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」
──現実 東京 昼──
シグマはカフェにいた。
窓際の席。向かいに田中奈緒が座っていた。
彼女は少し痩せたように見えた。
でも目には光があった。
「コウの居場所が分かったと」
「……ああ」
シグマはコーヒーを一口飲んだ。
「ゲームサーバーの最深部。コアと呼ばれる場所に、意識だけが囚われている」
「助けられますか」
「助ける。時間がかかるが」
奈緒が少し俯いた。
「……どのくらい」
「分からない。でも諦めない」
「根拠は」
シグマは少し止まった。
奈緒が小さく笑った。
「ごめんなさい。変なこと聞きました」
「いや」
「でも、信じています。あなたなら、やってくれると」
シグマは何も言わなかった。
奈緒が続けた。
「悠の様子は変わりません。でも、待ちます。何年でも」
「……そんなにかからない」
「約束ですか」
「約束じゃない。でも、そうする」
奈緒が頷いた。
「……ありがとうございます」
二人は少し黙った。
カフェの雑音が流れている。
奈緒がバッグから封筒を取り出した。
「これ、受け取ってください」
「何だ」
「お金です。報酬として」
シグマは首を振った。
「いらない」
「でも」
「俺は金でやってるわけじゃない」
「……では、何のために」
シグマは少し考えた。
「……義務だ」
「義務?」
「コウの声を聞いた。だから聞き届ける。それだけだ」
奈緒が目を細めた。
「……変わった人ですね」
「よく言われる」
「でも、悪くない」
「そうか」
奈緒が封筒をバッグに戻した。
「では、成功したら。その時に、お礼をさせてください」
「……考えておく」
奈緒が立ち上がった。
「では、また連絡します」
「ああ」
奈緒が出ていった。
シグマは一人、窓の外を見た。
東京の午後。人が流れていく。
「アイリス」
「はい」
「田中奈緒、強いな」
「強いですね」
「弟が消えても、諦めない」
「あなたと似ています」
「……そうか」
「はい」
シグマはコーヒーを飲み干した。
「次、行くぞ」
「どこにですか」
「レインに会う」
──ゲーム内 《交易都市エリア:カルナ》──
レインは東門の外にいた。
前回と同じ場所。
シグマが近づくと、顔を上げた。
「シグマ」
「久しぶりだな」
「三週間ぶりくらいか」
レインは元気そうだった。
顔色がいい。
「NULL化率は」
「6パーセントまで下がった」
「そうか」
「お前のおかげだ。あの時、アイリスさんが助けてくれなかったら、今頃消えてた」
シグマは頷いた。
「妹は」
「治療が続いてる。でも大会の賞金で、三ヶ月分は払えた」
「良かったな」
「ああ」
レインが少し真面目な顔になった。
「シグマ、最近噂を聞いた」
「噂?」
「ERROR BLADEが《BLANK》と対立してるって」
シグマは少し黙った。
「……お前も知ってるのか、《BLANK》を」
「名前だけ。危ない集団だって聞いた。NULL化を推奨してる連中だろ」
「ああ」
「お前、そいつらと戦ってるのか」
「……まあ」
レインが息を吐いた。
「無茶するなよ」
「無茶はしてない」
「嘘つけ。お前のNULL化率、上がってるだろ」
シグマは答えなかった。
レインが続けた。
「俺には何もできない。でも、一つだけ言わせてくれ」
「何だ」
「死ぬなよ」
シグマは少し笑った。
「死なない」
「根拠は」
「俺が言ってる」
レインも笑った。
「……相変わらずだな」
「ああ」
二人は少し黙った。
風が吹いた。ゲームの風。
「シグマ」
「何だ」
「もし、何かあったら言ってくれ。戦えないかもしれないけど、手伝えることがあるかもしれない」
「……分かった」
「フレンド登録、消すなよ」
「消さない」
レインが笑った。
「じゃあな」
「ああ」
レインがログアウトした。
シグマは一人、空を見た。
青い空。
「アイリス」
「はい」
「レイン、いい奴だな」
「はい」
「助けられて良かった」
「……はい」
「次は、もっと多く助ける」
「はい」
「四千人、全員だ」
「……はい」
シグマはログアウトした。
──アパート 夜──
シグマは装備を確認していた。
《NULL DRIVE》。黒と白が混ざった刃。
スキルウィンドウを開く。
スキル一覧:
・NULL DRIVE
・NULL DRIVE:オーバードライブ
二つだけだった。
「少ないな」
「ERROR BLADEは特殊クラスです。スキルは少ないですが、一つ一つが強力です」
アイリスが言った。
「もっと増やせるか」
「可能性はあります。コアに近づくほど、新しいスキルが解放されるかもしれない」
「解放される、じゃなくて、解放できるか」
「……やってみます」
シグマはステータスを確認した。
NULL化率:49.3%
HP:24,500
攻撃力:8,420
防御力:3,210
数値は高くない。
レベル相応だ。
だが、ERROR BLADEの真価は数値じゃない。
「アイリス」
「はい」
「中層の第一区画。Guardian Alphaを倒した後、副管理者アルファに会った」
「はい」
「あいつは俺の動きを書き換えた。《SYSTEM OVERRIDE:REVERSE》」
「覚えています」
「あれに対抗できるか」
「……今のままでは難しい」
「どうすればいい」
「私が直接干渉すれば、一時的に中和できます。でも持続時間は短い」
「お前が姿を出せば、管理者にバレる」
「はい」
「バレずに干渉する方法はないのか」
アイリスが少し黙った。
「……一つ、あります」
「言え」
「私の一部を、あなたのデータに直接埋め込む」




