引っ越し
素が出せたらどんなに楽だろう。軽い気持ちで好きだと伝えられたらどんなに楽だろう。隣にいる光原さんは今日、遠くの町へ引っ越してしまう。光原さんが引っ越すことを知った時から、告白することを決めていた。家が近いってだけで小さい頃から遊んだ記憶はほとんどなく、幼馴染と言えるかどうかも危ういような薄い関係。両方の母親の命令で、小さい頃からボディーガードとして一緒に登下校しているだけの仲。もしかしたら友達という言葉さえも似合わないかもしれない。
気にせずにはいられなかった。光原さんに対して想いが募ってきたのはいつからだろう。気付いたら毎日の登下校が楽しみで仕方がなくなっていた。同じ教室になることは遂に一度も無かったが、休憩時間に廊下で友達と喋っている時に隣の教室にいる光原さんの笑顔を少しだけ見るのがいつもの楽しみだった。
だがそれ以上は無かった。たったそれだけ。たったそれだけだけど、言わないわけにはいかない。俺だって最後くらい男らしく腹をくくりたい。
遂に迎えた最後の放課後に、光原さんは何を思っているのだろう。数々の思い出だろうか。明日からの新しい日々だろうか。それとも、好きだった人とのお別れだろうか。遠くを見据えているその瞳からは上手に読みとれずにいる。
ただただ前だけ見て歩く光原さんに、俺はいつまでも話しかけられずにいる。いつもそんなに話しかけることはないのだが、普段のそれとは違うブレーキがかかってしまって上手くいかない。徐々に鼓動が速くなってきて、肋骨にぶつかるたびに痛みが襲ってくる。その痛みは喉の奥まで響いて、声にならない音しか出なくなっている。顔は熱く、体は異常かと錯覚するほど細かく震えている。もはや顔面以外に神経が伝わっていないような感覚だ。
――あのさ、
予期せず俺と光原さんの声が重なった。お互いに顎を下げて次の言葉を出せずにいる。どうしよう、なんて言おうとしていたのかも分からない。先に言っていいのかもわからない。頭の中は完璧に何もなくなって、真っ白どころか透明。一応用意していた脳内台本も消失してしまった。いつの間にか光原さんの家の前に来ていたのだと気付き、さらに焦る。やばい、もう時間が無い。
「なぁ!」
全てを脱ぎ棄てるような、そんな覚悟で叫んでやった。もうどうにでもなれ!
「俺、光原さんのこと、ずっと前から――」