01【カード奴隷】上
先生、何許の人なるか知らず――。もし本当に彼の呼び名を知りたいなら、コードネームとして「ハイゼンベルク」と呼んでやってくれ。この名前の由来については、紹介する機会があるかもしれないし、ないかもしれない。
このハイゼンベルクという男は、50歳のおじさんであり、経済不況の被害者でもある。もともとは有名な企業に勤めていた。特に大きな手柄を立てたわけでもないが、大きなミスも犯したことがない、規律正しい平凡な人間だった。
ある日、社長の息子がアメリカから帰ってきた。MBA(経営学修士)を取得したとかで、平社員からの下積みもなく、いきなりマネージャーの席に座り、大ナタを振るって改革を断行し始めた。運の悪いことに、このおじさんはパソコンが使えなかった。公文書も報告書も、すべて一筆一画、手書きでゆっくりと書いていたのだ。そして、この不況の波に乗じて、ハイゼンベルクのような社員は全員リストラされてしまった。
20歳で入社してから懸命に働き、65歳まで勤め上げ、多額の退職金をもらって悠々自適な老後を送る――そんな計画は、ここであっけなく水の泡となった。リストラされた日は、ちょうどハイゼンベルクの50歳の誕生日だった。家のローンはまだ残っているし、失業したことを妻に言う勇気もない。ハイゼンベルクは仕方なく、毎日スーツを着て、鞄を持ち、妻に「行ってきます」と告げては、公園で時間を潰す日々を送っていた。
彼は三食同じマントウ(中華蒸しパン)をかじりながら、これからどうすべきか頭を抱えていた。「神が一つの扉を閉ざす時、必ず別の窓を開けてくださる」と人は言う。だが、その窓がどこにあるのか誰も教えてくれないし、自分で探さなければならないのだ。
台北市は広いようで狭い。わずか一週間ほどで、台北中の至る所にハイゼンベルクの足跡がついた。しかし、神が開けてくれた窓は見つからない。まるで人生ゲーム(モノポリー)ですごろくを一周して、また振り出しに戻ったような気分だ。一番馴染みのある公園のベンチに座り、ハイゼンベルクは思わず長いため息をついた。まさか、捜索範囲を台北エリア全域に広げろとでも言うのか?
疲れた。
ハイゼンベルクは重い体を引きずって帰宅し、習慣のように「ただいま」と言った。 「うん」妻はテレビを見たまま、振り返りもせずに生返事をした。彼女にとって、夫が帰ってくることは呼吸をするように当たり前のことなのだろう。
手にした鞄が数千キロにも感じられ、まるで鞄に引きずられるように歩くハイゼンベルク。その姿を見た妻は、さすがに不憫に思ったのか、労うように言った。
「家族のために、あなたも大変ね。今日はご褒美に、お風呂にお湯を溜めてあげるから、ゆっくり浸かって。着替える前にテレビでも見てて」
おじさんは、まさに「唖巴吃黄蓮(口のきけない者が苦い薬草を食べる=苦しくても言えない)」の状態だ。毎日仕事ではなく、散歩に出かけているのだから! 彼は後ろめたさを感じながら二階へ上がり、部屋着に着替えてソファでテレビを見始めた。だが、内容は頭に入ってこない。ただ指先でリモコンを押し、適当にチャンネルを変えるだけだった。
人はやることがないと、様々な思い出が脳裏をよぎるものだ。プロポーズした時のこと、最初の子どもが生まれた時のこと、就職が決まった時のこと……。
それらの思い出は幸せなものばかりだったが、今は灰色の影が落ちている。仕事を失った今、プロポーズの時に誓った「一生大事にする」という言葉は嘘になり、子どもが「パパ」と呼んでくれた時に願った「最高の環境で育てる」という夢も、空虚な戯言になってしまった……。
妻に呼ばれて、おじさんはようやく我に返った。ふとテレビに目をやると、鮮やかな画面が網膜を刺激した。「算命伝真(占いファックス)」という四つの大きな文字の下に、「あなたにお教えします:あなたはどのような人生を送るのか」という小さな文字が躍っていた。
その画面がおじさんの脳裏に焼き付いて離れない。「あなたはどのような人生を送るのか」という言葉が、エコーのように耳元で鳴り響く。彼はどうやってシャワーを浴びたのか、どうやって湯船に浸かったのかさえ覚えていないほど心ここにあらずだった。
「あちちちっ!」ハイゼンベルクは悲鳴を上げた。 「どうしたの?」リビングから妻の驚いた声が飛んでくる。 「な、なんでもない」湯加減を見ずに飛び込んでしまったとは言えない。皮膚は茹で上がったように真っ赤になっている。
この熱さがハイゼンベルクを現実に引き戻しただけでなく、脳内をクリアにした。 占い! そうだ、占い師だ! これこそ我が人生の第二の春だ。
ハイゼンベルクは入浴を楽しみ始めた。浴槽は大きくないが、手足を伸ばしてリラックスする。薄くなった額から汗が滴り落ちる。久々の爽快感と共に、頭脳が急速に回転し始めた。
「いつの時代も、人は自分の未来に不安を感じるものだ。これは本当に金儲けのチャンスかもしれない! 口が達者で、それらしいことを言い、もっともらしい顔をしていれば、人は大人しく金を出すんじゃないか?」ハイゼンベルクは満足げに息を吐いた。「ハッ! あの漫才のネタの通りだ。諸子百家の中で、誰もが好み、古びないもの――それは陰・陽・家(占い師)だ」
ハイゼンベルクは嬉しさのあまり、その漫才の一節を一人二役で演じ始めた。その声はテレビを見ている妻にも聞こえるほど大きかったが、妻は夫の笑い声を久しぶりに聞いたので、近所迷惑も気にせずそのままにしておいた。
翌日、ハイゼンベルクは意気揚々と鞄を持って家を出た。 その様子を見た妻は、首を振って思った。「これからは機嫌が悪くなったら、お風呂に入らせればいいのね。男の人って……単純だわ」
ハイゼンベルクは少し贅沢をして、今日のマントウに卵を挟んだ。仕事の第二の春を見つけたとはいえ、前途は多難だ。どこに店を出すか、どんな方法で占うか、料金はいくらにするか……解決すべき問題は山積みだ。 だが目標ができると、実行すべきことは明確になる。台北中を歩き回ったハイゼンベルクは、すぐに着手すべきことを思いついた。
まずは、台北の有名な廟(寺院)をもう一度巡ることだ。 ハイゼンベルクは線香に火をつけ、祭壇の前で敬虔に祈りを捧げた。参拝を終えると、廟の片隅にあるおみくじ筒から一本の棒を引き、ポエ
(神意を問う三日月型の木片)を三回投げて確証を得た。対応するおみくじの紙(籤詩)を探して読んでみる。
「第三六籤 上吉 丁巳 功名富貴自ずから能く為す、 偶仙鞭を着くも伊に問う莫かれ。 万理の鵬程 君に分有り、 呉山頂上 好く亀を鑽る。」
ハイゼンベルクは廟の管理人(廟守)に詩の解釈を求めた。老眼鏡をかけた管理人は、分厚い和綴じの本を取り出し、第三六番のページをハイゼンベルクに見せた。
「聖意(神の意):名と利は、晩成にあり。訴訟は理を得て、病は次第に通ず。遠信(遠くの便り)を問わば、行程を阻む。婚は合うべく、孕めば将に生まんとす」
「解曰(解説):躁進(早まること)すべからず、欲すれば則ち達せず。功名富貴は遅速に時有り、時を待てば動きて則ち吉なり。鵬程(大鳥が飛ぶような出世)に分有り、定めて遠く到るべし。名は必ず成り、財は必ず遂げ、運程は坦々として転瞬に揚がり、吐気揚眉の時なり」
難しい漢字の羅列にハイゼンベルクはちんぷんかんぷんだったが、「上吉」と「名と利は、晩成にあり(大器晩成)」という言葉だけで、強心剤を打たれたような気分になった!
ハイゼンベルクが立ち去ろうとすると、管理人に呼び止められた。「お賽銭は?」
ハイゼンベルクは50元硬貨を取り出し、賽銭箱に入れた。
すると管理人は引き出しから一冊の帳簿を取り出し、署名を求めた。
「50元で署名なんて大袈裟な」とハイゼンベルクは手を振った。
「若造が、渋ちんだな。ワシを詐欺グループだとでも思ってるのか?」
断りきれず、ハイゼンベルクは仕方なく署名した。帳簿を開いてみると、金額の差が激しいことに気づく。数百万の寄付もあれば、十元、五十元の署名もある。ハイゼンベルクは50歳のおじさんだ、世間の荒波は嫌というほど見てきた。すぐにピンときた。この管理人は賽銭が少なすぎると文句を言っているのだ。
普通、帳簿に名前を書くとなれば、誰だって少しは体面を保ちたいと思うものだ。つまり管理人の意図は明白。「帳簿に書かせるぞ」というのは「もっと寄付しろ」という脅しであり、寄付しないなら恥ずかしい金額を記録して笑い者にしてやる、ということだ。
だが、長く生きれば生きるほど、面の皮は厚くなる。 「書けって言うなら書いてやるよ、誰がビビるか! スーツ着てるからって、この俺様(恁爸)をカモ(潘仔)だと思ってんじゃねえぞ! 台北広しと言えど、俺様の名前を知ってる奴がどれだけいるってんだ」
ハイゼンベルクは堂々と自分の名前と金額を書き込み、きびすを返した。 その潔さを見た管理人は、帳簿をチラリと見て、嫌味たっぷりに言った。「なんだ、字が上手いだけの貧乏人か」
ハイゼンベルクはその言葉を、あえて称賛として受け取ることにした。それだけでなく、自分が何をすべきか閃いたのだ! 漢字を使って占いをすればいいじゃないか! つまり「測字(漢字占い)」だ。会社で毎日手書きの公文書や報告書を書いていたおかげで、「苦労して働いてクビになる」という結末以外に、達筆というスキルを手に入れていたのだ。
過去の苦労は無駄じゃなかった。神は本当に別の窓を開けてくれたのだ。この一連の運命のいたずらが、私たちの物語を真にスタートさせる。
ハイゼンベルクは図書館へ行き、測字に関する資料を探したが、今の時代、測字は主流ではないらしい。みんな紫微斗数の命盤やら、星座やらタロットカードを信じているため、参考書も少なかった。あるいは、今の図書館の検索システムがパソコン化されており、おじさんが重度のパソコン音痴だから見つけられなかっただけかもしれない。
結局、「測字物語」という本を一冊見つけただけだったが、巻末に測字用の歌訣(覚え歌)が付いていた。これは飯のタネになると直感し、おじさんはわざわざ書店へ行ってその本を買い、家で毎日読み漁った。
次はどこに店を出すかという問題だ。台北の土地は金に等しい。路上の屋台も禁止されているし、店舗を借りれば莫大な家賃がかかる。新公園が「二二八平和公園」と名前を変えて以来、あそこで占いをする人も減ってしまった。おじさんがいくら知恵を絞っても、他にいい場所は思い浮かばない。
最終的に、台北駅近くの館前路と重慶南路の交差点を思い出した。そこには一、二軒の占い屋台が出ていたはずだ。騎楼の下の柱のそばなら、適当に店を広げられるかもしれない。では、測字屋台には何を置くべきか? 紫微斗数ならテーブルに八卦や羅盤を置くし、人相占いなら後ろに大きな顔の図を置いて、ほくろの位置を解説するだろう。
ハイゼンベルクは本を読み終え、測字屋台には二種類あると分析した。一つはたくさんの漢字をくじにして客に引かせ、その意味を解釈するもの。もう一つは、客に直接漢字を書いてもらい、それを推測するものだ。 もちろん、前者のほうが都合がいい。あらかじめ口上を用意しておけるからだ。「準備さえ万全なら問題ない!」ハイゼンベルクはそう確信した。
帰宅後、おじさんは書斎に籠もり、辞書を取り出して測字の本にある「大吉」「中吉」の文字を選び、さらにいくつかの「小凶」の文字を選び出した。 文字を選んでいる最中、おじさんは子供の頃、駄菓子屋で「くじ引き(戳戳楽)」をした時のことを思い出した。金を払って何かいいものが当たるのを期待するが、大抵はハズレだ。彼の心は躍った。全員に大吉を引かせたらどうだ? みんな笑顔で帰れるなら、最高じゃないか? これはくじ引きのようなビジネスとは違う。「ハズレ」の確率をゼロにできるのだから。
おじさんが背伸びをした時、ふと天井のペンキが剥げ落ちているのに気づいた。この家には、自分の知らない綻びがどれだけあるのだろうか? 明日はまた新しい一日であることを願うばかりだ。
今回もお読みいただき、ありがとうございます!
冒頭に登場した『五柳先生伝』(陶淵明)ですが、実は書く前に少し不安でした。でも、AI編集者から「日本の国語の教科書にも載っている有名な古典だよ!」と教えてもらい、ホッとしてそのまま採用しました(笑)。皆さんも学生時代を思い出しましたか?
そして中盤、ハイゼンベルクが聴いていたのは、日本でいう『漫才』や『落語』のような、台湾で非常に有名なコメディ舞台(タイトル:『又一夜,他們說相聲』)の音声です。
この中で語られる、春秋戦国時代の『諸子百家』や『陰陽家』のジョーク……実はこれこそが、彼が占い師の道へと進むことになった最大のきっかけなんです!
台湾のカルチャーと歴史の小ネタが入り混じった回でしたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。次回もよろしくお願いします!




