チョコには気を付けて
バレンタインを題材として書いてるのに、気が付けばもう三月。正直、やってしまった感が半端ないです。
こんな時期に『バレンタイン』というのもどうかとは思いますが、楽しく読んでいってくださると幸いです。
ちなみに小説内のギャグが面白くなくて笑えなくても、そこは読んでくださってる方の親切心と根性で無理やり笑ってやってください。
では、どうぞ!
先に言っておこう。これは夢だ。いや幻かもしれない。
え? なんでそんな前置きをするかって?
それはある一つの非日常的な、いや非科学的な『超常現象』がオレの身に起きたからだ。
ん? それは大袈裟すぎるだろうって?
いやいやだってさ。オレの靴箱の中に『チョコ』と『手紙』が入ってるなんてありえねぇもん。
☆
チュン、チュン。
小鳥の囀ずる声。カーテンの隙間から入る気持ちいい朝日。
ごく普通の高校生であるオレ――宮代大地は何故か分からないが今朝早く起床した。
別に昨日早く寝た訳じゃない。むしろ遅かったと思う。って、まあそれは置いといて。
珍しく早起きという善き一日のための行動を起こしたオレは服を学校の制服に着替え、鞄を持って一階のリビングに向かう。
「おはよ――」
「愛理! 今日は天災がくるかもしれないわっ!」
「じゃあ、ちゃんと防災グッズ確認しとかなくちゃだねっ!」
「……おおう、オレが早起きしただけでここまでの言われようなのか」
ホント酷い言われようである。
まず先に言葉を発したのが、『義理』の母である宮代ミシェル。名前からも分かる通りフランス人なんだが、日本に住んでいる期間の方が長いために今じゃ母国のフランス語よりも日本語の方がぺらぺらと喋れる。
容姿は大切にされたお嬢様のような白い肌とキラキラと光を反射する綺麗な金髪、そして宝石のような青い瞳が特徴的。顔はハリウッド女優のような端正な顔つきをしており、すれ違った人達は全員が振り返るくらいだ。スタイルも抜群で別に健康とかに気遣ってないはずなのに、出るとこは出て、締まるところは締まるという世の苦労している女性からすれば妬ましく感じるであろうプロモーションをしている。
そして次。金髪のツインテールをした少女は宮代愛理。俺の『義理』の妹であり、ミシェル義母さんの娘である。
母親とは違い、綺麗というよりも可愛いアイドルと言った方が正解で、義母さんの遺伝子を引き継いだ綺麗な金髪もプラスされて、学校ではアイドルのように扱われているらしい。
……羨ましいな。オレもそんな扱いされたいっ!
義母さん程ではないが、腰つき、足の長さ細さなどはそこいらの女性では太刀打ちできないほどの美しさを持っている。多分義母さんの遺伝子を強く受け継いだのだろう。……まあ胸以外は。
「今、変なことを考えなかった?」
「滅相もございませぬ」
あと勘も鋭い。
「で、義母さんたちは何をしてるんだ?」
義母さんは私服に、妹は制服にエプロンを装着し、キッチンで何かを作っていた。
「い、いや? 大地には関係ないわよっ!?」
「そ、そうそうっ! あ、兄貴には全然関係ないからっ!」
よし、隠し事アリ。
だが、そこはあえて知らんぷりしておくべきだろう。それが紳士による真摯な態度だ。
「まあ、いいけど。キッチンから煙出てんぞ」
「えっ? ――きゃああああ!」
「ったく、朝から家を失くす気かよ」
慌てる母さんたちを尻目にオレはリビングのソファーに座り、テレビを見ることにしたのだった。
時間は七時五十分。朝食を食べ終え、身支度も済ませたオレは高校に向かうため家を出る。
同じく学校に向かう小中学生や駅へと向かうサラリーマン、OLなどを追い越しながら、緩やかな坂道を越え、少し山手の方にある高校へと到着した。
校門をくぐり、靴箱のある玄関へ入ろうとしたとき、オレは一人の同級生に話しかけられる。
「おはよう! 大地っ!」
爽やかに茶髪を靡かせ、某アイドル事務所にも通用する顔をした彼の名は――
「……誰だ?」
「ええっ!? 中学の時から一緒なんだけど!? しかもクリスマスも一緒にいたよね!?」
「すまない。思い出せない。かろうじて頭に浮かぶのは『変態』ということのみだ」
「もう友達と呼べるかさえ疑問だねっ!」
まあ、冗談はさておき。
コイツの名前は速水勇次。ステータスを振り分ければ、性欲と行動力がカンストする勢いの変態で、オレはどうやってコイツと知り合い、友達になったのかまったくもって思い出せない。いや、自己防衛本能が思い出させないようにしているのかもしれない。
「で、お前がこんな時間から学校に来るなんて珍しいな」
オレはただ珍しく早起きしたからいつもより早い時間に登校しただけにも関わらず、毎回遅刻してくるはずの勇次が始業のチャイムが鳴る一五分前に来るなんておかしいにもほどがある。
今日は何かあるのか……? と思っていると勇次が何やら気持ち悪い顔で口を開く。
「今日は『バレンタイン』だからね」
……そうか。今日はバレンタインだったか。ふ、フフ不負腐怖――っと変な笑いが出てしまった。
「そうか。今日はリア充達のパラダイスデーだったか……。よし、非リア充諸君! 銃を持てぇぇぇええええ!!」
「何変なこと言ってんの大地っ!?」
『イェッサー、ボス!!』
「ええっ!? いつの間にそんな組織ができてたの!?」
モテない男子総勢八六名。今、リア充駆逐のためいざ参る!
「ち、ちょっと――」
止めようとする勇次を無視し、オレは部下を引き連れて玄関の靴箱へと向かう。
そしてその時、事件は起きた。
リア充どもを殲滅すべく、校内へ入るために上履きに履き替えようと靴箱の蓋を開けた瞬間、オレの視界にあるものが飛び込んできたのだ。
そう、オレの靴箱の中に入っていたのは――
「ん? どうしたの大地――って」
ピンクの包装紙に包まれた四角い平らな箱と、ハートのシールで封をされた可愛らしい封筒だった。
……どこをどう見たって、『バレンタインチョコ』と『ラブレター』である。
「よし、お前ら。構えろ」
『グッバイ、ボス』
友だった者と銃を構えた悪魔たちのささやきが聞こえたその瞬間、オレは脇目も振らず脱兎のごとく校内へと逃げ出した。
『よし、お前ら第三部隊は正面玄関を封鎖。第四、第五部隊は裏口および靴箱を封鎖しろ』
『イェッサー!!』
『第二、第六部隊は校内を逃走しているであろう大地を捜索及び校内を巡回。通りがかった生徒にも協力を仰げ。報酬は惜しまん。第一部隊は俺と共に極刑の準備を』
『イェッサー!!』
これが教室内でやり取りされていた勇次とリア充撲滅部隊の会話である。……うん、人を信じるってなんなんだろうな。
しかし、ウチの生徒はあんなに軍隊――いやバカ○ス風の戦闘訓練を行っていただろうか? いや、行っていなかったはず。バレンタインというのはあそこまで人を変えてしまうものなのか。恐ろしいものだ。
「さて、ここからどうやって逃げるか……」
現在、オレがいるのは自分の教室より少し離れた所にある非常時用ホースを収納している箱の中である。正直、狭くて暑いのでもう出たいのだが、外ではリア充撲滅部隊が巡回を行っており、出ることができない。
それぞれ階段前には最低二人の人員が配置されており、階段を使うことは不可能。
そして数分おきに巡回している三人編成の部隊がいるため、出てからの時間制限もある。
これは本格的に追い詰められた……!
と、そんな諦めの気持ちが強くなったその時、オレはふとある作戦を思いついた。
そしてポケットから作戦の要となる『ブツ』を取り出す。……よし、これなら行ける。
「お前ら! 全員動くな!」
そんな叫びと共にオレはホース収納箱の中から飛び出す。
『なっ……!?』
その声に後れを取ったものも多いらしく、ほんの一瞬だが巡回中の部隊と階段前の見張りが硬直した。
「さあ、お前たち。そこを退くんだ」
『くっ……』
『ある』ものを前に掲げながら進むオレに、撲滅部隊と階段前にいた見張りも『ソレ』を悔しそうに見ながら膝をつく。
「これがある限り、貴様たちはオレに手が出せない。ここにいる全員、女子の悲しむ顔なんて見たくないよな?」
『っ……! 卑怯な……!』
「卑怯? 結構。オレは自分の命のためなら悪魔にでもなろう。さあっ! さっさと退くがいいっ!!」
憎々しげな表情を浮かべながら仕方なくといった感じでオレに道を譲るリア充撲滅部隊たち。ははは! これぞ戦わずして完全勝利というやつだ。
「じゃあなお前たち。良きバレンタインを……」
そう言い残して、オレは戦闘員の間を走り抜け、落ち着ける場所である屋上を目指すことにしたのだった。
……簡単に説明すると、女子から送られてきたチョコを撲滅部隊の前に掲げて、『チョコを壊したら、せっかく気持ちを込めてチョコを作った女子が悲しむぞ』という撲滅部隊の良心に働きかけた作戦だったんだが、正直ここまで効くとは思わなかった。
ま、もし構わず突撃してきた奴がいても、チョコは絶対に守るけどな。
☆
うちの学校の屋上は広い。元々校舎が広いので屋上も同じように広くなるのは当然なのだが、少し凝った造りをしており、一面に敷き詰められた天然の芝生に少し遊び心を混ぜたかのような少し膨らんだ山。そして所々に設置されているテーブルとイス、そしてベンチは昼休みになれば、弁当を持ってみんなここへ食べに来るくらい人気の場所になっていたりする。
ついこの間、『屋上の~景色のいいテーブルで~一緒にお弁当を食べよっ☆』とか言ってやがったバカップルを邪魔するためにリア充撲滅部隊を動かし、屋上のテーブル、ベンチをすべて占拠。当然バカップル二人は残念そうな顔をして教室へと戻って行った。そのあとオレたちで祝勝会を挙げたのを今でも鮮明に覚えている。
と、話を元に戻そうか。現在は一時間目の途中、当然人は誰もいない。
チョコを人質(?)にしながら屋上までたどり着いたオレは入り口付近にあるベンチで一休みしていた。
「ハァ……ハァ……嫌な団結力を持った奴らだ……」
む。今誰だ。結成したのお前だろ、ってツッコんだ奴は。まったくもってその通りだと言っておこう。
まさか、リア充撲滅部隊の恐ろしさを我が身を持って知ることになるとは思わなかった。余りある力は制御しがたいということか。
……まあ、その話は良い。あいつらの話をすると心が疲れてくる。
それよりも今はこのチョコと手紙の送り主だ。一体誰からなのだろうか?
「じゃあ、失礼して」
期待に胸を膨らませながら、靴箱にチョコと一緒に入れてあった封筒を開封し、中に入っていた二つ折りの紙を開く。するとそこにはこう書いてあった。
拝啓、新山伸五様へ
今日の放課後、屋上であなたを待ってます。
水崎鏡子
「オレじゃねぇえええええええええ!!」
完全なる人違いだった。
「なにコレっ!? オレ完全に人のチョコでテンションが上がってたんじゃねえかっ!! すっげー恥ずかしいんだけど!?」
この恥ずかしさはデパートなどで友達と思って話しかけた相手が、全く知らない他人だった時の感覚に似ている。
なんか、悲しみを通り越して自分に呆れ果てるわっ!
どう自分の感情を表していいか分からず、とりあえず屋上の壁でオレは頭をガシガシぶつけてみる。血が出ようと関係ない。目の前が真っ赤に染まろうが頭をぶつけ続ける。だが、心は全く落ち着いてくれない。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「貴方、そこで何をしてるの?」
ふと、後ろから女性の声が聞こえた。その声で少しテンションが落ち着いたオレが振り返ると、そこには『お嬢様』がいた。
毎日綺麗に整えていることが分かる綺麗な金の髪。その髪の長さは腰まであり、耳を隠す横髪の先端はドリルのようにクルクルと巻かれていた。……っていうか、本当にいたんだそんな髪型の人。
「ああ? 何か言ったかしら?」
「いえ、言ってません」
何故、オレの周りにはこんな勘の鋭いやつが多いんだ。
「そこ、退いてくれないかしら? 私今、待ち合わせ中なの」
「ああ、悪いな。で、一つ言っていい? 血まみれのオレを見て何も反応無し?」
「貴方のことに何の興味もないから」
「……さいですか」
……とりあえず血は拭くとするか。
血を止めて拭き終わった後、オレは改めて彼女の方へと向き返る。
少し不機嫌な少女は学校にも拘らず、なぜか指定の制服ではなく、青を基調とする少し露出度が高いワンピース風のドレスを着ていた。もしかすると生徒ではないのかもしれない。
「お前、この学校の生徒じゃないのか?」
「いいえ、れっきとしたこの学校の生徒よ」
生徒なのかよ。
「じゃあ、制服着て来いよ」
「私は学校の規律なんかには縛られないの。ほら、庶民は授業の時間よ、さっさと教室へ帰りなさい」
しっ、しっ、と動物を追い払うような動作でオレに『あっちへ行け』と命令する。……なんかムカつく。っていうか、授業中なのに待ち人は来るのか?
そんなちょっとした怒りと疑問を感じたが、楯突いても何の得もないのでオレは素直にその場を離れようとした。すると、
「ちょっと待ちなさい」
あっち行けと命令したり、今度は待てと命令したり忙しいやつだな、と思いながらもオレは少女の方へと振り返る。
「その箱と手紙、どこで手に入れたの……?」
少女がゆび指す方向を目で辿っていくと、その先にはオレの持っているチョコ入りの箱があった。
「いや、これはオレの靴箱に入っていたやつだけど?」
言った瞬間、少女の顔が一気に青ざめる。ん? どうしたんだ?
「そ、それ――」
「この箱がどうかしたのか?」
プルプル震える少女はオレの持っている箱と封筒の間で指を逡巡させると、ドレスを着ているとは思えない速度の猛ダッシュで俺に近づき、
「返しなさい!」
とその箱と手紙を奪い取った。
「お、おい! それオレの――」
「いいえ! これは私のよっ!」
「…………は?」
一瞬、時が止まったようにも感じる静寂が場を支配する。
この目の前のムカつくお嬢様が、人を常に見下して生きていそうなこの少女が誰かにチョコを出していた? ってことはこの人が水崎鏡子!?
「まさか私としたことが、間違って入れてたなんて……!」
「お前――」
「な、何よ……。『人を見下してそうなお嬢様が誰かにチョコを渡すなんてバカみたい』とか思ってるわけ……?」
顔を真っ赤にして募った恨みを吐き出すように言う水崎。いや、確かに大幅当たっていたけど、オレが言いたいことはそういうことじゃなくて。
「いや案外、可愛いとこあるんだな」
「なっ――」
突然、顔を真っ赤にしてオレをキッと睨む水崎。な、なんだ? オレなんかしたか?
「へ、平凡な男に私がチョコを渡すわけないじゃないっ! 全然、可愛くないわよ!」
「いや、告白するためにそんな綺麗なドレスを着て、一時間目から屋上で待つなんて、ロマンチックを夢見る乙女にしかできないと思うけどな」
オレがそんなことを言った瞬間、水崎の表情が氷点下の水のように凍りつく。
「ど、どうして告白の事を!?」
「いや、まあ……その手紙……少し読んじゃったし」
少々気まずい顔をしながら、オレは水崎が持っている手紙を指さした。
「あ、あっ――」
頭から湯気が出るんじゃないか、というくらい水崎は顔を真っ赤にして俯き、なにやら口をパクパクさせている。そして、
プッチーン
確かにオレは聞いた。一人の少女の理性が切れるその音を。
「あ、貴方ねぇ……! 人の手紙を勝手に読むなんていい度胸してるじゃないの……!」
ヤバい。あの視線は人を殺せる鋭さを持ってるぞ。
「い、いやいやいやっ! 手紙を間違えてオレの靴箱に入れたのお前だろっ!? 手紙の内容を読んだのは謝るけど、間違えたお前も悪いだろっ!」
「うっ――」
反撃の言葉に水崎は一瞬怯んだ。が、再び殺気を復活させて、
「いいえ、貴方がすべて悪いのよっ! そして私の恥ずかしい一面を知った貴方はここで消すっ!」
「そんな理不尽なっ!?」
訓練された軍人も恐れおののくような殺気を纏った水崎が一歩、また一歩と近づいてくる。これは本当に殺されるっ!
「待て待てっ! 分かった! このことは誰にも言わないから命だけは!」
「いいえ、ダメよ。私のこんな秘密を知った貴方にはこの世に細胞のひとかけらも残すことなく消えてもらわなくちゃならないの」
「お、オレそんなドラ○ンボールの敵キャラ並みに存在を消さなくちゃならないのかっ!?」
あれ? このネタ前にも聞いたことが……じゃなく、い、いやだ! オレまだやり残したことがあるんだ! とオレが思っている間にも水崎は近づいてきて距離は残り三メートル。オレの足は生まれたての小鹿のように震えているためその場を動くことができない。
さあ早くこの場を生き残る手段を考えるんだ宮代大地。お前ならできる。この場を無事乗り越える手段を絶対に考え付くはずだ!
残りの距離は一メートル。もう後はない。
「覚悟しなさい!!」
水崎は大きく拳を振りかぶり、そしてオレの顔へと――
「だぁぁああちょっと待てって!! 手伝う! 手伝うから!!」
その瞬間、水崎の動きがピタッと止まった。あ、あれ? オレ今何て言った?
「て、手伝うって何を……?」
「そ、その……『告白』を」
オレの口が勝手にぺらぺらと言葉を紡ぎ始める。おいオレ、とんでもないことを約束していっている気がするんだが。
「告白を手伝う……?」
「ああそうだ。やっぱ告白するには男の気持ちを知ってる奴がいた方がいいだろ? だからオレが手伝ってその告白を成功させてやる」
おい誰か止めろこの口を! いやお願いしますからこのバカな口を止めてください! なんで俺が他人のリア充イベントを手伝わなくちゃならないんだ! むしろ俺が手伝ってほしいわ! という心の悲しき葛藤とは対にオレの口はとんでもないことを約束していく。
「…………本当に手伝ってくれるんでしょうね」
「ああ、もちろんだ! 絶対に成功させてやる」
そんなこと成功させたことがないからオレは非リア充なんだぞ、という自分自身に対するツッコミすらできず、オレは水崎の告白イベントを成功させることになった。
☆
「――で、大地はその水崎さんの告白イベントを手伝うことになったと」
二時間目終了後の休み時間。
教室でオレは誠に不本意ながら勇次に今までの経緯を話してみた。
ちなみにリア充撲滅部隊の皆様は、チョコが間違ってオレに渡されたという事実を説明すると、歓喜の声と舌打ちの合唱を奏でながら解散していった。
「なんでオレは新たにリア充を増やすようなことを約束したんだろうか……」
「それは大地がバカだからじゃない?」
「お前には言われたくない」
とは返したものの、今回の事は本当に自分でもバカだと思っている。
人の告白シーン+カップル成立イベントを二次元以外で見ることがどんなに悔しくて恨めしいことなのか分かっていたはずなのに。
そんなことを思いつつ、オレはハァァ……と重たいため息をつく。
「んで、アイツの事どんな奴か分かるか?」
「ああ、新山伸五のこと?」
オレがこんなことを勇次に相談した理由はただ愚痴るためじゃない。真の目的は水崎の告白相手である新山伸五のことを調べてもらうためだ。
勇次はこの学校に在籍する全ての生徒・教師を調べ上げており、その情報量はこの学校のデータベース以上。なぜコイツがそんなに調査能力が高いかというと、父親が一流の探偵らしく、コ○ンばりに行く先々で起こる難事件を難なく解決するほどの凄腕で、勇次はその能力を受け継いだとかなんとか。
だがコイツの人々を調査する動機が不純で女子・女教師に関しては単純に『劣情』を、男子・男教師に関しては『嫉妬』を糧にして調べている。要するに『歩く変態ライブラリー』となっているわけだ。
「今、すごい失礼なことを言われた気がする」
「うっせえ」
「案外素っ気ない返し!?」
コイツに返す言葉なんてそれで十分だ。
「そんなことより新山伸五ってどんな奴なんだ」
「そんなことって……まあいいや。で、新山伸五についてだけど、結論から言うと完璧人間だね」
「完璧人間?」
と反芻すると、勇次は懐からボロボロになったメモ帳を取り出し、内容を読み始める。
「そう。新山伸五16歳。一年五組所属。イケメン、スタイル抜群、成績優秀、運動神経抜群、剣道と空手の全国大会優勝、性格良好、次期生徒会長最有力候補、新山財閥の次期後継者、毎週土曜日曜にはボランティア活動――」
「もういい。なんだその絵に描いたような完璧人間は」
あれか、ソイツは神様がこの世の主人公と定めた人間なのか、と言いたくなるような輝かしい栄光の数々。新山伸五はリア充の中のリア充と言える存在だった。異性である水崎が惚れるのも分かる気はする。同性からすればムカつくだけだがな!
「他には父親がこの学校の資金援助とかもしてるみたい」
「……本当にいるんだな。そんな選ばれたような人間が」
「そうだね。でも問題はその雲の上にいるような人間をどうやって振り向かせるか、だよ」
確かにそうだ。普通そういう人間には親によって決められた婚約者がいたりするからな。そちらの方も探りを入れなければならないし。――まあ、探りの方はコイツに任せるとするか。
「その新山伸五の事、もうちょっと調べといてくれないか?」
「ええ~。あんまり男の事は調べたくないんだけどな~」
「調べないと他人宛のラブレターをお前の机に入れてやる」
「それは悲しいっ! ……分かったよ。調べとく」
「サンキュー」
制限時間は残り約五時間。さて、水崎の想いをどうやって新山伸五に伝えるか。
「ま、とりあえずできる限りのことをやってみるか……」
そう呟いて、オレは次の授業の準備を始めた。
☆
「で、早速問題が発生したわけだが」
「ううっ……、そっちのほうが綺麗と思ったのよ……」
今、オレと水崎の視線の先には金色に光るハート型の『塊』が置いてある。
これは先ほど俺の靴箱に間違って入れてあった『チョコ』が入ってあるはずの箱の中に存在していたものだ。……どこをどう見たって金塊である。
「お前は綺麗と思えば金を作り出すことができるのか。世の中の錬金術師が泣いて悔しがるぞ」
「だって……」
三時間目終了後の休み時間。オレは新山伸五に渡すためのチョコを確認するために水崎の在籍する一年三組を訪れた。確認する理由としてはオレがチョコの箱を片手に校内を走り回っていたため、もしかすると割れたりしているかもしれないと危惧したからだ。
教室で窓の外を眺めていた水崎を連れ出し、チョコの様子を確認したいと頼むと、水崎は渋々といった様子でチョコの箱を開封した。そしてさっきのやり取りに繋がる。
「で、これを新山に渡すのか?」
「バ、バカじゃないの!? 渡すわけないじゃない! 金よ? 金なのよ!」
「お前が作ったんじゃねぇか!」
こうしてオレ達はチョコを作り直すことになったのだが……。
昼休み。教師に無理を言って開けてもらった家庭科調理室にて。
「で、なんだこの黄金に輝く液体は」
「ちょっと分量を間違えて……」
火にかけられている鍋の中にグツグツと煮えたぎっている金に輝く液体。オレはちゃんと板チョコやトッピング材料を用意していたはずなのだが……。
「分量どころの話じゃねえ! なんで板チョコから金ができるんだ!? どう見たってカカオ〇パーセントだろうがっ!」
もう普通に錬金術のエキスパートと呼んでも差し支えないはずだ。チョコから金を作り出すなんてどんな奴でも出来まい。
「とりあえず最初からやり直しだ。もう少しで五時間目が始まる訳だが、サボりってことでいいな?」
「ううっ……はい」
ったく、朝に見せた威勢はどこに行ったのやら。
とりあえずオレは再び板チョコとトッピング材料を用意し、オレの監視の元で水崎はチョコ制作を再開した。
「そうだ。ちゃんとかき混ぜながら――って、おい。そのイタリアンな店に置いてある赤い粉末は何に使うんだ」
「か、隠し味よ!」
「絶対に隠れねえからな」
チョコに何故かひとアクセントつけようとする水崎の暴挙を阻止したり。
「……なあ、なんでその酒が入った一升瓶を開けようとしてるんだ?」
「ほら『ウイスキーボンボン』とかいうチョコレートがあるじゃない? それ風にしようかと」
「相手は未成年だぞとか、よくそんな酒入手できたなとか、そもそもウイスキーボンボンに入ってる酒は少量だぞとか……ツッコミどころ満載だな!!」
「あら、そうなの?」
「ああそうだ――って、分かったふりしてソレ全部鍋に入れようとするなぁぁぁああああ!」
といった感じで一升瓶の酒を鍋に笑顔でぶち込もうとするのを阻止したり。ってか、なんで一応食べられるものを使っているにも拘らず金が完成するのか。これは世界七不思議の一つに登録されてもいいと思うほどの謎だ。
で、そんなこんなトラブルを起こしながらようやくチョコは完成した。
見た目は決して綺麗とは言えないが、気持ちはちゃんと伝わるような仕上がりにはなっているはずだ。
できあがったチョコを先ほど箱に入れ、新しく買ってきた包装紙で丁寧にラッピング。最後に青いリボンで箱を結び、ようやく渡す準備が整った。
「準備は整ったけど、手紙はどうするんだ? あのままで行くのか?」
「それでも私は構わないんだけど、あれは貴方が読んだものだしね……」
「……悪かったな。じゃあついでに手紙も書きなおすか」
「ええ、そうしましょうか」
予定よりチョコが早く完成したので手紙を書く時間は十分にある。まあ、今が授業中だということは置いておこう。
水崎は自分のカバンから筆記用具とコピー用紙を取出し、ペンを手でクルクルと弄びながら文章を考え始める。
「まさかとは思うが、そのコピー用紙のまま渡したりしないよな?」
「え? ダメなの?」
まるでそれが普通だと言わんばかりの表情をする水崎。
「可愛らしさが皆無だろ!? 朝の手紙はちゃんと可愛らしい便箋を使ってたじゃないか」
「だって、あの便箋はあれが最後だったし……」
そうか。もしかしたら何回も書き直して、何枚も用意した内の最後の一枚でやっと完成したのかもしれない。……そりゃ悪い事したな。
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
そう言ってオレは家庭科調理室を飛び出す。
理由はもちろん、便箋を買いに行くためだ。
☆
コンビニでなるべく水崎が選びそうな便箋を購入したオレは学校へと帰還した。
「ホント、なんでオレは告白の手伝いをしてるんだろうな……」
本当はリア充生誕の瞬間なんて見たくない。それが紛れもない俺の本音のはず。
だけどアイツの、水崎の真剣な姿を見ていたら、何故だか分からないが応援したくなる。案外、オレの本音は自身でも知らない心の奥底にあるのかもしれない。……って、一人でツンデレしてどうするんだよ、オレ。
そんなことを考えながらオレは正門入ってすぐの場所にある自転車置き場の前を通過しようとした時、ふとオレの視界の端にとある非常に不愉快な光景が映った。
『いやあっ!』
『いいじゃねえか! 別に怪しいことするんじゃねえんだしさァ』
『そうそう。ちょっと付き合ってくれるだけでいいからさッ』
二人組の柄の悪そうな男が一人の赤みがかった茶髪のサイドテールが特徴的な女生徒を校舎の裏へ連れて行こうとしているようだ。……どう見たって街の不良連中だろう。
学校の敷地内でそんなことをよく平気で出来るな、と思いながらオレはその男達が消えていった方向へとついて行くことにした。
校舎の物陰からソロッと様子を伺うと、そこでは一人のリーゼント男が女生徒の動きを封じ、そしてもう一人の坊主頭の男がカバンから携帯を抜き出して何かを弄っていた。
『よーし、かわいこちゃんのアドレスゲット!』
『後で俺にも教えろよォ?』
『やめてよっ!』
どうやら携帯のアドレス帳を弄り、勝手に女生徒のアドレスを入手したらしい。悲しい奴らなこった。非リア中のオレでもそんな方法でアドレスを手に入れようとは思わないぞ? ……さて、と。
「じゃあ次は君の下着姿でも――」
「そうだな。お前の下着姿でも掲示板で公開してやろう」
女生徒の制服に手を掛けようとしていた坊主頭に音もなく近寄り、そいつの顔面に思いきり拳を叩きつける。
「ゴバッ!?」
拳をまともに受けた男は少しだけ空を舞い、砂埃を宙にまき散らしながら地面に体を強打した。
一瞬のことで何が起きたか分からないリーゼント男と女生徒は目を白黒させながらオレの方を見る。
「て、テメェ!! 鯖宮に何しやがるっ!」
「何って、拳でほっぺにキスだけど? ほら、あんなに全身をピクピクさせて喜んでるじゃないか」
「喜んでねえよ! どう見ても気絶してるじゃねえか!!」
「ああ、照れ屋なんだな。気絶するくらい恥ずかしかったんだろう」
「違うわっ!!」
全く人の好意をそんな歪んだ風に見るとは……。これだから最近の若者は。……あ、オレも若者か。
「で、次はお前の頬に足で熱烈キッスをくれてやればいいのか?」
「くっ……」
リーゼント男は女生徒を引き寄せ、首に左腕を回し、懐から出したナイフを彼女の頬に突きつける。
「テメェ! この女がどうなってもいいのか!!」
ったく、どんだけ王道な小物臭漂うセリフを言うんだコイツは。そんなことを考えながらオレは頭をポリポリと掻いてリーゼント男に近づいていく。
「ち、近づいてくるな!」と言って男はナイフを持っている右腕に力を込める。
「いや、悪いけどさ――」
少し怯えながらナイフを女生徒に突きつけるリーゼント男の前に立つと、オレはニコッと相手に微笑んで、
「もうお前の負けだから」
「なっ――ゴハッ!?」
密かに後ろに回り込んでいたオレの『友達』がリーゼント男の後頭部を拳で殴る。そう、その『友達』とは――
「影打ちとは卑怯だな、勇次」
「それ助太刀した人に言うセリフかな!?」
「冗談だ」
バカで変態の勇次だ。だが、少しずつ変態というキャラがぶれつつある。
「もう大体の雰囲気で何を思い浮かべたのかわかるよね」
「こんなところで何してんだよ」
「無視っ!?」
相手にするだけ損というものだ。どうせ勘の鋭いキャラはこれからも出てきそうだしな。て言うかもうすでに三人いるし。
「まあいいや……。ちょうどこの辺りで例の調査をしている最中に大地を見かけてね」
そうだったのか。なんともいいタイミングできてくれたものだ。
「じゃあついでに頼み事だ。この子を連れていってやってくれ」
「了解っと!」
立ち竦みながら泣いている女生徒を勇次に任せ、オレは再び倒れている男たちの方へ振り返る。するとちょうど男たちも呻き声をあげながら立ち上がろうとしていたところだった。
「さあ女の子を泣かせた罪、しっかりと償ってもらおうか!」
☆
「……ほら、買ってきたぞ」
不良達の件に片をつけた後、オレは水崎の待つ家庭科調理室へと戻ってきた。
「遅いじゃない――って、なんで貴方そんなにボロボロなの?」
「また一つ、ゴミの処理をしたからだ」
「……?」
オレが何を言ってるのか分からないようで首を傾げる水崎。
「まあ、分からないならそれでよろしい! とりあえずこれで手紙を書けっ」
そう言ってコンビニ袋から便箋セットを取り出すと、それを水崎を差し出す。
すると水崎は「言われなくてもするわよ」と言ってオレから便箋を奪い取り、近くの席に座って手でペンを弄びながら、手紙の内容を考え始めた。
「……………………………………」
正直暇だ。
人の手紙を覗くわけにもいかず、オレは窓から校庭の様子を見たり、家庭科調理室の設備を見回ったりして時間を潰す。だが、それでもやっぱり暇だ。こういう時は外で時間を潰すに限る。
「オレ、外で時間潰してくる」
「んー」
水崎に一言断ってオレはそっと家庭科調理室を退出する。
(でも水崎はホント、恋する乙女だよな……)
これはチョコを失敗しながらも作ったり、手紙の内容を真剣に考える水崎をみて思ったことだ。
女子高生らしい青春、というのを水崎は本気で取り組んでいる。それに比べてオレと来たら青春らしいことは全くしていない。自分で言うのもなんだが、リア充を妬んでいるオレとリア充ライフを楽しんでいる水崎とじゃ青春ランクの差がありすぎる。
「――って、なに自分の事を卑下してるんだろオレ。ってか青春ランクってなんだ」
自分で自分にツッコミつつ、オレは廊下を一人で歩く。
さすが授業中。校内は自分の足音が大きく聞こえるくらいに静かだ。まあ、あまり授業の行われていない別棟にいるということも大きいのだが。
「お、いたいた! おーい、大地ー!」
珍しく一人真剣な空気になっていたオレの耳に、その空気をぶち壊す『空気殺し』を右手どころか全身に宿すバカ一人の声が聞こえてきた。
「よしバカがギャグ背負って来た! 勇次!! ……一発殴らせろ」
「なんで!? 理不尽通り越して、もう意味不明だよ!!」
そうだ! 本来オレは『ボケ』という立場のはずなんだ! それなのに水崎と一緒にいるうちにいつの間にか『ツッコミ』になってたぞ!
「サンキュー。ようやく自分の立ち位置を思い出した」
「感謝されたのに全然うれしくないんだけど」
「イッツ、自己満足」
「最低だねっ!」
それは最高の褒め言葉と受け取っとくとしよう。
「で、さっきの女子はどうなった?」
ヤンキーに襲われるという酷い経験をしてしまったんだ。もしかしたら心に深い傷を負っているかもしれない。
「うん、それなんだけどね。……保健室に連れて行ったら先生に軽蔑の眼差しで見られた。それで慌てて出てきたから何も聞けてない……」
「ご、ご愁傷様」
生気の抜けたような目で呟く勇次にオレはそっと慰めの言葉を掛けることしかできなかった。
かなりの変態度を誇るコイツは女子から『半径五キロ以内に近づくな』と言われており、それは教師とて例外ではなかったりする。もしかしてとは思ったが……そうか。心に傷を負ったのは勇次の方だったか。
「で、調べておいてくれと頼んだ件はどうなったんだ?」
これ以上勇次の傷口を広げないために、二時間目終了後の休み時間に頼んでおいた新山伸五の件を切り出す。もうそろそろ『放課後、屋上に来てくれ』と言っとかないといけないしな。
「あ、それはね。やっぱりオレの手帳に書いてあった事とほとんど同じ情報しか得られなかったよ。婚約者とかもいないみたい」
やっぱり勇次の言うとおり、新山伸五は完璧人間という事か。
「でもね、一つだけ気になる情報を耳にしたよ」
「気になる情報?」
気になる情報が気になるオレ。……うん、ごめん。自分でも寒気がしたからもう責めないで。これ以上傷口を広げないでくれないか?
「気になる情報ってなんだ?」
「うん、何でも――」
☆
「で、お前はなに普通に授業をサボっているんだ?」
「せんせー。日本語でお願いしまーす」
「おい、ぶっ飛ばすぞ」
勇次と別れ、家庭科調理室にいる水崎に『新山に約束を取り付けてくる』と一言告げてから校庭に出たオレは校内を探索していた。
そしてその途中で運悪く出会ってしまったのが、このムキムキ教師である。
教師の名は武山重五郎。二メートルはあろう巨体に暑苦しいまでに鍛えられた筋肉。この人が視界に入っているだけで体感温度は二度上昇するような気がしてくる。
髪型は頭にフランスパンを乗せたような俗に言うリーゼントで、教師と言うより鬼の看守といったとこか。さっきのリーゼント男よりも長い。あの男のお兄さんか何かですか?
そしてこの教師、こう見えて化学教師だったりする。筋肉の無駄遣いもいいところだろう。
そんな圧迫感しか感じさせない教師に捕まったオレへの精神的負担は拷問で積まれる石畳のように積み重なっていく。
「ったく、お前のクラスは今、歴史の時間のはずだ。早く行かんか」
「先生、オレに歴史なんて必要ありませんよ。なぜならオレは過去じゃなく未来を生きていく、から☆」
「それなら未来へ行くために今の人生を終わらせてやるからメリケンサックを持って来い」
む、言葉の選択を間違ったか。それはまあいい。それよりも早く新山に待ち合わせの約束を取り付けないとな。
「とりあえず、オレは新山にちょっと話があるんです。先生ならどこにいるか分かりますよね」
「ダメだ教えん。お前は問題児だからな。『宮代大地は注意して監視すべき』というのが職員会議での決定事項だ」
えっ、職員会議でオレそんな扱いになっているのか!? 初めて知ったぞ……。
しかし、オレが問題児というのは納得がいかないな。
「このオレが問題児? どこを見てそんなことが言ってるんですか?」
「今、授業をサボっているというところを見て、だな」
なに戯言を言っているんだコイツは、とでも言いたげな顔をしてオレを睨み付けながら言う武山先生。
だが、そんなことで怯むオレではない。ここは頑固おやじをも納得させる交渉術を見せてやろう。
「先生。お言葉ですが――」
「戯言もいい加減にしないと――お前の頭をフライパンのような形にするぞ」
「――その髪型、似合ってますよね」
ふぅ。オレの交渉術を持ってしてもこの鬼を納得させることはできないようだ。
「さあ、早く行くんだ」
くっ、万事休すか……。
オレが人生史上最大のピンチを迎えていると、ふと武山先生の陰から一人の女子生徒が息を上げて走って来るのが見えた。廊下は走るもんじゃ――って、女子の顔を見るとなにやら緊急事態のようだ。
「武山先生!」
「どうした、桜美」
桜美と呼ばれた女子は可愛いリボンで結ばれたサイドテールを揺らしながら武山先生に近づくと、乱れた息を整え、真剣な表情でこう言った。
「体育館でバスケをしていた人たちが全員――食中毒になりました!」
『――!?』
目から鱗どころか眼球自体が飛び出しそうになった。
いやいやいや、そんな状況ありえないだろ。ほら、武山先生も目が点になってるしな。
「いや、さすがにそれは――」
「今はどうなっているんだ桜美!!」
そこ信用するのかよっ!?
『今はですね――』
オレの心の葛藤をよそに武山先生は桜美から状況を聞きだすと、慌てて体育館の方へ走っていった。
しかし、まさかあれを信用するとはな……。案外あの先生は騙されやすいのかもしれない。
「フフ、どう? 宮代くんの役に立ったかな?」
消えて行った先生を見ながら、桜美がそんなことを言った。
初対面のはずなので、初め桜美がオレに話しかけていると思わなかったのだが、言葉の中にオレの名字が出てきたところでやっと自分に話しかけられているということを認識する。
桜美はこちらへ振り返り、優しくオレに微笑みかけてくれた。
「?? ん? なんでオレの名前を知ってるんだ。……まさかオレのストーカーか!」
「違うよ。さっきのこと覚えてない?」
と言われてオレは記憶の中を探ってみる。少し赤みがかった茶髪、可愛らしくリボンで束ねられたサイドテール――あっ!
「さっき、ヤンキーたちに絡まれてた娘か!」
「うん、正解っ!」
あの時は助けることに集中してたから忘れてたぜ。こんな可愛らしい娘を忘れるなんて男失格だぞオレ。
でも助けた時はよく見れなかったけど、改めて見ると本当にアイドルのように可愛い女の子だ。
可愛らしい真ん丸な目に丸みのある顔つき、スタイルはモデルのように明確な凹凸がある訳じゃないが、それでも同年代の女子と比べればいい方だろう。
って、あんまりジロジロ監視するもんじゃないな。とか思っているとオレの視線に気づいた桜美はニヤニヤとした顔でオレに顔を近づけてこう言った。
「ん、なになに? 私のナイスバディな体に夢中かな?」
「ナイスバディ? ――フッ」
「は、鼻で笑ったなぁ!」
子供のように頬を膨らませて怒る桜美を見て、いちいち可愛いなと和んでしまうオレだった。
「でも、なんで助けた時の事がオレの名前を知っていることと繋がるんだ?」
「あ、それはね。私を運んでくれた宮代くんの友達に教えてもらったからだよ」
彼女を運んだ友達とは勇次の事だろう。まあ、それなら納得だ。……ただ、勇次が友達と言う部分には納得したくはないがな。
「ま、あの変態には近づかないことをお勧めする」
「フフ、仲がいいんだね」
「アイツが納豆のネバネバのようにしつこいだけだ」
からかうような口調で言う桜美さんにオレは淡白な感じで返す。
アイツとは中学生の頃からの付き合いで、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていた。それがなぜなのかは今は覚えていないが。……あ、これ朝に言ったか。
っとそういえばオレ、桜美さんに聞きたいことがあったんだった。
「さっきは大丈夫だったか? あんなことがあったんだからな、もう少し休んでてもいいとオレは思うぞ」
「うんっ! もう大丈夫だよ。そんな心配してくれてたんだね、ありがとっ」
「ふ、ふん、心配されたこと感謝するがいい!」
照れくさいから生意気キャラ気取りをしてみたのだが、桜美さんは「う、うんっ」と言って顔を赤くして返事してきた。
あ、あれ? ほぼ認識ゼロの人間にこんな態度されたら怒るかと思ったのだが……。
「あ、あのね私がここに来たのはねっ、宮代くんにお礼を言うためなのっ」
そう言ってこちらの目をじっと見ると、ニコッと天使のような笑顔を浮かべて、
「ありがとう!」
と言ったのだった。
女子生徒にそんなことを言われたのは初めてだったので、オレは恥ずかしさから顔を赤くして「お、おお……」と歯切れの悪い返事しか出来なかった。
「じゃあ、私行くね」
「おう――っとその前に新山ってやつが今どこにいるか知ってるか?」
もしかしたら知ってるかもしれないという期待を込めて桜美に聞くと、彼女は少し考える素振りをしてから、
「う~ん、さっき靴箱の前ですれ違ったのって、新山君じゃないかな……? 集会の時くらいでしか見たことないからあんまり顔を覚えてないんだけど」
「どこ行ったとか分かるか? できる限りでいいんだが」
「なんか階段の方へ向かってた思うよ? 何階に行ったとかは分からないけど……」
「それだけ聞ければ十分だ。サンキューな」
そう返事をすると、桜美は笑顔で手を振りながら「うんっ、じゃあね!」と言って階段のある方へと走っていった。
「……あんな娘、ウチの学校にいたんだな」
っていうか、あの子の方が水崎よりよっぽどヒロインらしいことしていったよな。
と、そんな水崎の存在を揺るがすツッコミをグッと心の中で抑え、オレは桜美の情報を元に新山伸吾探しを再開するのだった。
階段へ向かっていたと言う情報から、オレはとりあえず朝にも行った屋上へと向かうことにした。
とりあえず教室方面にはいないだろう。なぜなら今は授業中。優等生と呼ばれている新山が廊下を歩いているのを目撃されれば確実に評価が下がることは明白だからだ。だからこその屋上である。
二階、三階と階段を上っていき、屋上の扉を開けると一気に空気が校内へと流れ込んで風となる。オレはその風を全身に浴びながら屋外へと出る。
今は授業中なので静かかと思ったのだが案外そうではなく、校庭から聞こえる生徒の掛け声にそれを応援するかのような教師のホイッスル音。他にも鳥の鳴き声や遠くから聞こえる車の音で屋上は音の運動会の会場になっていた。
水崎といた時は気にならなかったのに今ではそんな風にいろんな音が聞こえる。二人と一人ではやっぱり違うのだとオレは改めて感じた。
「でも、やっぱり新山はいないのか……」
「僕を呼んだかな?」
独り言のように呟いた言葉に返事が来た瞬間、オレは一瞬ドキッとする。少し焦りながら声のした方へと振り向くとそこには黒髪の少年がポケットに手を突っ込んで足を組みながら、オレの死角になるところにあるベンチに座っていた。
顔は勇次に匹敵するほどのイケメンで、今は座っているために確認できないが多分身長も高い。制服もオレ達のような灰色を基調としたような制服ではなく、オーダーメイドなのか黒を基調とした制服を着用していた。
「アンタが新山伸五か?」
「うん、そうだけど。でも僕は君のことを知らないな。まずは自分が名乗ってから、というのがマナーと言うもんじゃないのかな?」
む。言い方がすげームカつく。でも確かに相手の言う通りなのでここはおとなしく自己紹介をすべきだろう。
「オレは宮代大地。所属クラスは一年二組だ」
「はい、よくできました。それじゃあ次は僕の番だね」
そう言うと、新山はゆっくりと立ち上がり、「僕は新山伸五。所属は一年五組だよ」と優雅に髪をかきあげながらそう言った。
ぐぬぅぅぅうううう……。なんかやっぱすっげームカつく。
「で、何か僕に用があるのかな?」
「っ……ああ、これは水崎鏡子からの伝言だ。今日の放課後、ここへ来てくれとさ」
と言いながら屋上の床を指さす。これで伝わっただろうか? と、思っていると新山は急に思案顔になり、手で顎を触る。
「水崎、鏡子ね……」
……? 今、新山が何かを呟いたような気がするのだが、校庭から聞こえてくる生徒たちの声で何を言ったのか全く聞こえなかった。
「うん、分かったよ。今日の放課後に屋上で待ってればいいんだね?」
「そうだ。じゃあ、これでオレは戻るからな」
「ああ、ありがとう。わざわざ僕に言いに来てくれて」
礼儀正しく新山は僕に一瞥する。急に少し物腰が柔らかくなったな。でもまあ、とりあえず――
「……この程度なら心配することはないか」
「何か言ったかい?」
「いや、何でもない」
相手にそう一言告げて、オレは屋上を後にしたのだった。
☆
「ということだから頑張れよ」
放課後。今からチョコを渡しに行く水崎を見送るためにオレは一年三組に来ていた。他の生徒はさっさと帰ったらしく、教室内にはオレと水崎以外存在しない。
ちなみに朝、屋上で着ていたドレスはさすがにやりすぎかと思ったのか、今の水崎は普通の女子と同じ制服を着ている。
「ううっ、き、緊張するわ……」
緊張しているのは見ているこっちからも分かることで手足は震え、視線が挙動不審になっている。
仕方ない。ここオレが落ち着かせてやろう。
「よしよし、ここはリラックスして思いっきり――」
「み、宮代……」
「フラれて――ゴベェッ!!」
「言うと思ってたわ」
お、思ってたのかよ……。
「でも途中『み、宮代……』って乗ったよな? オレがボケるって分かってて乗ったなら共犯だと思うんだが。それで殴られるのは理不尽だと思いますっ!」
「黙りなさい」
酷い、酷いよこの人。文字にしてたった六文字で言い訳でも謝罪でもないことを言ったよ。
「……ま、とりあえずどんな男だって手作りのチョコを渡されることは嬉しいことだから、そう気張らずリラックスしていけよ」
「う、うん。分かったわ……!」
水崎は気合を入れるためなのか小さくガッツポーズを作る。だが、そのギュっと握られた拳はやはり小さく震えていた。……相当緊張してるんだな。
「も、もうそろそろ時間ね。じ、じゃあ行ってくる」
「おう、行ってこい」
ロボットみたいな動きをしながら教室を出ていく水崎を見送り、オレは自分の教室へと戻る。
もうここからは完全に水崎自身の問題だし、オレが介入するような話でもないだろうからな。
そんなことを考えながら一年二組の扉を開けると、オレの席に見知った顔が座っていた。
「オレの席で何をしてるんだ――勇次」
そう席に座っていたのは変態である勇次だ。
なにやら机の上に黒い箱みたいな機械を置かれており、左手でつまみを調整しながら右手でヘッドホンを耳に押し当てている。
「いや~、ちょっと盗聴をね」
「先生ー、ここに犯罪者が一人存在するんですけどー。『この盗聴器で好きな人の会話を盗み聞く! それがじいちゃんとの約束なんだ』って聞かないんですよー」
「ちょっ、誰もそんなこと言ってないだけど!? しかも俺のじいちゃんまで巻き込むのやめてくんない!?」
「犯罪者はみんなそう言うんだよ。もう今のは軽い自白だよ?」
「勝手な定義に当てはめられた!?」
ま、でも今のは些か早計すぎたか。もしかしたら良い意味で盗聴してるのかもしれないしな。うんうん。……良い意味の盗聴ってなんだ? 自分で言ってて意味が分からんぞ。
「で、結局なにを盗聴してるんだよ」
実際のところ、勇次が理由もなしに犯罪行為の盗聴をするとは思えない。そこは長年付き合ってきたオレは良く知っている。……ただ性格の事を踏まえると、本当に犯罪のために盗聴している可能性も捨てきれないが。
だからこそその不安を拭うために『何を盗聴しているのか』と勇次に聞くと、勇次は堂々とした態度で胸を張りながらオレにこう言った。
「水崎さんの告白シーンをゲットせよ」
…………………………………………。
「オレ、帰るわ」
「ちょっ、なんでそんな冷たい目をしながら教室から出て行こうとするの!?」
犯罪ではなかった――いや、犯罪か。とにかく、正直人としてどうなんだ的な行動をしていた勇次にドン引きながらオレはカバンを持って退室しようとした。
すると、勇次は慌てるようにしてオレの体に飛びついてきて必死に説得を始める。
「ち、違うんだよ! これは色々事情があって――」
「事情で許されるプライバシーの侵害はありません。よってあなたの行為は裁かれるべきものなのです」
「なんか宗教的な言い回しッ!?」
ツッコミながら体に纏わりつく勇次を力づくで放そうとしながらオレは教室を出ようとした。
すると勇次を引っ張った反動で『プチっ』という音と共にコイツの着けているヘッドホンの端子が盗聴受信機から外れ、そこから盗聴対象付近の音が漏れ始める。
『君が水崎鏡子さんかな?』
この声は聞き覚えがある。そう、あのムカつく言い方をする新山伸五だ。そしてその声の後、一回『ガサゴソッ!』という音が入り、その後に彼女の声が入る。
『は、はいっ! ……あの、今日は新山くんに渡したいものがあって……』
「に、『新山くん』っ!? 水崎、オレの前と全然キャラが違うぞ!」
「なんだかんだ言って大地もバッチリ聞いてるよね」
勇次が横で何かを言った気がするが、今はそんなこと全く気に留めすらしなかった。
『僕に渡したいもの? 何かな?』
『あ、あのコレ……。バレンタインチョコですっ!』
恥ずかしそうに言う水崎の声の後、大きく布が擦れる音が入り、そして再び静かになる。……まさか勇次、水崎の制服に盗聴器を仕掛けたのか。いつの間に……。
『ははっ、ありがとう。このチョコ「も」おいしくいただくよ』
ふぅ、どうやら無事渡せたようでなによりだ。朝は『人が幸せになるシーン』なんて見たくないと思っていたのだが、今はなんだかホッとした気分だった。というか新山の野郎、オレと喋った時と少しキャラ違うんだが。そこを踏まえてさらに腹立つ。
『そ、それでね。あ、あの……私――』
ま、まさかこの展開は……!
『私、に、新山くんのことが――』
正に今、水崎が告白しようとしたその瞬間、どこからか『プルルルル……』という音が聞こえてくる。どうやらどちらかの携帯が鳴ったようだ。
『っと、ごめんね。ちょっと電話みたいだ』
どうやら携帯が鳴ったのは新山の方だったらしい。新山は水崎に一言謝ってから電話に出る。
『もしもし僕だ。――ああ、うん。そうだそこで間違いない』
ん? 誰と会話してるのだろうか。次期後継者、とか勇次が言ってたからそういう人たちから掛かってきたのかもしれないな。そう思いながらオレはじっと耳を澄ませた。すると、
『バァァァァン!』
「なっ――」
『――!?』
いきなり盗聴受信機から大きな轟音が鳴り響いた。音からして誰かが屋上のドアを蹴り開けたみたいだ。それには水崎も驚いたようで動いて布が擦れる音も受信機から響く。
『君たち遅いよ。僕一人で食べようかと思ったじゃないか』
『すいませんね新山さん。ちょっとした事件がありまして』
『そう、まあいいよ。さっさと始めようか』
『ヘヘッ、了解しやしたっと』
『え、どういう――イヤァァアアアア!』
その声を聞いた瞬間。オレの体は煮えたぎる感情を抑えながら階段へと向かっていた。
☆
――なぜ、屋上で新山と出会った時、警戒を解いてしまったのだろうか。
『でもね、一つだけ気になる情報を耳にしたよ』
『気になる情報?』
――勇次からの警告があったにも関わらず。
『気になる情報ってなんだ?』
『うん、何でもね――』
――そうだ。あの時からもっと用心していれば水崎をこんな目に遭わせずに済んだのに。
『――「新山伸五が町の不良と歩いているところを少し見たって一人の生徒が言ってたんだ」』
――だけど、もうこうなってしまった以上その選択肢は変えることはできない。
だから。
だから、これからはこんな不幸が自分の『友達』に降りかからないよう――
「オレが全力で守ってやる!!!!!!」
ドパァッン!! という轟音と共にオレは屋上の扉を蹴り開けた。その音に驚いた不良たちが一斉にこちらを見る。
『なっ――!?』
開いた扉と一緒に二人の不良が倒れて気絶しているのだが、おそらくこいつらはドアを守っていた奴らだろう。二人減ってラッキーだ。
だが、残っている不良はあと五人。その中には桜美を襲ったリーゼント頭と坊主頭の二人も含まれていた。そうか、こいつらも新山の仲間だったのか。
「て、テメェは――!」
「こんな短時間で再会するととは思わなかったぞ。もしかしてオレ達――」
復讐のためか激昂してオレに襲いかかってくるリーゼント頭と坊主頭。しかし、興奮している分動きが単調で二人の攻撃を軽々と回避し、その男たちの顔面に固く握った拳をプレゼントした。
「赤い糸で結ばれてんのかもな。――お前らの血で濡れた赤い糸で」
『が、ガァ――!?』
これで二人撃破、かと思ったが、リーゼント頭たちは片足を一歩前に出して踏ん張り、体勢を立て直す。やっぱりそう簡単には倒れてくれないか。
「て、テメェにはさっきの借りがあるからな……。ここで一〇倍にして利子つきで返してやるぜ!!」
リーゼントの方はナイフ、坊主の方は警棒を取出し、再びこちらに向かって走り出す。
「いやいやっ! そんなの返してくれなくて結構! もうその借りはあげるって! ってかシリアスに決めたんだからそのまま倒れてろよ!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ! オレは借りたもんきっちり返さないと気が済まねえんだよ!」
「それは律儀なことですねっ! 不良やめたらいかがですかっ!」
「うっせえ!」
さすがに武器を持った二人には素手で勝つことはできないと、オレは二人に背を向け走り出し、近くにあったテーブルを跳び箱感覚で飛び越える。そして椅子を二人に向かって放り投げると、男たちはそれぞれ片腕でその椅子を弾き返した。
「ぐっ、――ってぇ……!」
「椅子なんか投げてきやがって……!」
だが、やはり腕ではじき返したといえど、生身は生身。少しはダメージが入ったはずだ。よし、じゃあ次は――
「このぉおおテーブルでどうだぁぁぁああああああ!!」
「ちょ、それは――」
坊主頭は慌てて逃げようとしたが、もう遅い。投擲体制に入っているオレの動きには間に合わず、投げたテーブルが直撃し、坊主頭は気を失った。
「テメェ! よくも鯖宮を!」
「残りはお前だけだな」
オレはすぐさまリーゼント頭のもとへと走る。相手はフェンシングのようにナイフを突き出してくるが、しょせんは素人。たやすく避けることができる。
体を半身ずらして回避したオレはそのままリーゼント頭の頬へと拳を叩き付けた。
そしてふらつく相手の懐へもぐりこみ、屈んだ全身をバネにして、奴の顎へとアッパーを決めたのだった。
「ガァ――!?」
これで二人は撃破し、残るは桜美を羽交い締めにしている奴を含め三人だ。
だが、今の光景を見てオレが喧嘩慣れしていると分かったのか、相手も迂闊には攻撃してこない。案外こいつらは状況分析に長けているのか。
すると、二人はお互いにアイコンタクトを取り合うと、小さく頷き一気に俺に向かって走ってきた。
「だから、動きが単調すぎるって――」
と、オレが二人の攻撃を避けようとしたとき、ガッ、と足が動かないのに気づいた。
ふと、足を見ると先ほど気絶したはずのリーゼント頭の男と坊主頭の男がそれぞれオレの足を掴み、オレを動けないようにしていたのだ。コイツらわざと気絶したフリをしたのか!?
それに気づいたときにはもうすでに時は遅く、向かってきていた男二人は拳を大きく振りかぶり、その拳をオレの顎、鳩尾に叩きつける。
「ガァッ――!!」
さすがに二人に急所を殴られた衝撃は重く、オレは思わず膝から崩れ落ちた。
「フッ、ハッハッハッ!! あんなもんで気絶すると思ってたのかよォ! しょせんは素人! 気絶するほどの威力はねえ!」
いつの間にか立ち上がったリーゼント頭の男がオレを見下ろしながらそう言い、そしてオレの顔面に膝蹴りを喰らわす。
「ガァグッ……!」
全身に激痛が走る。四人の男たちが次々とオレの体のアチコチを蹴りつけ、徐々に俺の体力を奪っていく。
「ほらほら、もうおとなしくそこでおねんねしてなァ! 水崎は先におねんねしちゃったぞ?」
リーゼント頭に促されるまま水崎の方向を見ると、彼女は男に羽交い締めにされたまま力なく項垂れていた。男の言っている通り、気を失っているらしい。
「ハハッ……」
「何笑ってんだ? 蹴られすぎて頭が狂ったか?」
なんだか馬鹿らしくなってきたな……。オレはこんなにボロボロになって、水崎は気を失って。何が『守ってやる』だよ。何も守れてねえじゃねえか。
上から目線も大概にしろよ宮代大地。思い上がるんじゃねえ。お前は何も守れねえ。守るだけの力はないんだよ。
だから。だから目的を変えろ。
水崎を守るんじゃなく――
『助けろ』。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
全身に残った残りカス程度の力を振り絞り、血反吐を吐きながら立ち上がる。
「なっ――コイツ!?」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」
「ゴバァッ!」
とりあえず目の前にいたリーゼント頭を殴り飛ばし、それに驚いて一瞬隙ができた坊主頭を思いっきりぶん殴る。
「ガァ――!?」
ふわりと坊主頭の体が一瞬浮き、その後ドサっ、という音と共に地面に倒れて気を失った。
『ッ――!!』
「グッ……お、おらぁ……! オレァまだまだピンピンしてるぞ……! か、掛かってこいや……!」
そうやって挑発してみるものの、男たちはまだ俺が戦えると思ったのか、警戒するだけで全くかかってくる様子がない。
推測だがリーダーはリーゼントと坊主で、そのリーダーがやられたために必要以上に警戒しているのかもしれない。……俺は今ただのボロボロな高校生だっていうのにな。
「か……掛かって……こ……ねえならこっちから――」
「はああ、全くもってくだらないな」
均衡状態のオレと不良たちの間に割って入ってきたのは新山だった。その表情はとてもつまらない映画を観たあとのような顔をしている。
「くだらねえ……だと? そのくだらねえ事を起こした張本人は一体どこの誰だよ!! テメェだろうが!!」
「僕だって? ……フフフフハハハハハハハッ! 面白いこと言うね君は!」
「何だと……!」
人を嘲り笑うような表情を浮かべ、心の底から可笑しそうに笑う新山。一体何がおかしいのだろうか?
「この問題を起こしたのは『君たち』で、僕はそれに巻き込まれた一般生徒、だからね」
「……?」
正直意味が分からなかった。一体こいつは何を言っているんだ?
『つまり、「大地たちが屋上で勝手に喧嘩を引き起こし、私、新山伸吾はそれに巻き込まれただけです」と言いたいんだよ』
階段につながる出入口から一人の聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は――
「勇次!?」
「またボロボロだね大地」
血まみれのオレの姿を見ながらそんなことを言う勇次。
「でも、もう俺が来たからには大丈――」
格好をつけようとした勇次の頬を力の限りぶん殴る。
「ガハッ! 痛いよ大地、なにすんのさ!」
「おい、オレがボロボロになって頑張ってる最中、お前は何をしてたんだ……?」
ユラリユラリ近づくオレに勇次は焦りながら、
「ち、ちょっと待って! 俺にも作業があったんだよ! ホラこれ!」
勇次がポケットから取り出したのは一つのボイスレコーダー。……これがどうしたというのだろうか。
「大地たちを悪者にし、自分はそれに巻き込まれた善良な市民面をしたかったみたいだけど、そうはいかないよ」
「へえ、じゃあ僕がこの事件に深く関わっていた、という証拠はあるのかな?」
「これがその証拠だよ」
そう言って、勇次はボイスレコーダーの再生ボタンを押す。すると少しのノイズ音の後、一人の男の声が聞こえ始めた。
『――じゃあ、屋上の扉の前で待機してればいいスね?』
この声はあのリーゼント頭か。どうやら誰かと話しているらしい。一体誰と喋ってるんだ?
『うん、そうだね。着いたら一回僕に電話してよ。多分その時には水崎さんとお話してるだろうからさ』
聞き覚えのあるこの声は。今では聞くだけでイライラしてしまうこの声は――
――今、目の前にいる新山伸五の声だ。
『へへ、楽しみっスよ。ここの学校は極上の子が多いっスからね』
『水崎鏡子はその中の一人だからね。僕も存分に楽しませてもらうよ』
と、ここまで聞いて勇次はボイスレコーダーの停止ボタンを押し、それをポケットにしまう。
「これはここにいるリーゼントの人と新山の会話を録音したものだよ」
と言いながら勇次は今でも余裕な顔をしている新山を睨み付ける。普段は温厚な勇次もさすがに今回はキレてるらしい。
「大地が新山に約束を取り付けた後、新山はそこに倒れているリーゼントの男と会い、水崎さんを襲う計画を立てた。おそらく元々新山と不良たちは繋がってたんだろうね。そして放課後、その計画は実行されたんだ」
名探偵を気取りだした勇次の言葉に不良たちは驚きの表情を露わにする。どうやら勇次の言っていることは正しいみたいだ。
「でも、お前いつこんなもんを録音したんだよ。こいつらが会う場所も知らなかったのによく録音できたな」
「ああ、録音を始めたのはちょうど昼に大地が不良から女の子を助けてた時だよ。そこのリーゼント男に盗聴器を仕掛けてね」
女の子を助けてた時? ああ、あの桜美さんが襲われてた時か。まあタイミングよく現れたな、と思ったら、最初からあいつらを尾行してたって訳だな。
「闇討ちの時にこっそり盗聴器をあいつらに仕掛けたって訳か」
「ま、そういう事になるね――ガッ! 痛いよ大地~」
「お前さっきからオレをだしに使いすぎだ」
ったく、結局オレは空回りしかしてねえじゃんかよ。……はぁ、やっぱり人の告白を応援してもロクなことがないな。
「ってことは不良を使って桜美も襲ってたのも新山の仕業って訳か」
「そういう事になるね」
もしかしたら他にも新山に襲われた女子もいるかもしれない。本当に最低だな新山伸五と言う奴は。
「で、何か言い訳はあるか? 新山伸五」
「ん~……ないね。認めるよ」
拍子抜けなほどにあっさり認める新山。自分の築き上げてきたものがすべて崩れ去るかもしれないのに。
「認めるなら全身全霊をかけて謝れよ。水崎にも、桜美さんにも、そして今まで襲ってきた奴にも」
「あ、襲ったのは桜美さんと水崎さんだけだよ? そのほかの女子にはまだ手を出してないから」
ヘラヘラとした口調で言う新山。その様子から反省していないのは一目瞭然だ。オレの心の中に沸々と怒りが湧き上がる。
「テメェ! その二人に謝ろうって気は――」
「ないよ? 今回は失敗しちゃったけど、僕の夢は『世界一の悪党になる』だからね。なんか『海賊王にオレはなるっ!』みたいでカッコよくない?」
「お前はどこまで腐ってやがるんだ……!」
「あ、そうそう。僕を退学にできるとか思わないでよ? ここの校長くらいなら簡単に黙らすことができるしね」
あいも変わらず新山はニタニタした笑いを顔に浮かべながら喋る。そうか、アイツの父親がこの学校の資金援助をしてるから金で黙らせることができるのか。チッ、面倒な関係だな。
「じゃ、僕はそろそろ帰るよ。いつか君たちには借りを返すから、その時まで待っててね」
「おい、逃げるつもりかよ!?」
「そうだね。戦略的撤退、ってやつかな」
そう言って新山は身軽なステップで屋上のフェンスを駆け上り、そのまま『下へ飛び降りた』。
「なっ――!?」
新山の行動に驚いたオレは慌ててフェンスから下を見る。するとそこにはもう新山の姿はなかった。
「多分、下の階の窓へと飛び移ったんだろうね」
同じようにして下を覗きこんでいた勇次がふと、そんな言葉を漏らす。
「飛び移るって、アイツどんな運動神経をしてるんだよ」
「まあ、新山伸五の身体能力は伊達じゃない、ということじゃない?」
確かに剣道と空手の全国大会を優勝するくらいだからな。確かに運動神経は人並を外れてるのかもしれない。
「後はこいつらだな」
と言ってオレと勇次は不良たちのいる方向へと向きかえる。すると不良たちはもう味方はいないと思ったのか、気絶しているやつらを抱えて、一目散に屋上の出入り口から出て行った。
やっと終わったのか……。新山を取り逃がしてしまったが、なんとか水崎を助けることはできた。オレ全身ボロボロだけどな。
「じゃあ勇次、水崎を保健室に運ぶから後の説明は頼んだ……」
「あれ? 大地はどこ行くの?」
「ん、オレは水崎を保健室に運んだら帰るわ。疲れたし……」
それだけ勇次に告げた後、気を失っている水崎を背負い、保健室へ運んでからそのままオレは帰路へ着いたのだった。
☆
家に着くや否や血まみれのオレの姿を見て気絶した義母さんと愛理をそれぞれの部屋へと運び、とりあえず風呂に入って血を流した後、そのままオレは気絶するかのように自室のベットで横になった。
次の日。なんとか疲れが取れたオレがリビングへと向かうと、二人が挙動不審な様子でオレの事をじっと見てくる。
「何だよ」
「い、いや……昨日大地、血まみれじゃなかったかしら?」
「うん、確かに私も見たんだけど……」
その事か。まあ、別に隠すようなことでもないのだが、この二人に余計な心配を掛けることもないだろう。ここはやんわりと話を逸らさせてもらう。
「夢で化け物でも見たんじゃないのか? ――それより、またキッチンから煙出てんぞ」
『キャアアアアアア』
ったく、朝から騒がしいな二人は。……まあ、この騒がしいのもオレにとっちゃあ幸せで平和な光景の一つなんだけどな。
「じゃあ、オレもう学校に行くぞ」
「あっ、待って!」
慌てた様子で愛理がキッチンから走ってくる。何やら手には丁寧にラッピングされた長方形の箱が二つ握られていた。
「これ、一日遅れちゃったけど……バレンタインチョコ」
照れたように顔を真っ赤にして箱を差し出す愛理。
「い、言っとくけど、それ義理チョコなんだからね!」
「ああ、分かってるよ。ってか家族に本命って聞いたことない――」
「消費期限『ギリギリ過ぎてる』チョコなんだからね!」
「そういう意味かよっ!? しかも過ぎてんの!? つーか、そんなことをツンデレ口調で言うな!」
……ま、今のは愛理の照れ隠しだろう。そこはそっと気付かないふりをしてあげるのが大人だ。
愛理から差し出されたチョコを受け取り、オレは学生鞄の中にしまう。このチョコは学校で食べることにしよう。
「じゃ、行ってくる」
『いってらっしゃーい!』
慌てて出てきた義母さんと愛理に見送られながら、オレは学校への道を歩き始める。
いつもの道を通って着いた学校。今思い返すと、昨日は濃くて長くて大変で。でもたまにはそんな事も悪くないと思える一日だった。水崎を危険に晒したことだけは自分で許せないが。
そんなことを考えながらオレは玄関口へと向かい、自分の靴箱を開ける。するとそこには――
「ん? 手紙?」
一通のピンクの封筒が上靴の上にちょこんと乗っていた。封筒には『宮代大地様へ』と書いてある。もしかしてラブレターっ!?
「誰からだろう?」
ワクワクドキドキしながら、差出人を確認するために封筒を取出し、名前を確認する。が、どこにも名前なんて書いておらず誰が入れたのかわからない。
「ま、ラブレターだからな。照れてしまって名前が書けなかったんだろう」
と自由な解釈をしながらその封筒を開ける。そして中に入っていた二つ折りの紙を取出し、中身を読んでみた。
「えーと、『今から、屋上に来てください』? ……どっかで読んだことがあるな、この文章」
まあ、今日も早めに学校へ来たことだし、一時間目が始まるまでまだ時間がある。
「とりあえず行ってみるか」
今から告白されるんじゃないのか、という期待を込めて、ランランウキウキ気分でオレは屋上へと向かった。
屋上の扉を開けると、爽やかな風がオレの体を通り過ぎ、実に心地よい雰囲気にさせてくれる。ラブレターをもらうってこんなに気持ちいい事だったのか!
そして屋上へ出ると、そこには一人の女の子が待っていた。モデルのような曲線美を描いたスタイルを持ち、綺麗で凛々しい瞳でこちらを見つめ、クルクルと巻かれた場所がチャームポイントの金髪は人形のように美しく――
「ってあれ? なんでここに水崎がいるんだよ?」
そう、屋上で待っていたのはわがままお嬢様、水崎鏡子だった。何故か水崎の顔は熱があるように真っ赤だ。
「あ、あの……」
「なあ、ここでオレを待っている女子知らないか? ラブレターをもらったんだけど」
「いや、それは――」
「いやー、どんな子なんだろう! 楽しみでオラ、ワクワクすっぞ!」
「だからそれは――」
「ここは返事の練習だ。コホン、『はい、そのお気持ちありがたく頂戴します。これで僕は君だけのものさ!』……うーん、これじゃあオレのキャラっぽくないか。なら――」
「だから、それは私のよっ!!」
我慢の限界が来たのか、怒ったように顔を真っ赤にして水崎はオレに怒鳴りつける。
「……分かってるよ」
「なっ――」
オレの返事の内容が予想外だったのか、水崎は怒りから一転、あたふたと慌て始めた。
「何か言いたいことがあってオレを呼んだんだろ?」
「え? あっ、ええーと、そ、そのっ――」
見てるだけで心情が伝わってきそうなくらい焦っている水崎を見て、オレは『ハア……』と一度ため息をついて、
「もしかしてオレに告白しに来たとか? 困ったな~、オレの胸は満席――」
「ンなわけないでしょ!? バーカっ!!」
「ゴベラっ!!」
いくら恥ずかしいセリフを言われたからって、顔面殴ることはないんじゃないか!? それにさっきのセリフは言ったオレも恥ずかしいんだからな!?
でも――
「やっとお前らしくなったな」
「えっ――?」
「あんなガチガチな水崎は水崎らしくないからな。やっぱり水崎は暴言暴力お嬢じゃないと――ゴハッ!?」
「『大地』はホント一言多いわねっ!」
そう言って女の子らしく、プイッと顔を背ける水崎。……あれ? 今、オレの名前呼ばなかった?
「なあ今、オレの名前を――」
「と、とにかくっ! 私は貴方にお礼を言いに来たの!」
焦るように、自分の照れを隠すように水崎はオレの言葉の上に言葉を重ねてそれを打ち消す。
「お礼? お礼なんていらないぞ。あれはオレが自分のために助けただけだし、それに元々水崎を危険にさらしたのはオレだからな。オレが謝罪することはあれど、水崎にお礼を言われる筋合いはないよ」
そう言うと、水崎は何故か悲しそうな顔をしてオレを見つめる。
「……やっぱり、貴方の友達の言うとおりね」
「へ? オレの友達?」
友達って言うと――またあのバカか。あのバカまた水崎になに吹き込みやがった。
「貴方は今回の件を絶対に私のせいにすることはないって、全部自分が背負いこむだろうって言ってたわ」
おい、あのバカまた余計なことを! なんか恥ずかしいキャラになっていってるじゃねえか!
「でも違うのっ! あれは私が彼の――新山くんの本当のことを知らなかったから起きたの! 決して『大地』が悪いんじゃないわ!」
水崎は目の端に涙を溜めて、自分の心をさらけ出す。オレを庇うようにして。
「ハハッ、なーんだ」
「……?」
「似た者同士なんだな、オレ達は」
全部自分で背負いこんで、全部自分の責任にしようとして、自分では人に心配を掛けたくないって考えてるんだけど、結局そのことが人に心配を掛けてる。そんなところが。
「言っとくけど、その性格は大変だぞ? オレが現にその被害者だからな」
「……へ? えっ?」
オレの言っていることが理解できず、首を傾げて水崎は頭いっぱいに『?』を浮かべている。
まあ、確かにそうだよな。相手だけが背負いこんで、自分だけが幸福っていうのは嫌だもんな。
なら、これから変わっていくとするか。少しずつだが、性格じゃなく――『考え方』を。
「じゃあ、今回はオレと水崎の不注意が引き起こした事故。それでいいか?」
「でも、それじゃあ――」
「そこは頷いとけ。はい、解決!」
「えっ、ちょっと――」
戸惑う水崎を尻目にオレは階段へと向かう。そして扉を開けようとしたところで、
「お邪魔しまーす!」
「ゴッ――!?」
先に開いた扉にオレは頭を強打し、その場で倒れて悶え苦しむ。だ、誰だ……。いきなり扉を開いたのは……!
「宮代くん! やっほー! 一日遅れのバレンタインチョコ渡しに来たよー!」
「さ、桜美!?」
扉の前で可愛らしく手を振っていたのは、昨日助けた桜美だった。
「な、なんでお前が……」
『桜美さんだけじゃないよ? ――僕「ら」も来たよ?』
その言葉と共に校内からゾロゾロ現れたのは、勇次率いるリア充撲滅部隊の皆さん。
「大地はなんでー、こんなに女子二人と急接近してるのかなー? 何? それは僕たちに『ターゲットにしてください』って懇願してるのかなー?」
「い、いつの間にお前の部隊になったんだ……?」
「それが遺言? 了解。――殺れ、お前たち」
『イェッサー、ニューボス』
「くそっ、やられてたまるかよぉぉぉおおおお!」
「待ってよー! 宮代くん!」
ドタバタした騒音の中、走っているオレの視界の端に一人取り残された水崎が映る。その表情はオレといた時に見せていた不機嫌そうな表情じゃなく、可愛い女の子らしい微笑み。
そんな表情を浮かべた水崎はオレの方を見ながら優しく、
「―――――」
と何かの言葉を紡いだ。
しかし、その水崎の言葉はオレの耳へ届くことなく、吹き抜ける風とこの騒がしいバカ共の騒音の中へと消えて行ったのだった。
『ありがとう』
(終)
この後書きまで読んでくださってる方、ここまで付き合っていただきありがとうございました!
え? こんなクソおもしろくない小説を読ませやがって、って?
すいません。それは完全なる作者の力不足です。
これからも精進していきますので、今後ともよろしくお願いします!