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──《大闘技場エリア:グラディウス》──

 大会当日だった。

 シグマはスタンド席の端に座っていた。参加者ではない。観客として来た。


 グラディウスは常設の闘技場エリアだ。プレイヤー同士のPvPコンテンツが定期開催される。今日は月次大会の予選。参加者は百二十名。上位十六名が本戦に進む。賞金は現実通貨に換算可能なゲーム内ポイントで支払われる。


 フィールドに、レインがいた。

 予選第三試合。相手は重装備の盾剣士。レベル差はほぼない。

 シグマはステータスを横目で確認した。

観測対象:Rein

NULL化率:11.3% → 現在:11.3%

進行:停止中

干渉状態:アクティブ


 「保ってるか」

 「はい。今のところ」アイリスの声。「ただ、長時間になると維持コストが上がります」

 「気づかれてないか」

 「……今のところ」

 「今のところ、が多いな」

 「正直に言っています」


 フィールドでレインが動いた。

 速かった。短剣二本を使った変則的な立ち回り。相手の盾を潜り込んで、懐に入る。あれは練習した動きだ。型がある。


 シグマは少し目を細めた。

 強い。三年前より、ずっと。

 「シグマ」

 「何だ」

 「少し、いいですか」

 「今か」

 「大事なことです」


 シグマはスタンドの端に移動した。人が少ない。

 「言え」

 「コアの構造が、ある程度分かりました。三日間、深層データを解析していました」

 「話せ」

 アイリスが少し間を置いた。


 「コアは三層構造になっています。外層、中層、核心部。私たちが目標にしている管理者は、核心部の手前、中層と核心部の境界に存在している」

 「守護者みたいなものか」

 「正確には、管理者がコアを維持しています。彼の存在がコアを動かしている。逆に言えば」

 「管理者を消せばコアが止まる」

 「はい。NULL現象も終わる。あなたのデータも安定するはずです」

 試合場から歓声が上がった。レインが一本取ったらしい。シグマは視線を戻さなかった。


 「だが?」

 「……なぜ続きがあると」

 「お前の声が変わった」

 アイリスが黙った。

 短い沈黙の後、続けた。

 「コアは管理者が維持しています。管理者が消えれば、コアへの供給が止まる。コアは崩壊します」

 「それでいい」

 「崩壊する時、中にある全てのデータも消えます」

 シグマは止まった。

 「……吸収された意識も」

 「はい」

 静かな言葉だった。

 だからこそ、重かった。


 「助けられないのか」

 「崩壊の前に全員を取り出す方法を探しています。でも今のところ、ない。コアは設計上、データの取り出しを想定していない。入れることしか考えていない作りになっている」

 シグマは壁に手をついた。

 フィールドの歓声が遠い。


 「何人いる、コアの中に」

 「確認できているだけで、四千二百名以上です。実数はもっと多い」

 「四千二百」

 「はい」

 シグマは天井を見た。グラディウスの天井は高い。開放的に作られている。普通の、ゲームらしい空間だ。

 「黙っていたのか、ずっと」

 「……言えなかった」

 「なぜ」

 「言えば、あなたが止まると思ったから」

 「二度目だな、それ」

 アイリスが黙った。


 「俺に隠す癖がある」

 「……怒っていますか」

 「怒ってない。ただ」

 「ただ」

 「次は隠すな。どんな情報でも」

 「……はい」

 「それだけだ」

 歓声が上がった。試合終了らしい。シグマは視線を戻した。

 レインが勝っていた。


 予選を五連勝で通過したレインが、スタンドに上がってきた。

 シグマを見て、目を丸くした。

 「来てたのか」

 「通りかかった」

 「嘘つけ」

 「通りかかった」

 レインは笑った。隣に座る。


 「調子よかった。なんか体が軽くて」

 「そうか」

 「NULL化率、見たら下がってた。11から9になってた」

 「そうか」

 「お前が何かしたのか」

 「俺じゃない」

 「見えない相棒か」

 「ああ」

 レインはスタンドから試合場を見た。次の試合が始まっている。

 「……ありがとう、って伝えてくれ」

 「聞こえてる」

 「え、今も?」

 「常にいる」

 レインが少し固まった後、空中に向かって頭を下げた。


 「ありがとうございます。助かってます」

 アイリスが小さく言った。

 「……どういたしまして」

 「聞こえた、今。声した」

 「そうか」

 「なんか、綺麗な声だな」

 アイリスが黙った。

 シグマは何も言わなかった。


 「本戦、明後日だ」レインが言った。「それまで持つか、俺」

 「持つ」

 「根拠は」

 「俺が言ってる」

 レインはしばらくシグマを見た。

 「……お前、変わったな」

 「何が」

 「昔より、少し喋る」

 シグマは答えなかった。


 「昔って言っても俺、お前のこと大して知らないけど。ちょっとすれ違っただけだし」レインが続ける。「でも、その時より」

 「そうか」

 「何があったんだ」

 「色々あった」

 「また色々か」

 「お互い様だろ」

 レインが笑った。今度は目も笑っていた。

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