vol.12 突然。
「此処だよ。俺の部屋」
ハルカ先輩の部屋の少し手前に、聖君の部屋はあった。
「お邪魔します…」
「お邪魔されますぅー」
ハルカ先輩の部屋と同じドアを開けて、私は聖君の部屋へと入った。
ハルカ先輩とは違う、男の部屋…。
貴兄ぃとも違う…。
「適当に座りな。俺、飲み物取ってくるわ」
「あ、ありがとう」
「どーいたしましてー」
私は、壁際のベッドに持たれるようにして座った。
「ん」
「ありがと」
聖君は、カップにココアを淹れて持って来てくれた。
ってか、聖君がココア!?
「聖君も同じの?」
「そうだけど?」
「嘘ぉ!?」
「いやいや、驚き過ぎだしっ」
軽く私の頭を叩いて、聖君は笑った。
それに釣られて私も笑う。
私、聖君と一緒に居るとよく笑うよねー…。
「んで?」
「『で』?」
「悠とはどぉ?」
「ハルカ先輩……………別に、何も」
「マジ?何か無ぇの?」
「無い無い。なぁ〜んにも無いよ」
「一緒に寝てるのに?」
「一緒に寝てるのに」
「毎日一緒に帰ってるのに?」
「毎日一緒に帰ってるのに。あ…でも、手は繋ぐかなぁ…」
「何だ。何かあるんじゃん」
「けど、別に先輩は何とも思ってないと思うなー。普通なんだもん」
「や、判んねぇよ?隠してんのかもしれないし」
「何を?」
「照れを!!」
「テレ?」
「照れ」
「っはぁ〜!?有り得無いっ」
「や、判んねぇじゃん」
「いや、判るっ」
「判んねぇって」
「判るよっ」
「何で、姫はそう思うんだよ?」
聖君の言葉は、私の言葉を咽喉の奥へ押し戻した。
『何で、そう思う』かって?
決まってるじゃん…。
そんなの、判りきってるよ…。
「聖君、私の名前知ってる?」
「はぁ?」
突然の私の質問に、聖君は眉間に皺を寄せた。
聖君にとっては、どうでも良い事なのかもしれない。
けど、私は――………。
「知ってるし。『愛』だろ?『恋愛』の『愛』」
「そう。『愛』。『愛』だよ?私は…」
ヤバ…泣きそう…。
此処で泣いても、聖君困らせるだけなのに…。
必死で涙を抑えようとしたけど、無駄だった。
一粒涙が溢れると、もう止まらない。
私は必死に涙を指で掬った。
「え…?姫…?どした?何で泣くんだよ…?」
聖君が心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んだ。
その大きな瞳には、“心配”と“当惑”と“戸惑い”の色が浮かんでいる。
ごめん…っ。
困らせるつもりじゃなかったんだよ…?
けど、1度暴走し始めた気持ちは止まらない。
私は、涙と一緒に抱えていた言葉を一気に吐き出した。
「私は…っ私は『愛』なの!!『マナ』でも『姫』でも無いっ!!私は、『愛』なの…」
「ひ…」
多分、聖君の『ひ』の後には『め』が続く筈だ。
しかし、聖君はそこで言葉を切った。
「ごめん…愛…」
そっと。
壊れそうなガラス細工を扱うように、聖君は私を抱き締めた。