トロイは何者かによって殺害された。


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