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──ゲーム内 《廃都ヴァニタス》──

 ログインした瞬間、違和感があった。

 いつもと同じ場所、いつもと同じ廃墟。

 だが、何かが違う。

 「……何だ、これ」


 シグマは周囲を見た。

 空気が重い。

 視界が、少しだけ歪んでいる。

 「シグマ」

 アイリスの声が聞こえた。

 いつもより遠い。

 「NULL化率を確認してください」

 シグマはステータスを開いた。


NULL化率:50.2%

 超えていた。

 50%の閾値を。

 「……とうとう超えたのか」

 「はい。ログイン処理中に上がりました」


 「何が変わる」

 「分かりません。でも──」

 アイリスの声が途切れた。

 ノイズが走った。


 「アイリス?」

 「……大丈夫です。少し、接続が不安定になっています」

 「俺のせいか」

 「あなたのせいではありません。NULL化率が50を超えると、データの質が変わります。私との統合にも影響が出ています」


 シグマは剣を確認した。

 《NULL DRIVE》。

 刃がいつもより暗く見える。

 黒の部分が増えている。

 「……変わってる」

 「武器のデータも変化しています。NULL化の影響です」


 シグマは一歩、前に出た。

 足が重い。

 体が、いつもより重い。


 「痛覚フィードバックが上がっています」

 アイリスが言った。

 「設定は七割のまま。でも実際の感覚は八割を超えています」

 「……設定を無視してる」

 「はい。NULL化が進むと、システムの制御が効かなくなります」


 シグマは空を見た。

 ヴァニタスの空。

 動かない雲。

 だが今日は、ひびが見える。

 細い、クモの巣のようなひび。


 「……空が割れてる」

 「あなたにだけ見えています」

 「俺にだけ?」

 「NULL化率が50を超えると、通常のプレイヤーには見えない世界が見え始めます。システムの裏側。データの継ぎ目。コアの影響」


 シグマは廃墟の壁を見た。

 そこにも、ひびがある。

 テクスチャの継ぎ目。

 ポリゴンの境界。

 全てが、見える。


 「……これが、NULL化の世界か」

 「はい」

 その時、声が聞こえた。

 遠くから。

 いや、近くから。いろんな方向から。


 「帰りたい」

 「誰か」

 「出して」

 コアの声だ。

 いつも聞こえていた。

 だが今日は違う。もっと近い。

 もっと鮮明。 


 「……声が、近い」

 「コアとの距離が縮まっています。NULL化が進むほど、コアに引き寄せられます」

 シグマは頭を振った。

 声が止まらない。

 何千人もの声が重なっている。


 「シグマ、大丈夫ですか」

 「……大丈夫じゃない」

 「落ち着いてください」

 「落ち着いてる」

 嘘だった。

 落ち着いていない。

 声が、止まらない。

 シグマは膝をついた。


 「……うるさい」

 独り言が出た。

 「静かにしろ」

 声は止まらない。

 「帰りたい」

 「誰か」

 「助けて」


 「シグマ」


 アイリスの声が響いた。

 他の声より、強く。

 「私の声を聞いてください」

 「……聞いてる」

 「他の声は聞かないでください」

 「無理だ」


 「聞かないでください。今は」

 「……無理だ」

 「シグマ」

 アイリスの声が、もっと近くなった。

 頭の中で響く。


 「私だけを聞いてください」

 シグマは目を閉じた。

 アイリスの声だけに集中する。

 他の声が、少しずつ遠のいていく。

 完全には消えない。


 でも、耐えられる範囲になった。

 「……ありがとう助かった」

 「これから先、声はずっと聞こえます。慣れてください」

 「慣れたくない」


 「でも、慣れるしかありません」

 シグマは立ち上がった。

 足が震えている。

 「……まだ動けるか」

 「動けます。でも、無理はしないでください」

 「無理はしない」

 「嘘です」

 「……お前には分かるのか」


 「統合しています。あなたの状態は全部分かります」

 シグマは少し笑った。

 「……便利だな」

 「便利ではありません。心配です」

 「心配するな」

 「できません」


 シグマは歩き始めた。

 コアへの階段に向かう。

 「今日は、先に進む」

 「無理です」

 「無理じゃない」


 「シグマ、あなたの体は──」

 「動く。なら大丈夫だ」

 アイリスが黙った。

 少しの沈黙。

 「……分かりました。でも、少しでも異常があったらすぐに戻ります」

 「約束する」

 「本当ですか」

 「本当だ」

 シグマは階段を降り始めた。



──深度180m 第一区画最上部──

 前回、副管理者アルファと戦った場所。

 擬似コアが消えた部屋。

 奥に扉がある。

 第二区画への入口。


 シグマは扉の前に立った。

 手を置く。

 冷たい。

 前回より、もっと冷たい。

 NULL化が進んだからか。


 感覚が鋭敏になっているからか。

 「開けます」

 「はい」

 扉が光った。

 シグマの手の位置から、光が走る。


認証:ERROR BLADE

NULL化率:50.2%

アクセス:許可

第二区画へ移行


 扉が開いた。

 重い音。

 奥に、空間が広がっていた。


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