Code:0x05
──《大闘技場エリア:グラディウス》──
大会当日だった。
シグマはスタンド席の端に座っていた。参加者ではない。観客として来た。
グラディウスは常設の闘技場エリアだ。プレイヤー同士のPvPコンテンツが定期開催される。今日は月次大会の予選。参加者は百二十名。上位十六名が本戦に進む。賞金は現実通貨に換算可能なゲーム内ポイントで支払われる。
フィールドに、レインがいた。
予選第三試合。相手は重装備の盾剣士。レベル差はほぼない。
シグマはステータスを横目で確認した。
観測対象:Rein
NULL化率:11.3% → 現在:11.3%
進行:停止中
干渉状態:アクティブ
「保ってるか」
「はい。今のところ」アイリスの声。「ただ、長時間になると維持コストが上がります」
「気づかれてないか」
「……今のところ」
「今のところ、が多いな」
「正直に言っています」
フィールドでレインが動いた。
速かった。短剣二本を使った変則的な立ち回り。相手の盾を潜り込んで、懐に入る。あれは練習した動きだ。型がある。
シグマは少し目を細めた。
強い。三年前より、ずっと。
「シグマ」
「何だ」
「少し、いいですか」
「今か」
「大事なことです」
シグマはスタンドの端に移動した。人が少ない。
「言え」
「コアの構造が、ある程度分かりました。三日間、深層データを解析していました」
「話せ」
アイリスが少し間を置いた。
「コアは三層構造になっています。外層、中層、核心部。私たちが目標にしている管理者は、核心部の手前、中層と核心部の境界に存在している」
「守護者みたいなものか」
「正確には、管理者がコアを維持しています。彼の存在がコアを動かしている。逆に言えば」
「管理者を消せばコアが止まる」
「はい。NULL現象も終わる。あなたのデータも安定するはずです」
試合場から歓声が上がった。レインが一本取ったらしい。シグマは視線を戻さなかった。
「だが?」
「……なぜ続きがあると」
「お前の声が変わった」
アイリスが黙った。
短い沈黙の後、続けた。
「コアは管理者が維持しています。管理者が消えれば、コアへの供給が止まる。コアは崩壊します」
「それでいい」
「崩壊する時、中にある全てのデータも消えます」
シグマは止まった。
「……吸収された意識も」
「はい」
静かな言葉だった。
だからこそ、重かった。
「助けられないのか」
「崩壊の前に全員を取り出す方法を探しています。でも今のところ、ない。コアは設計上、データの取り出しを想定していない。入れることしか考えていない作りになっている」
シグマは壁に手をついた。
フィールドの歓声が遠い。
「何人いる、コアの中に」
「確認できているだけで、四千二百名以上です。実数はもっと多い」
「四千二百」
「はい」
シグマは天井を見た。グラディウスの天井は高い。開放的に作られている。普通の、ゲームらしい空間だ。
「黙っていたのか、ずっと」
「……言えなかった」
「なぜ」
「言えば、あなたが止まると思ったから」
「二度目だな、それ」
アイリスが黙った。
「俺に隠す癖がある」
「……怒っていますか」
「怒ってない。ただ」
「ただ」
「次は隠すな。どんな情報でも」
「……はい」
「それだけだ」
歓声が上がった。試合終了らしい。シグマは視線を戻した。
レインが勝っていた。
予選を五連勝で通過したレインが、スタンドに上がってきた。
シグマを見て、目を丸くした。
「来てたのか」
「通りかかった」
「嘘つけ」
「通りかかった」
レインは笑った。隣に座る。
「調子よかった。なんか体が軽くて」
「そうか」
「NULL化率、見たら下がってた。11から9になってた」
「そうか」
「お前が何かしたのか」
「俺じゃない」
「見えない相棒か」
「ああ」
レインはスタンドから試合場を見た。次の試合が始まっている。
「……ありがとう、って伝えてくれ」
「聞こえてる」
「え、今も?」
「常にいる」
レインが少し固まった後、空中に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。助かってます」
アイリスが小さく言った。
「……どういたしまして」
「聞こえた、今。声した」
「そうか」
「なんか、綺麗な声だな」
アイリスが黙った。
シグマは何も言わなかった。
「本戦、明後日だ」レインが言った。「それまで持つか、俺」
「持つ」
「根拠は」
「俺が言ってる」
レインはしばらくシグマを見た。
「……お前、変わったな」
「何が」
「昔より、少し喋る」
シグマは答えなかった。
「昔って言っても俺、お前のこと大して知らないけど。ちょっとすれ違っただけだし」レインが続ける。「でも、その時より」
「そうか」
「何があったんだ」
「色々あった」
「また色々か」
「お互い様だろ」
レインが笑った。今度は目も笑っていた。




