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──《交易都市エリア:カルナ》──
メッセージが来たのは、ログイン直後だった。
受信:非公開ID
「シグマ、久しぶり。生きてる?」
「今どこにいる」
「会いたい。カルナの東門、来れるなら来て」
シグマは三秒、画面を見た。
非公開ID。名前が表示されていない。だがこの文体に心当たりがあった。
「知り合いですか」
アイリスの声。今日は最初から来ていた。
「……たぶんな」
シグマはカルナに転移した。
交易都市カルナはゲーム内でも中規模の活性エリアだ。プレイヤーが集まる。露店が並ぶ。賑やかな、普通のMMOらしい場所。
シグマは東門の外に出た。
城壁の影に、一人立っていた。
細身の男だった。軽装の革鎧。武器は短剣二本。レベル表示は79。
プレイヤーネーム:Rein
ギルド:所属なし
「シグマ」
男が言った。
声に覚えがあった。
「……レイン」
「久しぶり」
「ああ」
レインは笑った。人懐こい笑い方だった。シグマの記憶の中の笑い方と同じだ。だが目が笑っていなかった。
「なんか変なことに巻き込まれてない? 最近」
「なぜ」
「お前のログが、一時期見えなくなってた。三日間くらい。ソロプレイヤーのログってたまに非公開設定になるけど、お前の場合は違う消え方だった」
シグマは何も言わなかった。
「で」レインが続ける。「NULL現象、知ってる?」
「知ってる」
「俺さ」
レインが右腕を上げた。
袖をめくる。
腕のステータス表示に、小さな文字が出ていた。
STATUS: NULL(初期)
進行率:4.2%
シグマは表情を動かさなかった。
動かさないようにした。
「いつからだ」
「一週間前。最初は表示されなかった。昨日突然出た」
「自覚症状は」
「ログアウトが少し重い。痛覚が変な時がある。今のところそれだけ」
シグマはレインの腕を見た。4.2パーセント。自分の41パーセントとは比べ物にならない。だが確実に始まっている。
「誰かに言ったか」
「お前にだけ」
「なぜ俺に」
レインは少し笑った。
「他に言える奴がいない。俺もソロだから」
シグマは城壁に背をもたせかけた。
「ギルドに入ってた時期があっただろ」
「あったよ。二年前くらい」
「なぜ抜けた」
レインが少しだけ黙った。
「……色々あった。お前は? 昔どっかのギルドにいなかったっけ」
「いた」
「なんで抜けた」
「俺も色々あった」
レインが笑った。今度は目も少し笑っていた。
「似た者同士だな」
「そうかもな」
シグマは空を見た。カルナの空は青かった。普通の、正常なゲームの空。ひびもなく、赤い光もない。
「アイリス」
「はい」
「4.2パーセントのNULL化。止める方法は」
「現時点では、コアを崩壊させる以外に根本的な解決策はありません。ただ、進行を遅らせることは可能かもしれない」
「どうやって」
「コアとの接触を断つ。廃エリアや高負荷ゾーンへの立ち入りを避ける。NULL現象の被害が集中しているエリアは、コアの引力が強い場所と一致しています」
「聞いたか」シグマはレインに言った。
レインが目を丸くした。
「今、誰かと喋ってた?」
「相棒だ」
「どこに」
「そこにいる」
「……見えないけど」
「気にするな」
レインはしばらく沈黙した後、「分かった」と言った。疑問は飲み込んだらしい。
「廃エリアと高負荷ゾーンを避ける。他には」
「今のところはそれだけです。ただ──」アイリスが続ける。「4.2パーセントは低い数値ではありません。一週間でその値なら、加速する可能性がある。今すぐゲームをやめることが最善策です」
「やめられないんだよな」
レインがつぶやいた。シグマに言ったのではない。独り言だった。
「なぜだ」
レインが少し間を置いた。
「……妹がいる。難病で、ずっと入院してる。治療費がかなりかかる。俺、このゲームの大会で賞金稼いでるんだよ。次の大会が二週間後。それに出れば、三ヶ月分の治療費になる」
シグマは何も言わなかった。
「やめろって言われても、やめられない」
「……聞こえてるか」シグマはアイリスに言った。
「はい」
「二週間、持つか」
「確証はありません。ただ、廃エリアを避けて安全なゾーンだけ動くなら、急激な進行はないかもしれない」
「かもしれない、か」
「かもしれない、です」
シグマはレインを見た。
「二週間、安全なエリアだけ動け。廃コンテンツ、高レベルダンジョン、長時間ソロ戦闘は避けろ。大会が終わったらすぐやめろ」
「……大会終わったら、でいいのか」
「二週間で急激には進まない。たぶん」
「たぶん、か」
「たぶん、だ」
レインが笑った。
「はっきりしないな、お前」
「俺じゃなくて俺の相棒が言ってる」
「見えない相棒か」レインは城壁を見た。「……ありがとう。シグマ」
「何が」
「来てくれたから」
シグマは答えなかった。
代わりに、別のことを聞いた。
「二年前のギルド。名前は」
レインが少し目を細めた。
「《アルカナ》。知ってる?」
シグマの手が、一瞬だけ止まった。
「……知らない」
嘘だった。




