誰も答えを知らない ~ステップ・バイ
結流は、珍しく本気で焦っていた。
ドラマ撮影が押した。しかも、こういう日に限って押しに押した。
「すみません! 本当にすみません!」
スタジオを飛び出すみたいにして控室へ戻り、荷物を掴む。スマホを確認するたび、時間だけが無慈悲に進んでいく。
最悪。 せっかく薔子さんが誘ってくれた食事会なのに。芸能界に入ってまだ浅い結流にとって、その誘いは想像以上にありがたかった。何しろ、連絡先を知っている芸能人・・・一応友達と言えるのは片手で足りる。0でないにしろ、少し寂しいものがある。
『あなた、芸能界に知り合い少ないでしょう』
そう言って、薔子さんは笑った。
『紹介してあげる。お友達を作るチャンスよ』
軽く言っていたけれど、その言葉の意味がただの友達作りって事じゃないのを結流もさすがに知っている。
薔子さんは、この世界では有名だった。表向きは、ただの女優。だが実際は違う。
オムツのCMでデビュー。子役として人気を集め、思春期を越え、若手女優となり、主演も助演もこなし、そして今も第一線にいる。 売れた俳優も、消えた俳優も、ブレイクしたアイドルも、潰れたタレントも見てきた人だ。
年齢イコール芸歴。冗談みたいに言われるが、誰も否定しない。
そして、その長さは人脈になる。芸能界には、時々そういう人間がいる。誰がどこで繋がっていて、誰と誰が仲違いしていて、どこへ行けば誰がいるのか。
そんな情報を特別集めようとしなくても自然に把握してしまう人間が。
そして気づけば、その人を中心に人が集まっている。
薔子さんもそんな一人らしい。
薔子さんが出る集まりは、半分冗談、半分本気で『薔薇会』と呼ばれている。別に薔子さんが主催しているわけではない。
むしろ逆。誰かが食事会を開く。そこへ薔子さんを呼ぶ。すると薔子さんの知人が来る。その知人の知人が来る。
気づけば、人の輪ができている。そんな集まりを、誰かがいつしか『薔薇会』と呼び始めた。
若手俳優にタレント。人気モデルからベテラン女優。
売れっ子脚本家。音楽関係。
局関係者。スポンサー企業。
普通なら同じ席に座らないような人達が、薔子さんを中心に自然と顔を合わせる。
だから業界では、 『薔薇会に出入りが許されている』という言葉まである。もちろん、薔子さん本人がそういう扱いを面白がっているのも込みで。
その集まりに誘われた。それも薔子さんから。
なのに遅刻。
結流は半泣きになりながら、スマホを睨む。検索。一番早く行く方法って何? タクシー? 地下鉄? 東京に出てきて6年目、それでも普段使わない路線は未だによくわからない。
「どうしよう・・・絶対遅れてる・・・薔子さんになんて言おう。せっかくお友達紹介してあげるって言われたのに・・・」
すると、後ろでスケジュールを確認していたマネージャーの土屋さんが、ぴたりと手を止めた。
「・・・は?」
低い声。
結流は鏡越しに振り返る。
「え?」
「今、どこ行くって言った?」
「え、だから・・・薔子さんに誘っていただいた食事会に・・・」
数秒、沈黙。
次の瞬間、土屋さんが深々とため息を吐いた。
「薔薇会に誘われたって、早く言いなさいよ」
「え?」
「そうしたら、もう少しは早く出してあげられたわよ」
結流は目を瞬かせる。
「え、そ、そんなにですか?」
「そんなにです」
即答だった。
土屋さんは呆れた顔のまま、しかしどこか感心したようにも見える。
「薔子さんの集まりなんて、行きたければ知り合いと一緒に簡単に行けるの。あの人、月に1回くらいはどこかに顔を出しているから。でもね、好き嫌いはあまり表に出さないけど、本当に気に入った子しか近くに置かないって有名なんだから」
「は、はぁ・・・」
「しかも紹介してあげるって言われたんでしょ?」
「お友達、ですけど。芸能界に知り合い少ないでしょ、って」
「それ、かなり重要よ」
土屋さんはそう言いながら、結流の肩をぐいっと押した。
「ほら、急いで。タクシー呼んであげるから」
「ありがとうございます!」
「遅刻して第一印象悪くしたら、私の胃が持たない」
その言葉に、更に焦る。 結流は何度も頭を下げながら現場を飛び出した。
タクシーの中でも、何度も時間を確認する。
間に合わない。いや、もう間に合ってない。開始時間は過ぎている。
胃が痛い。
やっと店へ辿り着いた頃には、結流の心拍数は限界だった。
薔子さんから送られてきた住所を何度も確認する。
間違ってない・・・はず。
目の前にあるのは、都心のどこにでもありそうな、コンクリートの壁のごく普通の雑居ビルだった。
一階はセレクトショップ。大きなガラス張りの店内にはマネキンが並び、仕事帰りらしい女性達が1人2人、商品を眺めている。
その横。ビルの脇に、ひっそりと細い階段があった。
それだけ。看板もない。店名もない。カフェの前によく置かれているブラックボードも見当たらない。
本当にここなのだろうか。
結流は思わずスマホの地図を見直した。住所は合っている。
でも、どう見ても会員制高級レストランには見えない。
ただ、階段の上からは柔らかな灯りが漏れていた。二階と三階の細長い嵌め込み窓からも、暖色の光が滲んでいる。人の気配もある。
静かだが、確かに営業している。
それでも不安は消えなかった。
本当にここ? あってる? 騙されてない?
薔子さんに限ってそんな事はないと思うけれど。
でも、もし住所を見間違えていたら。もし全然違う店だったら。もし入った瞬間、『どちら様ですか?』 なんて言われたら。
結流の胃がきゅっと縮む。
こういう時、母がよく言っていた言葉を思い出す。
『知らない人について行ったら駄目よ』
『怪しい話、上手い話には乗ったら駄目』
『芸能界なんて特に気をつけなさい。気がついたら、碌でもない事に巻き込まれてました・・・なんて、嫌よ』
いや、薔子さんだ。薔子さんに誘われた会だ。大丈夫。多分。きっと。
恐る恐る階段を上る。
足音が妙に大きく響く。
二階へ辿り着くと、踊り場のような小さな空間があった。六畳ほどの広さ。落ち着いた間接照明に照らされた黒い壁。装飾らしい装飾はほとんどない。
そして入口の前に、黒いスーツ姿の男が立っていた。店員。そう呼ぶには少し威圧感がありすぎる。護衛。あるいは門番。そんな言葉の方がしっくりくる。
結流は反射的に背筋を伸ばした。
男の視線がこちらへ向く。
緊張で喉が渇く。
「あの・・・」
声が少し上擦った。
「薔子さんに誘っていただいたんですが・・・」
言った瞬間、不安になる。
招待状があるわけでもない。会員証があるわけでもない。誰かと一緒でもない。そもそも、氷室結流ですって言っても通じるのだろうか?
ドラマには出ている。高視聴率を維持しているので、見た事あるなと思ってはもらえると思う。
最近WEBコンテンツにもつたない喋りながら、出させていただいた。スマホで検索してもらえば、宣材写真くらいは出てくるだろう。でも正直、プロの手でしっかりカッコよくメイクされ、何枚も何枚も撮影した中の一番の写真だ。自分でも美人度が増していると思う。
だが、今は撮影終わり。慌ててメイクも直していない。随分違うと思う。同じ人間ですと言われても、自分なら困る。
もし、『ご本人様ですか?』 なんて聞かれたらどうしよう。
いや、本人なんだけど。本人なのに証明できない。芸能人って意外と面倒だ。
車の免許は持っているけど、薔子さんに誘われた証明にはならない。
そんな事を考えているうちに、どんどん不安が膨らむ。
ここまで来て、 『確認が取れておりません』 なんて言われたらどうしよう。
男は結流をちらりと見た。 一瞬、値踏みするような視線。
胃が痛い。土屋さんの前に、こっちの胃がダメになりそうです・・・。
だが次の瞬間、静かに扉を開く。
「どうぞ」
低い声。
それだけ。
結流は一瞬ぽかんとした。
え? いいの?
確認とか。名前とか。何もなし?
慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
中から静かな音楽が流れてくる。花の香り。
一歩入れば、磨き上げられた床。いかにも高そうなソファが幾つも並んでいる。
別世界だった。
店内は想像より静か。
広い。ワンフロア全部がレストランのようだった。所々に衝立や植物があり、隣のテーブルとの視線が遮られるようになっている。真ん中より奥に、階段があった。上階へも行けるみたいだ。
何人もの人の姿が見える。なのに、騒がしくない。
会話も笑い声も、全部どこか上品に抑えられている。
磨かれたグラスが並ぶ壁際の棚。バーテンダーだろうか、カウンターがあって、黒いベストを着た女の人が一人立っている。
一言でいえばオシャレ。それ以上なんて言えばいいのかわからない。
結流は完全に場違いな気分になっていた。
視界に入る人達が、普通にテレビで見る顔ばかりなのだ。
あ、あの人、今クールのドラマの主役。桐生浩輔。待って、『藤川さんの縁側で』の藤川雅也さんいる。
情報量が多すぎる。
しかも全員、自然体でここにいる。
結流だけが、浮いていた。
どうしよう。
誰に挨拶したら。
いや、その前に薔子さん・・・。
「あら」
不意に声をかけられ、結流はびくっと肩を揺らした。
振り返る。
三十代後半くらいの女性。グラスを片手に立つ姿は、それだけで絵になる。
結流でも知っている有名女優。高澤夏希
ドラマ常連。演技派。気が強い役でよく見る人。近くで見ると、テレビよりずっと迫力があった。
視線が結流の首元へ向く。
「あら、貴女。見慣れないスカーフをつけているわね」
にこやかな口調。なのに、ほんの少しだけ見下ろす響きが混ざっている。
結流の背筋が縮こまる。
「あ、えっと・・・」
今日のために、かなり悩んだ。高級ブランドなんて買えない。でも、せっかく薔子さんに呼んでもらえたから、ちゃんと考えたかった。
何を着るか。
どういう雰囲気なら失礼じゃないか。
何日も迷って、やっと見つけたのがこれだった。
「ゴッホの薔薇模様のスカーフなんですけど・・・近所の雑貨屋で見つけたので・・・」
言いながら、だんだん声が小さくなる。相手のワンピースに入った海外高級ブランドのロゴが目に入ってしまった。
あ。
やっぱりダメだったか。
場違い。
そんな言葉が頭をよぎる。
「薔薇会って聞いたので・・・薔薇の・・・」
自分でも説明が苦しくなっていく。
何これ。言えば言うほど恥ずかしい。やめればよかった。
普通の服にすればよかった。
何なら、先に土屋さんに言っておけば、スタイリストさん経由で服を貸してもらえたかもしれないし。この場に合う服もコーディネートしてもらえたかもしれない。もう少し早く出て遅刻しなくて済んだかもしれない。
俯きかけた、その時。
「いいと思うわよ」
凛とした声が割って入った。
空気が変わる。
周囲が、ちらりと視線を向けた。
薔子さんだった。
漆黒のドレス。金のチェーンが揺れるピアス。ただ立っているだけなのに、自然と人の視線が集まる。
薔子さんは結流のスカーフを見て、ふっと微笑んだ。
「ゴッホの薔薇?」
「あ、はい」
「素敵じゃない」
自然な笑みだった。
それから薔子は高澤さんへ視線を向ける。
「ね?」
柔らかい口調。同意を求めるような言い方だった。
突然話を振られた高澤さんは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「え、ええ・・・」
「今日のテーマに合わせて選んでくれたのですって」
薔子は楽しそうに言う。
「自分できちんと働いたお金で、何を着て行こうか考えて。そういうの、私は好きよ」
その声は静かなのに、不思議とよく通った。
周囲の何人かが結流を見る。さっきまでとは違う視線だった。値踏みではなく、興味。
結流は思わず背筋を伸ばした
「ありがとうございます・・・」
「こちらこそ」
薔子さんは微笑む。
「わざわざ考えて来てくれて嬉しいわ」
その一言で話は終わった。誰も反論できない。スカーフの値段も。ブランド名も。今となってはどうでもいい話になっていた。
薔子さんはそこで初めて話題を変える。
「あら、そういえば結流ちゃん」
「はい?」
「遅れて来たって事は、撮影押したの?」
「・・・はい」
薔子さんは小さく眉を寄せた。
「じゃあ、ご飯まだでしょう」
図星だった。結流は言葉に詰まる。それだけで答えになったらしい
「やっぱり」
薔子さんは困ったように笑う。
「若い子が、お腹空かせてるのはよくないわね」
周囲から小さな笑いが起こる。そういう風に言う薔子さんだって、まだ30前だ。年齢=芸歴なせいで、ここにいるほとんどの人より、先輩ってだけで。
「ごめんなさいね」
薔子さんは高澤さんへも笑顔を向ける。
「この子、ちょっと借りていくわね。あとで返すから」
「ええ、もちろん」
断れる空気ではなかった。だが失礼な空気もない。ただ自然に、話の主導権だけが移っていく。
「ほら、結流ちゃん」
薔子さんがそっと、結流の手を取る。
「甘いものもあるけど、その前にちゃんとご飯食べましょう」
「あ、あの、遅れてすみません」
「撮影してたんでしょう?」
「はい」
「なら仕方ないわ」
薔子さんは当たり前の事のように言った。その声音が、驚くほど優しかった。
「頑張って働いてきた子を叱るほど、私も怖くないのよ」
その言葉に周囲が笑う。結流もつられて笑ってしまう。張り詰めていた肩の力が、少しだけ抜けた。
薔子さんはそんな結流を連れて、人の輪の中をゆっくり歩き出した。結流は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、引かれるまま歩く。周りからの視線は少し前より柔らかいのに、結流の緊張は一向に減らない。
すれ違う人達が全員有名人に見える。いや、多分見えるんじゃなくて、あらためて見ても本当に有名人。俳優、歌手、コメンテーター・・・。
誰と目が合っても会釈。
誰かが薔子さんに声をかけるたびに立ち止まる。そのたびに結流も一緒に頭を下げる。社会科見学の小学生みたいだ。
その途中で、結流はふと視線を止めた。
少し離れたテーブル席。響雅臣が誰かと話している。仕事関係だろうか。穏やかな表情で相手の話を聞いていた。
結流が気づいたのとほぼ同時に、響さんもこちらを見る。
一瞬だけ目が合った。
響は手にしたグラスを軽く持ち上げる。挨拶代わりの仕草だった。
結流は慌ててぺこりと頭を下げる。
薔子はそんな結流を面白そうに見ていた。
「そんなに固くならなくていいのよ」
「無理です・・・」
「正直ね」
くすりと笑う。
その時だった。
「薔子さん」
低い声が聞こえた。
結流は反射的に振り返る。
でかい。
第一印象はそれだった。
身長は百八十後半はあるだろうか。肩幅も広い。黒のジャケットをラフに着こなしているだけなのに妙に目立つ。整った顔立ち。高い鼻梁。少し色素の薄い瞳。ハーフだという話は聞いた事がある。
テレビで見るよりずっと迫力があった。
阿久津潤。
最近は出演作も増えた人気俳優。インテリヤクザ。過去を消した暗殺者。冷酷な刑事。黒幕。裏切り者。
そんな役ばかり見ているせいか、近くで見ると余計に怖い。
結流は阿久津さんを子供の頃、テレビで見ていた。元は子役。昔は可愛い可愛いと言われていたらしい。確かに可愛かった。
成長するにつれて、一時期は名前を見る機会も減った。それがここ数年、悪役で復活した。
しかも妙にハマった。若手で、知的な怖い役をやらせたら右に出る者がいない。結果、本人まで怖そうになってしまったと思う。
結流はもう一度背筋を伸ばした。
「お疲れ様です」
慌てて頭を下げる。
阿久津さんの視線が降ってくる。
うわ。近くで見ると余計怖い。
「氷室さんか」
「は、はい」
緊張で声が裏返りそうになる。
すると隣で薔子さんがくすっと笑った。
「笑わないでください」
「だって潤、怖がられてるじゃない」
「俺のせいじゃないですよ」
「顔のせいよ」
「それはどうしようもないでしょう」
即答だった。
阿久津さんが心底うんざりした顔をする。
それを見て薔子さんがまた笑った。
周囲からも小さな笑いが漏れる。
結流は目を瞬いた。
この空気。何だろう。探り合いじゃない。遠慮もない。息をするように軽口を叩いている。長い付き合いの人達だけが持つ距離感。
ふと周囲を見ると、何人かが面白そうに二人を眺めている。
その視線にも見覚えがあった。
芸能ニュースやネット記事。昔から定期的に噂になる組み合わせだ。
阿久津潤は薔子さんが好き。そんな話。業界では半ば公然の秘密らしい。
らしいのだが。結流にはよくわからない。
阿久津さんは丁寧語だけど、怖そうな顔のままだし。
薔子さんは薔子さんで容赦がない。
恋愛なのか。
懐いているだけなのか。
本人達以外、誰も答えを知らない気がする。
「そういえば聞いたわよ」
薔子さんが阿久津さんに近寄る。
近寄るというより、接近しすぎっ! 普通の人なら薔子さんにあんな風に近寄られたら、赤面するとかすると思うが、阿久津さんは顔色一つ変えずにいた。
「次のドラマ」
「何でしょうか?」
「また私の邪魔する役なんですって?」
「文句は脚本家に言ってください」
「今回は死なないでちょうだいね」
「前回も死にたくて死んだ訳じゃないですから」
結流は思わず吹き出しそうになった。
あの大ヒットドラマだ。最終回直前で阿久津さんが演じる役が死んで、SNSが大騒ぎになった。
「薔子さん」
「何?」
「あなた、毎回その話をしますね」
「だって勿体ないじゃない」
「何が、でしょう」
「顔が」
即答だった。
周囲から笑い声が上がる。
阿久津さんは額を押さえた。
「またそれですか」
「だって本当でしょう?」
「知りません」
「あなた、昔はすごく可愛かったのに」
「そうですね、可愛かったですね」
完全に棒読みだった。
慣れた応酬。薔子さんは楽しそうで。阿久津さんも本気で怒っている訳ではない。むしろ、このやり取り自体を受け入れているように見える。
結流は少しだけ肩の力が抜けた。
怖そうな人だと思っていた。実際、怖そうではある。でも薔子さんの前では、不思議とちょっと可愛い。
阿久津さんの視線が再び結流へ向く。
「氷室さん」
「は、はい」
「次、一緒ですね」
一瞬何の事かわからなかった。だがすぐ思い出す。
次クールのドラマ。薔子さん脇役。阿久津さんも脇役として出演。
そして結流も同じドラマに出演している。今日の撮影もそれだ。だが、まだ薔子さんや阿久津さんとの絡みはない。
「あ・・・はい」
阿久津さんが頷いた。
「薔子さんに潰されないように」
「え?」
結流が固まる。
薔子さんが眉をひそめた。
「ちょっと、何言いだすの」
「事実でしょう。出演者皆、食っちまう人が・・・」
「誰が新人潰しよ」
「共演者泣かせでしょう」
「演技指導熱心と言いなさい」
「同じ意味ですよ」
周囲がくすくすと笑う。
結流は二人を見比べた。
そして思わず口を開く。
「あの・・・」
二人の視線が同時に向く。
ひっ。一瞬怯みそうになる。二人とも圧が強い。
でも、これは言っておきたかった。
「薔子さんには、『ステップ・バイ』の時も優しくしていただきましたし、たくさん助けていただきました・・・」
一瞬だけ静かになる。結流は慌てて続けた。
「演技の事も教えていただきましたし、現場でも気にかけていただいて・・・」
薔子さんが目を丸くする。
阿久津さんは無言。
「今クールもご一緒させていただいてますけど、まだ一緒の撮影はないんですけど、」
言っているうちに恥ずかしくなってくる。
何だろう。本人を前に褒めるみたいになってしまった。
「だから、その・・・」
結流は小さく頭を下げた。
「すごく優しい方だと思います」
数秒の沈黙。
次の瞬間、周囲から小さな笑い声が漏れた。
「あらあら」
「言われてるぞ」
「珍しいな」
そんな声まで聞こえる。
薔子さんは、わざとらしくため息をついた。
「結流ちゃん」
「は、はい」
「いい子ねぇ」
完全に機嫌が良くなっている。
一方の阿久津さんは。
「猫被ってるでしょう」
ぼそり。
「潤?」
「何でもありませんよ」
「聞こえたわよ」
「聞こえるように言いました」
再び笑いが起きる。
結流はようやく理解した。
阿久津さんは本気で薔子さんを悪く言っている訳じゃない。
このやり取り自体が、二人のいつもの距離感なのだ。
そして薔子さんも、それをわかって受け流している。
だから周囲も笑って見ている。
結流は少しだけ肩の力を抜けると思った。これで、次クールのドラマ現場も、何とかやっていける。
薔子さんと阿久津さんの関係がほんの少しだけ見えた気がした。
読んでくださってありがとうございます(*_ _)
ポイントを入れてもらえると、嬉しいです。




