第8話 気になる記憶
春樹が自転車で小学校の門の前に着いた頃、ちょうど同窓会はお開きの時間だった。
友人の誘いを断って、一人夜道を歩く友哉を見つけ、春樹は徒歩でそっと後をつけた。
訓練学校の指導を生かし、気付かれないように尾行してしまう罪悪感。
行きずりの青年の過去に興味を持ってしまう罪悪感。
けれど、良くも悪くも「知りたい」「何かしてあげたい」という好奇心とお節介根性が、それを少しばかり上回っていた。
自動販売機の前の友哉に近づき、巨大な蛾に怯える振りをして、飲料水を代わりに買って貰った。
小銭を渡す時、そしてペットボトルを受け取るとき、春樹は意識して友哉の手に触れた。
友哉はその不自然な行為に気がつかない。
何よりも、春樹の存在自体が友哉には恐怖だったのだ。
一瞬その手に触れた春樹は、またその青年の記憶のカケラを集めた。
まだ、事実の断片の寄せ集めではあったが、大まかな事柄を、春樹は確認できた。
友哉の思い出の中に澱のように沈んだ、後悔と呪縛。
ああ、そうか。
そうなのだ。
この青年は、友人をそんな経緯で失ったのだ。
本当の気持ちを半透明の膜で覆ったまま、この青年は自分を癒すことも責めることも放棄して、ただ時間を止めている。
苦しい。
その感情のカケラにほんの少し触れただけで、春樹はただ、ひたすら苦しかった。
自分に出来ることはないのだろうか。
「僕は、そんなに貴方の昔の友人に似ていますか?」
けれど、取っ掛かりとして言ってしまったその言葉は友哉をパニックに陥れてしまった。
青ざめ、街灯もまばらな細い県道沿いを走って行く友哉を、春樹は後悔しながら見送った。
驚かすつもりは無かったのに・・・と。
友哉の記憶の中の少年の画像は不鮮明で、自分に似ているかどうかは分からなかった。
けれど、そう思いこんでしまうほど、友哉は怯え、追いつめられている。
自分が少しでも「由宇」に似ているのだとしたら、自分の能力も含め、これは何かの必然なのかもしれない。
きっと何かできる。
してあげたいと思う。
『偽善、思い上がり、余計なお世話、ただの興味本位』
美沙なら、そう言うだろうか。
僕を軽蔑するだろうか。
そんなことをふと思いながら春樹は一つ大きく息を吸い、ゆっくりと自転車を止めていた校門脇に引き返した。
次の朝。
「どっか行くの?」
春樹がそっと美沙の部屋を覗くと、まだ布団に転がっていた美沙が、2日酔いでむくんだ目を擦りながら言った。
そしてくしゃくしゃの布団の上にゆっくり起きあがり、あぐらをかいた。
宿の浴衣の前がはだけてヒモだけになっているのに、隠そうともしない。
「いつか恋人とお泊まりするんなら、浴衣は着て寝ない方がいいよ、美沙。100年の恋も冷めるから」
春樹は心底情けない気持ちになり、ため息をついた。
「だよね。うん。恋人と泊まるんだったら、何も着ないことにするよ」
「・・・」
そういう意味じゃない。
思わず赤面し、春樹が何も返さずに引き戸を閉めようとすると、美沙はもう一度訊いた。
「どこに行く気? お節介焼きさん」
その口調では、だいたいの検討はついているようだった。
春樹は戸を閉める手を止め、曖昧に笑った。
「蝶がね、羽化するのを見にいくんだ」
美沙はぼんやりした目で春樹を見つめた。
「ふ~ん。・・・夕方の便で帰るからね。ちゃんと戻っておいでよ」
「うん。わかってる」
春樹はニコリと笑って静かに戸を閉めた。
「せっかく時間が空いたってのにさ。・・・ピクニックはどうしたのよ」
美沙はぶつぶつと独り言を言うと、はだけていた浴衣の前を無造作に合わせた。
春樹がいない、退屈な時間をどうやって潰そう。
そう思うと、情けないほどこれからの時間が味気なく思えた。




