Code:0x1C
──深夜 《廃都ヴァニタス》地下集会場──
集会場は静かだった。
人がいない。
白いローブの集団もいない。
台座の前に、一人だけ立っていた。
ゼクだった。
シグマが近づくと、振り向いた。
「来てくれたか」
「……何の用だ」
「話がしたい」
「話?」
「あなたと、ERROR BLADE」
シグマは剣に手をかけた。
「罠か」
「罠ではない」
ゼクが両手を上げた。
武器を持っていないことを示す。
「本当に、話がしたいだけだ」
「……何を」
「《白使徒》のことだ」
シグマは止まった。
ゼクが続けた。
「あなたは前回、《白使徒》に捕まった。逃げた。だが、次はそうはいかない」
「……何が言いたい」
「《白使徒》が本気で動き始めた。あなたを捕獲するために」
「捕獲?」
「あなたのNULL化率が上がっている。管理者が欲しがっている。《白使徒》はあなたを捕まえて、強制的にNULL化を完了させるつもりだ」
シグマは一歩、前に出た。
「……どうやって」
ゼクが懐から小さな結晶を取り出した。
前に見たものと同じ。
NULL化を促進するアイテム。
「これを使えば、一度で10パーセント上がる。つまり60%を超える。《白使徒》はあなたを拘束して、強制的に使わせるつもりだ」
「……いつだ」
「明日」
シグマの手が止まった。
「明日?」
「あなたが中層に突入した瞬間、《白使徒》が動く。待ち伏せしている」
「なぜ、それを教える」
ゼクが少し黙った。
「……私は、《BLANK》に疑問を持ち始めている」
「疑問?」
「本当にこれでいいのか、と。管理者を信じていいのか、と」
シグマは少し目を細めた。
「……お前、《BLANK》を裏切るのか」
「裏切るわけじゃない。ただ、あなたに選択肢を与えたい」
「選択肢?」
「逃げるか、戦うか」
「逃げない」
「なら、戦う準備をしろ。《白使徒》は本気だ。カイトも来る」
シグマは拳を握った。
「……カイトが」
「ああ。彼はあなたを説得するつもりだ。それがダメなら、力ずくで」
「……そうか」
ゼクが結晶をシグマに投げた。
シグマは受け取った。
「NULL化促進剤だ。逆に使えば、《白使徒》の結晶を無効化できる」
「逆に?」
「コードを解析すれば分かる。アイリスさんなら、できるはずだ」
シグマは結晶を見た。
「……なぜ、ここまでする」
「私にも、理由がある」
「何の理由だ」
「……弟が、NULL化した」
シグマは顔を上げた。
「弟が?」
「ああ。二年前。《BLANK》に入る前だ。弟は消えた。コアに囚われた」
ゼクの声が、少し震えた。
「私は《BLANK》に入った。管理者を信じれば、弟が戻ってくると思った。でも最近、疑問を持ち始めた。本当に戻ってくるのか、と」
「……戻ってくる」
「根拠は」
「俺が言ってる」
ゼクが少し笑った。
「……あなたらしい答えだ」
「そうか」
「信じてもいいか」
「信じろ」
ゼクが頷いた。
「……分かった。信じる」
「それでいい」
ゼクが背を向けた。
「明日、気をつけろ。《白使徒》は容赦しない」
「分かった」
「それと」
「何だ」
「生きろ」
シグマは何も言わなかった。
ゼクが歩いていく。
集会場から出ていく。
一人になった。
シグマは結晶を見た。
「アイリス」
「聞いていました」
「この結晶、解析できるか」
「やってみます」
シグマは結晶をスキャンした。
データがアイリスに転送される。
数秒の沈黙。
「……できます。コードを逆の効果にさせれば、NULL化促進ではなく、NULL化抑制になります」
「抑制?」
「一時的に、NULL化の進行を止められます。効果は一時間ほどですが」
「十分だ」
「でも、《白使徒》が来る前に準備が必要です」
「何が必要だ」
「時間と、安全な場所」
シグマはログアウトボタンを確認した。
青かった。
「今日は帰る。明日、準備する」
「はい」
「それと」
「はい」
「ゼクを、信用していいか」
アイリスが少し黙った。
「……分かりません。でも、彼の弟の話は本当だと思います」
「なぜ」
「声に、嘘がなかった」
「……お前には分かるのか」
「統合しています。あなたの感覚を通じて、私も感じています」
シグマは少し笑った。
「……便利だな」
「便利ではありません」
「何だ」
「……心配です」
「心配するな」
「できません」
シグマはログアウトした。
──現実 深夜──
接続シートから起き上がった。
今度は倒れなかった。
前より少しマシだった。
ふとスマホを見てみるとメッセージが2件来ていた。
送信者:Hiro
「シグマさん、最近大丈夫?
NULL化率が下がって、8パーセントになった。
お父さんとも、前よりも少しずつ話せるようになった。……ほんとありがとう」
シグマは返信した。
「良かったな。このまま続ければきっと元通りに戻れるさ」
返信
もう一つそメッセージも見てみる。
送信者:田中奈緒
「今日、悠が少し動きました。
指が、少しだけ。
医者は筋肉の痙攣だと言いましたが、
私には違うように見えました。
……何か、変化はありましたか?」
シグマは画面を見た。
「アイリス」
「はい」
「コアの中で、何か変化があったか」
「……分かりません。‥でも変化する可能性はあります」
「可能性?」
「あなたが中層内を進むほどコアへの負荷が増えています。囚われた意識たちが、少しずつ揺れ動いているかもしれないです」
「……戻ろうとしてる?」
「確証はありません。でも、可能性はあります」
シグマはメッセージを返信した。
「もう少しだけ、待ってください」
軽く息を吐き。シグマは天井を見た。
「アイリス」
「はい」
「明日、《白使徒》が来る」
「はい」
「‥勝てるかな」
「……分かりません」
「む、正直だな」
「正直に言った方がいいと──」
アイリスが少し黙った。
「……シグマ、私明日が怖いです」
「……俺もだ」
「でも、行くのは止めない」
アイリスがまた黙った。
「一緒に行くぞ」
「はい」
「逃げるなよ」
「分かってます、私たちは仲間、ですよね」
シグマは少し笑った。
「……お前、本当に賢いな」
「学習しました」
「何度目だ、それ」
「何度でも言います」
シグマは目を閉じた。
明日、戦うこどか予想される《白使徒》との戦い。
カイトとの、再会。
準備はできていない。
でも、行くしかない。
それだけだった。




