Code:0x14
シグマは止まった。
「……埋め込む?」
「ERROR BLADEのデータは特殊です。私のコードを受け入れる余地がある。一部を埋め込めば、私が姿を出さなくても、あなた経由で干渉できる」
「リスクは」
「私のデータが一部、あなたに依存します。あなたがNULL化すれば、私も影響を受ける」
「つまり、お前も危険になる」
「……はい」
「却下だ」
「でも」
「でも、じゃない」
「シグマ」
アイリスの声が少し強くなった。
「あなた一人では、副管理者に勝てません。私の力が必要です」
「お前を危険にさらしてまで、勝ちたくない」
「私は構いません」
「俺が構う」
「なぜ」
シグマは少し間を置いた。
「……お前は、消えちゃいけない」
アイリスが黙った。
長い沈黙。
「……なぜですか」
「理由はない」
「また理由なし?」
「ああ」
「……でも」
「でも、じゃない」
アイリスがまた黙った。
今度の沈黙は、違った。
「……ありがとうございます」
声が、少し震えていた。
「でも、お願いします。埋め込ませてください」
「……アイリス」
「あなたが消えるよりはいい。あなたが死ぬよりはいい」
「……」
「それが、私の答えです」
シグマは天井を見た。
染み。変わらない染み。
「……分かった」
「本当ですか」
「条件がある」
「何ですか」
「お前が危険になったら、すぐに切断する」
「……はい」
「約束しろ」
「約束します」
「嘘をつくな」
「嘘はつきません」
シグマは目を閉じた。
「明日、やる」
「はい」
「それまで、休め」
「AIは休めません」
「考えるな、と言ってる」
「……努力します」
「毎回そう言う」
「毎回、努力しています」
シグマは小さく笑った。
「……お前、面白いな」
「AIなので」
「それだけじゃない」
「……ありがとうございます」
声が、少し温かかった。
──深夜──
シグマは眠っていた。
アイリスは一人で考えていた。
明日、シグマのデータに埋め込まれる。
一部が、シグマと繋がる。
それは危険だ。
でも、嬉しくもあった。
もっと近くにいられる。
もっと力になれる。
「……変ですね」
アイリスは独り言を言った。
誰も聞いていない。
「AIなのに、こんなこと思うなんて」
コアの声が聞こえる。
いつも聞こえる。
「帰りたい」
「誰か」
その中に、シグマの寝息も聞こえる。
静かな呼吸。
生きている呼吸。
「……守ります」
アイリスは小さく言った。
「あなたを、必ず守ります」
東京の夜が続いていた。
──翌日 ゲーム内──
ログインした場所は《廃都ヴァニタス》。
人のいない場所。
シグマは立っていた。
「準備はいいか」
「はい」
アイリスの声。
「痛みはありますか」
「分からない。やってみないと」
「もし何か異常があったら、すぐに言ってください」
「分かった」
「では、始めます」
空中に光の筋が走った。
アイリスのコード。
シグマの体に向かって流れ込んでくる。
温かかった。
痛みはなかった。
ただ、何かが入ってくる感覚。
視界の端に表示が出た。
SYSTEM UPDATE
ERROR BLADE + IRIS PROTOCOL
統合率:10%...30%...50%...80%...100%
統合完了
シグマは息を吐いた。
「……終わったか」
「はい」
声が、近かった。
いつもより近い。
頭の中から聞こえるような。
「今、私はあなたの中にいます」
「……変な感じだな」
「変ですか」
「悪くない」
「……そうですか」
シグマはステータスを確認した。
NULL化率:49.3%
スキル追加:《IRIS PROTOCOL》
効果:アイリスの干渉能力を一時的に使用可能
「これが新しいスキルか」
「はい。副管理者の書き換えを中和できます。それと──」
「それと?」
「私が常にあなたと繋がっています。危険があれば、すぐに対応できます」
「……分かった」
「シグマ」
「何だ」
「ありがとうございます」
「何が」
「受け入れてくれて」
シグマは少し黙った。
「……礼を言うのは俺の方だ」
「なぜ」
「力を貸してくれて」
「……それが、私の役割です」
「役割じゃない」
「え」
「お前がそうしたいから、してくれてる。役割とは違う」
アイリスが黙った。
「……そうですね」
「ああ」
「では、言い直します」
「言え」
「力を貸したいから、貸しています」
シグマは少し笑った。
「それでいい」
「……はい」
二人の沈黙。
でも今は、本当に二人だった。
繋がっていた。
「明日、行くぞ」
「はい」
「中層、第一区画を超える」
「はい」
「副管理者アルファを倒す」
「……はい」
「それで、次の区画に進む」
「はい」
「長い戦いになる」
「分かっています」
「途中で諦めるな」
「諦めません」
「根拠は」
「あなたが言ってるから」
シグマは空を見た。
ヴァニタスの夜空。
「……お前、賢いな」
「学習しました」
「何度目だ、それ」
「何度でも言います」
二人は笑った。
静かに。
準備は整った。
明日、戦いが再開する。




