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大人の黒童話

悪意は美しさに比例する

作者: 伏町 よい
掲載日:2026/07/02

大人のブラック童話です。


むかしむかし、あるところに、とても醜い娘がおりました。

娘は小さいころから、ずっと笑われて育ちました。

目が小さいだの、鼻が低いだの、顔が平たいだの。

村の子どもたちは石を投げ、大人たちは見て見ぬふりをしました。

綺麗な娘には花をあげるのに、娘には誰も花をくれませんでした。

綺麗な娘には笑いかけるのに、娘には誰も笑いかけませんでした。


ですから娘は思いました。


「世界は顔しか見ていないのだわ」


そしてもうひとつ、思いました。


「ならば、綺麗になればいいのだわ」


ある晩のことです。

娘の部屋へ、悪魔がやって来ました。

角の生えた、真っ黒な服を着た悪魔でした。

悪魔は退屈そうな顔で言いました。


「何か願いはあるかい」


娘は言いました。


「綺麗になりたいわ」


悪魔は言いました。


「代わりに何を差し出すんだい」


娘は少しも考えませんでした。


「なんでも」


すると悪魔は笑いました。


「それなら面白い契約をしよう」

「悪いことをするたび、お前は美しくなる」


娘は目を丸くしました。


「悪いことなら、なんでも?」

「なんでも」

「嘘でも?」

「うん」

「盗みでも?」

「うん」

「……人殺しでも?」


悪魔はにっこり笑いました。


「もちろん」


娘は、生まれて初めて笑いました。

ひどく醜い笑顔でした。


次の日、娘はパンを盗みました。

すると少しだけ鼻筋が通りました。


次の日は近所の子どもの悪口を広めました。

すると目が少し大きくなりました。


お年寄りを騙しました。

すると肌が綺麗になりました。


誰かを裏切りました。

髪がつやつやになりました。


人を傷つけました。


人を殺しました。


各地を転々としながら、たくさんたくさん悪いことをしました。


すると娘は、どんどん美しくなりました。


花のように。

宝石のように。

お月さまのように。


みんな娘を見つめました。

みんな娘を愛しました。

みんな娘を褒めました。


でも誰も気づきませんでした。

娘が美しくなるほど、その顔が少しずつ、人間ではなくなっていたことに。

あまりにも綺麗すぎたのです。


やがて娘の悪事が見つかりました。

娘は捕まり、裁かれ、処刑されることになりました。


処刑の日には、大勢の人が集まりました。

みんな怒っていました。


「悪女め!」

「魔女め!」

「化け物め!」


娘は静かに笑っていました。

処刑台の下には悪魔もいました。

悪魔が娘を見上げて言いました。


「とうとう終わりだな」


すると娘はくすくす笑いました。


「いいえ」

「最後に面白いものを見せてあげる」


そして娘は、集まった人たちを見渡しました。

その顔は世界で一番美しかったそうです。

娘は言いました。


『私を見ればわかるでしょう?』


広場はしんと静まり返りました。


『醜かった私がここまで美しくなれたんだもの』

『悪意は美しさに比例するのよ』


誰も喋りませんでした。


『生まれつき美しい人は、どれほど恐ろしい悪意を隠しているのかしらね?』


そして娘は笑いました。

それは世界で一番綺麗な笑顔で。

それは世界で一番醜い笑顔でした。

そのあと首がコロリと落ちました。


けれど、それでおしまいではありませんでした。


家へ帰った人たちは、自分の妻を見ました。

自分の夫を見ました。

自分の婚約者を見ました。

そして少しだけ思ったのです。


「……そういえば、この人は綺麗すぎるな」


その小さな疑いは、種になりました。

種は芽を出し、根を張り、花を咲かせました。

そして国中を覆いました。


美しい人は疑われました。

目が大きいから。

肌が綺麗だから。

髪がつやつやだから。

ほんの少し、どこかが美しい。

たったそれだけで……


何百年も何百年も経って、ついには誰も美しくなくなりました。

でも人々は幸せになりませんでした。

誰も信じなくなったからです。

誰も愛さなくなったからです。


空の上では悪魔が笑っていました。

涙が出るほど笑っていました。

そして隣にいる首だけとなった娘へ言いました。


「お前は歴代最高の契約者だった」


娘は今でも笑っているそうです。

世界で一番美しい顔で。


おしまい


娘が死んでから四百年後。

誰も娘の本名を知らなかった。

けれど最期の言葉だけは、子守唄のように世界に残っていた。


『悪意は美しさに比例する』


親は子に教えた。


「綺麗になるな」

「肌を焼け」

「笑うな」

「目立つな」

「疑われる」


子供たちは泥を顔に塗った。

女たちは鏡を割った。

男たちは整った顔立ちを恥じた。

眉を剃り、歯を抜き、髪を切り刻んだ。

鼻筋の通った子供には、布を強く巻いて骨を歪めた。


美しさは罪だった。

いや、罪より恐ろしいものだった。

悪意の証明だった。

でも誰も確かめようとはしなかった。

本当にそうなのかを。

だって、もし違ったら。

今まで自分たちがしてきたことが、全部間違いになるから。

皆、正しいことをしていると思っていたから。


六百年後。

醜く進化した人間達の溢れる世界のある寒村で、一人の女の子が生まれた。

産婆が息を呑んだ。

母親は震え、父親は顔色を失った。


その子は、あまりにも綺麗だった。

黒髪に白く透き通る肌。

星空を溶かしたような瞳。

赤く熟れた果実のような小さな唇。


村人たちは集まった。

誰も喋らなかった。

ただ見ていた。

赤ん坊を。

眠っているだけの赤ん坊を。


最初に口を開いたのは村長だった。


「……これは駄目だ」


誰も反論しなかった。

母親だけが泣き叫んだ。


「違います!」

「この子は何もしてない!」

「産まれたばかりの赤子じゃないですか!」


村人たちは困った顔をした。

可哀想だと思った。

けれど仕方ないと思った。

本当に。

だって、もし娘の言葉が正しかったら。


もしこの子が恐ろしい悪を秘めていたら。


村は滅びるかもしれない。

国が滅びるかもしれない。

世界が滅びるかもしれない。


だから仕方ない。


皆そう思った。


母親は赤ん坊から引き剥がされた。

赤ん坊は連れて行かれた。

泣き声だけが響いた。

短い時間だった。

それから静かになった。


その夜。

空の上で悪魔が笑っていた。

隣には、首だけの娘がいる。

六百年経っても変わらない。

世界で最も美しい顔。


悪魔は笑いすぎて涙を流していた。


「見たか?」

「まだ続いてるぞ」


娘は地上を見ていた。

村を見ていた。

泣き崩れる母親を見ていた。

赤ん坊が埋められた小さな土を見ていた。

しばらくして娘は微笑んだ。

そして、静かに唇を震わせた。


「ねぇ」

「私、一つ嘘をついたの」


悪魔が笑うのを止めた。


「……何?」


娘は、処刑台のあの日と同じ顔で笑った。

最も美しく。

最も醜く。


「悪意で綺麗になるのは、本当」

「でも――生まれつき綺麗な人の話は、全部でたらめ」


悪魔は数秒黙った。

それから。

空が震えるほど笑った。

世界の終わりみたいに笑った。

地上では誰も知らない。

六百年続いた地獄が。

たった一人の女の、最後の嫌がらせだったことを。


ほんとうの、おしまい

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