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第7話 散策と言う名の企み

富田は程なく見つかった。

美沙の予想通り、山岸という同窓生の家に転がり込んでいたのだ。

同窓会名簿を手に入れるまでは手こずったが、それ以降は警戒心のまるで無いターゲットのおかげで、あっけないほどスムーズだった。

けれど春樹はうずうずしていた。これからが自分の仕事だ。

自然に富田に近づき、どうにかしてその肌に触れ、東京でこっそり身を置いている場所を出来る限り読み取る。

今回の依頼は富田の行方を捜すことではなく、現住所を突きとめることだった。


美沙もようやく、春樹のその能力を仕事に使うことを容認してくれた。

走るのが速い男が、例えば警察官になり、健脚を利用して犯人を捕まえるのは悪い事じゃない、と遠回しに言ってくれた。

ストレートに優しさを表に出せない美沙の、そんなところも春樹は好きだった。

どんなに辛辣な事を言われても、美沙なら嫌な気持ちにならない。

美沙に触れたことも無いのに、その本質的な優しさが春樹には分かっていた。


けれど、時々がっかりさせられることもある。

今回の仕事が、まさにその例だ。

やっと役に立てると春樹がワクワクしていたにもかかわらず、美沙は『あんたのショボイ能力なんていらないわよ』とばかりに、あっさりと富田に接触し、本人の口から現住所を訊き出したのだ。

『赤いワンピース』だ。

『嘘』と『色仕掛け』だ。

春樹はその話術と戦略に、いつも嫉妬する。

自分の忌まわしい特殊能力は、美沙の仕事の役に立つときだけ、誇れるというのに。

そうでなければ、自分は役立たずだ。

美沙のお荷物。給料泥棒。疎ましいだけの化け物。


数年前、美沙に全てを打ち明けたことを間違っていたと思いたくはなかった。けれど時々辛くなる。

美沙は必要以上に自分を避けるようになってしまった。

当然だ。心の中、全てを読みとってしまう人間が近くにいるなんて、気持ちが落ち着くはずがない。

美沙を困惑させてしまうことは、分かっていた。申し訳ないとも思っていた。

けれど一方で、自分を知ってくれる人間がどうしても欲しかったのは事実だ。

美沙なら受け入れて、理解してくれるのではないかと思った。

兄の恋人の美沙なら、ちょうどいい距離にいてくれそうな気がした。


後悔はしていない。・・・そう、思っていたい。



「やだ、色仕掛けなんて失礼ねえ。観光客ぶってる富田の写真を撮ってあげて、『写真、どこに送ったらいいですか?』なんて、可愛く訊いただけじゃない。『私も家が近かったら、直接持って行っちゃおうかしらー』、なんて言ったら、頼みもしないのに携帯の番号だって教えてくれたわ。やっぱり警戒心ゼロね、あの男。頭悪すぎ」

「それってさ、やっぱり色仕掛けじゃん」

春樹は笑いながら、コーラのグラスを美沙のビールジョッキに重ね、祝杯をあげた。

美沙はやっぱり、昼間からビールだったが、春樹は今日ばかりは何も言わない。

自分が役に立たなかったのは悔しいが、とにかく予定の半分の時間で調査が終了したのだから。

自由時間ができた。

「もう一泊して、明日の昼過ぎに帰ることにしようね、春樹」

「昼過ぎかあ。ピクニックは無理だね」

残念そうに春樹が言うと、美沙は「助かったよ」と笑った。



富田、山岸。この二人の名を春樹は知っている。

もちろん富田に関しては調査前に散々資料で確認したが、それとは別に。

駅の近くでぶつかりかけた青年の記憶の中に、彼らは細切れに浮かんでいた。

一瞬触れただけの青年の記憶は、あまりにも煩雑とした情報の欠けらばかりだったが、死んでしまった少年に関わるブースの中に、富田と山岸もちゃんと収まっていた。


あの青年。

友哉という名だ。

照りつける太陽と耳が痛くなるほどの蝉の声。転校してきた少年との出会い、死別、胸の痛み。

・・・そして激しい罪の意識だ。

友哉はいったい何をしたんだろう。

そこまでは読めなかった。

きっと忘れるために、意識を閉じこめているのだ。必死で記憶を抹消しようとしている。

もしかしたら、彼は少年を殺してしまったのだろうか。

まさか。

そんな人間ではない。

彼の中にある、その友人に対するどうにも説明のつかない愛おしい感情も、それを否定している。



春樹は息を飲み込んだ。

小さく胸が疼く。

「知りたい」と思う、悪い癖だ。

そんな春樹の好奇心を美沙が知ったら、今度こそ軽蔑されるかも知れない。


春樹はチラリと自分の部屋の壁掛け時計を見た。

夜の10時過ぎ。

今頃、友哉達の同窓会が学校の校庭で行われてるはずだ。もうそろそろ終わる頃だろうか。

その時間までに富田が見つからなければ、どうにかして同窓会に潜り込もうと美沙と計画していた。

富田の件が片づきその必要が無くなったので、美沙は晩酌に再びビールを飲み、シャワーを浴びただけで部屋に転がってしまった。

朝までは何があっても起きないだろう。


『この辺を散策するんなら、この自転車使うてええよ。ボロいけど、充分役に立つやろ?』

シュレックおばさんがそう言ったのを思い出した。


“ぼくは、夜の田舎を散策に行くんだ。ただ、それだけなんだ。”

心の中で一つ言い訳をして、春樹はそっと階下に降りた。




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