第5話 仕事
「あれだね、民宿の朝食って、絶対このメニューだよね」
美沙の部屋に一緒に運んで貰った朝食をパクつきながら、春樹は言った。
「白ご飯とみそ汁と焼き魚と生卵と海苔と冷や奴。修学旅行でも、いつもそうだった」
「不満なわりにはよく食べるよね」
気持ちいいほどあっと言う間に平らげた春樹の食欲に感心しながら美沙が言う。
「不満なんて無いよ。僕、和食好きなんだ」
美沙は足を崩しているというのに、きちんと正座している春樹は、一人だけの修学旅行生のようだ。
「そうじゃなくってさ、これくらいの料理でいいんだったら僕でも出来るってこと。ねえ、二人で民宿の経営なんてどう?」
「あんたは馬鹿か?」
くだらない冗談に間髪入れず冷たく言ってしまったが、少しして美沙は、それもアリかななどと、ふと考えた。
「とりあえず私たちの今の仕事は人捜しでしょ? 立花探偵社、鴻上支店。支店員は私とあんたのふたり。私たちは人を捜してここに来てんのよ。思い出した? 修学旅行でもバカンスでもないわよ」
「分かってますって、支店長。でも・・・今日中に仕事済ませば、あとは自由時間でしょ?」
「そうね。仕事が終わればピクニックでもセミ取りでも、好きにしてちょうだい」
経済的理由から大学院をやめ、就職先を必死で探していた美沙は、ひょんな事からフランチャイズ式探偵社の経営者、立花聡と知り合った。
サポートの行き届いたそのフランチャイズ探偵社では美沙一人で事務所を持つことも充分可能だった。
美沙はわがままを言って、比較的基礎知識と機転だけで対応できそうな「行方調査」専門に仕事を回してもらうことにした。
ノウハウさえ覚えれば美沙一人でも何とかなる。
頭脳明晰。男勝りでバイタリティもある美沙を信頼して、立花は美沙のその申し出を許してくれた。
懇意にしていた天野圭一一家が、春樹を残して全員死んでしまったのはそれから1年後だった。
春樹の留守中に実家が不審火で全焼。
たまたま大学院から帰省していた兄も含め、性別の判定さえ出来ないほどに無惨な焼死体で3人は発見された。
受け入れてくれる近しい親戚もいなかった春樹を支え、なんとか高校を出るように助言したのは美沙だ。
当面の春樹の生活費や学費は、預金や保険金で充分賄えたことだけが不幸中の幸いだった。
春樹の高校に近かった美沙のマンションの同じフロアに住まわせ、美沙は姉のように世話を焼いた。
けれど、一番近く、一番遠い存在だ。
美沙は傷心の春樹を抱きしめてやることもしなかった。
それどころか、まるで病原菌ででもあるかの如く、肌に触れるのを避けた。
春樹が傷つくのも構わず、「分かってると思うけど、触らないでよね」と警告さえした。
「圭一の弟だし、面倒は見るけど、ちゃんとルールは守って」と。
いつしかそんな扱いに春樹が慣れてしまうことを願いながらそう言った。
血を吐く想いで。
「酷いじゃない、圭一。全部あんたのせいなんだ。あんたがみんなを不幸にしたんだ。両親だけでなく、春樹も、私も。許さないから。そのまま地獄に堕ちればいい!」
一人で部屋飲みしアルコールが回ると、美沙は必ずそう言って毒づいた。
決して春樹に聞かれてはならない。悟られてはならない。
春樹は兄が大好きだった。優しくて優秀な人間だったことを誇りにしていた。
未だに春樹は大好きな兄の思い出話をする。微笑みながら。
春樹に残された、その唯一の柔らかい思い出を踏みにじる権利がどこにある?
仲のよかった家族の、幸せな記憶を滅茶苦茶にしていい権利がどこにある?
知られてはならない。
春樹の兄、圭一の犯した鬼畜のような行為を。
優しかった両親を殺したのが、自分が慕う兄だったと知ったら・・・。
そう思うだけで美沙は、闇の中に突き落とされるような悪寒を感じた。
死守するんだ。絶対に!
美沙は心に誓った。
春樹に触れる。
それは、春樹にナイフを突き立てることに他ならなかった。




