vol.5 夢への誘(イザナ)い
「話そうとしたら、逃げてくし…」
「ご…ごめんなさい…」
廻りのざわめきが一層大きくなった。
「えっ!?」
「嘘…」
「先輩が!?」
反応はそれぞれだけど、どれも“意外”って言葉が存外に表れてる。
…まぁ、かっけぇしね。この人。
苦労して彼女作んなくても、廻りの女が放って置く訳無いよね。
けど、何でこの人、私がこの学校だって…しかも、2年だって判ったんだろ…。
「お前、俺が何でお前の事判ったか考えてるだろ?」
「ふぇ?」
うわ、間抜けな声。
私、考えてる事が顔に出てんのかなー…。
「此処で話すのも、あれだしなー。帰んぞ」
「え?」
「ほら、行くぜ。鞄持てよ」
「あ、はいっ」
廻りの痛い視線を浴びながら、私はこの怖い人の後を追った。
「入れよ」
「え…でも…」
不思議そうな顔をして、私を見るこの人。
何で私が躊躇ってるかって?
そりゃ――………。
「遠慮してんの?別に誰も居ねぇし心配すんな?」
「や、だから、それが嫌なんですってば」
…なんて言える訳無いでしょうが。
私は、言葉を飲み込んだ。
私にだって、“知らない人について行っちゃいけません”て常識ぐらいある。
「早く入れって。…あ、もしかして怖がってる?」
その人は自分の荷物を置いて、私の所へ近付いて来た。
こ…怖いよぉ…。
何で私この人に声掛けたんだろう?
や、夢に出てきた人とそっくり…っていうか、同じ人だったからなんだけど。
「別に何もしねぇよ。ごめんな?怖がらせて」
軽く微笑んで、その人はすまなさそうに私の顔を見た。
あ…微笑うと結構優しいんだ…。
私はその笑顔を見て少し安堵した。
そして、その人の横に並んだ。
「お邪魔します」
「どぉぞ。何も無いけどな」
その人はまた笑って、私を部屋へ通した。
「これから変な事訊くけど、驚いたりすんの止めてな?」
そう念を押して、その人は喋り始めた。
この人も、もしかして私の事…知ってるんじゃ…?
「お前、俺の名前知ってるだろ?」
やっぱり…。
やっぱり、この人は『ハルカ』だ。
「…多分。知ってます」
「言ってみ?」
「『ハルカ』…」
「やっぱな…。お前は『マナ』?」
「や…。違います」
「え?違ぇの?けど、俺の名前…あ、でも、学校の女は大概知ってるもんなぁ…」
髪にその長い指を通し、髪を掻き毟る眼の前の人。
何?“学校の女”って…この人、うちの学校の人なの!?
「え、うちの学校の人なんですか?」
「……………は?」
3秒ぐらい間が開いて、その人は反応した。
え?私、変な事言った?
「ふっ…あはははははっっ」
「え?え!?」
「はは…っあはは…ぎゃはははは!!!」
「え?何ですか…?」
ずっと笑い転げてるその人に、尋ねてみたけど返って来るのは笑い声だけだった。
「ぁー…笑った笑った。久しぶりにあんだけ笑ったわ…」
涙を拭きながら、漸くまともにその人は話し始めた。
涙まで流すなんて、酷くない?
殆ど初対面に近いのに…。
「あー、ごめんな?マナがあんまり面白ぇ事言うから…」
「何か言いました?」
「うちの学校って…。当たり前じゃん。俺、同じ制服着てるっしょ」
「ぁ…」
ホントだ。
その人をまじまじと見て気が付いた。
私と同じブレザー、男子と同じズボンを履いてる。
ただ…ネクタイの色は違うけど。
私は水色。
だけど、この人は紺のネクタイをしていた。
うちの学校は学年によってネクタイの色が違う。
1年は紺に水色のストライプ。
2年は無地の水色。
3年は無地の紺。
…て事は、この人3年!?
「先輩だったんですか!?」
「だから、そう言ってんじゃん?マナ、天然だなー」
「でも、何で私の事…?」
「一緒だって。カラオケで、マナ制服だったろ?それで、同じ学校の2年て判った」
「そうだったんですか…」
「そうだったんだよ〜」
「真似しないで下さいよっ」
「や、マナ俺のツボだわ〜。面白ぇ!!」
「そんなん言われても、嬉しくないですって!!」
いつの間にか、『マナ』と呼ばれるのに慣れた自分が居た。
私は『マナ』じゃない。『アイ』なのに…。
「そんでな?俺がマナを呼んだ訳。判るか?」
先輩は、急に真剣な眼つきをして言った。
きっと…きっと、先輩も…。
「はい…判ります」
「マナ、俺と同じ夢見てる」
「先輩は…『ハルカ』なんですね…」
「そう。最近、その夢ばっか見んだよ。マナの夢ばっか…」
「私も、先輩が出て来る夢よく見ます。ここんとこずっと」
「俺ら、前世で何か関係あったのかもな?」
「前世?」
「輪廻転生の考え方だよ。人間は死んでも来世でまた人間として生まれてくるって奴」
「あー…何か聴いた覚えがあるかも…」
「古典で習わなかったか?社会でも良いけど」
「古典の時間は寝てますんで…」
「おま…寝んなよ、マナ」
「すいません…」
「まぁ、俺もマナの事言えねぇけど。でさ?1つ提案があるんだけど」
「何ですか?」
「俺ら、一緒に眠らねぇ?」
「……………………えぇぇぇ!!!???」
「反応、遅っ」
また笑った。
本当に、私は先輩のツボらしい。
「別に何もしねぇよ。一緒に寝たら同じ夢見るかもしんねぇじゃん?何であんな夢見るのか、知りたくねぇ?」
「…興味はあります」
「それだったら、決定な。放課後、迎えに行くから帰りにうち来て寝よ?」
「それで、どうするんですか?」
「お互いに見た夢話すんだよ。そうしたら、もっと2人の関係が判ってくるだろうし」
「そう…ですね」
「決まりな」
先輩は私の頭をぽんと敲いて、にっこり笑った。