こんにちはマンモス
自分で動けるぶんなんぼかマシとは言ったけどさ。
ごきげんよう、魂名セレスです。
今、必死で石を砕いて矢じりを作ってマス。これを長い棒の端っこに蔓性の植物で括りつけて、魚とか小動物とかを捕獲しようかと。
そろそろ一人前の男として餌を狩ってこいと言われてるんですけど。
父ちゃんたちの狩りの様子を見聞きするに「ダメだこりゃ」な気分になってきてしまいまして。
投石だけでマンモスみたいな巨大生物を仕留めろとか。
投石ってもアレですよ。カタパルトとかがあるわけじゃないんです。手で投げるんです。玉入れ的な感じで。
いやいやそれじゃマンモス死なない。
マンモス死なないから、結局母ちゃんたちが裏の山で行き倒れてた兎なんかを拾ってきたり、でっかい石を川の溜まりにどぼんと投げ込んで浮いてきた魚を拾ったりして蛋白源にしてるんですけど。
やっぱり巨大な肉を得るにはマンモスじゃん? と父ちゃんたちは言うんです。
えーおれそんなことしてしにたくないよぅ。
そう思う私はひ弱な現代地球っ子。
でも住まいは洞穴、武器は棍棒と石、蛋白源の捕獲を怠れば食えるのは木の実だけ。リスか。
自分が何歳なのかとか、そういうことはあんまりよくわからないんですよね。「一人前の男」とか言われるんだけど、何を以てそう判断してるのかかなり謎。
実を言うと、こっちの世界に生まれる前に、地球での転生の記憶はすべて蘇らせられまして。思い出したくない記憶を半ば無理矢理ね。そういう記憶の中に、思春期男子の記憶ももちろんあるので、何がどうなって男としてものの役に立つ状態なのかとか、そういう知識はあるんですよ。
でも、今のところ私にそのような兆候は一切見当たりません。
わかりますか?
女の子ならお赤飯炊くような、そういう兆候の男子版もまだなのですよ。毛も生えてませんよ。いやまあ、全体的に現代地球に比べれば濃い体毛ですけど、恥ずかしい部位を恥ずかしがるべく生えてくる毛は生えてません。
なのに「一人前の男」ってナニ。
あれか、あれだな。父ちゃんたち、マンモス狩りをしたいんだな? どうしてもマンモス欲しいんだな?
ちなみにまだ一頭も仕留めた例はありませんので、その肉が上手いかどうかもわからない。
でも、でかい獲物を仕留めるのが男のロマン。
なので、年端もいかぬ息子まで駆り出そうと。そして人海戦術で・・・投石を。
地球で生きた記憶の中に、マンモス狩りの記憶はありません。
でも、拳大の石を投げてマンモスが死ぬかどうかを判断する能力はあります。
私としては、大きな落とし穴を掘りたい。落とし穴の中のマンモスなら、拳大の投石なんかじゃなく、岩を落としてどうにかできるかもしれないし。
掘りたいんだけど、その提案をするにはそれこそ「一人前の男」として蛋白源の捕獲に貢献したという実績が必要なんです。
だから矢じり。
これで小動物や魚を捕獲して、あと飛び道具として弓を作ればマンモス狩りにも応用できそうだし。
地道です。
地球人のいくつかの人生の記憶を持って転生したってね、ここまで文明がないとなると地道にやるしかないんですよ。
くっそ。クリスめ。
ハローワークで私の対応をしたムカつく金髪は、魂名クリスタルと申しまして、私の転生仲間の一人なんですよ。
様々な人生で一緒に生まれた経験があるんですけども。
基本的にああいうチャラい魂なんです。
魂は男性に生まれたり女性に生まれたりしますので、いわゆるジェンダーアイデンティティとか関係ないんですけど、クリスは男でも女でもチャラかった。
そういうチャラさは私と相反するというか相互補完的というか?
あんまり好みのタイプではないので、異性に生まれたときも恋だの愛だのが芽生えた例がありません。
ちなみに、もういまとなってはどうでもいいことですが、私の形而下的死因は「突然死」です。
なにそれ、超ムカつく。
医学的に言うと「寝てる間に心不全」不可解かもしれないけどそうなっちゃったんだから仕方ないじゃん、的な死因です。
形而上的というか、あの世的な「理由」は、「セレスが無駄に転生繰り返してることが上にバレちゃったー。ごめんねー」です。上にバレちゃったから「とりあえず意味もなく地球に生かし続けててもろくなことないから異世界に転生させろ。ちっとは役に立つところに!」というお達しで、心臓止められた、と。
現代地球の三十路独身人生を謳歌していた女性の私。
「なんかこのまま結婚しなそうだなぁ」と漠然と思ってはいたんですが、それもそのはずですね。
一緒にあちこち転生するべき伴侶、いわゆる「ソウルメイト」はとっくに転生ライフから卒業していたというのですから。
「セレスタイトがガイドにならないなら自分は待ってるしかないなー、って言ってたからそこらへんで遊んでるんじゃない?」とはクリスの言。
あ、そういうやつそういうやつ。
アゼツライト、という魂名で、男だったり女だったりしますけど、割に怠惰なんですよ。
先にガイドになってソウルメイトである私を見守るとか、普通すると思うんだけど、ソウルメイトのくせに私を放置。
そりゃね?
「ソウルメイト」ってぐらいですから、熱い恋の記憶もありますけど。一応ね。
魂になってみると怠惰なんです。
「えー。そろそろ転生やめにしようよー。めんどくさいよもう」とか平気な顔して言う奴ですよ。
いいですか、地球のみなさん。
「ソウルメイト」に夢見ちゃダメ。
あれはね、地球に生きてる間だけの演技だから。
というわけで、黒曜石の矢じりを発明した私は一人前の男として、っていうか若き族長として(え)マンモス狩りの指揮を執ることと相成りました。
ああめんどくさい。
ここらあたりで一番大きな洞窟の壁に、消し炭で絵を描いて落とし穴について熱く語っています。
「高いところから石を投げればいいんじゃねぇか? いちいち穴掘らなくてもよぉ」
「いや、穴が大事なんですよ。奴を穴に入れることで、あちこちに逃げられる危険を排除して狙い撃ちにするのが目的です。穴が一番大事!」
「おお、そっか。族長は賢いなぁ」
「さすが族長だ」
嫁はまだだけどな、とどこからともなく笑いが起きますが、気にしない。
この獣が若干薄毛になった感じの人々ですから、脱童貞は早いですよ。非処女化も早い。
本能で生きてますからね。ムラムラしたら突っ込んどけ、な世界です。
でも私はまだです。
いえ、別に悔しいわけではありません。
地球で女として生きていたから、という理由でもありません。
地球でも男だったことありましたしね。
私の場合、毛らしい毛も生えないうちに族長候補と目されるようになったせいか、女にはモテます。
住んでる洞穴も一番大きいし(洞穴だけど)獲物は他の男たちより格段に多く仕留めるし。モテモテですよ。あっはっはー、だ。
でも、私と番いになることを望んでいる女が、他の男に足を開かないわけではない、という大問題が。
要するに、私はその気になればハーレム作れるんだけど、そのハーレム構成員の女の中には他の男の子を宿している者も少なからずいるだろうことが予想されるわけですよ。
ヤじゃん、そんなの。
郷に入っては郷に従えと言いますが、中身まで野生化してるわけではないので、そういう部分の抵抗はあるんですよね。そのあたりがジレンマ。
そうそう。
マンモスは無事に狩ることができました。
よく考えたら矢じりは槍にも活用できた、というわけで。
落とし穴プラス槍ですね。
今ではマンモスを追い込む係と、落とし穴周辺に潜んで穴に落ちたマンモスを攻撃する係との分業制を採用して、効率的な狩りに勤しんでいます。
黒曜石が採掘しやすい、という地の利もあってか私が持ち込んだ知恵(黒曜石の矢じり)は、この集落にすっかり定着しました。
今度の私の懸案は、衣服の問題です。
衣食住は基本ですよね。
洞穴とは言え、雨風を凌ぐ居住スペースは既にあったし、マンモス狩りの成功で食の問題も大きく前進。こうなってくると、次は「衣」の問題がクローズアップされてきます。
せめて下半身だけでも隠したいなー・・・とね。
狩った動物の皮革でどうにかならないものか、と考えてはいるのですが、日々の蛋白質調達に追われてなかなか手が回らずにいる体たらくです。
地球で皮革職人だったことがないので、漠然と知識として知ってはいても、それを実践するとなるとなかなかうまくいかないもの。ましてや、道具は黒曜石レベル。
そして、これが重要なことなのですが。「食」の調達の手が抜けないんですね。
マンモスを狩って食糧にする、と一言で言ってしまえば簡単に聞こえますが、マンモスの肉量を考えれば保存方法も考えなければならず。
狩りと保存食作りと、てんてこ舞いな日々の中、皮革を加工する技術を無理矢理編み出す余裕が捻出できない。
出来るだけ集落のみんなで分業できるように教育する必要もあります。
もちろん教育係も私。
教育するというのも大変なんですよね。
もともとの知識量が全然違うので「推測」とか「予測」とか「観察」ということができない住民がほとんど。
「こうしてこうしてこうするの」と教えたつもりになっていても、動作だけを真似ているので・・・マンモス肉の燻製を作るはずがただの焦げた炭焼きに終わったりとか。
本当にクリスの言った通り、個人の力なんて知れたものです。