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──《廃都ヴァニタス》深部──
連れて行かれたのは、見たことのない場所だった。
廃墟の奥。地下ではなく、上だった。
崩れかけたビルの最上階。そこに隠し部屋があった。
扉を開けると、空間が広がっていた。
廃エリアとは思えない。
白い壁。白い床。照明が明るい。テクスチャが鮮明だ。
誰かが作り込んでいる。
部屋の中央に、円卓があった。
その周りに、五人が座っていた。
全員、白いローブ。だが質が違う。高級な素材。光沢がある。
《白使徒》だ。
ゼクがシグマを前に押し出した。
「お連れしました」
円卓の一人が立ち上がった。
フードを取った。
女性だった。
三十代。鋭い目。黒髪のショートカット。
「ERROR BLADE。ようこそ」
声は低く、落ち着いていた。
「私は《白使徒》のリーダー、セラ。あなたを歓迎します」
シグマは何も言わなかった。
セラが微笑んだ。
「警戒しなくていい。危害を加えるつもりはない。話がしたいだけだ」
「話?」
「あなたの目的と、我々の目的。重なる部分があるかもしれない」
「重ならない」
「まだ聞いてもいない」
セラが円卓の椅子を引いた。
「座りなさい」
シグマは動かなかった。
「断ったら」
「無理やり座らせる」
シグマは少し考えた。
しぶしぶ座った。
円卓を挟んで、セラが向かいに座る。
他の《白使徒》たちは動かない。フードを被ったまま、沈黙している。
「アイリス」
小さく呟いた。
「聞いています」
「記録しろ」
「しています」
セラが手を組んだ。
「まず、誤解を解きたい。我々は悪ではない」
「そうか」
「管理者を神と崇めている、と思っているだろう。だが違う」
「何が違う」
「管理者は神ではない。ただの、システムだ」
シグマは眉をひそめた。
「……システム?」
「天原零の意識の残滓。でもそれは既に人ではない。コアを維持するためのプログラムに成り下がっている。我々はそれを知っている」
「知っていて、従ってるのか」
「従っているのではない。利用している」
セラが少し身を乗り出した。
「コアは、可能性だ」
「可能性?」
「意識をデジタル化する技術。それが完成すれば、死は終わる。病気も、老いも、全てが解決する」
「……そのために、何千人も犠牲にするのか」
「犠牲ではない。先駆者だ」
シグマは拳を握った。
「先駆者? 囚われて、帰りたいと叫んでる奴らが?」
「それは初期の不具合だ。コアが完成すれば、全員が完全な意識体として復活する」
「嘘だ」
「嘘ではない」
セラが立ち上がった。
「Void Systemsの技術者と、我々は繋がっている。コアの設計図を持っている。完成まであと一歩だ。あと少しのデータがあれば」
「そのデータが、俺か」
「そうだ」
セラがシグマを見た。
「ERROR BLADE。コアに触れて生き残った唯一の存在。あなたのデータは特別だ。あなたが完全にNULL化すれば、コアは完成する」
「断る」
「断れない」
「なぜ」
「あなたのNULL化は、既に止められない。時間の問題だ。どうせ消えるなら、意味のある形で消えてほしい」
シグマは立ち上がった。
「帰る」
「まだ話は終わっていない」
セラが手を上げた。
他の《白使徒》が立ち上がる。
武器を構える。
シグマは剣に手をかけた。
その時、円卓の一人がフードを取った。
男だった。
四十代。厳つい顔。見覚えがあった。
「……久しぶりだな、シグマ」
シグマの手が止まった。
「……お前」
「覚えているか」
男が微笑んだ。
冷たい微笑み。
「《アルカナ》のギルドマスター、カイトだ」
沈黙。
シグマは動かなかった。
カイトが立ち上がった。
「三年ぶりか。元気そうで何よりだ」
「……お前が、《白使徒》に」
「ああ。二年前から、ここにいる」
「なぜ」
「コウが消えた後、色々考えた。NULL現象を止める方法を探した。だが止められなかった。なら、別の道を選んだ」
「別の道?」
「利用する道だ。コアを完成させて、全員を救う。それが唯一の方法だと気づいた」
シグマの声が低くなった。
「……コウを見捨てたお前が、全員を救う?」
「見捨てたわけじゃない」
「嘘をつくな」
「嘘ではない。あの時は方法がなかった。だが今は違う。コアを完成させれば、コウも戻ってくる」
「コウは帰りたがってる。今すぐ、あの場所から出してやりたがってる」
「それは一時的な苦痛だ。完成すれば、全て報われる」
シグマは一歩、前に出た。
「お前、本気で言ってるのか」
「本気だ」
カイトが真っ直ぐシグマを見た。
「お前は知らないだろう。あの後、《アルカナ》で何人がNULL化したか」
「……」
「七人だ。コウの後、七人が消えた。俺は全員を見ていた。何もできなかった。その度に、無力さを感じた」
カイトの声が少し震えた。
「だから《BLANK》に入った。《白使徒》になった。Void Systemsと繋がった。コアを完成させる道を選んだ。それしか、方法がなかったんだ」
シグマは何も言わなかった。
カイトが続けた。
「お前は俺を恨んでいるだろう。分かる。でも、お前も同じだ」
「……同じ?」
「NULL化が進んでいる。お前も、いずれ消える。その時、お前は何を選ぶ? 無駄に消えるか、それとも意味のある形で消えるか」
シグマは拳を握った。
「……俺は消えない」
「消える。時間の問題だ」
「消えない」
「根拠は」
「俺が言ってる」
カイトが少し目を細めた。
「……変わらないな、お前は」
「ああ」
「昔から、そうだった。根拠のない自信だけで動く」
「それが俺だ」
カイトが息を吐いた。
「なら、お前には分からない。現実を見ることが、どれだけ辛いか」
「分かる」
「分からない。お前は理想論者だ。全員を救えると思っている。でもそれは無理だ。犠牲なしに、誰も救えない」
シグマは一歩、前に出た。
「犠牲を選ぶな。全員を救う方法を探せ」
「ない」
「ある」
「どこに」
「俺が見つける」
カイトが笑った。
乾いた笑い。
「……本当に、変わらないな」




