vol.11 痛いココロと紅い空。
「あ、そうだ。肝心な事言うの忘れてた」
「?何?」
「今日な?悠用事あって、迎えに行けねぇらしい。だから、家にも…」
「行けないって事か…」
「ごめんな?」
何故か、聖君が申し訳無さそうな顔をした。
何で?
何で聖君が謝るの?
「姫…楽しみにしてたんだろ?」
「ぇ…いや、そんな事は…」
「嘘吐け。好きなんだろ?悠の事」
「……………っっ………好きだけど……聖君が謝る事無いじゃん…」
「悠は…謝れねぇからな。代わりに俺が謝る」
「ぇ…」
「今日、どうする?」
聖君は、さっきとはがらりと様子を変えて、元の聖君に戻った。
…や、そこまで聖君の事理解ってる訳じゃないけど。
けど…普通の…最初の聖君だ…。
「今日?」
「今日」
「んー…そぉだな…。ハルカ先輩のトコには行けないし…何しよぅ…」
「悠の事、『先輩』って言ってんの?」
「ん?あー…先輩の前では『ハルカ』だけど」
「何で俺の前では『先輩』?」
「や…先輩だし…一応…」
「アイツ、敬語使うなって言わなかった?」
「言ったよ?だから、先輩の前じゃ使ってないもん」
「ふーん…。あ、予定無いんだったら、遊び行かねぇ?」
「遊びに?」
「遊びに」
「誰と?」
「俺と」
「聖君と…………………えぇ!?」
「いやいやいやいや、反応遅いし」
聖君は、声を上げて笑った。
よっぽど面白かったのか、瞳からは涙が出ている。
え…酷いし。
何でハルカ先輩も聖君も笑うのかなー…っ。
「あ〜…ごめんごめん。可っ笑しかったーっ」
「聖君…酷い」
「や、だからごめんて。お詫びに何か奢るわ」
「え?ホント?」
「ほんと。俺に二言は無い!!」
「んー…じゃあ、パフェね」
「パフェ!?」
「『俺に二言は無い!!』んじゃ無かった?」
「や…別に良いんだけどな…」
「じゃあ、良いじゃんっ」
「けど、俺とそんな店行って良いの?」
聖君の言葉が、ハルカ先輩を映した心に刺さった。
針のように、細く、鋭く…。
「…じゃあ、遊ぼーとか言わないでよ」
私は苦笑した。
聖君、矛盾してるよ…?
「俺は良いのっ。悠に了解取ってるしぃ」
また、聖君の言葉が刺さった。
違う場所じゃなくて、同じ場所。
血が、滲んできた。
「……っじゃあ、良いじゃん?行こうよ?」
「…あ……ごめん…」
聖君は、私を疵付けたと思ったのだろうか、申し訳無さそうに謝って来た。
だから、聖君のせいじゃないのに…。
何でこんなに優しいんだろう…。
「止めよっか。どっかで、こうやって話しよう?」
「だなっ。んじゃ、俺んち来いよ」
「え?」
「そしたら、悠と少しでも逢えるだろ?」
ニコッと笑って、聖君は私を覗き込んだ。
「ダメ…?」
「…ううん、ありがとう…」
「じゃ、決まりなっ。終わったら迎えに行くわ」
長くて綺麗な指でVサインを作って、聖君は私の眼の前に突き出した。
優しいな…聖君は…。
「判った。待ってるね」
「おぅっ。んじゃ、そろそろ教室戻る?」
「そうだね」
私達は、視聴覚室をそっと抜け出して、それぞれの教室へと向かった。
放課後。
私は、聖君が来るのを待っていた。
クラスメイトの殆どが、まだ教室に残っていた。
まぁ、女子ばっかだけど。
何でかって?
“ハルカ先輩が来るから”でしょ。
毎日毎日、ハルカ先輩が教室まで来るから、その先輩の姿を見ようと健気にも残ってる訳。
…私は健気だとは思えないんだけど。
「姫ーっ!!」
「聖君」
そんな事を考えていると、聖君がやって来た。
案の定、教室には波紋が広がる。
そりゃそうだよね。
いつもは、ハルカ先輩が来てたんだもん。
先輩と帰るようになってから、私も先輩達についての噂は仕入れたんだよ?
どうやら、聖君はハルカ先輩よりも評判が悪いみたい。
不特定多数の女が居るとか、他校の後輩を妊娠させたとか。
聴いてて良い気分にはなんない噂も多かった。
ハルカ先輩は、女関係はそんなに無かったけど。
実は性格が悪いとか、実は切れると怖いとか。
性格は判んないけど、どう見たって、切れたら怖そうじゃん。
「姫?」
「…え?あぁ、ごめんっ」
「姫が異界へ旅立ったぁ〜」
「いやいや、別に何処にも行ってないから」
聖君が大袈裟に反応するのが面白くて、私は笑った。
教室で笑うなんて、久しぶりだ。
「帰る準備出来た?」
「うん。ばっちり」
「じゃ、帰るかー」
聖君は、廻りの雑音は一切気にしていなかった。
私は、さっきからクラスメイトの視線が痛い。
別に良いけどさ。
そっちが思ってるような事なんか、1つも無いし。
私は聖君と一緒に教室を出た。
ハルカ先輩と初めて帰った時のように、空は真っ赤だった。
ハルカ先輩と一緒だった時は、思わなかったけど…。
何か、この空怖い…。
嫌な予感がする…。
「姫?どした?」
「ん?…や、ちょっと…空が…怖いなって…」
「空が怖いぃ?」
聖君は、空を見上げた。
オレンジの光が金糸の髪の毛に映えて、凄い綺麗。
けど、その“美しさ”が怖い…。
「別にキレーな夕焼けじゃん?」
「ん…そうだね…」
「そんなに嫌だったら、急ぐかっ」
聖君はスピードを上げた。
「姫、早く来い?」
「うん」
私も聖君に置いていかれないように、歩くスピードを早めながら、血のように紅い空の下、聖君の家へ急いだ。